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30話

「昔話だよ」


そう言って髪を戻すと、灯の目には再び二つの瞳が見えた。

これが偽物の瞳だということは、先ほど理解したばかりだ。


「前王は、とても賢い方だった。前前王の残した負の遺産を整理し、次の世代に苦労の無いよう取り計らっていた。だが、前王のやり方が気に食わないと言う臣下が増えていた。そして多忙を極めた王の元にに、ある日一人のニンゲンを連れてきた」


それは、転生者だった。

思わず息を呑む灯に、ブラウは続ける。


「信頼した臣下の言葉を素直に受け取り、王は転生者を丁重にもてなした。だが隠すには場所が必要だったから、別館を建てることにした。そうして作られたそこで、転生者はありとあらゆる知識を分けてくれたそうだ。だがある日、気づいてしまったんだ」


声は抑えていたが、怒りで声が震えていた。


「転生者としてもてなした彼女が、ただのニンゲンだったんだ。その時の王は裏切られたショックと、転生者ではなかったショックで心底落ち込んでしまった。だが気付いたのが2年経った頃だったから、転生者じゃないと知っても、情があった」


『・・お前は、本当に転生者ではないのだな?』

『申し訳・・ありません・・』

『そうか・・正直、この件は私も気を揉んでいた。いつかは各国に公表しなければならない、と・・だが先送りにしておいて、良かった。嘘偽りなく、お前はただのニンゲンなのだな?』


王の言葉に偽りの転生者は頷く。


『そうか、分かった。では王の名のもとに命ずる、自身の家に帰るがいい。お前の顔を知っている屋敷の者は限られるし、そいつらも生涯ここから出ることはないだろう・・帰る家があるなら、帰れ』

『本当に・・本当に、申し訳ありませんでした・・!』


「本来なら死罪。だが王は赦した。王がそう決めたのなら、と我々も腹をくくった。・・が、それを良く思わなかった臣下が、解放される予定のニンゲンに魔術をかけた。結果、多くの混乱をもたらし、王はニンゲン不信となり、それを指摘した臣下への信頼が厚くなった」


『お前のおかげで・・私は間違いに気付くことが出来た』

『とんでもありません、シェル王』

『いいや、感謝している・・ところで、いつもの薬を』

『はい・・こちらに』


「そして王は変わってしまわれた。少しずつ王は荒々しくなり、最後にはニンゲンを殺す為に生きるような方へ変貌してしまった。そして白羽の矢が立ったのが、国内随一の戦士としての腕を持つレプティルス様だ。固辞していたが、数日後・・王に唯一無二の親友を殺され、王を殺害しようとした」


乾燥するのか、ペロリと唇を舐める。


「だが、出来なかった。レプティルス様は王の足元に跪き、泣いた」


『王・・!偉大なシェル王!あなた様が手にかけたのは、私の唯一無二の親友であります・・!私は王の事を信頼し、尊敬し、そしてその行いの全ては、正しいものであると信じています!ですが・・っ、ですがあまりに・・こんなの・・!』


ボタボタと涙を流しながら叫ぶレプティルスに、シェル王のどろりと濁った眼に一瞬光が差す。


『・・悔しくないのか、レプティルスよ。これほどまでにお前の気持ちを踏みにじる私が、憎くはないのか』

『王の全ての行動に、意味があると、私は・・いえ、我々は信じています!親友も最期まで、王の事を信じて逝ったと思います・・!』


真っすぐ向けられた目を見つめていると、虚ろな表情をした自身の姿が見えた。醜く太り、元の自分からはかけ離れた化け物のような姿に愕然とし、そんな自分を信じている若者の姿に、ようやく自身の異常さに気付いた。

