scene8 負けず嫌い
ネットの応募が終わると、すぐに喫茶店を出た。
太陽が既に沈み、辺りは真っ暗で、帰宅時間だというのに、人気は少なかった。
3人はしばらく一緒に歩いた。
ヤマトが一方的に喋り、私はそれに頷き、ユウは黙って、話を聞いているフリをしていた。
「芸能人になったら、TV番組の司会とかやってさ、超有名人になるんだ」
とても大きな夢だこと。
砂上の蜃気楼のような話でも、ヤマトはとても活き活きと話した。
輝くその目は、少年そのものだ。
馬鹿らしいけど、ちょっとだけ可愛くも見える。
それと対称的に、黙って歩く私のカレは、一体何を考えているのだろうか。
「書類審査の結果は、今週の金曜日に出て、その次の日に面接だよな?」
ユウが突然口を開いたかと思うと、意外にも読者モデルについての話だった。
「そう。まあ書類審査なんかで落とされないだろ」
今日が月曜日だから、あと4日後に結果が判明する。
ヤマトのその大きな自信はどこから来るのかさっぱり分からないけれど、審査に応募する人は、一体何人いるのだろうか。
多ければ多い程、もちろん合格する可能性は低くなる。
「トニー事務所の人に会ってみようぜ!」
これまた意外!
ユウが前向きな発言をしている!
「会う?会って何するんだ?」
ヤマトは本当に何も分からないというように質問した。
純粋というか、工夫が足りないというか…。
「自分を売り込んだり、コンテストの情報を聞き出すんだ。コンテストはたくさんの人が参加するんだ。誰でも真正面からぶつかって、勝てる確率は高くないと思うぞ」
「ユウ、すごいね!やる気満々だね!」
これは正直な私の感想。
やる気の欠片もなかったのに、勝算まで計算しているなんて、どういうスイッチが入ったのだろうか。
「やるからには、負けたくないだけだよ」
負けず嫌い。
確かに、私のカレは、とてつもなく負けず嫌いだった。
学校の授業のテストで100点が取れるのも、ひとえに彼が負けず嫌いなだけだった。
何事にも無関心な彼は、勉強それ自体にも、実はあまり関心がないようだった。
「そうだな!でもどうやって?」
「俺達が普通にトニー事務所に問合せしても、絶対に相手にしてくれないから、先輩読者モデルの人に連絡を取ってみるっていうのはどう?」
「先輩に連絡?どうやって?」
ユウと私と目が合った。
これは嫌な予感がする…。
「サオリが先輩読者モデルの出待ちをするんだ。サオリがファンみたいに待っていれば、先輩読者モデルも悪い気はしないだろう」
「ファンでもないのに出待ちするの?何か嫌だなぁ」
人を騙すのはよくない。
ユウは表情を変えること無く言った。
「いや、ファンみたいに出待ちするだけで、別にファンってわけじゃないよ。そこで少しでも情報が分かれば、儲けものだな」
私のカレはいつからこんな策士になったのだろう。
それが良いことなのか、悪いことなのか、曖昧のまま、ユウの話は続いた。
「とりあえず今日帰ったら、このコンテスト出身の読者モデルを調べてみる。」
ユウの目は、何かを考えているように見えた。
本当にスイッチが入っている…。
ユウがやる気になると、とても心強い。
普通の人が不可能と思われることも、自分で解決策を考えて、難なくやってのけてしまう。
そんなバイタリティは、無関心な見た目の印象からは、全く見受けられないけれど、内に秘めたパワーは、とてつもないものがあると、私は気付いている。
ユウは私達と別れるまで、黙ったまま、帰り路を歩いていった。