憐れな少年の物語
勇者はある日、召喚されました。異界なる地『ガルニア』へ。それが神の思し召しだったのか、はたまた偶然か。
なにもわかりませんでした。
勇者は自分の使命に、天命に気づき、そのための準備を始めました。
敵を斬り殺すための武器を買い揃えました。
敵から身を守るための防具を買い揃えました。
準備ができれば冒険に出発しました。もちろん、敵は現れました。
勇者は初めての戦いに赴きます。
しかし、戦闘経験などない勇者は恐怖に怯え、逃げ帰ってしまいました。そして、戦いたくないと、嘆きました。嗚咽を漏らしました。
そんなとき、魔物に村が襲われていました。人が、たくさんの人が襲われていました。
殺されていました。
それを見てしまった心優しき勇者は村を守るために戦い始めました。戦って戦って、そして魔王の軍勢をたった一人で一匹残らず全て殺しました。辺りには血の匂いが充満していました。
勇者が殺した魔物の血です。勇者が剣を振るい、肉を裂き、骨を絶ち、首を跳ね、魔物を殺して溢れ出た血です。
それだけで勇者の手は震えてしまっていました。血に染まりきった聖剣を見て、世界から色が褪せていくのを感じました。
殺されるか、殺すか、単純明快で、でも決断が定まらない。それが人間というものです。人間は非常に脆いのです。
それゆえに。
勇者は苦悩しました。挙句、全てを置いて逃げ出そうとさえしました。解放されようと背負ったものを投げ捨てようとしました。
でも、そんなことは勇者はできません。
なぜなら、彼は紛うことなき勇者なのですから。
正真正銘、徹頭徹尾、完全完璧、絶対的に紙に認められ、精霊に愛された勇者なのですから。
この勇者という鎖が彼を閉じ込めてしまいました。
葛藤しながらも、敵を殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し尽くしました。
死の道を勇者は歩きました。死でできた道を勇者は歩き続けました。
そして、死でできた道の最後には希望があると信じて、その歩みを進めました。
勇者は戦い続けます。己が剣を振るって、己が刃を混じり合わせて、目の前の己が敵を斬り続けました。
血が飛び散っても関係ありません。
骨を微塵にしても関係ありません。
瞳を指し潰しても関係ありません。
足を叩き斬っても関係ありません。
首を跳ね除けても関係ありません。
体を別離させても関係ありません。
指をへし折っても関係ありません。
顎を砕き潰しても関係ありません。
肩を叩き折っても関係ありません。
腹を斬り開いても関係ありません。
腕を溶解させても関係ありません。
頭を打ち割っても関係ありません。
肉をすり潰しても関係ありません。
胸を突き刺しても関係ありません。
膝を粉々にしても関係ありません。
膝を歪に曲げても関係ありません。
炎で燃焼させても関係ありません。
水で溺れさせても関係ありません。
風で切り裂いても関係ありません。
土で埋めさせても関係ありません
雷で感電させても関係ありません。
氷で氷結させても関係ありません。
岩で押し潰しても関係ありません。
光で肉を刺しても関係ありません。
闇で肉を食べても関係ありません。
剣で引き裂いても関係ありません。
斬って、殺して殺して殺して殺して殺して殺し続けました。
なぜなら、勇者は信じていたからです。
かつて抱いた希望を。彼女と共に抱いた憧憬を。
だから、勇者は歩き続けます。
死の道を歩き続けます。
いつか叶う、そんな夢お伽話な希望を信じて。
しかし。
ある出来事が、勇者の中の死という概念が狂わせ始めました。
勇者は壊れ始めました。
殺して、傷つかせて、血を飛び散らせて、罪悪感で胸を押し殺されそうになりながらも、敵を斬り続けました。
その自分を縛り付けていた圧迫感さえ、ゆくゆくは消えていってしまいました。
道は続きました。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
そしてその道は続きました。
ゴールはすぐそこです。
死の道の果て、やがて一体の化け物の下に辿り着きました。
勇者は剣を振るいます。
その剣の切っ先には躊躇や逡巡がまるでありませんでした。
目の前の敵を殺すことだけをその目は、その剣は捉えていました。
争いは熾烈を極めましたが、勇者が化け物の懐に飛び込み。
そして、決着は着きました。世界に平穏が再び舞い降りたのでした。
人類は、勇者を褒め称えました。
人類は、拍手喝采をあげました。
そうして、世界に明るい灯が降り注ぎました。
一人の犠牲と共に。
めでたし、めでたし。
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勇者、帰還
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