法医学教室の聖女(マドンナ)は【悪役令嬢】 ~ 夢見るように揺蕩(たゆた)う全裸標本が私を喚(よ)ぶ ~
本作品は【夏のホラー2019】参加作品です。
本作品には、エログロ表現、耽美的なガールズラブ、ナルシシズム、ネクロフィリア成分などが含まれております。
苦手な方はご注意下さい。
2019.07.30 最後の部分を追記。
2019.08.02 全面見直しで第二稿とする。
「カルマン准教授、変死した遺体を警察が運んで来ました。病理解剖をお願いします」
「警察の司法解剖も人員不足で手一杯なのは分かるけれど、最近、多いわね……。遺体は全裸にして解剖台に乗せて置いて下さいな」
「承知しました」
「ちょ、ちょっと待って! 遺体の性別と年齢は!?」
「遺体は自宅で突然死したという十代半ばの少女ですが……。警察としては事件性が低いと考えたらしく、こちらに回してきたみたいですよ」
「そう……。若い女の子を全裸で晒すのは可哀想だから、シーツを被せてあげてね。警察も私が女だから、優先的に女性の遺体を回して来るのかしら」
「さあ、どうでしょうか。少なくともお手伝いをしていれば、何かあったときに便宜を図ってくれますって」
「私は特に疚しい事はしていないのだけれど……」
「そう言えば、カルマン准教授と亡くなった少女の年齢は、親と娘ほどに離れていますね。確か准教授は三十代でしたっけ?」
「し、失礼しちゃうわ! 私は二十九歳よ! つまり二十代なのよ!!」
「そ、それは失礼いたしました。では、準備して参ります」
私の名前はリサ・カルマン。大学病院に附属する法医学教室を担当している准教授だ。医学部の大学院を卒業して医学博士の学位を取得した私は、そのまま大学に教員としての職を求めた。そして運よく、法医学教室の担当教授の定年退官によって生じた空席の後釜に座ることが出来たという訳だ。
ただ職業柄、遺体を検死しない日はない。管理社会が進んだ現在では、事故にでも出くわさない限り、遺体をみる機会はない。殆どの者は病院で亡くなり、目にするのは棺桶に入れられた状態だろう。
法医学教室は事件や事故で亡くなった遺体を解剖して死因を特定するという過酷な業務内容であり、女性にはきつい職場であると云われていた。しかしながら、私としては第一志望として自ら望んだ職場であったのだ。
これには、とある出逢いが関係していた。
元々、医学部に進学したのは父親が有能な医者だったからであり、人々を救うという崇高な職業であると、幼い頃から認識していたことが大きいだろう。当然のことながら医学部への門戸は狭く、受験勉強は大変だった。
そんな勉強漬けの日々を送っていた私は、これまた当然のことながら流行のお洒落などには目もくれず、野暮ったい姿をしていたものだ。長い黒髪は三つ編みにして頭部に丸めて纏めているし、知的な雰囲気を出すために伊達眼鏡を掛けていた。しかしながら着痩せするタイプであったことから、立派に膨らんだ巨乳のことを知る者はいないだろう。所謂、隠れ巨乳美女というものだ。
私は自身の巨乳が、女の象徴として密かに自慢の種であった。しかしながら世間一般では、乳が大きい娘は馬鹿と見做されることが多いのも隠している理由のひとつだ。私のことを愛してくれる殿方にしか見せない心算であるが、今のところ残念ながらそんな相手はいなかった。
そして変死体が安置された解剖実習室へと向かうと、件の遺体を解剖して死因を特定することにより、事件性の有無を報告書として取り纏めた。病理解剖の結果、遺体の心臓には先天性の欠陥があり、その病変が原因で突然死したことが判明した。