そこからは、早かった。


『レプティルス』

『はっ!』

『王命だ。・・お前を、次期王とする』


周りにはべらせていた臣下がざわめき、それぞれが「なりません!」と口走っている。


『ここに居るものが証人だ・・若き次期王、レプティルス。約束をしてくれないか』

『っ!?何なりと言いつけ下さい!』


王はニッと口の端で笑う。


『私の死後・・お前は国民、他国民の生きとし生けるものを殺めてはならぬ』

『はっ!承知しました』

『負の遺産を残すことを赦してくれ・・お前なら、きっとうまくやれる。忘れるな、約束だ』


そう言って王は立ち上がると、腰元に差してあった剣を抜く。そして緩慢な動作でレプティルスへ向けた。

太刀は鈍色を放ち、丁寧に手入れされているのが分かった。

王はそれを自身の首筋へ当て、一引き。緑の体液が一帯を染め上げる。

レプティルスの咆哮が部屋中を震わせ、その場にいた誰もが呆然とした顔をしていた。


「シェル王は自害した。そしてその日を境に、レプティルス国となったのだ。これが建国の歴史・・、そして僕たちは、シェル前王が幼少の頃から、臣下として仕えていた」

「・・えっ?」


灯は目の前の男を見た。どう見ても20代か30代にしか見えないのだ。

それなのに前王に仕えていたとなると、それでは計算がおかしくなる。


「・・時間だ。また明日、この部屋へ」


そう言うとパンと手を叩く。その瞬間ノックの音が響き、聞きなれた声がした。


「ブラウ様、アカリ様、レプティルス様がこちらの部屋で異常を感知した様子です。確認させていただいてもよろしいですか?」

「はいはい、どうぞ」


ブラウが答えると同時にドアが開き、いつもと同じ顔をしたシンザが入ってくる。

部屋中を満遍なく見た後、アカリの前に置かれたカップに目を移す。

少し量が減っているのを確認すると、頭を下げた。


「異常なし、のようです。レプティルス様にはそのように報告させていただきます」

「よろしく頼む」

「アカリ様、お茶が冷めてしまっているようです。今新しいのをお注ぎしますね」


返事をする間もなく、てきぱきと支度を始める。

無駄のない動きで新しく注ぎ終えると、頭を下げて退室していった。


「今の話を聞いて、分からなかったことはあるかい?」

「その、えっと・・どう捉えたら良いのか、あまりに衝撃が大きくて・・」

「アカリさんのヘルホース、確か名前は・・そうだ。クロに相談してみるといい」


そう言って何かを唱え、カップに手をかざした。


「さあ、お茶にしようか」

「・・はい」


30分程雑談をすると、シンザが灯を呼びに来た。

部屋に戻り、クロに相談しようと口を開く前に「アカリ、待って」と口元に指をあてられる。


「小声でね」

「う、うん」


小声で先ほどの話を伝えると、クロは納得いったような顔で頷いた。


「ブラウさんはー僕に、って言ったんだねー?」

「そう。いつだったかみたいな、こう、見下したような・・そんな感じではなかったかな」

「ふむふむー。了解、明日もよろしくねー?」






ヒタヒタと音がした。

石が積まれて建てられたここは、よく足音が響く。だがヒタヒタという音に耳馴染みは無いはずだ。

それなのに何の違和感なく、受け入れている自分が居た。


うっすら目を開けると、月明りで室内の様子がよく見えた。

もしかしたら満月なのかもしれない、とぼんやりと考えていると、ドアが開いたように見えた。

すぐに目を閉じ眠ったふりをすると、ヒタヒタという音はベッドの真横で止まった。


「…………」


何かボソボソと言っているようだが、聞き取ることが出来なかった。

次の瞬間全身の毛穴という毛穴が開くような、危険を感じた。


「そこまでだ」


ドゴンという音と共に、ベッドの真横に立っていた何かは壁に叩きつけられる。


「ムク、後ろへ」


クロの淡々とした声が聞こえる。それに重なるようにして、叩きつけるような音が何度も響く。

顔を動かそうとするが、うまく動かすことが出来ずにいると、ムクが床に倒れこむのが見えた。


「・・え」


そう、まるで上から覗いて見ているかのような状態に、頭が混乱している。

バリン!と何かが割れた音の後「チッ」と舌打ちが聞こえる。

顔を向けると、何者かが窓を突き破って出て行ったようだった。

警戒しながらクロがベッドに横たわる灯の傍へ駆け寄り、頬を撫でる。


「アカリ・・起きて」


頬にムズムズした刺激を受けて、思わず頬に手を当てる。

