第六話 現実に訪れる小さな幸福
連続して茉夜の身にとんでもないことが起きたというのに、今日に限っては予知夢ではなく普通の夢を見た。しかし折角久し振りに見れたというのに、夢の内容を忘れてしまった。夢を見たことは確かなのだが、どうにも思い出せない。
学校に来てからも、ずっとそのことばかり考える。
「おふう……」
授業にも身が入らず、中途半端な溜め息が出る。予知夢を見なかったということは、今日のところは茉夜の身に危ないことが起きることはないということでもある。それはもはや確定と言ってもいいのだが、いかんせん気にはなる。
「……? ちっ」
俺の視線に気付いた茉夜が舌打ちする。なんだよ……昨日のことをまだ根に持ってるのか? アレは不可抗力だったのは明白なはずだ。それに、相応の罰はもう受けたし。それとも他に何かあるのだろうか? いやまあ、あったとしても依然として心当たりはないけどな。
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放課後になり、部活のある生徒が教室から居なくなっていく。部活のない生徒も、いつものメンツで帰りにどこかへ寄っていくような話をしながら出ていった。さてと、俺はどうしようかな……。
「なあ茉夜、今日も一緒に……ってあれ?」
既に茉夜の姿はなかった。先に帰ったのかな? いや、それにしたって物音一つしなかったような気がするんだが。
気付けば早百合もいない。こういう時、何故か俺に飛びついてきそうなのに。やれやれ、久々に野郎一人か。
「うーん、なんだかなあ」
別に一人で帰ることはいい。ただ、あまりにも今日という日を薄く感じてしまい、刺激を求めて寄り道したくなる。よし、そうと決まれば行くところはあそこしかないな。
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やってきたのはとあるゲームセンターだ。学校からは少し歩くが、寄り道にはちょうどいい。とくに学校側から禁止されているわけではないので、俺と同じ制服姿の生徒もちらほらと見かける。
何かしたいゲームがあって来たのではなく、ただ単に歩き回って他人がやっているゲームを後ろから眺めるだけでも案外楽しいものだ。
最近来なかったこともあっていつの間にか知らないゲームが増えている。画面に映し出されるキャラクターのビジュアルも、昔とは比べ物にならないくらい綺麗になっている。
「へえ、色々あるなあ。ん? なんだ? あの人集り……」
異様に人が集まっている場所が一ヶ所だけある。かなりの人数だが、盛り上がっているというよりは真剣な面持ちで何かを見守っているようだ。なんだろう?
「ちょ、ちょっとすいません……」
人の塊を掻き分けて、誰が何のゲームをしているか確かめに行った。するとどうだろう。そこには見知った銀髪が居た。
「早百合?」
舌をペロリと出してゲーム画面に集中している早百合。知り合いとはいえ、今は話し掛けられる雰囲気ではない。椅子に座ってガチャガチャと忙しなくレバーやボタンを操作し、画面内では俺には全く理解の及ばない動きを見せている。
「これって何のゲームですか?」
知らないゲームだったので、近くに居たさっきから連れらしき人物に解説をしている奴に訊いてみる。
「んあ? ああ、このゲーム? なんだよ、知らないの?」
「まあ、新参者なので」
「いいよいいよ、教えてやるよ。このゲームまあ、簡単に言えば格闘ゲーム、俗に言う格ゲーだよ。キャラクターを操作して、相手を倒せば勝ち。至ってシンプル、シンプルイズザベスト!」
「はあ……」
「ルールは分かりやすいが、そこに至るまでの道のりがとにかく大変でな。相手も人間だから、こう、フェイントとか絡めていかないと当たる攻撃も当たらないし、何よりも当てた後のコンボだな、コンボ! どのコンボでいくかの取捨選択が難しい」
なんだこいつ……めっちゃ喋るぞ……。と、とりあえず、早百合がどういうジャンルのゲームをしているのかは分かった。俺は逃げるために適当に会話を打ち切って、別の見える場所へと移動する。
「…………」
早百合は今まで見たことのないくらい真剣な表情をしている。手元もそうだが、画面内のキャラクターの動きも一言で言うなら『気持ち悪い』だ。素人の俺から見ても、早百合やその対戦相手がかなり腕の立つプレイヤーだということは分かる。だけどそれを差し引いても、やはり出てくる感想は『気持ち悪い』になる。
「……っく!? あー! 負けた!」
しばらくしてようやく決着。早百合は出し切ったと言わんばかりに背中を後ろに放り投げる。背もたれはないので、椅子が早百合のお尻の辺りを支えているような形になった。
「嬢ちゃんすげえな! いい試合を見せてもらったぜ!」
「これに懲りずにまた挑戦してくれよ!」
ついて出るのは早百合に対する賞賛の声。早百合は起き上がると照れくさそうに笑いながら片手で後頭部を掻く。
「いやあ、それほどでもー」
元の可愛さもあって、その仕草に男心をくすぐられる。んー! 俺は茉夜一筋だぞっ!
早百合は反対側にいる対戦相手の方へと向かっていった。何故かその対戦相手であろう人物は、コソコソと見つからないように逃げていた。いやしかし、深く被ったキャップにサングラスとマスクではまず目立つ。
「あ、ちょっとちょっと! そこの人!」
案の定、早百合に気付かれて動きを止める。うん? あの長い髪の毛は……?
