第一話 先駆ける未来
俺は今年で高校二年生となる広影理生。俺には小さい頃からずっと好きな人がいて、その人の名は十六夜茉夜という。俺の幼馴染みだ。
茉夜はとても可愛くて綺麗でスタイルも良くて、それでいて聡明という無敵っぷり。俺たちが通っている高校だって、地元では受かるのが難しいと言われている難関高校なのだ。俺は同じ高校に行きたくて必死に勉強して、なんとか入ることができた。
高校に入学してからだろうか。茉夜は以前よりも愛想がなくなった気がする。俺が茉夜のことが好きだということはまだ内緒だが、幼馴染みのよしみで普通の会話くらいはしてくれていたのに。
「なあ茉夜! 一緒に帰ろうぜ!」
「……好きにすればいいわ」
放課後、こうやって誘ってみてもこの通り。中学生まではここまで無愛想ではなかったはずだ。口数も減っているし、高校生になってから茉夜の心境に何か変化でもあったのだろうか?
「…………」
俺が考え込んでいるスキに茉夜はそそくさと教室から出ていく。俺も急いで茉夜の後を追いかけた。
そうそう、俺には人に言えない、いや違うな。人に言っても信じてくれないような能力がある。
「置いていくなよ、茉夜」
「知らないわ。あなたが勝手に立ち止まってただけでしょ?」
「いやまあ、そうだけども……」
他愛もない話をしながら校舎の外に出る。外ではサッカー部やら陸上部やらが部活をしていた。俺と茉夜はいわゆる帰宅部というヤツだ。彼らの邪魔にならないよう、校庭の隅を歩いていく。
(……そろそろかな?)
俺はデジャブを感じ、身構える。確かこの辺りで……。
「危ない!」
サッカー部の一人が声を荒らげる。蹴ったボールが茉夜の頭部を目掛けて飛ばされたのだ。茉夜は声でボールに気づいたが時既に遅く、直撃は免れない。が……。
「ん!」
俺が鞄を盾に茉夜とボールの間に入った。鞄越しでも分かるくらい、ボールの衝撃が伝わってきた。頭でなくても当たったら相当ヤバかったな……。
「すみませーん! 怪我とかしませんでした!?」
サッカー部の一人が駆け寄ってきた。不測の事態に、慌てふためいている。俺はなるべく平静を保って答えた。
「大丈夫ですよ。今度から気を付けてくださいね」
と言い、落ちたボールを拾い上げて投げ渡す。ちょっと重かった。
「良かった……ありがとうございました」
ボールを受け取り遠ざかるサッカー部員を見送った後、俺はすぐさま茉夜の元へと戻る。
「危なかったな! ちょうど俺が居て、助けてやれて良かったよ」
「……そうね」
茉夜は何食わぬ顔で歩を進める。身の危険が迫っていたというのに、やはり眉一つ動かしてはいなかったようだ。
──何故、俺が咄嗟に茉夜を守れたのか。それは、この俺に宿る能力、未来予知ができるからだ。
──────────
事の発端は、俺が幼稚園に通っていた頃まで遡る。俺はたまたま同じ組になった茉夜に一目惚れしていた。何をするにしてもずっと後ろからついて行ったのを覚えている。それに、茉夜だって昔はよく泣いたり笑ったりと、色々な表情を見せてくれた。
「もう! ついてこないでよ!」
茉夜が振り返る度に漏らした言葉だ。それでも俺はそばに居たくて、ついて行くのをやめなかった。そうすると、いつの間にか茉夜も諦めたのか、一緒になって遊ぶようになっていた。
俺がヘマをすると、茉夜は決まって大笑いしてたっけ。俺はその笑顔を見る度に、込み上げてくる幸福感があった。その時に誓ったんだ。俺が一生、茉夜のことを守ってやろうって。
「おれ、おおきくなったらまやをおよめさんにする!」
「うん。ぜったいだよ!」
今思えば小っ恥ずかしいことを口にしたもんだ。茉夜は多分、覚えてはいないだろう。俺は未だにその気持ちは変わっていない。いや、変わる気なんてなかった。だから俺はあの時、近くにある神社に行ってお願いをしたんだ。子供の願いを叶えてくれると噂されている、ボロボロの神社だ。
