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Episode3--誰が為に

これは今から3年前の物語

Episode3ーー誰が為に



目の前は薄暗く、それでも少しだけ小さな光が見えた。けれど、目に映るその光にはいくら手を伸ばしても届かない。届くどころか段々と遠くなって行く。

無冠貴砂(むかんきずな)の体は深くゆっくりと、底のない底へと沈んでいた。体の力は抜け、もがくことすらできないその状態で、そうする気力もなく沈んでいた。


時折ときおり、貴砂は自分の体を温かい何かが包んでいることに気づいた。それはとても優しくて、何処かつらいい気持ちが込められた何か。


『そうしよう。この子の名前は貴砂にしよう』

どこからか遠く、もしくは近くから、聞き覚えのある二人の声がした。聞いたのは遠い昔、それでもその声は強く心に残っていた。


「ねえ貴砂、ちゃんと見えてる?お母さんとお父さんの事」


気が付けば、沈んで行く貴砂の視界は見覚えのある光景へと変わっていた。だが、その光景は少しぼやけていて、目の前にいる二人の顔すらはっきりと見ることができなかった。

「ほら、貴砂が笑った」

「ほんとだ、笑ったな。わかるか貴砂、お父さんだぞ」

うれしそうな二人の声が聞こえる。視界はぼやけているが、目の前の二人が笑っているのが貴砂にはわかった。そして、目の前の二人が貴砂の顔を見て微笑むのを見て、それに流されるように貴砂も微笑み返した。


「見て見てー母さん、僕父さんに勝ったよ!」

「お、貴砂は背が高いな~。父さんの負けだな」

すると、微笑み合っていた時はつかの間、その後ろでは父親よりも五段上の階段に登り勝ちほこる幼き日の貴砂の姿があった。

家族三人で笑い合ったなつかしい記憶、それが何故か貴砂の目の前では流れていた。


映し出される場面はどれも途切れ途切れで、小学校の入学式が映ったと思えば、次は中学の卒業式。途切れるその映像には、きっと今の貴砂の記憶に影響するのだろう。

そのせいか、貴砂に今ある記憶は少なく、目を離せば消えそうなほどに弱っていた。


貴砂は中学を卒業し、学校からもらった推薦を使い難無なんなく有名公立高校へと入学した。

高校に入学した辺りからは、貴砂にもしっかりとした記憶があった。

ただ記憶があるといっても、貴砂が高校で過ごしたのは高2の夏まで。

とても短い期間だった。それでもしっかりと日々を満喫まんきつしていたことは覚えている。だからこそ、あの高2の夏の日だけは今でも貴砂の頭から離れない。


貴砂が高校を眺めていると、眺めている校舎は徐々に崩れ始めた。仲の良かった先生、友達、その他多くの物が風に吹かれた砂山のように消し飛んだ。そして、飛んで行った砂たちはまた新たな風景を作り出した……。


