第七話 変えられる未来とその行く先
ゲームセンターの一件以来、茉夜と早百合の距離が一気に縮まっている。同じゲーマー同士というのもあるが、女子トークというやつだろうか? ゲームの話以外に化粧品や流行りのファッションなどの会話が度々聞こえてくる。
「ねえ茉夜ちゃん、この間貸したファッション誌読んだ?」
「あら早百合。ごめんなさい、まだ読んでないわね」
「絶対読むべきだよ! 何と言ってもとあるゲームのキャラクターを模した着こなしが見所で……」
ん、混ざってる混ざってる。まあ、二人が仲良くなるのは良いことだ。けど、遠目に見る俺は疎外感に苛まれる。早百合はともかく茉夜との会話が減るのはちょっと心苦しい。
そういえばここ一週間くらい前から予知夢を見なくなった。おかげで茉夜の心配はしなくて済むが、一人だけ蚊帳の外というこの状況は受け入れ難い。
昼休みにもなれば茉夜と早百合は二人して必ずどこかへ行ってしまう。なので今日も俺は他のクラスメイトと共に学食へ行く。……の、はずだったが。
「ねえ理生くん、ちょっといいかな?」
「お?」
早百合だ。いつもならもう教室から居なくなっているはずなのに、今日は俺に話し掛けてきた。
「何か用か」
「いやあ、理生くんにさ、屋上に来てほしいんだ。お昼ご飯、まだだよね?」
「ああ、これから学食に行こうとしてたところだ」
「ならちょうどいいよ! 茉夜ちゃんも待ってるから、早く来てね!」
早百合は話が終わると同時に教室を飛び出して行った。俺、了承してないんだけど……。まあいっか。茉夜が待っているのなら行くに越したことはない。
──────────
屋上にやって来たはいいが、肝心のあいつらの居場所を聞くのを忘れていた。屋上は開放されていることだけあって、中々の広さがある。それに昼飯時なので、他の生徒たちもそれぞれのグループを作ってレジャーシートやベンチの上で弁当なり購買で買ったパンなりを頬張っている。これでは余計に分かりづらい。
さてと。腹の虫がかなり機嫌を悪くしてきたぞ。早百合に急かされてそのまま来てしまったことを後悔する。俺も購買で何か買ってきたら良かったかな……。
「おーい! 理生くーん! こっちこっち!」
誰かに呼ばれてその方向に振り向く。ベンチに座っている早百合が手を振っていた。一人分のスペースを空けて茉夜もそこに座っている。
「おう。今行く」
返事をして茉夜と早百合の居るベンチへと歩み寄る。
「さあさ、座って座って!」
早百合が自分と茉夜の間をポンポンと叩いて促す。え? そこに座るの?
「いやちょっと……抵抗がある、かなあ」
「何言ってんの! そんなの気にしないから、早く座れっての!」
早百合に腕を掴まれて強引な座らされる。うーむ。こうも茉夜が近いと緊張するぞ。茉夜は目を合わせたくないのか、ずっと明後日の方向を向いている。やばい、すごくいい匂いがする。
「あ、あのさ、俺は何の用で呼ばれたの?」
とにかく何か喋っていないとどんどん意識していく。とりあえず早百合に話を振っておく。
「えっとね、端的に言うと理生くんには審判をしてもらいたいの」
「……は?」
全然意味が分からない。端的過ぎるだろ。
「お願いだから最初から説明してくれ」
「んー、どこから言えばいいんだろ……。理生くんは私たちがゲーマーっていうことは知ってるよね?」
「あ、ああ」
「それでね、私と茉夜ちゃんはよくゲームで対戦するんだけど、結果が平坦なのさ」
「平坦、ていうのは引き分けが多いってことか?」
「ううん。勝ったり負けたりってこと」
うーんと、つまりはお互いに勝った数も負けた数もほとんど同じというわけか。
「だからいっそのことゲーム以外で決着を着けようと思って」
……ん? 紆余曲折ってどころじゃないぞ。
「まだ最終的な話が見えてこないんだが」
「まあアレですよ、要は私と茉夜ちゃんのお弁当対決! ですよ!」
どうしてそうなった。そしてなんでドヤ顔なんだ。確かに二人の膝の上には弁当箱が握られている。茉夜のやつは見慣れたものだが、早百合のやつは初めて見るな。
「茉夜ちゃん、準備はいい?」
「ええ。いつでも結構よ」
「それじゃあいくよー? せーのっ!」
早百合の掛け声で同時に弁当箱が開かれる。茉夜のは見たところ唐揚げが主体の唐揚げ弁当だ。早百合のはいくつか謎の小さな正方形の入ったものだった。
「早百合の弁当に入ってる四角いやつはなんだ?」
「これ? これはね、学食で食べたサイコロステーキを真似してみたの」
言われてみれば確かに似ている。あのトロトロで濃厚な味わいを真似しようと思うなんて、早百合は只者じゃないな。
早く食わせろと再び腹の虫が鳴る。これ以上機嫌を悪くすると暴走でもしそうだ。
「お? 理生くんもその気だね! じゃあ食べさせてあげるから、どっちのお弁当が美味しいか、ちゃんと評価してね!」
なるほど。審判とはそういうことか。ならこれは願ってもないことだ。現役女子高生の弁当なんて、中々食べられたものじゃない。ありがたく頂くとしよう。ん? でも食べさせるって?