だが眼下にいるクロは気づかない。


「・・アカリ?」

「クロちゃん?」


懸命に手を伸ばすが、クロは気づかない。

それどころか灯の身体を強く揺すり、かなり焦った顔をしている。


「グッグッ!グッ!」

「アカリ!アカリ!!」

「ここにいるけど、え?なんで私・・幽体離脱・・?」


慌てて自分の身体にすがりつくが、揺すられたままぐったりとした身体に触れる事すら叶わなかった。

何度もすり抜ける手がもどかしい。

焦った表情の二人に、灯の胸も不安にいっぱいになったところで、ドアがノックされた。


「・・誰だ」

「シンザです。どうかされましたか、大きな音がしておりましたが」


ノックの主に一瞬ピリリと空気が張り詰める。

間を開けて開かれたドアの先には、いつも通りのシンザの姿があった。


「どうかされましたか」

「・・いや、ムクが寝ぼけて」

「そうでございますか。お変わりないのですね」

「ああ、心配ない」


もう一歩を踏み出そうとするシンザを牽制し、クロはドアを閉めた。

時間的にも夜中のため、シンザが出てきていてもおかしくはなかった。

だがあまりに、平然としすぎてはいなかっただろうか。


「・・いったか?」

「グッ」


小声でやりとりしたあと、クロは灯に優しく布団をかける。

それを真上で見守るというのは、なんとも気恥ずかしくある。


「いる、んだよね?アカリ」

「グッグッ?」

「いる!いるよ!クロちゃん!ムクちゃん!」


必死にクロの手を握ろうとするが、すり抜けてしまう。

だがそこに何かを感じるのか、クロは自身の手に視線を向ける。


「いる・・気がするから、聞いてね。アカリ、今のままだとちょっとまずい。僕には戻し方が分からないから、ブラウさんに聞くしかない。彼ならきっと分かるはず」

「うん・・分かった」


その時、屋敷中にけたたましい警告音が鳴り響いた。

不安を更にあおるようなその音は、2秒もかからずすぐに聞こえなくなる。

だがクロやムクの顔に浮かんでいたのは、先ほどよりも焦りの増したものだった。


「アカリ、早めに帰ってね。ここで待ってるから」


慌てて部屋を出ようとドアノブに手をかけるが、スカスカと手ごたえが無い。

焦って両手を使おうとしたところで、片足がドアの向こうへと消えていることに気付く。


「・・あれ、このまま行けるの?」


灯が思い切って体を寄せると、そのまますり抜けてしまった。

思わず「おお・・」と呟く。

すぐにそれどころではないことを思い出し、慌ててブラウの部屋へ走る。


角を曲がろうとしたところで、武装したレプティルスの配下とすれ違う。

その顔のどれもが険しく、一部は灯が来た方向へと進んでいった。

一瞬クロとムクの事を思い足が止まったが、首を振ってすぐに目的の場所へ急ぐ。


「ブラウさん!」


ドアをすり抜けると、そこには誰もいなかった。

部屋中くまなく見て回るが、ブラウの姿はどこにもない。

先の警報で駆り出されたのかもしれない。


ブラウの部屋の窓から外を覗くと、どうやら武装した者たちは一か所に集まっているようだった。

庭を横切るようにしながら、隙のない隊列を作っていた。

この先に、ブラウがいるのかまでは分からない。

一度部屋に帰ろう、と振り返ったそこに、思いがけない人物が立っていた。


「これはアカリ様。こんなところで何をしておいでですか?」

「えっ・・と、その、ブラウさんに用事が・・」

「そうでございましたか。こちらにはもういらっしゃいません。何か用事ですか?」


無表情でそう聞かれ、灯の腕には鳥肌が立ち続けていた。

後ろに立った気配はなかった。

しかも灯は今、透明で見えないはずなのだ。


「さあ、お部屋に戻りましょう。クロさんやムクさんが探しておられましたよ」

「・・シンザさん、は、行かなくていいんですか?」


灯の言葉に少しだけ首を傾げる。


「行く、とは、どちらへでしょうか」

「その・・武装した方が、たくさん外へ出ているみたいなので・・」

「あぁ。そうですね。大丈夫ですよアカリ様、そちらの事はお気になさらず」


シンザは口だけでにっこりと笑う。


「お部屋に戻りましょう?アカリ様」


ゾゾゾと這いよる悪寒に耐え切れず、思わず身震いをした。

じりじりと後ろに下がると、シンザも同様に距離を詰めてくる。

灯の後ろには窓があり、シンザの前には灯がいる。


間には遮蔽物となるものが何もない。