ただ亡くなった少女は二次性徴の途上にあり、下の毛も生えていない小娘で、乳房部も膨らみ掛けの段階だった。解剖に先立って触診による病変などの有無を確認したのだが、既に死後硬直は解けており、揉んだ乳房部は存外に柔らかかった。ただ、遺体は生者と異なり加圧変形からの復元に時間が掛かる。
私が揉んで潰した乳房の歪な形状が、既に肉塊に成り果てている事を窺わせて悲しくなる。こんなに幼くして亡くなるなんて……。とても哀れだ。
心臓の状態を検死するためには開胸する必要があり、正中線に沿ってメスを入れ、開胸器で肋骨を開いた時には胸が痛んだ。術後は丁寧に縫合して安らかな眠りと、来世での幸せを願って祈りを捧げた。
扱う遺体は単なる肉塊ではなく、元は生きた人間であったことを忘れてはならないとは、先任の教授からの教えである。
私も最初の頃は、遺体にメスを入れることに躊躇いや恐怖を覚えていたものだが、最近では慣れてしまった。時には鼻が曲がるような悪臭が漂う腐乱死体を解剖することや、事故で原形を保っていない遺体もあり、単なる変死体程度では動じなくなっている。
隣の部屋には医学部の解剖実習用の検体がホルマリンの満たされたプールの中で保管されているし、壁際の棚には骨格標本や病理標本などが並んでいた。一般人からすると、幾人もの遺体に取り囲まれた環境とは恐ろしいものであるだろう。
そして標本の中には、特異な全身標本も保管されていた。
前任の退官された教授自慢のコレクションとして、医学部内限定で有名なものに『プリンセス標本』と呼ばれるものがあった。これは革命による王家の断絶や汚名を着せられて処刑されたプリンセスたちの遺体を密かに回収して標本にしたものだ。そして生前の彼女たちの多くは、近隣まで名の知られた美少女揃いだったのだが……。
縛り首となった者や斬首された者たちの遺体であったことから、生々しい処刑痕の残るものばかりであったが、前任者はどんな伝手で集めたのだろうか? 勿論、保存処理にあたって死化粧を施しているのだが、完璧には糊塗できていなかった。
そして教授の説明によると、この他にも回収を目論んでいた美少女のプリンセスが居たそうだ。しかしながら、不義密通の廉により処刑された彼のプリンセスは、石打ちの刑に処せられたのだという。つまり絶命するまで石を投げつけられたことにより、醜い肉塊と成り果てていたらしい。
そんなコレクションの中に在って、『法医学教室の聖女』と呼ばれ異彩を放つ超絶美少女の全身標本が存在した。しかも彼の全身標本には、死因を特定する傷や病根がなく、一見すると健常者の裸体だった。しかも年端もいかない蒼い裸体だ。
その標本は、遥か過去に滅亡した古代魔法文明時代の遺跡から出土した遺物でもあった。透明な謎素材でできた円筒形のチューブの中に、謎の液体が満たされており、その中で眠るように揺蕩っているのだ。
僅かに癖のあるピンクブロンドの長髪に、小作りな顔は安らかに眠っているようにしかみえない。体形としては華奢であるにも拘らず、私の巨乳よりも巨大で立派な爆乳には嫉妬してしまう。しかもピンクな乳輪や柔らかそうな質感まで余すことなく保存されていたのだ。
そして、伸びやかで華奢な手足と、手折れるぐらいに細い腰の括れ、局部は異性のことなど知らぬというように無垢な状態を維持していた。言い換えると、淡い草叢から覗く絶妙な起伏の織り成す造形美は、聖女の如き神聖さだったのだ。
何という傾国級の美少女なのだろうか……。
これが古代魔法文明時代に生きていた人族の少女なのか!?
