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7話

何日かその街に滞在していると、徐々に顔見知りも増えてくる。未だ一人で歩き回ることを許されていないが、そこそこ会話が弾むようになった。デュオルクに興味のない既婚者や、ニンゲンに興味のある獣人が多かったが灯たちの評判は上々なようである。

中には情報を引き出すだけ出して買い物もせずに帰る輩がいるらしく、そういう人たちは情報屋には好まれない。その点灯の居るパーティは必ず買い物をして帰るし、情報屋にはかなり丁寧な対応をしている方なのだそうだ。高圧的に来られた時はガセを掴ませることもあると肉屋の夫婦はご機嫌に笑っていた。

今日は元々ゾウ程の大きさで、イノシシとブタの間ぐらいの種類の獣の肉を1kg買った。この辺りではポピュラーな食べ物で良く食卓にも上がるらしく、いろいろな調理の方法を灯に教えてくれる。残念ながらキッチンを使うことが出来ない今は知識の肥やしとなるしかなかったが、この国独自の調味料の話を聞いたりするのは面白かった。


「それじゃあ、いつもありがとう」

「まいどあり!あっちょいと待って」


朝一の買い物で来た肉屋の夫人が灯を引き止める。デュオルクは数歩先で止まり何事かとこちらを見ていた。すると手元にある衣のないコロッケのようなものを紙に1つずつ包みながら耳打ちをしてくる。


「あんた、あの人とはうまいこといってるのかい?」

「えっ!?いえ、そういうわけじゃないんですよ」

「またまたー。これでも食べて元気だしな、サービスしとくからさ」


断ろうとする灯にグイグイと押し付けて「アンタなら大丈夫だから!」と手を振られる。突き返す隙はなく、そのまま受け取って頭を下げながらデュオルクの方へ駆け寄る。


「・・なんだ、それ?」

「分かんないけど、デュオルクと関係を勘違いされたみたい」

「ふーん」


灯が困ったように言うと、その手に持っていたうちの1つを受け取る。


「これが何なのか聞き忘れたんだけど、何か知ってる?いつも買う奴じゃないよね」

「これ美味いぞ、食ってみろ」

「そうなの?」


衣の付いていないコロッケのようなものはほんのり温かく、出来立てのようであった。端の方を少しかじってみると、思っていたよりもモチモチとした生地であった。何かの肉が混ぜられているらしく、生地と合わさると少しずつ脂が染み出てくる。


「美味しい!」

「良かったな」


ニッと口の端だけで笑うデュオルクに頷いてから再び食べ進める。デュオルクもモグモグと食べながら移動し、次の店に行く前に食べ終わるのが難しそうだったため広場の段差に腰かけて食べることにした。目の前を行き交う人と獣は目的を持って移動しているようで、端に座っている二人の事を気に掛ける様子も無い。

2日目まではコソコソと隠れるように、逃げるようにして人目につかないようにしていたが、今はそうすることもなくなった。情報屋のどこを訪ねても追手が来ている様子は無く、逆に怪しまれないように堂々とすることにしたのだ。

逃げ出してきた街は広く、人間も人獣も獣も万遍なく居たが、この街は狭くて人間よりも人獣の方が多い街であった。


「この街は人獣の方が多いんだね」

「ああ、マシフェレスとヤンビックの国境だからな。どっちかと言えば人間よりも人獣が多いんだ」

「えーと・・えーと?」


灯が首を傾げると「ああ、まだだったか」と言って地面に指を這わせた。するとデュオルクがなぞった部分が赤色に変わる。血が出ているのかと思い思わずその手を掴んで指先を見てみると、不思議そうな顔をされた。