「はい、あーん」
早百合はサイコロステーキを一つ箸で摘み、俺の口へと運んできた。ちくしょう、やっぱそういう流れか! めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!
「早く口を開けてよ」
「お、おう……」
このままでは昼飯にありつけそうにない。背に腹は変えられないので大人しく開口。からの咀嚼。
「どう?」
「むぐむぐ……そうだなあ……。訊いておきたいんだけど、これって材料は何?」
「え? 牛脂だよ?」
「牛脂! バカかお前は! それは食材じゃなくて調味料! ああもう、口の中が脂まみれでなんか気持ち悪い」
まさかすぎる展開につい怒鳴る。早百合がここまで料理の知識がないやつだとは……。
「なるほど。だからスーパーで無料だったんだね」
「あのな、牛脂を使うことはいい。だがそれを丸ごと食わせるってどうよ?」
「ごめんなさい……」
これはもう勝者は決まったようなものだな。まあしかし、だからといって茉夜の弁当を食べてみないことには判定のしようがないもんな、うん。口直しというやつだ。
「じゃあ次は茉夜だな」
「え、ええ、そうね。じゃあ、いくわよ……」
茉夜も早百合と同じように唐揚げを一つ摘んで俺の口元へと持っていく……のだが。
「あ、あーん……」
眉間にシワを寄せ、下唇を噛みながら向かってくる。鬼みたいな形相だ。でも可愛いから問題ない。
「むぐむぐ……」
「はあ……はあ……はあ……」
食べさせるだけでかなり疲労している様子。なんだろう、すごく嬉しいはずなのに罪悪感がある。
「どうかしら? 味見はしたから大丈夫だとは思うけど」
「…………」
これは噛めば噛むほど、アレだな。言っていいのかな?
「……茉夜。正直言うぞ」
「ええ」
「これ……めちゃくちゃ不味い!」
確かに最初の一噛みはちゃんと唐揚げの味がした。だけど中から出てくるのは肉を焦がした様な味だ。食感も唐揚げのそれではなく少し固さがある。
「すまん。食えないことはないが、これは遠慮したいかな……」
「おかしいわね。味見した時はそんなことなかったみたいだけど」
「……え?」
なんだ、その言い方は? もしかして茉夜が味見したんじゃないの?
「味見したのは私のお母さんよ。まあ、美味しいと言いながら苦笑してた理由は分かったけど」
茉夜の母さん、大変だったなあ……。
「じゃあ茉夜がいつも持ってきてる弁当は?」
「あれはお母さんが作ってくれてるのよ。悪かったわね、私が料理のできない女で」
茉夜はフン、と鼻を鳴らして目を背けた。味は最悪だったが、茉夜の可愛いところが見れて良かった。
「審判、判定をどうぞ」
早百合に言われて思い出す。そうだった。一応俺は審判だったな。
「これは引き分けだな。判定のしようがない」
「だよねー」
でもまあ、俺の胸に燻っていた疎外感はなくなっている。全くの無駄だった、なんてことはない。
「じゃあまた明日対決だね! 次は負けないからね、茉夜ちゃん!」
「ええ、いいわ。望むところよ」
俺の目の前で火花を散らす二人。なんで料理できないのに料理対決なんだろう? どうせまた審判は俺だろうから、せめて食えるものにしてほしいなあ、と思いながら空を仰ぐのだった。




