表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年、罪過を喰む -弐ノ章-  作者: 藤崎湊
FILE1 青の鋼
5/24

青の鋼





「卯衣さん、先程はお見事でした」


 仕事モードの時のため、いつもの口癖は出ていない。

 奈島に声を掛けられ、毛を逆立てんばかりに威嚇していた卯衣はころりと態度を改め笑みを浮かべた。


「ありがとう! 奈島君も、来てくれてありがとう!」

「い、いえ……卯衣さんのためなら例え火の中水の中……!」

「女子大生相手に何鼻の下を伸ばしているんですか、このダメ上司は」

「げっ、夏彦」


 つかつかと冷めた目で奈島の隣に並んだスーツの男、東城夏彦。

 彼の登場で奈島は嫌そうに口を歪め、瀬戸は嫌悪の色をありったけ出して睨みつけた。


「ご協力、ありがとうございました。あの様子的に……ウチの管轄ではなさそうですので、申し訳ないが、後のことはよろしく頼むよ、工藤君」

「あ、はい」

「君に言われなくたってこちらは相応のことをするさ。出遅れ組に言われる筋合い何て微塵もないしね」

「君に言った覚えはないんだけどね、悪魔信者」

「この国が悪魔に守護されていると分かっていてそうほざいているのなら、歴史から学びなおした方がいいんじゃないかい?」

「心酔しすぎて自分というものが確立できていない君こそ、一度生まれなおした方がいいんじゃないか?」


 バチバチ、と卯衣との可愛い口喧嘩とは比にならない戦争でも怒らんばかりの火花の散り具合に、蒼斗と奈島は頭を抱えた。

 やはりこの二人を会わせてはいけない。水と油どころか火と油だ。大爆発を起こしかねない。そして巻き添えを食らうのは誰かなんて、目に見えている。


「そ、そういえばあの人たちの身元は分かったんですか?」

「あぁ、それから持っていた身分証明書から分かったよ。調べたら、近くの大学に通う学生だった。三人とも同じ大学の同じサークル仲間のようだ」

「学生……三人とも狂魔化するなんて、何かあったんでしょうか?」

「それは捜査してみないと分からないからね。あとは、本人たちから……、待て、少し様子がおかしいぞ」

「え?」


 パトカーに乗せられている途中の男が、突如がなり声をあげて騒ぎ出した。

 先程まで糸が切れた人形のように大人しかった故に、捜査官たちは表情に焦りを滲ませた。

 そこで、蒼斗は男を視て妙な違和感を抱いた。

 肉眼で境界線を視れる蒼斗にしかすぐに分からない、小さな違和感。



 ――どうして、狂蟲の量が減っているんだ?


 

「大人しくしろ!」

「ああ……ああ、ああぁぁああ……っ、クスリを……、クスリクスリクスリィィ……クス、リを……ッ!」

「クスリ? コイツ、クスリ使ったのか……?」


 捜査官三人がかりで抑え込むのがやっとのくらい男は手足をばたつかせ、手錠をがしゃがしゃとムキになって鳴らし手首が擦れて血が滲もうが構うことなく叫び続けた。

 麻薬使用者はその挙動、言動から使用しているか否かは大抵一目で分かる。

 だが男は一見麻薬を使用しているようには見えない。どちらかというと精神的に不安定な病院通いの患者という印象だ。

 呪文のように、男は麻薬を求め続けた。口元は涎で汚れ、なりふり構わず暴れ続けた。



「頼む……クスリを……っ、青の……『青の鋼』を……ッ!」

「――っ!?」


 ――ピシリ、と空気が凍った。

 もう春だというのに肌でも分かる悪寒に蒼斗は咄嗟に亜紀を振り返った。


「……んで」

「あ、きさ……?」


 青の鋼。確かに、男はそう叫んだ。

 それが何なのか、蒼斗は分からなかった。瀬戸や卯衣たちを見遣れば、彼らは驚愕していた。


 ――何故その言葉がここで出てくるのだ?