「なんだ?どうした」

「・・あれ、血が出てない」

「ああ、これも初めてか。指先に気を集めてやるんだ。俺はあまり長い事映し続ける事は出来ないが、どこにでも書ける。ほら」


取られていた手を反転させて灯の手を掴むと、手のひらに指を這わせる。すると濃い赤色で丸が浮かんだ。驚いていると何が可笑しいのか「ククク」と笑われてしまう。10秒もするとスゥと手のひらに吸い込まれるようにして消えて行ってしまった。

消える時も痛くも痒くもなく、吸い込まれたというよりも空気中に蒸発したと言う方が正しいような気がした。


「すごい・・」

「こういうのは物心ついたころには皆出来るようになってるからな。こうして驚かれると新鮮だ」

「私にも出来るかな?」

「さあ?どうだろうな、やってみたらいい」


指の先に意識を集中させる。じっと人差し指の先を見つめて集中すると、何か温かいものが集まってきているような気がしてくる。そのままゆっくりと地面に指を這わせるが周辺の砂を掻いただけで、何の変化も無かった。


「・・あれ、出来ない。指の先に集中するんだよね?」

「そう。いいか、こうだ」


そう言うと灯の手のひらを両手で包む。その瞬間手のひら中がやや熱い何かに包まれた。デュオルクの手の温かさとは違う感触で、やわらかなお餅の中に手を入れているようであった。


「この感覚を忘れるな、やってみろ」

「ハイ先生。うーん・・」


もう一度気を指先に集めるイメージをする。体の中のあちこちに散らばるお餅をペッタンペッタンとつく様に、こねて集めて指先にギュッと押し込むようなイメージだ。しばらくそうしていると徐々に指先が温かくなってくるのを感じる。それは最初に感じたものとは明らかに温度が違っていて、デュオルクの手に包み込まれた時よりも熱いように思えた。


「こんな・・感じ・・?」

「そうだ。そのまま俺の手に丸でもなんでも書いてみろ」

「ま、る・・」


指をゆっくりと動かす。少し動かすとお餅の形がグニャリと崩れてしまって、指先に感じる温度が冷えたり熱くなったりと忙しい。ようやく手の上に動かせた頃には灯の額には汗が浮かんでいた。そして自分の物よりも、そして夫の物よりも更に一回り大きな手のひらに丸を書く。


「か、けた・・!ッフー、疲れるねこれ」

「これは丸って言わねぇよ。はいやり直しー」

「ええっ!?先生厳しい!」


ナメクジが這ったような歪な丸は燃えるような赤色をしていた。再び集中しだす灯だったが、デュオルクは面白そうにそれを眺めていた。2度目、3度目にもダメ出しを食らい「ちょっと休憩・・」と息を荒げているところで声を掛けられる。


「アカリ!どこ行ったかと思った、デュオも早く帰ってこいよ」

「コイツが文字書きを勉強したいって言うから仕方なく、な」

「はぁ?あんなの一日二日で出来るもんじゃねーだろ?」

「えっ!?そうなの!?」


恨めしそうにデュオルクを睨むが、ニヤニヤと底意地の悪い笑みを返されるだけであった。ディアナが息の上がっている灯を見て「しんどいだろ?」と腰につけていた水を差し出してくれる。それを受け取るとコクコクと飲み込み、体中に水分がいきわたったのを感じた。


「はぁー、生き返るー」

「プッ。そういうところは30だな」

「ちょっと!失礼ねー、やっと気付いたの?」

「ククッ」


灯も一緒になって笑ってから「ありがとう」と水を返す。ディアナは嬉しそうにそれを受け取ると、灯の手を取って包み込んだ。デュオルクの時よりも少し温度の低い空間は、やはりやわらかなお餅の中に手を入れたような感覚であった。


「デュオの方があったけーだろ?」

「うん、人によって違うんだね」

「アカリも上達したら、こうやってあたしの手をやってくれよ」

「もちろん!いつになるか分かんないけどね」


この世界の人たちは指先に気を集めて文字を書き、人の手を包む。それを空気を吸う事と同じように繰り返してきたのだと思うと、その中に異分子として紛れ込んだ自分もこの世界に馴染んできたような気持ちになった。

