二話 霊奏術と巫女と記憶と
誤字脱字があればご報告、よろしくお願いします。
「久藤……茜?」
「そうそう」
目の前の少女は元気に頷く。
「どうして、こんなところに?」
少女―――茜は崇仁に対し、そんな疑問を抱いていた。
「こんなとこ?え?」
崇仁は初めて気付く。この空間はあまりにも異様だ。鬱蒼としていたさきの森林とは打って変わって、ここには草木一つもない円形の大地が広がっていた。
明らかに自然の産物ではなかった。
「ここは、どこだ?」
崇仁は口ずさむ。今しがた抱いた疑問を。その声を聞いて、茜は少し考えた仕草をしてから。
「ここはですね。霊奏場ですよ。久藤家が管理している霊奏場です」
「霊奏場?」
崇仁は腕を組み、脳内を整理し始める。なぜなら、少なくとも崇仁の記憶の中には日本にそのような場所はなかったからだ。
「え?知らないんですか」
茜は驚愕としている。そして、そわそわとした動きに変わっていた。
「どうしよう。部外者に教えちゃったよ。でも、あの人霊奏術使ってたし、でもでも」
そわそわし始めた茜を横目に、崇仁は推理、もとい推察を組み立てていた。
まず第一にこの世界に魔法はないはずだ。いや、崇仁は別に全知でもなんでもないのだが、経験則というやつだ。だが、もしも本当に魔法に似た何かが存在したのだとしたら。
それはこの世界では『霊奏術』と呼ばれるようなやつらしい。もちろんそんな単語聞いたことがない。おそらく権力がかかったような、そんなトップシークレットの一つなのだろう。
まぁ、それはたいした問題ではないのだが、今直面してる問題はもっと他にある。
「じゃ、じゃあ、あなたは何なんですか」
やはり来たか、と。崇仁は舌打ちを打った。
そう、これが今一番の問題。
崇仁自身の正体追求。
崇仁は考える。この状況を打開できる作戦を。
まず、どう答えるべきか。そういえばこいつ――――茜はさっき『巫女の力』とかいうキーワードを出していたような気がする、と。一つの希望が光刺した。
「俺は………巫女の力を持った一人なんだよ」
崇仁は確信する。これならうまくいけるはずだ。こいつの力―――――『霊奏術』というのはおそらく、巫女の力と同義なのだろうと推測をつけていたからだ。さっき茜が見た崇仁の力―――魔法をおそらく茜は『霊奏術』と誤認している。
今ならいける。
「あの………巫女の力って言いました?」
「あぁ、そうだ」
それを聞いた茜はため息を吐く。その吐息が白く色付けされ、夜空に消えた時、茜は言い放った。
「巫女の漢字、知ってます」
と言って、折れて転げ落ちていた木の枝を持ち、その場―――『霊奏場』の地面に『巫女』と大きく書いた。
「へ??」
素っ頓狂な声を上げたのは崇仁の方だ。理解し難いという表情で、というよりかは信じたくないという風だろうか。とにかく、そんな複雑な表情で崇仁は突っ立ていた。
「いや、たがら」
崇仁にとっては死刑宣告にニアリーイコールなその言葉を茜は口ずさもうとする。
ゆっくりと『巫女』の『女』という字をまるで囲み。
「ここに女っていう字があるでしょ。あなた、女の子なんですか」
その世界は数秒静寂に囚われる。
動かない。動けない。
打開策がいとも容易く瓦解した。この次の案は、と崇仁は思考するが、やはりそこに打開策は浮かばなかった。
絶体絶命。
「それに、あなた女の方いうよりも……………犯罪者ですもんね」
茜の声が刺々しさを増した。いや、無かったところから、急に生まれてきた。
なんだ?