「あなた強いですね! 私も結構腕を上げたと思ったんですけど、まだまだでしたね! いい試合をありがとう!」
負けたというのに、全く淀みがない早百合。相手は困惑気味だったが、差し出された手を握り返した。もしかして早百合は相手が誰なのか気付いてないのか? 一応、制服を見れば同じ高校の生徒だということは分かるはずだが。
「よお早百合。見てたぜ試合」
教えるためにまずは話し掛ける。早百合は突然呼ばれて動揺したが、振り向いて俺だと分かるとすぐに笑顔に戻った。
「あ、理生くん! どうしたの? こんなところで」
「こんなところでって……ご挨拶だなあ。まあなんだ、たまたま寄ったんだよ」
あ、違う違う。そんな世間話をするために話し掛けたんじゃない。
「そこに兄ちゃん、もしかして嬢ちゃんの彼氏ぃ?」
一人の観客が野次を飛ばす。それに釣られて次々と同じような台詞があちこちか聞こえてくる。ああいう手合いは好きになれない。
真に受けた早百合が頬を赤らめて俯いてしまった。これが茉夜だったら喀血ものだな。
「全然違うし見世物じゃない! 散れ散れ!」
俺は犬でも追い払うように手を振って野次馬たちを解散させる。全く、どこに行っても居るもんだな。
ぶつくさと文句を垂れながら去っていく野次馬に混じって、グラサンマスク(仮名)もその場を離れようとする。
「おっと。君は居てくれないと」
襟首を掴んで無理矢理に早百合の前に引っ張り出す。
「うん? この人、理生くんの知り合い?」
「いやいや……見て分かんない? 早百合も知ってる人だぞ」
「うーん……?」
つま先から頭のてっぺんまでじっくりと眺める早百合。そして俺の方に向き直り、もう一度首を傾げた。分からんのかい。
「やれやれ。もう正体を明かしたらどうだ? 茉夜」
「……」
そいつは『バレているのならしょうがない』と態度で示し、サングラスとマスクを外した。予想通り、やはり茉夜だった。
「ま、茉夜ちゃん!? え、ちょっと意外……」
「意外とは失礼ね。私だって遊ぶ時には遊ぶわよ」
そっぽを向く茉夜。うんうん、やっぱり茉夜の方が断然可愛い。茉夜は何をやっても可愛いなあ。
それにしても、茉夜や早百合がゲームセンターに居るなんて、珍しい気もする。
「二人ともここにはよく来るのか?」
「私はよく来るよ。こう見えても結構ゲーム好きなんだよ、えっへん!」
早百合は何故かドヤ顔で胸を張ってきた。威張ることでもないと思うが……。
「茉夜は?」
「ん、私はほら、こういうところにはあんまり来ないっていうか……」
どうにも茉夜の歯切れが悪い。嘘を吐いてるな、これは。まあさっきのゲームの腕前を見れば一目瞭然だしな。
「そんなことはもういいじゃん! それより折角揃ったんだから三人で遊ぼうよ!」
「うおっ!?」
「…………」
俺と茉夜は早百合に引っ張られ、各ゲームのコーナーへと連れ回された。
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結局のところ、二人がとてつもないゲーマーだということが判明した。どんなジャンルのゲームをしようが目を見張るような結果を叩き出していったのだ。俺も付き合わされたが、凡人レベルの俺では全く歯が立たない。だけど、二人とも楽しそうだったのでとくに苦があったわけではない。茉夜は相変わらず表情には出さなかったが。
「ねえねえ、最後にこれやろ!」
早百合が指差したのは、いわゆるプリクラというやつだ。やったことないし、男女で利用するとなると変に意識する。
「いや、俺は……」
断ろうとしたが、以前早百合が言っていたことを思い出した。そうか、早百合はそういう目的で……。
「一回だけだぞ?」
「うん! ほらほら、茉夜ちゃんも!」
「そうね。一回くらいはやってあげるわ」
とは言うものの、茉夜は興味ありげに右へ左へと見て回る。なんだかんだ言っても茉夜も年頃の女の子だ。こういうものにも興味があるのはごく自然なことだ。まあ、ゲーマーということには驚きだったけど。
「はあ二人とも、入った入った!」
早百合が俺と茉夜を半ば強引に中へと押し込まれる。中はこれでもかってくらい眩しい照明が俺たちを照らしていた。目の前にあるのは『ようこそ!』と書かれたディスプレイ。茉夜は中に入ってもキョロキョロと忙しない。
「操作とかはよく分からんから早百合に任せるよ」
下手にいじって変な写真でもできたら勿体ない。ここは慣れていそうな早百合に任せる。
「んー、オッケー。けど最初だから普通に撮っちゃうね」
早百合は慣れた手つきで画面を操作していく。そして準備が整い、ディスプレイの少し上を指差した。
「ここがカメラになってるから、そこに顔を向けてね!」
そう言うと早百合は俺と茉夜の首に手を回してきた。早百合が真ん中に居るため、俺たち三人の顔がかなり近くに寄っていく。
「お、おい早百合!」
「なになに? 照れなくていいから、早く笑顔笑顔!」
流石に文句を言おうとしたが、早百合の満面の笑顔を見るとそんな気は失せてしまった。俺は諦めて言われた通りカメラに向かって笑顔を作った。
「茉夜ちゃんも! 笑顔だよ、笑顔!」
「私は……」
茉夜が言い終わる前に、どこからかシャッター音のようなものが聞こえた。
出来上がったプリクラは、ぎこちない笑いを浮かべた俺と、屈託なく笑う早百合、そしてどこか悲しさが伝わってくる茉夜が写っていた。
「はい、これは理生くんの分。こっちは茉夜ちゃんの分」
早百合から渡されたプリクラは、とても出来がいいとは言えない。それでも早百合はこう言った。
「大事な思い出ができて良かったよ」
早百合は早速自分のスマホに貼り付けていく。……しょうがない。俺も、ちょっと恥ずかしいけどスマホに貼っておくかな。