だがその度に本来の家族の事を思い出した。ここは自分が住んでいた世界ではない、馴染んではいけないと何度も繰り返して自分に言い聞かせる。突然沈黙してしまった灯に二人が心配そうな視線を向ける。


「・・大丈夫か?」

「ん、え?あぁ・・うん、何してるかなって思って」

「宿に戻ろう。アカリも気を使うと疲れるだろ、あたしのベッド使っていいから」


ディアナが気遣わしげに灯の手を取ると、三人は宿へと戻って行った。


「おかえりなさいませぇっデュオルクさまぁ!」

「ただいま、こっちは収穫ゼロだ。ハルティアはどうだった?」

「ハルも頑張ったんですけどぉ・・。追手の情報はゼロでしたぁ」


ドアを開けると同時に出迎えられた所を見ると、どうやら宿に戻ってくるのを見られていたようであった。今日も今日とてフリルのついたふんわりとしたスカートを履き、可愛らしく髪の毛を編んでいる。今日のモチーフはツインテールのようであった。

ディアナとデュオルクは蒼色という言葉が似合ったが、ハルティアに似合うのは金である。髪の毛も目も綺麗な金色をしており、耳には金色のピアスをしていた。左右で2つずつ穴が開いており、その全てに金色のピアスがはめられている。

日によってハートだったり、星だったりと色々な形をしているが金色が自分のカラーだと決めているようで、同じ色のものしか見たことが無かった。それが似合わないわけではないが、誰にでもポリシーがあるのだなあと灯はぼんやり思っていた。


「そうか、いつもすまない」

「そんなぁっ!わたしが好きで、好きでしてることですからぁっ」

「ウゲー」

「まぁまぁ・・」


くねっと最後にポーズまで決めてから、ようやく椅子に座る。朝買ってきた赤身の肉をテーブルに広げるとその上に手をかざす。ハルティアが呪文を唱え始めると同時に、買ってきたばかりの新鮮な肉が見る間に干からびていく。あれよあれよと言う間にいつも食べている干し肉になってしまうと、ハルティアが「ふぅ」と言いながら手を下ろす。


「デュオルク様っ、できましたぁ」

「ありがとう。じゃあこれがハルティアの分だ」

「わあい!わたしが一番でいいんですかぁっ?ありがとうございますぅ」


上目遣いでデュオルクを見上げると、それに笑顔で応えてから何事も無かったかのようにディアナと灯にも干し肉を渡した。今までは適当に部屋で干して作っていたのだが、ハルティアが「私、干せますよ」と申し出たおかげで短時間で干し肉が出来るようになった。

しかも回数を重ねるごとに上達しているのが目に見えて分かり、カリカリに乾燥させずに中を半生の状態にすることもできた。ふんわりやわらか仕上げになった日は、3人があっという間に干し肉を平らげてしまった。その日からふんわりやわらか仕上げはパーティの中の定番となったのであった。

しばらく思い思いに宿で過ごしていると、窓の外を何度も何かが通過するのが分かった。3度それが続いたところでディアナとデュオルクは玄関と窓をそれぞれ守る形になった。そしてハルティアはベッドとベッドの間に灯を守るようにして立ち、いつでも詠唱出来るように準備をする。


「囲まれている様子はない・・が、やはり何かを探しているようだな」

「ドアの向こうに気配は無い。油断するな」


10分程そうしていたが、ついに窓の外を何かがうろつく気配が消える。それを伝えようとディアナが口を開くよりも前にデュオルクが警戒した声を出す。


「来るぞ」


10秒ほどの沈黙の後、ドアがノックされた。それは3度ノックされ、あの日の出来事を思い出さざるを得なかった。皆が緊張した様子でドアを注目していると聞き覚えのある声が部屋に響いた。


