第十一話 side S ─circumstances of past─
私は真島早百合。ロシアクォーターとして日本で生まれた。ロシア人の遺伝子を強く受け継いだのか、見た目が日本人のそれではなかった。故に幼稚園の頃には既にイジメを受けていた。
「がいこくじんがにほんごしゃべるなよ!」
「はやくじぶんのくににかえれ! ははは!」
私はずっと一人だった。誰からも相手にされず、ただ時間が過ぎるのをひたすら耐え続ける日々を過ごしていた。
そんな時、私に声を掛けてくれた男の子がいた。人一倍正義感が強く、誰かが傷付くのを何よりも嫌う人。
「ねえ! どうしてそんなところでひとりでいるの? おれといっしょにあそぼうよ!」
屈託なく笑うその顔に他意はないことを悟った私は、差し伸べられた手を無意識に取っていた。
「おれ、りおっていうんだ! きみのなまえは?」
「……まじまさゆり」
「さゆりちゃんかあ! いいなまえだね!」
肉親以外から初めて名前を呼ばれた。この時つい涙を零したことも、よく覚えている。
それ以来、私とその子はよく遊ぶようになった。もう一人じゃない。それだけでどんなに救われたことか。感謝しかない。そして、自分の気持ちがどんどんその子に惹かれていくのが分かった。
私は恋をした。自覚するのには時間が掛かったけど、私はその子のことばかり考えるようになっていた。でも、不安でもあった。『好き』という気持ちは、例えば同性であっても適用されるのかどうか。
「まってよまやちゃん!」
「もう! ついてこないでよ!」
その子がいつも追い掛けている女の子が居た。私も一緒に遊んだことがある。とても可愛い子。私はその子に対しても、同じような気持ちを持っていた。あの笑顔を見れば誰だって好きになる。
分からなくなってきた。私は結局、本当に好きなのはどっちなのだろう? 普通に考えれば男の子の方だ。でも、だからといって女の子の方を捨てることは、私にはできない。悩みに悩んだ末、私は子供の願いを叶えてくれると言われている神社に向かった。
私自身で決められないのなら、神様に決めてもらおう。そんな単純な理由だった。
「かみさま……どうかさゆりのねがいごとをきいてください……」
賽銭箱には何も入れず、ただ見よう見まねで手を合わせ、出来うる限りの祈りを捧げた。するとどうだろう、頭の中で声が響いた。
『やっほー。神様だよー』
「ひゃっ!?」
誰かに盗み聞きされたのかと思い、反射的に周囲を見渡す。誰も居ない。それでも声は続けて響く。
『君は純粋な願い事を持っているね。その願い、叶えてもいいよ』
「…………」
本当に神様が居るとは思ってなかった。でも突き付けられた現実には、こうして神様と話をしている。ならそれを受け入れ、神様に願い事を託せばいい。
「……さゆりにはね、すきなひとがいるの。でも、それがふたりもいて、どっちがいいかなんてきめられないの」
『ほうほう。それで?』
「だから……どっちかとおわかれしたほうがいいとおもうの。だからかみさま、どっちかえらんで」
『ふぅむ。なるほどなるほど。そういう願いか。やっぱり子供は面白い発想を持っているね。うむ、じゃあその願い、叶えてしんぜよう。ただし、望んだ形で叶うかどうかは君が失くしていいものによる』
「なくしていいもの?」
この時、私が誤った選択をした。神様は何も悪くない。悪いのは自分勝手な願い事をし、あまつさえそれを歪ませたのは他でもない私なのだから。
『そうだとも。君がくれたものが願い事の糧となる。さあ、何を失うのがいいか言ってごらん』
「じゃあさゆり、『おもいで』にする。おもいでなら、またつくればいいから」
『……そうか。君は『過去』を選んだか。本当にそれでいいのかい? 愚問だとは思うが、一応最後の選択だからね』
私は幼さ故に、神様の気遣いを察知することができなかった。きっと神様は、この後どうなるかを予想していたんだと思う。今となっては私の憶測だけど。
「うん。それでいいよ」
『そうかそうか。やっぱり愚問だったか。分かったよ。君の願い事を叶えよう。けど、後悔だけはしないでおくれ』
