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少年、罪過を喰む -弐ノ章-  作者: 藤崎湊
FILE1 青の鋼
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内なる獣






「これは……っ」


 現場は蒼斗の想像を大きく上回る騒ぎになっていた。

 至る所から女の悲鳴や子どもの泣き声、我先にとこの場から離れようと人混みを押しのける人たちの怒声。

 真昼の街は、まさに地獄のような喧騒に包まれていた。

 通行人たちとすれ違う際に肩が何度もぶつかり、蒼斗はなりふり構っていられない鬼気迫る形相の様子の彼らに圧倒されてしまった。


 ――その一方で、亜紀は発生現場であろう人の流れの先をただ見据えていた。



「行くぞ」

「っ、待ってください!」


 狂魔の気配が人の流れによって運ばれてきた。

 狙いを定めた亜紀の動きはそこからが速かった。通行人たちとぶつかることなく身軽に間を縫うように進み始め、蒼斗も慌ててそれを追った。


 追っても追っても、どんどん亜紀の背中が遠くなる。

 こんな切羽詰まった状況だというのに、蒼斗は何故か胸が息苦しく、表現しがたい不安に駆られた。


 ――このまま、亜紀が何処かに行ってしまうのではないか……と。




「いたぞ!」


 終点に着いた。

 そこは小さな催し物が行われる際に使用する小さなステージが設けられている広場だった。

 広場の中心には、連絡のあったとおり凶器を手に興奮状態の男が三人いた。

 一般人には視えないが、彼らは確かに狂魔化していた。加えて、蒼斗の目には、微弱であるがまだ境界線の存在が確認できた。


 蒼斗の大鎌で元の姿に戻すことはできる――が、ここはあまりにも人の目が多すぎた。

 普段APOCの罪狩りという名の摘発活動は夜や人気の少ない時がほとんどだった。最近になっては出没が関係ない傾向になっている。

 一見普通の人間の姿をしている狂魔に向けて、一般人の前で大鎌を振るうのは、些か気が引けていた。世間体的な面で、メディアに取り上げられAPOCの仕事に支障が出ては元も子もない話だ。