神聖にして犯すべからずな存在に思えたのと同時に、意味もなく懐かしさが込み上げてきて、涙が流れていることを学友から指摘された時は驚いたものだった。私は、この美少女標本に魅入られて仕舞ったというのだろうか? 私には同性愛の趣味などないのだが……。
その後、周囲の女学生の嫉妬や嫉みに羨望混じりの熱い眼差しや、股間を膨らませた野郎どもの血走った獣欲塗れの感情を件の美少女標本が受けているのを見るにつけ、何故だか知らないが、無関係な筈の私が羞恥に身を焦がした。これはとても不思議な感覚である。
そして私たちは解剖実習を行なったのだが、頭に浮かぶのは美少女標本のことばかりだった。私は医学部でも勉学に励み、大学院に進学して医学博士の学位を取得したのは、美少女標本との離れ難き想いがあったからである。
初めて美少女標本を目にした時は、背中に電流が走ったが如き衝撃を受けたものだった。
その後、定年間近な法医学教室の教授に取り入って研究生として博士論文を仕上げる傍ら、美少女標本の虜となったのは言うまでもないことだろう。私は恋する乙女の如き劣情で、美しい裸体を何時までも眺めていた。
すると異性にも感じたことのない、熱い想いが込み上げてくる。私は同性愛者でも死体性愛者でもないのだが……。件の美少女標本だけが特別なのだ。そして私は、この気持ちを長い間持て余していた。
発掘当時、同じような遺物は多数並んでいたというが、その他の遺物ではチューブが破損したり薬液が漏出したりして内部の標本は白骨化していたらしい。調査団は謎に包まれた古代魔法文明人の完全な人体標本が手に入ったと小躍りし、取り出して学術解剖しようとしたのだが、破損しておらず完動状態の貴重なチューブ自体を破壊しないと取り出せないとの結論に至り、発掘当事の状態で永久保存することに決まったという。
その決定に当たって、件の美少女標本の状態が良好すぎて生きているような感覚に囚われたことも大きかったと、先任の教授から伺っている。現在における最新の保存処理を施しても、経時変化として標本の色彩が徐々に失われていくことは防げないし、ましてや瑞々しい肌の艶を維持させることは無理だった。
教授自慢の『プリンセス標本』も、生前の美貌は疑う余地はないが、現在は単なる学術標本という物体に成り果てていたのだ。『プリンセス標本』を為す美少女標本に対して、同様な劣情を催したことはなかった。私はいったいどうしたというのか?
〈わ、わたくし……死にたく……ない〉
そんなある日、私の耳(?)は、か細くも鈴を転がしたが如きあえかな幻聴を聴いた気がした。その時は疲れていたので、気にも留めなかった。
〈た、助けて……〉
その日の夜、私は奇妙な夢をみた。
何と私は、美少女標本が生前に経験したらしい日常を追体験していたのだ。
彼女の名前は、アンネローゼ・アシェスター・ド・シルファスといい、とある魔法王国の侯爵家令嬢だった。しかも舞台は『乙女ゲーム』と呼ばれるもので、アンネローゼは魔法も使える【悪役令嬢】として異世界転生した存在だった。対するライバルの【ヒロイン】も異世界転生者であり、ふたりは愛しの王太子殿下を巡って争った。
しかしながら、前世で重課金によりチート知識を得ていた【ヒロイン】には勝てなかった。婚約破棄に続くざまぁ展開に持ち込めず、処刑されたのだった。
処刑手段としては、魔法の行使を封じる拘束服を着せられた状態で、右腕に毒薬が静脈注射されて薬殺されるというものである。
「アンネローゼよ、お前の悪行も此処までだな! 最期に何か言い残すことはあるか?」
「……何もありませんわ。敗残兵は去るばかりですわね」
「良い心掛けだ。右腕を出せ」
「……はい」
そしてわたくしの右腕の静脈に注射針が刺され、毒薬が注入されていく。わたくし……、本当は死にたくない。真実の恋も知らないし、初めてを殿方に捧げることもなかった。涙が零れそうになるものの、侯爵家令嬢としての矜持で以て堪えた。
「それでは良い旅を……――」
「……――」
そしてわたくしの意識は混濁して、再び浮上することはなかったのだ。
アンネローゼは王様の裁定に則り薬殺されたと考えたようだが、実のところ使われた薬物は毒物ではなく、過剰摂取で仮死状態に至る薬効の高い睡眠薬であった。仮死状態となったアンネローゼは、全裸に脱がされると永久保存のための時間凍結の刑に処せられたのである。
これは一般の死刑囚よりも悪辣な罪を犯した罪人に対して実施される極刑であった。但し、アンネローゼに対して時間凍結の刑が執行されたのは、執行官の独断である。一般的に時間凍結の刑に処されるのは、死ぬことも赦さず、永遠の晒し者にするためである。
アンネローゼに対して下された王様の裁定は毒薬による薬殺であり、遺体は焼却処分して遺灰は無縁墓地に棄てるという苛烈なものだったのだが、仮死状態の美少女を身近に置いて鑑賞したいというのが執行官の犯行の動機だったらしい。
