-メイドインメイド-
「あーもう…ネタが浮かばない!」
いつの頃からだろうか。黒澤瞬はすっかり独り言が多くなってしまっていた。
小学生の頃からの夢であった漫画家として見事デビューできたのがもう9年前、高校3年生の18歳の頃である。現在27歳になった瞬が持っている連載は、隔月発行の漫画雑誌の4ページコラム漫画のみ。
もちろんそれだけの仕事で生活ができるわけはないが、連載作家が急病などで落としてしまった原稿分を急遽埋めるような飛び込みの仕事をいくつかこなし、ネット上でできる小銭稼ぎでなんとか毎日を食いつないでいた。
今月は飛び込みの依頼が3つ重なり、喜び勇んで勢いで依頼を受けたがネタ出しに悪戦苦闘するハメになっていた。なんとか2作を描き上げた後、もう2時間も机の前で頭を抱えてブツブツと誰に向けるでもない愚痴を延々繰り返していた。
「そもそも基本的に家の中でダラダラ過ごしてる僕に面白いネタをたくさん考えろなんてことが無茶な話なんだよな。あーあ…なにか刺激的なことでもあれば漫画のネタに使えるのに」
「 そ ん な あ な た に メ イ ド さ ん ! 」
突然部屋の窓が大きな音を立てて開かれ、素っ頓狂に明るい声が部屋に響いた。驚きのあまり飛び上がりそうになった瞬が声のした窓に目をやると、メイド服姿の女の子が人懐っこそうな笑顔で微笑んでいた。
「え、あの…」
「わたくし、日本メイド協会からやってまいりましたメイドのメイドちゃんです!1年365日24時間年中無休でお世話させていただきます!」
瞬の戸惑いを一切無視してメイドちゃんと名乗った女の子は続ける。
「まあ早い話が営業なんですけど!日本メイド協会って知ってます?結構大きな組織なんですけどまだまだ一般には認知度低いですよねー。まあ現代日本でメイドを雇うなんてメイド喫茶くらいしかありませんしね!でもでも!そういうチャラチャラしたメイドとは違います!私たちメイド協会のメイドはみな家事や日常の所作など厳しい試験に合格した正統派メイドなんです!しかも住み込みで1年365日年中無休でお世話させていただきます!!そしてなんと!普段はものすごく高いことで有名なメイド協会なんですけど、私はちょっと事情が…じゃなくって今はキャンペーン中でかなりお安くなってましてー」
「ちょ、ちょーっとまって!!」
矢継ぎ早に繰り広げられるメイドちゃんの営業トークに、瞬はやっとのことで待ったをかけた。
「えっと…とりあえず質問していい?」
「はい、なんなりと♪」
瞬の思考はまだ現実に追いつけてはいない。怒涛の展開という言葉を絵にしたような怒涛の展開に流されまいと、必死の思いでしがみついて思考をまとめ、質問文として捻り出した。
「まず…君はその…家事代行というか、家政婦?的なサービスの営業ってことでいいの?」
「うーん、メイドなのでまあ家事代行とも家政婦ともちょっとニュアンスが違いますけど、まあそんな感じです!あ、でも誰か他のメイドを紹介するんじゃなくて、お仕えさせていただくのは私自身です!」
帰ってきた答えを頭の中で反芻する。
メイド。もう10年以上前か、瞬が高校生だった頃に秋葉原を中心に爆発的にブームになった。瞬もオタク趣味を持ち合わせていて、当時は友人とドキドキしながら何度かメイド喫茶に足を運んだこともあった。
そのメイドを、個人的に雇うことができるということか…?正直言って、この上なく怪しい。
「えっと、なんで僕のとこに…?」
どこかから個人情報が流出してしまい、悪徳業者もしくは詐欺師に騙されそうになっているまさにその状況なのではないかと思った。
「外を歩いてまして、この部屋から困ったオーラが出てるぞ!とピンときたんです!」
この上なく怪し過ぎる。
可愛い顔をしたメイドが家に押しかけ、住み込みで24時間年中無休で"お世話"…?美人局か?それとももっと何か危険なことに巻き込まれそうになってしまっている…?
「あー…まあ正直怪しいですよねぇ。でも誤解しないでください、ホントにちゃんとした会社ですので!」
瞬の頭に渦巻く猜疑心を見透かしたかのようにメイドちゃんが口を開いた。
「ちょっとそのパソコンで"日本メイド協会"って調べてみてくださいよ。安心してもらえると思います」
言われるがまま、漫画制作ソフトが開いているパソコンでインターネットブラウザを起動し、検索窓に"日本メイド協会"と入力する。まず一番上に出てきたのは、日本メイド協会のホームページだった。
ざっと目を通してみると、家政婦を派遣する会社であり、富裕層を中心に好評を得ている善良な会社らしい印象であった。そもそも住み込みというのはあくまでも数ある派遣プランの内の一部であることもわかった。
「公式ページだけじゃなくて他も見てみてくださいよ!」
得意気に言うメイドちゃんの言葉のまま他の検索結果を参照してみると…多くの芸能人や著名人も利用しているらしい、という情報が多く見られた。
「へえ…僕が知らなかっただけで、ちゃんとしたとこなんだね」
「そうなんです。商売柄どうしても貧困層には認知されにくいのが悩みなんですよー」
「そりゃそうだよなーあはは(コイツ今遠回しに僕のこと貧困層って言ったな…)」
瞬は改めてメイドちゃんに向き直った。頭のパニックは一応収まったが、まだまだ聞きたいことはたくさんある。ひとまず、その中でも最初から一番気になっている、しかしそれを訊くことに若干の恐怖を覚えてしまうため今まで黙っていた質問をぶつけることにした。
「えっと、もうひとつ質問なんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「…ここ、6階なんだけどさ。今どういう状態でその窓から話しかけてんの?」
売れない漫画家・黒澤瞬と、謎のメイド・メイドちゃんの出会いであった。