 そう、言わんばかりの表情をしていた。

 彼らの物申さぬ言葉の意味は分からなかった。


 ――ただ、隣にいる亜紀にとって、地雷だったことは唯一理解できた。


 瀬戸や卯衣、蒼斗たちの制止を無言で振り切り、大股で男に近づいた。それから半狂乱状態の男の胸倉を掴み上げ、射殺さんばかりの眼光で睨みつけた。


「答えろ……何故テメェが、その名前を知っていやがる?」

「ひっ!!」

「青の鋼を使ったのか? ならソイツは何処で、誰から買った? 誰の仕業だ!?」

「ひいいい! た、助け……!」

「いいから答えろ! 青の鋼はどうやって入手したんだ!!」

「ぼ、ボスこれ以上は首が……!」

「うるせぇ黙っていろ! 早く答えろ!」

「おい東崎、落ち着け!」

「亜紀さん! ちょっとやりすぎです! これ以上やったら死んじゃいます!」


 真っ青に染める捜査官は頼りにならず、たまらず蒼斗は男の胸倉を掴む亜紀の手を掴んで緩めさせた。

 手を引き離し、男を見れば既に首が絞まって失神寸前で、千葉を慌てて呼んだ。

 千葉が飛んできて男を診る間、亜紀は終始俯いたまま拳を握り、無言を貫いていた。

 運ばれていくのを見送った蒼斗は、改めて亜紀に向き直った。



「どうして、あんなことをしたんですか?」

「……」

「暴れた時の彼の狂蟲の浸蝕度を視ました。普通であれば増えて狂魔に近づくはずなのに、彼は狂魔どころか人間そのものでした。それと、何か関係があるんですか?」

「……」


 何を問いかけても、亜紀は沈黙のまま。

 埒が明かないと答えない亜紀に苛立ちそうになるのを必死に抑え、蒼斗は再度問いを投げた。


「青の鋼とは一体、何ですか? 何が、亜紀さんをそこまで取り乱させるんですか?」

「……」

「亜紀さん!」

「それに関しては、俺の方から説明しよう」


 見かねた千葉が蒼斗の問いに待ったをかけた。


「ただし、ここでは人目がある。今後のこともあるから、本部に戻ろう」


 マスコミも集まり始めたこともあり、現場は慌ただしい。野次馬もいることから一度零号館に帰ることを提案し、停まっている千葉の車に乗り込んだ。

 奈島は現場を東城に一任し、乗ってきた車で後から合流することに。


 ――揺れる車の中は誰一人口を開かなかった。

 しん、とした車内の中、徐々に景色が変化していく外の街並みを眺めながら蒼斗は助手席に座り目を閉じたままの亜紀を見た。

 青の鋼という名前だけでこうも誰もが様子がおかしくなるなんて、異常としか言えない。

 それ以上に、あの亜紀をここまで取り乱させる得体のしれないものの存在が、知りたい反面、少し知るのが怖かった。




   ◆




「さて……何処から話そうか」


 零号館に着き、ブリーフィングルームに集まった一行。

 お茶を入れ、全員が席に着いた。

 腰を落ち着けた千葉は机に両肘をつき、指を絡めそこに顎を置いた。

 この場に亜紀の姿はない。零号館に到着するや否や、無言で何処かに消えてしまった。

 後を追おうか迷う蒼斗を千葉は首を横に振って止めた。今の亜紀に何を言っても無駄だと言わんばかりの諦めを思わせるその表情に、蒼斗は素直に従うしかなかった。


「青の鋼――それは六年前、APOCにとって忌まわしい過去の事件の元凶そのもの」

「忌まわしい事件……それは、一体……?」

「事の始まりは、昨今起こっているような通り魔事件だった。狂魔が関係しているとみた亜紀や俺たちは通り魔事件の捜査を開始した。――結果、通り魔の被疑者に辿り着いた」



 被疑者はまだ若い学生だった。