そして全裸に剥かれたアンネローゼは生体維持液の満たされたチューブに容れられて、他の時間凍結刑に処された者たちの中に交じってしれっと展示されたという訳であった。木の葉は森の中に隠せということなのだろうか? この辺りの事情は、霊体となったアンネローゼが幽体離脱したかのような朧な状態の中でみていたらしい。
そして、永久とも思える時間が経ち、世界大戦の勃発により魔法王国はもとより古代魔法文明そのものが滅亡したのだが、運よくアンネローゼを容れたチューブに被弾することなく取り残されたらしい。
それでも徐々にアンネローゼの魂魄は消耗して霧散していった。現在もアンネローゼは辛うじて仮死状態に留まっている状態であり、霧散した大部分の魂魄が凝って輪廻転生の末に、私として誕生したということが理解された。
つまりアンネローゼの肉体に残された残留思念の如き意識が、私の魂を欲していたという訳だ。同時に私の魂も、アンネローゼの存在に呼応していたようなのだ。私が美少女標本と成ったアンネローゼを愛しいと思う心が腑に落ちた瞬間である。
それでも私は、美少女標本と思われているアンネローゼに対する思慕を募らせる。同一の魂を持つアンネローゼのことが愛おしい。
魂を同じくする存在という者には、無条件で惹かれるようであった。
深夜となり、周囲に誰も居ないことを確認した後、法医学教室の扉を内側から施錠した。そして私は、徐に三つ編みにされた黒髪を解いていく。続けて伊達眼鏡を外して解剖台の上に置いた。そして白衣を脱ぎ、私服のボタンをひとつひとつと外して開けていく。続けてズボンや靴なども脱いでいた。
下着姿となった私は、ブラジャーで覆われた巨乳も美しい美女の本性を晒していた。胸の谷間は深く ― たゆん、たゆん ― と揺れている。同時に心臓も早鐘を打ち、頰も薔薇色に紅潮していった。
そしてブラジャーのフロントホックを外すと、瑞々しくも張りのある巨乳が晒された。最後にショーツを脱ぐと全裸となった。そして私は、愛おしい自分自身でもあるアンネローゼの裸体に触れようとチューブに近付き、感極まって口付けた。
ちゅ♡
それから両腕を広げてチューブに抱き付くと、柔らかな巨乳が押し潰されるが、同時にアンネローゼの微かな気配を感じる。これは毎夜繰り返される禁断の儀式だった。
「寂しいのね、アンネローゼ。でも私の魂はあげないわよ。だって私よりも美しく華やかな顔をしているし、密かに自慢の巨乳よりも立派な爆乳を持っているのだもの」
結局、真実の恋を知らず『乙女ゲーム』に興じた末に処刑されたアンネローゼは、紛うことなき処女だったのだ。
そして私も……。
気の強い【悪役令嬢】と雖も、現状はしおらしい。永遠の牢獄に囚われて性格が丸くなっているのかも知れない。私はアンネローゼからの喚び掛けに応える日が来るのだろうか?
その時は多分……、私の魂魄は肉体から離れ、本来の持ち主であるアンネローゼの肉体に宿ることになるのだろう。因みにアンネローゼの体をチューブから取り出せなくて学術解剖を断念した調査団であるが、取り出し方法は一緒に発掘された銘板に記されていたのだ。古代魔法文明の遺物らしく、時間停止魔法の解呪のための呪文が記されており、チューブに付属しているコンソールはダミーだったらしい。
何となれば、滅亡した古代魔法文明時代の文字は解読されていなかった。これも夢を通じて得た知識である。その後、夢遊病のように何度かアンネローゼを解放しようとしたことがある。そして、その想いは次第に強くなっているようだった。
でも私も恋をしたいし、まだ見ぬ愛しい旦那様と初夜を迎えて処女喪失をしたい。更に子供も産みたいという生物学的欲求があった。私が人生を謳歌して最期の時を迎える日まで、アンネローゼを解放する心算はない。
しかしながら、アンネローゼの肉体を求める浅ましい私がいることもまた事実だった。
私は全裸でアンネローゼが詰められたチューブに抱き付き、恍惚とした表情を晒していたのだ。冷静に分析すると、性的興奮状態に陥っている。だがしかし、深夜の痴態はアンネローゼと私だけの絶対の秘密であった。
否、周囲には物言わぬ観客たちが見守っていた。
骨格標本や病理標本からの視線は殆ど感じなかったが、教授が残した『プリンセス標本』たちからは、強い思念が発せられているような感じがした。彼女たちの多くも、アンネローゼと同じく無垢な状態で処刑された者が大半であったからだ。
「カルマン准教授、最近お仕事に根を詰め過ぎではありませんか?」
「そうかしら……私はまだ二十代で若いのですが……」
「来年は三十代の大台に乗るのではなかったですかな」
「未婚の乙女に年齢の話題は禁句ですよ!」
「申し訳ありません。しかし目許に隈が出来ていますから……。医者の不養生とも言いますからなぁ~、体を労わって下され」
「まあ……。でもお気遣い頂き、ありがとうございます」
私が深夜にアンネローゼとの密かな逢瀬を日課とし出して、早三か月が経っていた。更に私の前世の体であるアンネローゼの肉体に対する執着は日毎に増していた。今では一日中、アンネローゼのことが忘れられない。確かに私の診立てでも疲労困憊なようだ。併せて、精神状態にも異常を来している可能性が濃厚か?