ーーここはあの日の……。


その日、貴砂は四人のクラスメイトと共に、いつもと変わらない近道を通って高校から帰っていた。

商店街しょうてんがいの人込みを避け、すぐ横に細道を男女四人で隙間を開けながら通り抜けた。するとそこには一本の大きな道路が貴砂達の行く手をふさいでいた。

そこは、午前午後関係なしに車の通りが多く、貴砂達もたまにかれそうになっていた。


ーーあれは……。


他のクラスメイトが楽しそうに話す中、一人向かい側を見ていた貴砂の目に、パン屋から買い物袋を二人で仲良く持ちながら出てくる両親の姿を映った。

貴砂は声をかけようか迷ったが、クラスメイトと話すことを優先した。


ーーあぁ、これが間違えだった。この時母さんと父さんに声を掛けておけば、あん……なことには。


「どうした貴砂?知り合いでもいたのか?」

「いや、なんでもなーーーー」


瞬間、貴砂の目の前を一台のトラックが怒号どごうを上げながら通り過ぎた。そのトラックは、確実にそこで出していいスピードを越えていた。

「おい、危ねぇな!!」


咄嗟とっさに貴砂の隣にいたクラスメイトの一人がトラックに向けてそう怒鳴りつけた。

しかし、トラックは依然いぜんスピードを落とすことなく少し右寄りに走り続ける。

そして、その時は訪れた。

誰もがこのまま通り過ぎて行くと思っていたはずのトラックは、車体を何かに持ち上げられたように大きく右に傾き、そのまま横にあったパン屋へと突っ込んだ。


「……!!」


その場にいた一同は、この衝撃しょうげきの出来事に数秒間ただ口を開けて見ていることしかできなかった。

ただ、この時は幸いな事に突っ込んだパン屋に客はおらず、貴砂の両親もトラックが傾いていた事によりできた隙間にしゃがんで衝突をのがれていた。誰もが戸惑いを隠せない数秒間、軍服を来た白髪の男だけが、トラックとパン屋の隙間にいた貴砂の両親にいち早く気づき、周りの人間にも聞こえる様に大声で二人に声を掛けた。

「トラックの下の二人、まだ生きてるな!早く出て手をーーーー」

けれど、そう声を掛けた時には既に手遅れだった。男が手を伸ばすまでの数秒間、傾いて止まっていたはずのトラックは静止をやめ、鈍くきしむ音を発しながら二人の元へと勢いよく倒れこんだ。


「ぇ……」


二人は即死だった。倒れこんだトラックは、軍服の男の手まで押しつぶし、人一人の手がちょうど入るくらいの隙間を開けて倒れていた。

「待てよ……」

誰もが目を泳がせる中、貴砂一人だけが今の状況をしっかりと理解していた。

貴砂は誰よりも早く理解し、理解したからこそ音もなく地面に膝をついた。



ーーーーー

ーーーーーー

ーー

ーーー



気が付けば、貴砂は自分のベットの上で寝転がっていた。

ーー冷たい。


ただそのベッドには、赤黒い血が全体に染み込んでいた。もちろん貴砂の体も同様に真っ赤に染まっている。


ーーあの日、父さんと母さんは不慮ふりょの事故で死んだ。俺は誰よりも早くその場に駆け寄り、トラックの下に手を伸ばした。誰もがわかっていた、わかりきったはずのその結果に我慢がまんができずに俺は逃げ出した。


誰もいない一人の部屋は、すさんだ貴砂に孤独こどくと言う重みを押し付けた。

貴砂はそれに押しつぶされるようにベッドの中へともぐりり込んだ。潜り込んだベッドからは、血生臭いにおいが永遠と漂ってきた。


そして、それに耐えきれなくなり、貴砂はベッドから抜け出しトイレへと走った。

「おぼぇ……なんでぇ……なんでこうなった」

「おぼぇぇぇぇええ!!」


いくら吐き出しても貴砂の気持ちは収まらなかった。

誰よりも早くに理解をしたからこそ、してしまったからこそ、逃げたいという気持ちが抑えきれない。

この現実から逃げ出したい。その気持ちだけで今の貴砂はいっぱいだった。


『いいかい貴砂。これは母さんと父さんとの約束だ』

『うん!』


『でも何を約束するの父さん、母さん』

『それはだな。これからのお前に必要なものだ』

だが、溢れ出す気持ちの中に、一つだけ、こぼれずに残っていた言葉があった。それは今でも思い続けている信念のようなもの。


『いいか貴砂、人は人の為に生きろ。これが約束だ』

『人の為に……?』

『あぁ、そうだ。いつかこれをわかる日が来ると、父さんと母さんはお前を信じている。だから約束だ』

『わかった!!』


あの日から、貴砂は養子として親戚の人に引き取られた。

両親との目に見える思い出はなく、残っていたのはこの言葉だけだった。


それなのに、貴砂を養子として引き取った家族は貴砂を追い出した。

愛想がない、何を考えているかわからないと拒絶して。

そして貴砂は一人になった。いつか交わした信念を置き去りにして……。

ご愛読ありがとうございました。どうだったでしょうか?

はじめのプロローグがないことに違和感を持った方も多いと思いますが、今回は貴砂だけに焦点を当てたかったのでこうなりました(笑)


もしよかったと思ってくださったのなら、友達などにこの小説良かったと言ってください(笑)

次回の投稿は来週になります。

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