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第二話 忘れ去られし過去

 いつもより早く起床した。だけど眠気はなく、焦燥感に駆られて急いで出掛ける準備を済ます。


「いってきます!」


 朝食も食べずに家を飛び出す。向かうのは茉夜の自宅だ。無事を確認しなければならない。幸いにもご近所とは言えないが、徒歩でも問題なく行ける距離だ。

 頭では理解している。夢の中で起きたのは『夕方』であるということは。だけどあんなものを見たら誰だって心配する。一刻も早く茉夜の元気な姿を見たい。

 息を切らせて茉夜の自宅に到着。一息吐いてからインターホンを鳴らす。その数秒後、応答があった。


『……はい。どちらさま?』


 聞き慣れた声がマイクを通して聞こえた。きっと茉夜だ。


「茉夜か!? 大丈夫か!? ケガとかしてないか!?」


 落ち着こうとしてもやはり止められない。つい怒濤の勢いで質問責めをしてしまう。


『あら、もしかしていつものストーカーさんかしら? 今度は家にまで押しかけてきたの? 見上げた心掛けね』

「あ、いや……別にそういうつもりは……」


 茉夜の冷たい言葉でようやく頭が冷えた。分かっていたことだが、杞憂で済んだようだ。ならばとりあえず、この場を誤魔化そう。


「たまには一緒に登校でもしようかなって思って」

『……そう。まあ別にいいわ。私もあと少ししたら出ようとしてたし、そこで待ってなさい』


 よし、流れのままだったが茉夜と一緒に居られる時間が増えたぞ。こういうのって確か僥倖(ぎょうこう)って言うんだっけ? 今はそれでよしとしよう。


 ─────────


 茉夜と共に教室に入ると、いつもよりクラスメイトたちが騒がしくしている。何事かと思い近くに居た奴に訊いてみる。


「おはよ。なんかあったのか?」

「おう理生、おはよ。聞いてないのか? このクラスに転校生が来るんだってよ。たまたま職員室を通り掛かった奴が聞いたんだってさ」

「転校生? 高校で転校生ってのは珍しいな」

「だろ? それに噂だと、結構可愛い子らしいしな!」

「ふーん……」


 とするとその転校生とやらは女の子なのか。もし男だったら茉夜がそいつに惚れてしまう可能性もあったが、そんな心配はする必要ないみたいだな。俺は茉夜一筋だから問題ないし。


「どんな子が来るんだろうな。楽しみだな茉夜!」

「私は興味ないわ」


 茉夜は一部始終を聞いていたが、話が終わると同時に自分の席へと行ってしまった。転校生が来るっていうのに、茉夜は変わり映えしないな。ま、それを含めて好きになったんだけど。

 ホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴り響く。クラスメイトたちは各々自分の席に着き、いつも通り担任の先生が時間通りにやってきた。チャイムが鳴り終わると、担任が口を開いた。


「えー、みんなもう知ってると思うが、このクラスに転校生がきた。まずはそいつの紹介をしよう。入れ」


 担任に合図され、一人の生徒が教室の扉を開けて入ってきた。予想通り、女の子だった。日本人らしからぬ雪のように白い肌に、銀色の髪の毛を後ろ気味にツインテールで纏めている。噂通りの可愛らしい子だ。


「黒板に自分の名前を書いて自己紹介しろ」

「はい、先生」


 見た目に似合わず流暢な日本語……どころか、黒板に書かれていく文字はどう見ても日本語そのものだった。


真島(まじま)早百合(さゆり)と言います。私はロシアクォーターなのでこういう見た目ですが、中身は皆さんと同じ日本人なので、仲良くしてくれると嬉しいです。今後ともよろしくお願いします」


 ぺこりと一礼。はにかんだその表情は、クラスの男子たちがテンションを上げるには容易いことだった。俺は例外だがな!

 静寂だった教室内が途端にざわめく。いつものホームルームなら雀の鳴き声すら外から聞こえるほど静かに進行するのだが、今日ばかりは無理もない。こんなに可愛い女の子が自分のクラスにやってきたら誰だって、な……。俺は例外だがな!


「お前ら静かにしろ! まあとにかく、これからは一緒に学校生活を送るクラスメイトだ。見た目がどうとかって言って仲間外れになんてしないように。真島、お前はあの空いている席に座れ」

「はい」


 空いている席は一つしかない。ちょうど俺がいる列の一番後ろだ。真島がそこへ向かう途中、ふと俺と目が合った。なんてことはない、綺麗な瞳だなあと思っただけだ。けれど、真島の方は違った。立ち止まって俺をジッと見つめてくる。


「ん?」

「理生……くん? 理生くんだよね?」

「え? なんで俺の名前……」

「うわあ! 懐かしい! 理生くんでしょ? ほらほら、幼稚園の時に一緒だったじゃん!」


 収まりかけたざわめきが再び盛り返す。俺は急いで思い返してみるが、全く覚えがない。こんな印象深い女の子と知り合いなら覚えているはずだが……。

 真島は続けて尋ねる。


「もしかして茉夜ちゃんもいる?」


 あ、そうだ。幼稚園の頃に一緒だったのなら、茉夜が何か知っているかもしれない。目線で茉夜を見て、口パクとジェスチャーを送る。


(おい茉夜! この子誰だか知ってるのか?)