でも……、秘密の逢瀬は止められない。
「アンネローゼ、今日は顔色が良いわね。私……直接に触れ合いたい……。私の腕で直接に抱き締めてあげたいのよ」
〈…………〉
「アンネローゼ、私のアンネローゼ! 私は端なくも欲情している……の。貴女とひとつになりたい……わ」
〈…………〉
何だか最近、アンネローゼの身体に生気が宿りつつあるような気がする。その反面、私は悪霊に憑り付かれたかの如く、衰弱していった。周囲の者たちも心配してくれたが、肝心の私は取り合わなかった。
半年後、カルマン准教授は変死体となっていた。自身の職場である法医学教室の解剖台の上で、全裸遺体になって果てていたのだ。カルマン准教授の遺体は、傷ひとつ無く、夢見るような顔をしていたという。
同時に『法医学教室の聖女』と呼ばれた全身標本が消失していたのだが、カルマン准教授の死因特定やら勤務状態の確認やらに忙殺され、随分と後まで気付かれなかった。
「わたくし……蘇ることが叶いましたわ。それにしても、随分と長い間、囚われていたようですわね。あの女の服装は野暮ったいですが、目立たなくて良いですわ。ただ、ちょっと胸がきついですわね」
実のところリサ・カルマンは、日毎に強くなるアンネローゼからの思念に引きずられて、とうとうチューブを解放したのだった。時間凍結の刑の解呪の呪文を唱え終わると同時に、アンネローゼを包んでいた謎溶液は、大気に触れて気化してしまい、続けて装置自体も自壊して消失したのであった。
床の上に残されたアンネローゼの体が自立呼吸を始め、遂に意識を取り戻した時、リサは絶命していたのだ。ひとつの魂魄を共有しているが故の喜悲劇であった。 それでもリサはアンネローゼの体を抱擁して、満足そうな顔で事切れていた。
「わたくし……生きている! なんて素晴らしいの!!」
永久とも思える仮死状態から覚醒したアンネローゼは満面の笑顔を浮かべようとするが、筋肉が笑顔の仕方を忘れていた。それでもこの笑顔から、彼女の正体が【悪役令嬢】であったことを看破できる者はいないだろう。
「リサ……もうひとりのわたくし…………。命を捧げて下さってありがとう。有意義に使わせてもらうわね。でも全裸だと外へ出られない。リサの着衣を譲ってもらいましょう」
その時、壁際の資料棚から気になる気配を感じた。近寄ってみると、既に固まってはいたが、血に塗れた茶髪だった。リサの記憶を辿ると、先任教授のコレクションであることが分かった。
「これは遺髪かしら!? でも、どうしてこんな気分になるの?」
暫く、遺髪を手に持って矯めつ眇めつしていると、天啓のように真相が判明した。何と遺髪の持ち主は、あの【ヒロイン】が輪廻転生した人物だったのだ。彼女は某国の王女として生まれたものの、道ならぬ不倫の果てに石打ちの刑により処刑されていたのだ。
「あの娘、馬鹿じゃないのかしら。こんな世界で『乙女ゲーム』をするなんて……」
『三つ子の魂百までも』とはいうが、今生でも【ヒロイン】は『乙女ゲーム』の世界に生きていたらしい。しかしながら、不義密通に厳しい国に生まれたのが身の不運であったが、再び【ヒロイン】と不毛な争いをしなくて良いのは好都合であった。
つまり、前任の教授は、入手できなかったプリンセスの無残な遺体への未練から遺髪だけでもと考えて回収していたのだが、後任のリサには伝えていなかったらしい。