「え?確かに俺は女の子じゃないけど、犯罪者ではないよ」
「嘘つきは泥棒の始まりですよ」
な、何なんださっきから。崇仁の懸念は一層濃くなっていく。自分自身が知らぬ間に何かボロを出していたんじゃないか、と。
茜は無言で何処かかへ行き、そしてまたすぐに帰ってきて、手に持った紙を読み上げた。
「今日9時25分の少し前、エイトテンで。ここまで言えばお気づきになられるんではないでしょうか」
エイトテン、エイトテン、エイトテン………と呪詛のように何度も何度も、コンビニエンスストアの名前を繰り返す。
「エイト………テン……………エイトテン!!」
少し前の記憶がフラッシュバックした。
その時崇仁は、コンビニに入り、商品をビネール袋に入れ、無言で出て行った。
ま、ま、
「万引き?」
茜は目を細め、口を開く。
「そうです。そしてついでに言えば、あなたの万引きした商品のお金を払ったのは私です」
ご立腹に腕を組み、崇仁を睨む茜。それを見て崇仁は、ホッとしていた。
どうやら、自分の正体については感づかれていなかったようだ。それを確認した崇仁はため息をふぅと吐いていた。
それを見た茜が怒鳴るように口走った。
「な、何ですか!そんなことして怒るなら、最初から立て替えなんてしなかったら良かったじゃないか、みたいな顔は!」
いや、別に崇仁はそんな顔を一切してないのだが、茜目線から言えば自分の話を聞いた直後にため息を吐いたのだ、そう見えてもおかしくはなかった。
でも、そうだ。そう言われればそうだ。
「なんで、俺の万引きした品の金の立て替えなんてしたんだ?」
「ああ!やっぱり万引きだって自覚してるじゃないですか!」
と、茜は大声で叫ぶ。しかし、いつしかその空間には沈黙が走っていた。さながら幽霊が渡り歩きしているかのようなそんな嫌な空気になっていた。
「そう……ですね。あなたを見てると、かわいそうだなって思うんです」
「別に俺は」
「そうです。別に可哀想じゃないかもしれない……………でも――――――――」
茜は一旦間を開けて、そしてその言葉をゆっくりと言った。
「とても………とても悲しそうな目をしてたから、何かに絶望してもう世界に絶望したような目をしてたから」
そんな茜の言葉に崇仁は苛立ちを感じていた。歯を噛み締め、拳を握り、脳が煮えたぎっていた。
「お前が…………」
「え?」
崇仁は誰にも聞こえないようなか細い声で呟く。小鳥の囁きのように呟く。が、その細い声は余計に崇仁自身を苦しませ、爆発させた。
「お前が、知ったような口を聞くな!!」
叫ぶ。理性が吹っ飛んでしまった状況で、喚き散らす。
「なにが、悲しそうな目だ!なにが世界に絶望したような目だ!
お前は何もッ!何もッ!何も知らないくせにッ!」
子供のようにただ怒鳴る。
「俺だって、俺だって………こんなの望んじゃいなかったッ!ただ普通に行きていけたらどれだけ良かったか。そして、今までの人生でどれだけ後悔したか」
崇仁が感情任せに言葉を吐く中、茜は冷静になにかを見ていた。
崇仁の中にある何かを。
「お前には絶対にわからない。お前には知ることもできない。お前には、お前にはお前には。
おまえ、に………は…….」
崇仁の言葉の嵐は止んだ。いや、止まざるおえなかった。
崇仁の表情はぐしゃぐしゃになっていた。頬に雫を垂らし、嗚咽を漏らし、膝をついて、泣いていた。
「あ、あ、どうして」
崇仁には理解できなかった。なんで今、この状況で、泣かなければいけないのかを。どうして、今自分は涙を流しているのかを。
茜はその姿をしっかりと目に収めている。
「俺は……おれ、は………なんで、なんだ…ゥ…」
崇仁はそれでも涙を流す。止まれ、止まれと願うも、その流れは止むことがない。
「くそ…………が」
そこで、何か一つの影が動いた。そして、崇仁の影とその影が交差した。伸ばされた両手がその泣きじゃくる少年の体にぐるりと回された。
「え?」
崇仁は状況が飲み込めなかった。でも、暖かい。とても暖かい。
何かを思い出す。何か、何かを。
「確かにね、私にはあなたがどんな人生を送ってきたのか分からないし、これからわかることもできないと思う」
茜はゆっくりと呟く。泣く子を宥めるようにゆっくりと。
「でも、でもね。これだけは知っておいて。私は絶対にあなたを見捨てないから」
それは、別になんてこともない言葉だ。ただ、無責任な言葉だ。約束とは程遠い、変な言葉だ。
でも、心が温まる、良い言葉だった。
「今は、泣いていいから」
そこで何か、崇仁の何かが解放された気がした。
「ああぁああぁあああぁ」
崇仁はひとしきり大きな声で泣く。
「誰も、守れなかったッ!傷つけたくなかったッ!でも、そうしないと、ダメだったッ!
じゃあどうすれば良かったんだよォォォォオオオオオオおおおおおおおお!!」
叫ぶ。叫ぶ。夜空に向かって、目の前の彼女に向かって。全てを吐き捨てる。今まで溜め込んだ物を爆発させる。
その行為はしばらく続いた。ひたすら泣きじゃくった後は、さよならを交わし、この場を離れていった。
♦︎
そして、数分後。
「な、な、なんで。あなたがいるんですか!」
大声で叫ばれた崇仁は目を丸くしてその風景を眺める。
「え?!ここってお前の家だったの?!」
「そ・う・で・す・よ!」
と、茜はご立腹。しかし、その表情は朗らかで。
「万引きの次は、住居不法侵入ですかー」
茜は呆れたように呟くと。
「あなたの万引きという罪は私がなんとか帳消しにしました」
そう言葉にし、続けて言い放つ。
「じゃあ、今回も、帳消しにします。分かりました。特別にあなたを家に住まわせる許可を出します」
「え?いいのか」
「ええ。いいですよ」
「そうしないと、どこか遠くにいってしまう気がして…………」と呟く茜の声は崇仁には届かなかったが。
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崇仁は思考する。
結局、『霊奏術』とは何だったのか、と。
なにか嫌な予感がしてならない。
そんな崇仁の不吉な考えが杞憂にすぎることはなかった。
ここから、ラブを増やせていけたらな、と思っております。