(…………)


 茉夜は知らないと言いたげに首を横に振るだけで、なるべく関わらないようにとそっぽ向いてしまった。

 俺の視線に気付いた真島がふと同じ方向を向く。すると真島は茉夜を見つけてしまい跳ねるように茉夜へと近付いた。


「やっぱり茉夜ちゃんだ! 可愛いからすぐに分かったよ! あ、その髪伸ばしたんだ!」


 やはりというべきか、茉夜のことも知っているようだ。そう、茉夜が髪を伸ばし始めたのは中学生の頃からだ。それ以前の茉夜を知っているということは、真島の言う通り俺のもう一人の幼馴染みなのだろうか……?


「おい真島! さっさと席に着け! ホームルームを終わらせられないだろうが!」

「はぁい」


 見かねた担任が怒号を飛ばす。真島は小さく舌を出し、気の抜けた返事をして当初の目的通り空いている席へと向かっていった。


 ──────────


 ホームルームが終わると同時に質問責めにきたクラスメイトたちをなんとか押し退け、俺と茉夜、それに真島を加えた三人で屋上に出た。ウチの学校では屋上はいつも開放されていて、休み時間を利用して訪れる生徒も少なからず居る。

 俺たちは真島を真ん中にしてベンチに座って、まずは真島を問い質すことにする。


「……で? 真島が俺と茉夜の幼馴染みの件についてだが」

「むぅー……」

「え? な、なに?」


 早々に真島が頬を膨らます。なんか悪いことでも言ったかな? そんな俺の心の声が届いたのか、真島はギリギリ聞こえる声で呟いた。


「……早百合」

「え?」

「昔みたいに早百合って呼んでほしい。できればちゃん付け」

「あー……そういうことか。分かった、じゃあこれからは早百合って呼ぶよ。それでいいか?」


 すると早百合は満足そうな笑顔を返してきた。この辺りの女の子の気持ちって、よくわからん。が、早百合が納得いくならそれでいいだろう。

 脱線した話を戻すように、茉夜が一際大きな溜め息を吐いた。分かってるってば。


「で、だ。早百合が俺たちの幼馴染みっていうことだけど、俺も茉夜も覚えがないんだ。これはどういうことだ?」


 見た目が外国人のソレだし、結構グイグイ来るタイプの子だ。そんな人が同じ幼稚園に通っていたなら、少しくらいは覚えていてもいいはずだ。それに、言葉の雰囲気からして、俺や茉夜と仲が良かったようにも受け取れる。だがそんな記憶はこれっぽっちもない。


「まあ無理もないよ。卒園前にお別れしちゃったもの。私、お父さんの仕事の都合で引っ越しが多かったから。ここに転校してきたのだって、そういう理由があったわけだしさ」


 早百合は一瞬とはいえ、目線を落とす。しかし次の瞬間には笑顔を取り戻して俺に言い寄ってきた。


「でもでも! またこうやって理生くんや茉夜ちゃんと出会えて良かったよ! 二人が覚えてないのはちょっと残念だけど、これからいーっぱい思い出作っていけばいいんだし!」


 前向きな姿勢の早百合。なんだかこっちまで救われる気分になる。これが早百合の一番の長所なんだろう。これならきっとクラスのみんなとも仲良くやっていけるはずだ。


「そうだな。まあ俺にできることがあれば言ってくれ。力になるぜ」

「ホント!? 理生くんって、昔からいっつも頼りになるよね!」

「そ、そうか? そう言ってくれると、ちょっと照れるな……」


 歯に衣着せぬような事を言われ、柄にもなくはにかんでしまった。やばい、ニヤニヤが止まらない。

 茉夜はというと、何が気に入らなかったのか突然立ち上がって背を向けたまま言い放った。


「話は終わった? じゃ、さっさと教室に戻るわよ」


 返事も待たずに自分だけ屋上から去っていく。俺は慌てて茉夜の後を追いかけようとした。


「教室に戻るなら俺も……」

「結構」


 茉夜の言葉が刺々しいのはいつものことだ。だけど、今回ばかりは絶対的な拒否を感じ取ってしまい、俺は動き出した足を止めて茉夜の背中を見送った。

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