蘇ったアンネローゼ・アシェスター・ド・シルファスは、リサとの逢瀬を通じて現在の知識も得ていたのだ。遺体となったリサの着衣を剥いで着込んだ後、全裸遺体は解剖台の上に乗せると何食わぬ顔をして逃亡したのである。その上で後顧の憂いも無くなったアンネローゼは、意気揚々と街へと繰り出した。
「この世界……魔力がありませんわ」
蘇ったアンネローゼは、魔法が使えないことに落胆したものの、美貌の【悪役令嬢】として良い男を引っ掛ける自信はあった。好敵手にして天敵の【ヒロイン】も勝手に自滅していたので怖い者なしだ。それに現在の世界は、【悪役令嬢】として異世界転生する前に住んでいた世界と似通っていたのだ。
蘇った【悪役令嬢】は、何を為すというのだろう……。
お読みくださり、ありがとうございます。
【夏のホラー2019】に向けて、初めてホラージャンルの作品を書いてみました。
なかなかに難産でございました。orz
直接的には、ホラー成分は皆無だったようにも思いますが、何とか引っ掛かっていましたでしょうか?
脳内妄想では、リサの脱衣からアンネローゼを容れたチューブに抱きつく場面はもっと色っぽかったのですが、投稿先が『なろう』ということで端折っております。
【追記】
『ホラー成分』と『因果応報成分』を増やした第二稿に改稿(2019.8.2)しております。
結局勝つのは、【悪役令嬢】ですわね♪
設定資料
リサ・カルマン 29歳 私……だわ
長く艶やかな黒髪に巨乳の美女。
だがしかし、今までの生き方から野暮ったい服装に伊達眼鏡を装着している。
一見すると、がり勉な根暗女と思われていた。隠れ巨乳美女である。
独身であるため、二十代であることに拘っていた。
父の影響で医者を目指して医学部に入学するが、解剖実習にあたって法医学教室の解剖実習室を見学した際に、『法医学教室の聖女』と呼ばれる彼女の前世の姿であるアンネローゼの容れられたチューブと邂逅、否、遭遇した。
その後、夢を通じてアンネローゼの生い立ちや古代魔法文明の英知に触れることになる。
同時にアンネローゼから魂魄を差し出すようにと魅了され、とうとう誘惑に負けて時間凍結の刑を解呪して、魂をアンネローゼに捧げて絶命した。
アンネローゼ・アシェスター・ド・シルファス 享年15歳 わたくしは……ですわ。
僅かに癖のあるビンクブロンドの髪に、気の強そうな吊り目の紅瞳が特徴的な美少女。
華奢なスレンダー体形にも拘らず、零れそうな爆乳をしている。
彼女の前世は異世界の住人であり、『乙女ゲーム』の【悪役令嬢】として異世界転生した存在だった。
そして、同じく異世界転生者である【ヒロイン】と王太子殿下を巡って争った。
ところが【ヒロイン】の方が上手であったらしく、勇戦虚しく婚約破棄に続くざまぁ展開に持ち込めず、毒薬によって処刑された。
だが、刑の執行にあたった執行官が高貴な美少女であるアンネローゼの遺体を焼却処分することを躊躇い、毒薬に変えて仮死状態になる薬剤に変更し、時間凍結の刑の処置を密かに行なった。
そして長い時を経て、霧散したアンネローゼの魂魄を持つリサと巡り逢った。
アンネローゼは蘇ろうと暗躍して、リサをとうとう搦め捕る。
同時に輪廻転生していた【ヒロイン】が下手を打って処刑されていたことを知った。
蘇ったアンネローゼは、【悪役令嬢】として異世界転生する前の世界に類似した世界で、自身の美貌を武器にとある富豪を陥落させて、今度こそ幸せな人生を歩んだ……のか!?
だがしかし富豪には、秘密にしていた特殊な性癖があり……。
アンネローゼの運命や如何に!?
そして……誰も居なくなった。……のかも知れない。