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少年、罪過を喰む -弐ノ章-  作者: 藤崎湊
FILE1 青の鋼
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懺悔





「お前は馬鹿なのか」

「す、すいません……」



 蒼斗は居たたまれない心境で、風を切るバイクの後ろに座っていた。

 花園を院まで送り届け、帰宅した蒼斗。

 だがタクシーに花園の買い物の荷物を乗せたままだったことに今更気付き、大いに焦った。

 後日渡せばよいかもしれないが、今日の夕食に使おうと花園が考えていた魚だったこともあり、頭を悩ませた。

 そこでやってきたのが、用事を済ませ苛立ち顔で帰ってきた亜紀だった。

 眉尻を下げ、困り果てた蒼斗の顔。それを目にした亜紀は、頼りたくて思わず口を開きかけたが、頼るわけには、と言わんばかりの百面相をする蒼斗に舌打ちした。

 言いたいことがあればサッサと言えと亜紀が喝すれば、蒼斗は観念したかのように助けを乞うた。

 亜紀は何だとつまらなさそうに息を吐き、バイクの鍵を手に蒼斗を外に引きずり出した。

 そして、星霜院へとバイクを走らせた。

 ただ真っ直ぐ前を見据える亜紀の背中をぼうと見つめた。亜紀が今どんな表情をしているかなんて、分かりはしない。



 ――どうしたら亜紀の心の内に触れることができるのだろうか?



 急いでも、独りで焦っても亜紀が心を開いてくれなければどうにもならないことだなんて百も承知。

 それでも、このもどかしい気持ちの行き場が見つからず、蒼斗は苦悶した。

 見慣れた背中、こんなに近いのに遠い背中に願いを込めるように、額を振れるか振れないかの距離で当てた。

 亜紀は、依然黙っていた。




「……おかしい」



 星霜院に到着した二人。

 荷物を手に門へ向かえば、亜紀はふと足を止め顔を顰めた。

 確かに、この時間であればまだ子供たちの声が聞こえてもおかしくはない。

 賑やかだった院内は、不穏な空気を漂わせていた。

 蒼斗は妙な胸騒ぎを覚えた。

 

 ――どうして、狂魔(・・)の気配がする?


「きゃああぁぁぁあああッ!!」

「!?」

「子どもたちの悲鳴だ!」


 全身に走った緊張感と焦り。

 戦闘態勢に入った二人は即座に院内に飛び込んだ。

 玄関に飛び込めば、そこには子どもたちが端に一か所に固まり、目に涙を溜めて叫び声をあげていた。

 傍らにはAPOCの制服を纏った三人の狂魔たちの姿があった。

 

「あきいいい!!」

「たすけてぇぇぇえ!!」

「ッやめろおおおお!!」


 子どもを掴む汚い手にカッとなった亜紀は、銃を取り出し、その腕を吹き飛ばした。

 一瞬宙に浮いた子どもたちは、そのまま重力に従って落下し、慌てて差し出した両手の中に綺麗に収まった。

 咄嗟に強く目を閉じていた子どもたちは、亜紀の腕の中だと分かるとわんわんと号泣し、その胸に縋りついた。

 腕を吹き飛ばされた狂魔は雄たけびを上げ、亜紀の背後につくが、それを断じて許さないと蒼の線が軌道を描いて三人まとめて首を撥ねた。

 どしゃり、と鈍い音を立てて崩れ落ちる残骸に目もくれず、蒼斗は他に狂魔がいないか神経を張り巡らせた。


「亜紀さん、狂魔の気配はもうないです!」 

「花園はどうした!?」

「お、お姉ちゃんが……っ、おねぇちゃんがあああぁぁ!」

「ゆきおにいちゃんもいないのぉぉぉおお!」

「ユキも……? ……っ、まさか……!」

「亜紀さん!?」



 亜紀はこの場にみんなで固まっているよう言いつけ、すぐさま外に飛び出した。

 目指す先は礼拝堂。

 この時間、花園は夕飯の支度、雪兎は礼拝堂の掃除をしているころだ。

 二人がいないなんて、そんなことは……。

 勢いのまま、亜紀は礼拝堂のドアを乱暴に開けた。


「花園! ユキ!」


 亜紀を待っていたのは、箒を持って、いつもの優しい笑みを浮かべる花園と、不貞腐れてこちらを見る雪兎。

 ――ではなく、美しいステンドガラス一面に書かれた血文字だった。

 亜紀は瞠目し、息を呑んだ。


 