神様はそれっきり声を発することはなかった。当時の私は何も知らずにこれで叶ったのだと喜んでいた。あの事故が起こるまで、私は自覚すらしていなかったんだから。取り返しのつかないことをしてしまったことを。
次の日、私は早速二人の元へと駆けて行った。期待していると同時に不安でもあった。二人は私のことをもう覚えてはいない。それでも、あの優しい二人なら私を受け入れてくれるだろうと。
「ま……」
二人とも仲良く遊んでいた。駆けっこでもしているのかな? 元気に走り回っている。私はその中に入るため、声を上げた。ん、ちょっと違うな。上げようとしたんだ。でも、その前に女の子が車道に飛び出した。トラックが来ていたことに気付いていない。一番近くにいた男の子がいち早く反応し、女の子の身体を突き飛ばした。まるで、事前に知っていたかのように、何の躊躇もなく。
「り……!」
まだ幼い私にとって、それはトラウマでしかない光景だった。トラックのブレーキは間に合わず、男の子を轢いてしまったのだ。女の子は無事だったけど、放心状態のまま横たわる男の子を見ていた。
私のせいだ。私が願い事は『おわかれすること』。それがこんな形で叶うなんて、当時の私が受け入れることはできなかった。何もかもを間違えたのに、それは自分でもないと言い切って、現実から目を逸らしていた。
奇跡的に男の子は何の後遺症も傷跡も残さなかった。私は思い出すのが怖くて、結局二人とは二度と遊ぶことはなかった。そして何日か過ぎた後、父の仕事の都合で卒園前に私が『おわかれ』することになった。
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「これが私のしたかったお話」
話が終わると、早百合は悲しそうに笑った。俺はなんとも言えない気持ちになり、黙って俯くことしかできなかった。
「屋上のフェンスが外れたり、看板が落ちてきたりしたのはきっと私の『願い事』のせい。私が理生くんや茉夜ちゃんと関わりを持ってしまったから、私の『願い事』が成就しようとしているの」
早百合の言う通り、確かに茉夜の身に危険が及び始めたのは、早百合が転校してきてからだ。辻褄は合っている。
早百合の表情が変わり、俺に向かって
「その上で私は理生くんに言いたいことがあるの」
「……なんだ?」
聞くのが怖い。今すぐここから逃げ出したい。でも、それよりも、俺は早百合の言葉を受け止めてやりたい。早百合は力強く言い放つ。
「私、ずっと理生くんのことが好きでした」
ああ、とても嬉しい。とても嬉しいはずなのに、込み上げてくる感情は涙を流そうとしてくる。俺が必死になって耐える中、早百合は今度は茉夜に向かって言った。
「茉夜ちゃんのことも、ずっとずっと前から好きでした」
「…………」
茉夜は答えず、真剣な眼差しの早百合を睨んでいた。しばらく膠着状態が続いたが、茉夜が威圧感のある声で口を開いた。
「話を聞く限り、友達としてってことじゃないわよね?」
「うん。私、どうしても茉夜ちゃんのことが好き。理生くんと同じくらい好き。なんだったら結婚だってしたいくらい」
「……なるほど。あなたのことはよく分かったわ。話が終わったなら私は帰らせてもらうわよ」
「…………」
茉夜は早百合の沈黙を肯定と受け取り、身を翻して去って行った。取り残された俺と早百合は、どこか遠くで鳴くカラスの鳴き声を聞いていた。
「ごめんね、理生くん。嫌な気分になった……よね?」
「そんなことあるもんか。俺は、嬉しかったよ。本当のことを言ってくれて。それに謝るのは俺の方さ。早百合の気持ちは嬉しいけど、俺には他に好きな人が居るんだ」
……そうか。嬉しいはずなのに、苦しかったのはそういうことか。
「知ってるよ。茉夜ちゃんでしょ?」
「…………」
バレていた。なんとなくそうじゃないかと思っていたが、確信を得ると気恥ずかしくなってくる。
「うん、お似合いのカップルだと思うよ! 私、応援してるから!」
早百合は空元気を見せると、茉夜の後を追うようにその場から走って行った。
俺はもう少ししてから帰ろう。今は少しだけ……。
「雨が降ってるんだよな……」
もうすぐ綺麗な夕空が、暗くなっていく。




