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第十二話 今あるべき未来

 俺と茉夜、それに早百合との関係はぎくしゃくしている。というより、早百合が極端に俺や茉夜を避け始めたのだ。早百合は俺たちと関わらないようにすることで、早百合の『願い事』が叶わないようにしているのだろう。

 俺と早百合の間だけではない。俺と茉夜との間にも、見えない亀裂が入っている。俺が退院してからというもの、ずっと怒っているような表情をしてそれを崩さない。


「なあ茉夜、一緒に昼飯でも……」

「…………」


 いつもの誘い文句すらも、無言で恫喝するような目を返答代わりに向けてくる。そんなことされると寂しくて消えてしまいそうになる。

 数日が過ぎた頃には、俺たちに会話と呼べるものはなくなった 。茉夜とはただ教室で顔を合わせるだけとなり、早百合に至っては学校にすら来なくなった。授業にも身が入らず、なんとなくスマホに貼ってあるプリクラを眺める。


(そういえば最近笑ってないな……)


 不器用な笑いを浮かべる俺の姿が写っている。こうやって三人で一緒に居ることは二度とないのだろうか……。俺と茉夜、そして……。


(こいつは……誰だ?)


 俺と茉夜の間で満面の笑みを向けているこの少女は、一体誰だ? 顔は、そうだ。ちゃんと覚えている。だけど肝心の名前が出てこない。


(ま……真島……早百合!)


 なんとか名前を思い出すことができた。しかし、俺は早百合が何かとんでもないことをしている気がした。

 忘れかけていた。忘れようとしていた。忘れさせられよう(・・・・・・・・)としていた(・・・・・)

 俺は授業中であることを無視し、立ち上がって先生に言い放つ。


「すみません! ちょっと用事があるので帰ります!」


 俺は返事を待たずに教室の扉を勢いよく開け、とある場所へと走って行く。さ……あいつ(・・・)のいるところには見当がついている。


 ──────────


 走れば案外近いものだ。俺が目指してきたのはあの神社だ。石造りの階段を見上げると、見慣れた鳥居が見える。多分、あいつはあそこに居る。


「……ふぅ」


 まずは一息吐く。大丈夫。俺の心は落ち着いている。焦ることはない。一歩ずつ、着実に上がって行こう。

 階段を上がりきり鳥居をくぐると、あいつがボロい賽銭箱に腰を掛けていた。もう名前も思い出せないが、あの銀色に輝く髪の毛は間違いなく俺の大切な友達のものだ。


「……よぉ。久し振り、だな」


 初めて会う人じゃない。会話の切り出しはこれでいいはずだ。


「理生、くん……? どうして……?」


 あいつは蹲っていた顔を上げ、俺を見つめ返してきた。その目は少しだけ腫れている。


「お前、何をしようとしてるんだ? 俺はお前を知っている。なのに名前が分からない。いや、もう姿が見えなくなると存在そのものすら忘れてしまいそうだ」

「それでいいんだよ。それで」


 あいつは優しく微笑んだ。抗う意思はなく、ただ自分が選んだ道を受け入れようとしている。


「いいわけないだろ。お前は……また(・・)一人で背負い込もうとしてるのか?」

「…………」


 徐々に浮かんできた。そうだ、あいつの名前は早百合、早百合だ。早百合はまた自分のせいにして、全部切り離そうとしてるんだ。


「理生くんは本当に優しいよね。私の話、信じてくれてるんだもの。理生くんもきっと、神様に『願い事』を叶えてもらったからだよね?」

「……まあ、そうだな」


 言われてみれば、早百合の話を素直に聞き入れたのには抵抗がなかった。神様、なんて曖昧な存在を既に知っているからだ。


「茉夜ちゃんも、あんな言い方はしても信じてくれてるんだと思う。だって、今の茉夜ちゃんが怒りっぽいのも、神様の『願い事』の代償を払っているだけじゃないかな?」


 それは考えもしなかったことだ。確かに、茉夜は早百合の話を疑う素振りはなかった。それは茉夜自身も神様に何らかの『願い事』をしたと推測すれば、辻褄が合う。じゃあその『願い事』というのは? 茉夜は一体、神様に何を願ったのだろうか?