『Let's settle down!』



 決着をつけよう、という血文字を視線でなぞった。

 亜紀は一歩退がり、歯を食い縛ることで全身の力が抜け落ちるのを必死に堪えた。ここで、折れるわけにはいかなかった。

 ――分かっていたことだった。

 目黒のことだ。

 きっと、いや絶対に亜紀にとって弱点になりえるものを狙う。

 最もそれに該当するものとして、この星霜院が第一に挙げられた。

 星霜院の警戒は怠らなかった。

 定期的に訪問もしていた。

 部下に見回りを命令し、有事の際に即対応できるよう指示もしていた。

 だが、現実、星霜院は襲撃され、子どもたちは危険に晒され、花園と雪兎が攫われてしまった。



 ――これでは、あの時と同じではないか……!




「亜紀さん! っ、これは……!」

「花園とユキが連れて行かれた」

「そんな……っ、すぐに彦さんたちに連絡を……!」


 亜紀は連絡を入れる蒼斗の横を抜け、玄関とは反対の方向へと向かって行く。

 それを見逃さなかった蒼斗は直ぐに呼びとめた。


「何処に行くつもりですか!? ……まさか、馬鹿正直にも奴の言うことを聞くつもりですか!?」

「うるせぇ、時間がねぇんだ」

「こんなの罠に決まっているじゃないですか! 単独で乗り込むなんて、どうかしています!」

「俺がやらなきゃいけねぇんだ」

「っ、六年前の事件は、亜紀さんのせいじゃありません! それなのに、どうしてそこまで……!」

「――俺が!」


 蒼斗の言葉を遮るように、亜紀は俯いていた顔を勢いよく上げながら叫んだ。


「俺が、殺したんだ!」

「……え?」


 目尻を赤くし、悲愴に満ちた亜紀の表情が、蒼斗の心を凍てつかせた。

 いつもの畏怖からではない。

 辛くて、苦しくて、悲しくて……もう張り裂かれてしまいそうな、そんな……絶望感がひしひしと伝わり、二の句を告げるのを躊躇させた。


「俺は六年前、人質になっていた千草を殺した。自分の任務のためにな」


 西日のぬくもりが悲しみを助長させた。

 茜色に染まる世界の中、亜紀だけが取り残されてしまうような気がして、形容し難い不安に駆られた。


「千草は、目黒を摘発したらやりたいことがあると言った。……何だか分かるか?」


 拳を握る手に力が入った。

 今にも掌の皮を爪で破りそうなくらい、それは強く。


「――花園に告白して、一緒にこの孤児院を……子どもたちを、護って生きていきたい。……アイツはそう、迷いのない目で俺に言ったんだ」

 

 千草が花園に恋い焦がれていたのを知っていた。

 鬱陶しいくらい、花園の話を隣でされた。

 彼女は何が好きで何が嫌いで、趣味は何だ、など聞かされていた。

 対する花園も、亜紀への恩返しのためと仕事に生きて表に出さないでいたが、千草と会った時の表情や仕草で一目瞭然だった。


「アイツは、このペンタグラムが平和であれば望みはないと笑って言うくらい、欲のない男だった。……俺はアイツの、唯一見つけた、ただ一つの願いを知りながら――この引き金を引いたんだ」

「っ、ちが……」

「違わないさ! ――俺は、アイツらの気持ちを分かっていて、多くの命と天秤にかけて……あっさり切り捨てたんだ」


 彼らには幸せになって欲しい。

 そう、切に思っていた。

 この正義と悪が逆転した、悪意蔓延る社会の中で、幸せを感じて生きて行って欲しかった。

 特に花園は辛い過去があり、誰よりも幸せに、女性としての幸せを手にして欲しいと願っていた。

 ――それなのに、目黒をどんな手を使ってでも摘発すると脇目を振らなかった。

 結果、千草は目黒に囚われ、人質となり――彼を、撃った。


 あぁ、亜紀はきっと――……。


「自分の周りの……手を伸ばせば、すぐ届くくらいの距離にある人間の幸せすらも守れないくせに、俺は自分の立場を優先させた。全ては俺の責任だ。この落とし前は、俺自身がきっちりとつける」

「……っ、隣にいた人間すらも守れないと分かっていながら、どうしてあなたはそうやって一人で片付けてしまおうと思うんですか! 相手は大きな組織です。一人で対応できるかそうでないかくらい、亜紀さんなら分かるでしょう!? どうして僕を……っ、僕たちを頼ってくれないんですか!?」