 ――そんな彼らの視線は、対峙する少女に殺意を込めて注がれていた。


 通行人たちは、武器を持った男たちに対したった一人で戦っている少女の行く末を見守っていた。

 ポニーテールに結ばれた蜂蜜色の髪が、風に吹かれてゆらゆらと靡く。

 少女こそ、亜紀に応援要請を出した亜紀の妹、東崎卯衣。

 水魔鏡を取り出して視た卯衣は、口角を上げ不敵に笑った。

 彼女の表情からは焦りも、不安も恐怖でさえ一遍たりともない。ただ彼女にあるのは、己の勝利。


「死ネェエエェェェエェエッ!!」

「卯衣ちゃ……っ!」

「黙っていろ」


 一人が雄たけびを上げながらナイフを構え、卯衣に向かって突進してきた。

 卯衣はスカートを軽く捲った。

 あっ、と蒼斗が息を呑む間も与えず、それから両の太腿に装着されたホルスターにしまわれた短刀を取り出し、いとも簡単に男の渾身の突きを受け流した。

 狂魔弾を使用すれば、狂魔は灰となって消える。

 まだ救済措置が施せる彼らを切り捨ててしまうのは、APOCとしても避けたかった。

 救える命があるのなら、それを諦めることはしない――これは総帥である亜紀の方針でもあった。

 女と油断して躱された男は完全に面食らっていた。

 それを見逃さなかった卯衣の動きは素早く、男の懐に入り込むと短刀を振るい、ナイフを自分の後方へと弾いた。

 そして男が宙に円を描いて舞う自分のナイフを見上げている間に、がら空きの鳩尾に拳を叩きこんだ。

 男は一度咳き込むと次第に白目を剥き、ずるずると前に上体が傾いて卯衣に凭れ掛かった。

 卯衣は男の身体を受けとめると、その場に横たわらせた。

 ただの少女がこれほどの動きを見せた。それだけで通行人たちは驚きを隠せずにいた。


「危ないッ!!」

「嬢ちゃん逃げろッ!」


 通行人たちは卯衣に向かってあとの二人が飛び掛かるのを見て咄嗟に叫んだ。

 だが卯衣は声を変えた通行人たちの方を見ているだけで、彼らに背中を向けたまま何もしない。


「――大丈夫ですよ」


 やられる――! そう、誰もがこれから先に起こる悲劇を予想し、目を伏せたくなった。


「――俺の妹に汚い手で触るんじゃねぇ」

「卯衣ちゃん!」


 この場に似合わない笑みを浮かべる卯衣の左右を抜けていった影。

 亜紀と蒼斗はそれぞれナイフを叩き落し、拳を男たちの顔面に入れた。助走をつけてたことで勢いが増したその威力は絶大で、彼らはあっという間に後方に吹き飛ばされた。

 二人の登場に通行人たちは圧倒され、やがて現場に到着したAPOCとSTRPが全員を拘束し、制圧したと分かると、歓声が沸き上がった。


 張り裂けんばかりの拍手歓声の中、「ありがとう!」「大したもんだ!」などと声が上がった。

 蒼斗は少し照れくさそうに示指で頬を掻き、亜紀は気にも留めず端末で何処かに連絡を入れた。

 卯衣にあっては手を振って芸能人張りの輝きを放ちながら彼らの称賛の声に応えた。



「ッ、ンノヤロォォォオオォオオオオ!!!」



 ――刹那、恰幅ある方の男が捜査官の制止を怒声を上げながら振り払い、血走った目でパトカーから逃げ出した。

 解決したとばかりの穏やかな空気は一瞬で、張り詰めた。

 そして男の逃げる先には、タイミング悪く親とはぐれたのか幼い男児の姿が怯えた表情で立ち尽くしていた。


「あんなところに子どもが……!?」

「危ない――ッ!!!」

「ドケェエエエエエエエ!!」



 大柄の割に鍛えているのか足が速かった。

 狂魔化でより強化されているのか、不意を突かれた蒼斗の足では先に子どものところにはとても辿り着けない。

 ぶわりと湧き出る冷や汗。周囲の悲鳴。

 こんな大勢の前で、犠牲者を出してしまうなんて……そんなの、真っ平だ。



「くっそおおおお!!」



 大鎌を出して投げるしか、方法がない……!


 近接攻撃は届かなくても、投げることで時間が短縮されるかもしれない。

 そう思った蒼斗が手元を見つめ、腹を括ったように表情を険しくしたところで……それは、刹那に起きた。



「え?」



 男は男児に到達する約五十メートル手前のところで、動きを止めた。

 何が起こったのか男児も、蒼斗たちも状況把握に時間を要する間、苦しそうにもがき、苦しみながら白目を剥き、両膝から落ちるとそのまま地面に突っ伏した。

 漸く動かなくなったことで、誰もが深く息を吐き出した。

 そして、その背中に刺さった一本の矢に初めて気づいた。



「矢……?」

「何処から一体……?」



 振り返ってみれば、そこには弓を持つ者は誰もいない。

 その後方を目を凝らして見据えれば――次第に見えてくる高台の人影。

 あれは……?



「……まったく、ペンタグラムの人間は派手好きが多いのが玉に瑕だな」

「ま、さか……これって」

「庵のだろ」



 那須(なすの)(いおり)

 ペンタグラムの主である(オーブ)の側近であり、忠実なる僕。

 核の代わりにペンタグラムの情勢を監察し、核からの勅令を伝達する役目を担っている。

 彼が実際に現場に立って摘発活動をすることはないのだが……今回は、例外だったようだ。


 庵の矢には核の側近として狂蟲の勢いを鎮静化させる力を持っており、急所ギリギリを突き刺す矢からは強烈な魔力が感じ取られた。

 お陰で狂魔は先程の勢いは何処へ行ったのか糸の切れた人形のように大人しい。


 保護された男児を探していた保護者に引き渡し、やっと搬送されて行くパトカーを見送る一行。

 彼らが何処のどいつで何をしているのか、何処に住んでいるのか人定は所持していた財布の中の免許証で明らかになった。

 のちの調べで事件の概要が明らかになることだろう。



「よくやったな、卯衣」

「亜紀ちゃん、蒼君!」


 APOCの捜査官が捜査車両に残りの男たちを乗せていくのを眺めながら三人は合流した。

 現場保存のため周囲の人だかりが消えた。

 蒼斗は証拠品袋に入れられていくナイフに目が入り、卯衣が男と対峙した時のことをしみじみと思い出した。


「卯衣ちゃんがあんなに強かったなんて……最初丸腰だと思ってひやひやしたよ」

「これでもAPOC総帥の妹だからね。いつ何が起こるか分からないから、護身用に持っておくのは当然だよ」

「コイツをただの女だと思って甘く見ていると、あんな風に痛い目に遭う」


 まだ高校を卒業し、今年の春から晴れて大学生になったとはいえ、まだ幼さは残る。加えて卯衣の見た目から一見戦闘ができるようには到底見えない。



「流石ウサギの皮を被った怪獣だよ」

「む……この腹の立つ言い方をするのは……」

「到着が早いな、彦」


 卯衣は口をへの字に曲げ、嫌そうに振り返った。蒼斗たちもそれに倣って視線を動かすと、着物にAPOCの上着を羽織った姿がいた。

 現場保存に従事している捜査官に『KEEP OUT』と赤文字で記された黄色いテープを上げてもらいくぐってきた男、瀬戸浩彦は亜紀の姿を見つけるとふにゃりと表情を和らげた。

 亜紀信者度合いは今日も絶好調のようだ。


「亜紀の呼び出しならエーイーリーを駆使してでも光速で駆け付けるよ」

「そこまで俺は求めてない」

「つれないのもポイント高いよ」

「誰かコイツをつまみ出せ。俺が間違いだった」



 一切ぶれない瀬戸に構っていられないと、亜紀はこめかみを押さえた。

 呆れて何も言えない亜紀の横で、恒例の瀬戸と卯衣の口喧嘩が始まりそうなところで、STRPのボス、奈島拓海がやってきた。





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