 日頃のストレスから解放されたいという思いがあり、ある時こみ上げた破壊衝動、他人を傷つけたいという衝動に駆られ犯行に及んだと供述した。


 だが、彼は犯行時のことをぼんやりとしか覚えていなかった。彼曰く、上から見ているような、第三者的な視点でしか記憶にないと。

 確かに彼は摘発されることなく救済措置があるとして千葉のカウンセリングを受け正常な人間にまで戻すことができた。

 亜紀たちは彼の行動と心情の変化に違和感を覚えた。


 何がここまで人間を変貌させてしてしまうのか、と。


 さらに被疑者の犯行に及ぶ前後の動きを捜査したところ、友人同士で流行っていた疲れた身体に効くという栄養剤を服用していたことが判明した。

 その栄養剤は学生でも買えるくらい手軽で、第三者に紹介する度に仲介料としてさらに安く手に入れられるという何処かで聞いたような悪徳業者の手口で流れていた。

 当時まだAPOCに在籍していた奈島を囮にその栄養剤を入手させ、APOCはその栄養剤について調べた。


 栄養剤――そんなものは、紛れもない嘘。

 巷で『青の鋼』と呼ばれたその正体は、服用した者の体内に狂蟲を増殖させ、狂魔に変貌させる効果を持つ劇薬だった。

 青の鋼――別名、ルデラリスと呼ばれるそれは、一度服用すれば自分の本能のままに動き、気分が楽になることから癖になり、効果が切れればまた服用したくなり、また手を出す――まるで、麻薬のような効果を持ち合わせていた。

 通常の麻薬であれば数グラム単位で破格の値段で取引されているが、ルデラリスは学生でも気軽に買えてしまう。

 そのため噂が噂を呼び、顧客を生み、ルデラリスの罠に嵌り、永遠に抜け出せなくなり、終いには廃人となって朽ち果てる。


 これ以上ルデラリスが流れるのを何としてでも阻止しなければと、亜紀たちは持てる知識を活用し、鼬ごっこ承知で背後に潜む組織に臨んだ。

 昔の警察官は何度も、何度も何度も現場に足を運び、己の直感と知識を駆使して事件を解決してきた、とあった。


 それを体現するかのようにAPOCの捜査は根気強く続いた。

 頻繁に狂魔が出現するようになり、治安が脅かされつつありながらも、少しの痕跡を見逃さず、どんなものでも持ち帰り、完全な白が出るまでとことん調べ上げた。

 自宅に帰らず零号館に何度泊まり込んだか分からない。

 疲れもピークに達しても弱音を吐くことなく、今のペンタグラムを生きるこれからの未来ある若者たちに降りかかる危険を取り除きたいという強い信念が全員の身体を奮い立たせた。


 ――そしてその結果、とある組織が黒幕だという結果に辿り着いた。



「組織の名前はドープス。そしてそのトップは目黒龍一郎(めぐろりゅういちろう)。裏社会の中堅クラスを牛耳る正真正銘の、極悪人だ」


 目黒は裏社会に生きる男だけあり、慎重で時に大胆不敵にAPOCに挑戦を吹っ掛け、それでも尻尾を掴ませない賢い男だった。

 六年前組織の半分以上を摘発し、再起不能にしたが、こうして再びその名を聞くことになるとは、思いもよらなかった。


「また胸糞悪い名前を聞くことになるとは、思いもよらなかったっスね」

「目黒は腹立たしいくらいに頭が良い。こちらがどう動くのかも六年前のことで学習している可能性は高い。用心に越したことはない」

「ドープス、目黒……ルデラリス……」

「学生たちをまた使っているのであれば、またいつ狂魔になって暴れてもおかしくない。みんなで協力して……」

「その必要はない」

「亜紀さん!」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