 自分たちはオリエンスとペンタグラムを繋ぐ境界の番人。

 総帥である亜紀の命令に従い、己の正義とプライドを持って、人々を狂蟲狂魔の脅威から護る。

 捜査員の誰かが危険な目に遭えば、亜紀は何度だって手を差し伸べてきた。

 誰かが命を落とせば、その尊い命にひとり涙した。

 ゼロ・トランスで傷ついた子どもたちのために施設をつくった。

 狂魔に堕ちそうになった花園を諦めずに狂蟲レベルを通常にまで抑え、人としての生活を送れるよう導いた。

 蒼斗だって、死神と罵倒され、信じていた世界に裏切られ殺されかけたところを、引きあげられ、その命を拾われた。


 亜紀が彼らに救いの手を伸ばしたように、彼らもまた、亜紀の役に少しでも立てれば、といつも考えていた。

 だから、いくら亜紀が捜査に盲目的に動いても、彼らは何処までもついていった。

 亜紀が、彼らをそうさせたのだ。

 ――けれど、亜紀は首を横に振った。


「……俺の不始末にお前たちを巻き込むわけにはいかない」

「巻き込まれるだなんて思っていません! これは、僕たちAPOCにとっても重大な事件です! だから……」

「お前たちの気持ちは有難い。――だが、俺にも譲れないものがあるんだ」


 亜紀はふと目を伏せ自嘲した後、すぐに覚悟を決めたように視線を鋭くさせ、蒼斗に手を伸ばした。

 細長い指先はゆっくりと視えない首輪に触れ、


「第一皇帝が命ずる――俺が戻るまで動くな、蒼馬」

「なっ!?」


 亜紀が告げるや否や、蒼斗の首元から無数の蒼い鎖が飛び出した。

 鎖は退がった蒼斗の身体を拘束し、暴れる度に貫くような激痛を与えた。

 突然の痛みに耐えられなかった蒼斗は、その場に両膝をつき、地面に突っ伏した。

 完全に油断をしていた。

 慌てて拘束から逃れようと身を捩るが、抵抗を咎めるかのように、鎖から強烈な電流が全身に流れた。

 これに流石の蒼斗も悲鳴を上げた。

 蒼斗の抵抗が止むと電流が次第にとまり、身体の芯まで痺れを帯びた状態で蒼斗はそのまま倒れた。

 


「少しでも抵抗する素振りを見せたら、その鎖は容赦なく電気を流す」 

「っが……! ぅ……あ、きさ……なにを……ッ?」

「本当は俺だってお前にこんなことをはしたくないんだ。……だが、こうでもしないと、必ず俺の後を追って来るだろう?」


 思えば、出会ってから蒼斗が亜紀の言うことに素直に従ったことなど、あっただろうか?

 駄目だと言えば反抗し、逃げろと言っても逃げない、助けに来るなと言っても、奈落の底まで追いかけてくる。

 本当に、諦めの悪い性格だった。

 

「……馬鹿だよ、お前は……本当に……」


 こんな話をしても、欲しい言葉をくれる。

 言って欲しくないのに、心の何処かで伝えて欲しい言葉をくれる。


「……行っちゃ、ダメだ……亜紀さ……」


 伏した蒼斗は、苦しそうに肩で息をしながらやっとのことで抜け出た震える右手を亜紀に伸ばした。

 この手を、取って欲しい……そう、懇願しているようだった。


「行ったら……ころさ、れ……っ」


 もう限界なのに、それでも指先いっぱいに伸ばし続けた。

 ふるふると、手が小刻みに揺れた。

 その手を亜紀は一瞥し、寂しそうに目を伏せた。


「……悪いな、蒼斗」

「あきさ……っ!」

「お前は……お前だけは……」


 亜紀の口が動く。

 それがよく聞き取れなくて、もどかしい。

 何であろうと、きっと蒼斗が怒るのは間違いないだろう。

 亜紀が完全に蒼斗に背を向けた。

 止めないと、絶対に止めなければならない――それなのに、意思に反して意識が遠ざかっていく。


「ば、か……やろ……っ」


 蒼斗は目に涙を溜めながら、意識を手放した。

 最後に見た亜紀の背中が痛いくらいに辛そうだったのを脳裏に焼き付け、蒼斗の頬に涙が伝った。





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