ただの剣ですが
初めて、私があの人に出会った…と言うよりも、手に持ってもらえた日のことはよく覚えている。
私の父は特に名を馳せた者ではなかった。それこそ、極めたものにとってはお遊びと呼ばれるような力量で私を作ったのだ。
だからこそ、父亡き後、当然のように私は安く売られていた。幾度も人の手を渡り、幾度も国を渡り、買い手が付かぬ私は最後の最後にはタダ同然で売られていた。
場所は初心者冒険者を育てることに力を入れている街の、小さな武器屋。辛うじて手入れはしてもらえてはいたけれど、乱雑に転がらされていた私をあの人は──ヴィルスは宝物を見つけたかのように大切に抱き上げたの。
「おっちゃん! この剣は!?」
「おいおい、坊主。いくら金がねえからってそれ買って狩りに行こうってんじゃねぇだろうな? そんな鈍ら街の中の護身用にしかならねぇぞ」
「んなこといいんだよ! 俺はこれがいい。聞きたいのはこの剣の値段だよ値段!」
きらきらと目を輝かせ。
私のことを大切そうに抱く彼。店主は私のことを一瞥してから深いため息を吐いて自分のボサボサの髪を乱雑にかくと「金はいい、持ってけ」と言ってくれた。
私は嬉しかった。素人同然の出来だと指をさされ、安く売られゴミのように流れ流れにやってきたこの国のこの街で。
私を本当に大切そうに抱いてくれる“主”に出会えたことを。そしてその身を拙いながらも守ることが出来ることが。
お金が無いというヴィルスに私を譲った店主に感謝もした。だって、ヴィルスの装備は村人に毛が生えた程度のものだったのだから。
剣を買うはずだったそのお金で、防具が買えるのだから。
「本当かよ!? いいのか!?」
「さっきも言ったろ、そいつは鈍らで大した役に立たねぇ。むしろ喜んで貰ってくれるっつーなら、そっちの方がその剣も嬉しいだろうよ。だから浮いた金で装備でも揃えろ、わけぇんだからしぬんじゃねぇぞ坊主」
ありがとうと叫ぶヴィルスは何度も店主に頭を下げると私を背中に掛けて薄暗い店から出る。
久々に浴びた陽の光に少し気分がよくなり、改めてヴィルスを見て笑ったものだ。
ヴィルスはどこにでもいるような少年だった。見目がいい訳でも無く、体格がいい訳でもなく。珍しい何かを持っているでもなく。魔力すらもろくになかった。
ただ綺麗な茶髪に青の目をしているのが印象的な彼はそそくさと家に帰ると私を鞘から抜き、窓から差し込む光に刃を当てて光を反射させたと思えばにこにこと笑って口を開いた。
「本当に綺麗だな。お前があんなところに転がってるなんて、運が良かったよ。俺はヴィルス…今日から冒険者になったんだ…宜しくな相棒」
その言葉に身が震える気分だった。
相棒。相棒といったのだ。まだ本当の駆け出しで。右も左も分からないからこそ、私を選んだかもしれないけれど。それでも嬉しくて嬉しくて。
ああ、この人が私の主で相棒なのだと嬉しくてたまらなくなった。
届くはずもない、私は剣でしかないのだから。それでも私はヴィルスに返事をする。
『えぇ、もちろん。私が貴方を守ります』
剣なのに守るとか、おかしいかもしれない。それは盾や防具の役目かもしれない。でも私は…ヴィルスを守る。
剣としての役目はろくにできないと思う。店主が言っていたように、私は鈍らできっとヴィルスも強くなっていけば私が足を引っ張っていることに気づき、手放すだろう。
それでもいい。だから私を握る、なんのタコもないその綺麗な手が、タコだらけになり固くなり、強くなるその時まで私はヴィルスと共にあろう。
とある国のとある街の小さな出会いの日