距離はあと3mほどあるが、すぐに詰められてしまうだろう。


「さあ、アカリ様。あなたの居場所はここではないでしょう?」


じっと目を見つめられると、少し頭がモヤがかかったように感じた。

次の瞬間、天井から大きな音と共に何かが落ちてきた。


「外へ!」


その言葉に思い切りジャンプすると、灯の身体はいとも簡単に宙に浮き、そのまま天井に開けられた穴から外へと飛び出した。

下を見ると、どうやらブラウの部屋が最上階だったらしい。

穴の開いたそこから、光る何かが灯を目がけて飛んできた。


あわてて避けようとしたところで、何かに吸い込まれるように一気に城へ引き込まれる。

目前に迫る壁に思わず目を閉じたが、吸い込まれる感覚の終わりと共に、聞き覚えのある声がした。


「グッ、ググッ、グッ!」

「ムク・・ちゃん?」

「良かった・・間に合った・・!!」


そこに居たのはムクと、探していたブラウだった。

そして。


「アカリ・・!」


ずっと聞きたいと思っていた声に呼ばれ目を向ける。


「ディアナ・・?デュオルク・・!?」


二人が交代で灯のことを抱きしめた。

まだ現実感のない頭でそれを受け止め、抱きしめ返すと、確かに温かかった。


「なんで・・?え・・?」

「説明は後だ、とりあえず行くぞ」


デュオルクは灯を抱きあげると、四つ足で立つムクの上に乗せる。

ヘルホースよりも太く逞しい四肢は、大人3人を乗せて走るのも容易いだろうと思われた。

だが乗ったのは灯だけだ。

ムクを真ん中にして、前方にデュオルク、横にディアナとブラウ、そして背後には見知らぬ人物が。


「え、あ、えと」

「あ、どうも。初めまして、僕はアマレロです」

「自己紹介は後だ!行くぞ!」


5人と1匹は駆け足でその場を後にする。


「クロはどうだ?」

「逃げられるか怪しいな・・でもこっちが先だ」

「玉座はこっちだよ」


小声で交わされる最低限の会話の後、そこへたどり着いた。

そこに座っていたレプティルスは、突然の来客にも関わらず悠然と構えていた。

全員すぐさま臨戦態勢になるが、レプティルスはゆったりと椅子から立ち上がる。


「どこに行くつもりだ」

「この国の外だ」

「ほほう、私がそれを許可するとでも?」


そう言うとレプティルスがダブって見え、あっという間に5人に分身した。


「チッ・・厄介な」

「まあ、落ち着け。交渉しようじゃないか、蒼髪の若造」


デュオルクは剣を構えたまま、そしてレプティルスは大きく両手を開いた状態で止まる。


「私の望みは一つだ。アカリを置いて行け。そうすれば全てに目をつむってやらんこともない」

「断る」

「まぁそう邪険にするな。私にも先王との約束があるからな」


レプティルスは舌で自身の目を舐める。


「なあブラウ、お前からも何か言ってやれよ」

「・・僭越ながら申し上げます。レプティルス様、この者たちをこのまま、見逃すことはでき」

「そう思うか?」


言葉の途中でブラウに何かが飛んでくる。

ディアナがすかさず剣で叩き落すと、それは弓矢のようであった。


「おお、怖い。どうしてそんなものが飛んでくるのだろうなぁ?」

「レプティルス様、お願いします」

「お願いされるのは悪い気分ではない。だがそれを聞き届けるかは別だ」


レプティルスの手に赤いエネルギーの塊が集まる。

デュオルク達は剣を握り直した。


「レプティルス様、お気を確かに・・こんなこと、先王は望んではいなかったはずだ」

「何を言う。私は変わってはおらん」

「ええ、変わっておりません。変えられてしまいました」


その言葉にレプティルスは目を見開くと、怒りをあらわにする。


「そんなわけがない!私があの者に劣ると言うのか!」


手に持ったエネルギーの塊が、感情の高ぶりに合わせて一回り大きくなって揺らぐ。

赤い炎が、その場にいる全員の目に眩しく映る。


「劣りません。レプティルス様の決意は、あの者に負けやしません」

「そう言うのならば、アカリを置いてこの国から出て行くがいい」

「アカリは置いて行かない。そして、レプティルス様・・あなたも、置いてなど行かない」


その言葉の意味を問い返すより先に、ディアナが動いた。

ブラウに飛んできた弓矢を叩き落とし、その勢いのまま弓を構えていた人物を一突きにする。


「やる気か」

「無論」


緊張感の漂う中「お待ちください」と声がかかった。

レプティルスが背にしている玉座の奥の扉が開き、そこからシンザが現れた。