「ねえかみさま! おれ、ずっとまやをまもってやりたい! だから、おれにそれができるちからをください!」
人気のない神社で俺は祈った。誓いの意を込めた祈りだ。その祈りが通じたのか、頭の中で声が響いた。
『いいよぉ』
「!?」
突然の出来事に始めは困惑した。だが、そんな非常識みたいなことが起きても、子供だったが故にすぐに対応できた。俺は空に向かって話し掛けた。
「あ、あの、かみさまですか?」
『うん、そうだよぉ。君の願い事、叶えてあげようと思って出てきちゃった。てへ』
すごく腑抜けた雰囲気の神様だったのを覚えている。けど、周りを見渡しても誰もいなかったし、今にして思えば神様っていうのはそういう『概念』みたいなものなのだろうと、勝手に解釈していた。
『君はね、とても純粋だ。混じり気のない、真っ直ぐな願い事をした。だから叶えてあげられる。だけどそれには一つだけ条件がある』
「じょうけん……?」
『ああそうさ。なんでも構わないから、君が持っている何かを貰いたい。それを糧に願い事を叶えよう。さあ、君が失ってもいいと思えるものはなんだい?』
まだ子供だった俺にはあまり多くを理解できなった。でも、タダで叶えてもらおうとは思っていなかったし、それ相応の何かとやらはすぐに思いついた。
「ぼくの……『みらい』、とかはダメですか?」
『ほう、そうくるのか。君は案外……いや、今はやめておこう。それよりも本当にそれでいいのかい? 未来、ということはすなわち寿命を貰うということだ。それでもいいと?』
「……うん。おれがまやをずっとまもってあげられるなら」
『そうかそうか。愚問だったね。ならそれを貰うとしよう……。君のその情熱、その人に伝わるといいね』
──────────
その日から俺は予知夢を見るようになった。毎日、というわけではない。茉夜の身に何かある時、その日の前日の夜に夢として見るのだ。例えばの話、さっきのサッカーのボールのような洒落にならないような事は滅多にないが、蹴躓いて転んだり、ボーッとしていて電柱にぶつかったりとか、そんなありふれた不幸から守ってあげられている。意味はないかもしれないけど、それでも少しでも茉夜が悲しまなくて済むのなら安いものだ。
「じゃあな茉夜! また明日!」
「……ええ」
結局、俺は茉夜と一緒に帰ることができた。いつもの別れ道で挨拶をするが、茉夜はボソリと呟いただけだった。
──────────
今夜もまた夢を見た。二日続けて見るのは珍しい。今までなかったわけではないが、なぜか胸騒ぎが収まらない。
……ここはどこだ? 辺りを見渡すと、見知った場所だった。登下校時に必ず通る校庭だ。夕焼けに身を染めながら、いつものように部活をしている生徒たちもいる。だけど、茉夜の姿が見当たらない。
(茉夜! どこにいるんだ!)
俺は声にならない声をあげて叫んだ。いつもの違和感。やっぱり、現実のようではあるがここは夢の中だ。俺が夢を見るとすれば理由は一つ、茉夜の身に何か悪いことが起きるということだ。なら一刻も早く茉夜を見つけ出し、それを確認しなければならない。
(……居た!)
黒くて長い髪の毛をなびかせる、見慣れた後ろ姿を見つけた。見間違うはずがない、茉夜だ。既に校門から出ていて、帰ろうとしている。どうやら俺は置いてけぼりをくらったらしい。茉夜らしいといえば茉夜らしいが。
(おーい、茉夜! 俺を置いていくなよ!)
聞こえているかどうかは分からない。けど、茉夜を見つけた安堵感から名前を呼ばずにはいられなかった。
しかし、茉夜は何かを追い掛けるように突然走り出した。その先には横断歩道がある。信号機は赤色のままだ。まさか茉夜の身に起こることって……。
(ま……)
俺が次の言葉を発する前に、茉夜の身体は鈍い衝突音と共に俺の視界から消えた。