 早百合は続けて言った。


「私は十分幸せだった。理生くんと茉夜ちゃんに出会えたことが、本当の本当に嬉しい。心から好きになれる人に二人も出会えるなんて、それはもう奇跡としか言いようがないよ」


 早百合は笑って見せたが、俺には憤りを感じてしまう表情だった。


「……お前、嘘を吐いてるな?」

「…………」


 否定しなかった。まるで図星を突かれた子供のように、目線を外しただけだ。


「お前にはまだ叶ってほしい『願い事』があるはずだ。それを叶えてほしくてここに居るんじゃないのか? お前はその代償に自分を差し出したんだろ?」

「やめてよ! 私だってイヤだよ! せっかく理生くんや茉夜ちゃんともう一度会えたのにまたお別れするなんて、イヤだよ……」


 早百合は嗚咽(おえつ)混じりに叫び声を上げた。最後の方は掠れてしまい、いなくなってしまいそうだ。


「すまん……気配りが足りなかった」


 早百合だって迷った挙げ句にこの選択をしたはずだ。なのに俺は、憶測だけで早百合を追い詰めてしまった。


「大きな声出しちゃった。ごめんね、理生くん」

「いやいいんだ。でも聞かせてくれないか? どうやって『願い事』を叶えてもらったのか。そして、その『願い事』はどんなものなのかを」


 俺の聞いた限りでは、神様は子供の願い事しか叶えてくれないものだと思っていた。だが、現に早百合は自己犠牲を元に『願い事』を叶えてもらおうとしている。そこが引っ掛かる。


「簡単な話だよ。あの神様はね、ただただ純粋な想いを持った願い事ならなんでも叶えてあげられるんだよ。本人から聞いた話だから間違いないよ。ほら、子供って無邪気で純粋な心を持ってるじゃない」


 なるほど。単純なことだったのか。純粋な想い……一番分かりやすいのは『好き』の気持ち、か。それさえあれば後は代償を支払うだけだ。ただ、早百合はその代償を間違えたのだ。


「私は償いをしなくちゃいけない。そんなつもりはなかったとしても、私が茉夜ちゃんを殺そうとしたのは事実だから。だから私は……」


 早百合は途中で言うのをやめた。最後まで言いたくないのだろう。ここは俺が察してやらないといけない。


「早百合は何も悪くないだろ? 誰だって失敗はするものだ。例え取り返しのつかない事柄でも、それは早百合のせいじゃないはずだ。だって早百合は、俺や茉夜のことが好きなんだろ?」

「……うん。好きだよ。ずっとずっと好き。いつまでも大好き。でもね、理生くん。だからこそ私は、二人の幸せを願いたいんだ。私がいなくなることで、理生くんと茉夜ちゃんが元通りになるなら、それで……」


 痛々しい笑顔だ。見ていて胸が苦しくなってくる。


「早百合は……どうして諦めたんだ? それだけ好きって気持ちがあるなら、他の方法を探すとか」

「はは……。理生くんは優しすぎるよ。理生くんは知らないだろうけど、茉夜ちゃんも理生くんのことが好きなんだよ?」

「え……?」


 新事実に頭が真っ白になる。どういうことだ? 茉夜がそんなふうな態度を取ったことなんて一度もない。俺が気付かなかっただけなのか? いやそれにしたって、言われてみても実感が湧かない。


「やっぱり知らなかったんだね。理生くんと茉夜ちゃんは相思相愛なんだよ。だから私が入る余地なんてなかった。諦めたとかじゃないんだよ。私は二人を応援したいの」

「…………」


 もし本当にそうならどんなに嬉しいことか。だけど、今は目の前で苦しんでる友達を救いたい。


「早百合。俺にできることはないのか? お前のためならなんだってするぞ」

「うん……うん、別にいいよ。私は二人が幸せになってくれればそれでいいから」

「俺はお前がいないと寂しい。早百合のいない世界で本当の幸せを感じることができるなんて、到底思えない」

「心配しなくても大丈夫だよ。私の願いが叶う時、全ての人々から私に関する記憶は消えるもの。勿論、私が残した痕跡も、全部」



 早百合は自分の手を見つめた。少しずつ透けていくのが分かる。そうまでして早百合は俺たちのことを……。


「早百合は、強いな」

「そんなことないよ。だって、自分が消えることがこんなにも怖いなんて、思ってなかった。だけど理生くんと茉夜ちゃんに不幸が訪れるのは、もっと怖い」


 早百合はピョンと賽銭箱から飛び降り、俺の目の前までやってきた。ホログラムみたいに、早百合の向こう側が見えてしまっている。


「もう、時間かな……」

「…………」


 さっきまで覚えていた名前が、もう俺には分からない。それでも俺は、この女の子の頬を撫でてやる。うん、ちゃんと温かい。


「ありがとう、理生くん。今度は私……」


 女の子は振り絞るような声で、泣きながら笑って言う。


「二人から愛される人になりたいなぁ」


 ……俺は。俺は誰も居ない神社で一人、虚無感に浸っていた。

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