その手にはぐったりとしたクロの髪が掴まれていた。


「クロちゃ・・ん!!」

「アカリ様、あなたはどうなさるおつもりですか?」

「わた・・私・・!?」


シンザの問いの意図がつかめず、何も言い返すことが出来ない。

掴まれたクロの髪はところどころ血に染まり、身体にも裂傷が多くみられる。


「この国に残りますか?それとも出ていかれるのですか?」

「私は・・国から、出て行き・・」

「そうですか。ではこの者を殺してしまいましょう」

「やめっ・・!!」


躊躇なくクロの首に手をかけると、一捻りでクロは力なく床へ沈んだ。

あまりに突然の事態に、目を見開いたまま口を覆う。

その目からは次々と涙が零れ落ちた。


「アカリ様、この国に残られますか?それとも」


無表情のまま灯の周りの仲間へ、視線を送る。


「出て行かれるのですか?」


首を傾げると、灯たちの方へと手を向ける。

そして何かを唱えだしたところで、表情が歪んだ。


「・・ハルティア」


憎々しげに呟くシンザの視線の先には、灯たちの入ってきたドアから現れたハルティアがいた。

その肩に手をかけていたのは。


「・・クロちゃん!!」

「待たせてごめんね、アカリ。心配かけちゃったね」


クロが笑顔を向け、ムクの傍へと寄る。

灯はムクの上からクロを抱きしめると、抱きしめ返され安心したのか、更に大粒の涙がこぼれ落ちる。


「相変わらずいい趣味してるわねぇ?このヘルホース結構強いはずなんだけどぉ・・」

「・・まさか、あなたが裏切るとは」

「裏切る?冗談やめてよ。この年まで仲良しごっこなんて、もううんざり」


ハルティアはそう言うと、ため息をついた。

その姿にワナワナとシンザが震えたが、すぐに真顔へ戻る。


「まあ、いいでしょう。多少の誤算があっても、結果は変わりませんからね」

「ブラウがこっちについても?それも多少の誤算に入るのかしらぁ?」


シンザが驚いたように視線を向けると、ブラウは何も言わず頷いた。

少し顔を青くしながらも、幼い子供をたしなめるように続ける。


「いつまでも調子に乗るのはやめなさい、恥ずかしいわ」

「まーいーけど?シンザが信じないって言うなら、せーっかく教えてあげたのに無駄になるだけだしぃ」

「・・調子に乗るのも大概にせよ、小娘。誰に口を利いている」


ハルティアはあっかんべーをしながら答えた。


「シンザおねーさまにですぅーっだ」


怒りで空気が震え、シンザの目が見開かれた。

黄色く濁った白目が血走り、口も徐々に耳まで裂けていく。

その姿は、まさにトカゲそのものだった。

今にも襲い掛からんと構えたところで、ぽつりとつぶやいた者がいた。


「もう、やめよう」


ブラウは俯いて自身の両肩を抱いていた。

泣いているようにも見えるその姿に、シンザが一瞬動きを止める。


「シンザ、終わりにしよう。もう、いいだろう?」

「・・何を」

「僕たちはもう、十分やったじゃないか。これ以上引っ掻き回すのは、もう終わりだ」


ポツリポツリと呟くように吐き出すと、更に強く自身の両肩を抱きしめる。


「僕たちも・・普通の暮らしに、戻ろう」

「普通の暮らし・・ですか?」


シンザは何を言っているのか分からない、とばかりに首を傾げる。


「ブラウ、あなたは何を言っているんですか?これが私たちの普通です、あなたの言う普通って、なんのことですか?」

「・・ニンゲンの迫害を、もうやめようと、言っているんだ」


そう言って少しだけ顔を上げる。

前髪に隠れて見えていないが、隙間から見えるブラウの目は炯々としているように見えた。


「何を言ってるんです?我々がニンゲンを迫害などするわけがない。先王との約束です」

「それを真っ先に破った君が、軽々しく先王との約束を口にするな」

「なに・・」


全て言い終わらないうちに、シンザはその場から飛びのいた。

シンザが居た場所には大きな穴が開き、中はどろりと黒く溶けていた。


「ブラウ・・!!」

「この者たちを国外へ出す。この国に縛られるのは、わしらだけで十分だ」


ギリ、と歯ぎしりをするとレプティルスへ目を向ける。

分身したすべてに向けて魔法を放つ。

本体もいるはずだが、うめき声一つ上げずに炎が全身を包み込む。

国王の凄惨な姿に息を呑むが、間髪入れずに声が上がった。


「行くぞ!」


デュオルクの言葉で、一斉に城から出るためにドアへ向けて駆け出す。