「僕だよ、僕。分かるでしょ?開けてよ、ここ開けて」


デュオルクとディアナが視線を合わせると、先に動いたのはハルティアであった。「アーシュリンさーん?」と言いながらドアを開くと、そこには確かにあの日見た召喚祭りの主催者が居た。前会った時とは違い、黒の足元まであるローブを羽織っており、その手には小さめのロッドが握られていた。部屋の皆がハルティアとアーシュリンを交互に見やるが、二人は視線を気にせずに親しげに話している。


「ハルティア?君もここにいたの?いや、知らなかった、これは知らなかった」

「わたしもぉ、アーシュリンさんが来るだなんて、知らなかったですよぉ」

「ああ、うん、前の街で襲われたんだって?酷いよね、急いで追いかけてきたけど、遅くなってすまなかったね」


灯の方を見て謝るが、灯の前にはデュオルクとディアナが立ち塞がっていた。そんなことは承知の上、とでも言うような顔つきで八重歯をニッと出して笑う。そして垂れた耳をピクピクとさせながらゆったりと尾を振りつつ近づいてくる。


「失礼。アーシュリンさん、本物でしょうか」

「え?勿論、ほら見て、僕みたいな獣人他にいないでしょ?信じてない?信じるでしょ」


そう言って見せた八重歯は一部が欠けていた。多少訝しみながらもデュオルクが頷いて灯の横に移動し、ディアナは背後に移動して辺りを警戒している。ニコニコしながらアーシュリンは手を出した。


「久しぶり、前の街で追いかけられて、大変だったね」

「ハイ。でも三人に守って頂けたので事なきを得ました。お久しぶりです」


握手を交わすとアーシュリンは後ろに手を回した。灯も手を下ろして続きを待つ。


「うん、それで、結論なんだけど。アカリは、召喚祭りで必要のない、オマケって感じだから、好きにしていいよ」

「えっ?」

「あの布がね、欲しかっただけだから、アカリは、いらないから」


ニッコニッコと笑顔を絶やすことはなく、そうするのが至極当然のような口ぶりであった。灯が思わず聞き返した声にも、同様の答えしか返ってこなかった。「アカリはいらない」というシンプルかつ存在を否定した言葉に足元がグラグラと揺れるのを感じた。


「あ、あの、それって、どういう意味で・・すか?」

「しつこいなあ。もう決定事項ね、これ、ね。アカリは割と、面白そうなニンゲンだけど、決定したからね。しょうがない、覆すことが出来ないから」

「アーシュリンさん、帰る方法などはあったのでしょうか」


横からデュオルクが口を挟むと、灯に向けていた笑顔から一転して眉間に皺を寄せて怒りをあらわにしている。思わずデュオルクの腕を掴むと、アーシュリンが思い出したかのように笑顔に戻る。


「無い。帰りたい?」

「か、帰りたいです!」

「無理。他に質問は?」


笑顔のままあっさりと言われ、灯はその場にへたりこんでしまった。不思議そうにそれを見ながらも「質問は?」と再び訪ねる。力なく首を振ると満足げに頷き「じゃね」と手を上げてドアから出て行ってしまった。

沈黙が落ちるが、すぐにカチカチと音がし出す。ディアナが音の場所を探していると、目の前から聞こえているようで灯の前へ回る。すると自身の身体を抱きしめるようにして全身を震わせ、奥歯をカチカチと鳴らしていた。


「アカリ・・」


声を掛けると真っ青な顔をディアナへ向け、目の中にたくさんの涙を溜めていた。一筋、また一筋と頬に涙が伝い地面に落ちてシミになっていく。優しくその涙に親指を当てて拭うが、一向に止まる様子は無かった。


「わた、し、わ、わた、し」


合わない唇で必死に言葉を紡ぐが上手く発することが出来ないようだ。ディアナが首を振ってそれを止めてから力強く抱きしめた。震える腕がディアナの背中に回りきる前に灯は意識を失った。

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