大きなドアを蹴破ると、そこには武装した兵士が槍をこちらへ向けて待ち構えていた。


「くっ・・」

「どうしたんですか?この国からでて行くのでしょう、どうぞ、お行きなさい」


シンザが口元に笑みを浮かべている。


「レプティルス様をたぶらかした罪で、その者たちを捕らえなさい」


その言葉と同時に槍が突き出される。


「ハルティア!」

「出来た!」


最初にシンザと言葉を交わした後黙っていたハルティアは、自分の足元に黒いモヤを作りだす。

ムクが灯を背負ったまま真っ先に飛び込み、それに続くように次々に飛び込んだ。


「また、来るわ」


最後にハルティアがそう言って飛び込むと、モヤは掻き消えてなくなった。

口元を歪めたシンザは、振り返るとすぐにレプティルスを介抱する。


「あの者たちにやられました。すぐに手当てを」


重度の火傷を負ったレプティルスは、そのまま救護室へ運ばれる。

小さく浅く息をする姿は、死にかけているようにも見えた。


「レプティルス様はご無事ですか!」

「分かりません・・ですが、我々はこのレプティルス国をみすみす敵の手に渡したりはしません」


シンザの耳元で、兵士の1人が耳打ちをした。


「シンザ様、ここを発つ準備が出来ております」


こくりと一度頷くと、集まったすべての兵士たちに聞こえるよう大声で宣言した。


「・・行きましょう、あの者たちへ制裁するのです!」


武装した兵士たちは声を揃え、槍を天へ掲げた。

そして隊列を組むと、城の外へと出て行った。






「はっ・・・はっ・・・」


浅く息を繰り返すと、焼けた肺が燃えるような痛みを訴えた。

だがレプティルスは生きていた。


「レプティルス様・・お気を確かに・・!」

「はっ・・・はっ・・・」


浅い息をつく中、救護室のベッドに横たえられる。

国内屈指の医療班が、全力でレプティルスの治療にあたっていた。

治療の途中、何度も何かを訴えてくるレプティルスに耳を傾けた。


だが何を言っているかは分からず、うわごとのようなものだろうと判断されていた。

しばらくすると、息をするたびに苦しげだった表情も緩和された。

穏やかに寝息を立てているのを見届けると、その場には2,3人が残るだけとなっていた。


「レプティルス様。包帯、巻きなおしますね」


そのうちの一人が、声を掛けてから、緑の体液のついた包帯をはがす。

獣人ならではの回復力で、体表についた裂傷はほとんどふさがりつつあるようだった。

そして新しい包帯を巻きなおそうと、手を伸ばした瞬間。

その手をガシリと掴まれる。


「ヒャッ・・」

「静かに」


思わず大きな声を出す寸前、掴まれていない方の手で口を押える。


「目が覚めたことを、誰にも言わないでくれ」


コクコクと頷き、目で周りを確認する。

どうやらレプティルスが目覚めたと気付いたのは、自分だけのようだった。


「それから・・すまない」


申し訳なさそうに眉を寄せると、一瞬で目の前が真っ暗になった。

目が覚めた時、レプティルスの治療にあたっていた人物はベッドに横たえられていた。


「ここ・・は・・」

「目を覚ましたわ!!」


ガヤガヤと周りに集まる医療班の面々に驚いていると、自分の身体の至る所から出血している事に気付く。


「レプティルス様が暴れて、あなた死にかけていたのよ!」

「えっ!?」

「目を覚ますことが出来て、本当によかった・・」


ホッとした様子なのは分かったが、肝心のレプティルスはこの部屋に居ないようだった。


「あの、レプティルス様は・・?」

「それが、気が触れたかのように大暴れしてから、窓を突き破って出て行ってしまったの」


指さす先には、応急処置のされた窓があった。

どうやらあそこから飛び降りて行ったらしい。


「こんな時にシンザ様がいらっしゃったら・・」

「え?いらっしゃらないんですか?」

「えぇ。レプティルス様に瀕死の重傷を負わせたとして、指名手配犯を追っているわ。ブラウ様も城内にいらっしゃらなくて・・そんな中、レプティルス様の大暴れでしょう?城内は本当に大変なことになっているみたいよ」


そう言うと、布をかけなおしてくれる。


「もう少し眠るといいわ、あなたは大変だったんだもの」

「はい、ありがとうございます・・」


気を失う直前に聞いたレプティルスの言葉に、首を傾げつつ、体を休める事にした。

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