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2話

「・・最近はリアルな夢が見れるんだね」


思わず呟くが、頬に感じる乾いた風や、ジリジリと照りつける太陽はそれを夢としては捉えていなかった。ただただ砂の山が広がるばかりの、草木一本も生えていないような場所に突然来ることが出来るとしたら、それはゲームの中だけの話だ。

特に同級生と30歳で温泉旅行を楽しむ普通の主婦にとっては、こうして現実に起こってはいけない話なのだ。だがまだ灯は半々に思っていた。なぜなら敷き布団、掛け布団、枕がこの場にあるのだ。こんな砂まみれのところに、たまたま灯が眠ろうとしていた布団一式があるわけがない。

流されている感覚の間、ずっと何かを握り締めているとは思った。だが真っ暗で何も見えなかったため、それが布団だということは全くの想定外であった。そして灯は、布団の中から出ることが出来ずにいた。


「これは、夢、多分、夢」


何度か呟いては頬をつねる。完全に痛みの伝達信号を感じるが、きっとこの痛みの伝達信号そのものも夢の出来事に違いない。そう思ってみるが、次第に腫れてくる頬につねるのをやめる。次に10秒目を閉じてから開く、というのを数度繰り返したが特に何の意味も無かった。

そうしているうちにじりじりと身を焦がすような太陽を受け続け、汗がとめどなく流れ出てくる。

こうなるとさすがに布団から出ざるを得なくなり、渋々布団から出る。だが部屋着として着ていたのは旅館の備え付けの浴衣である。これ一枚で、しかも裸足でこの砂漠のような場所を歩ききれる自信は無かった。

どうしたものかとしばらく思案していると、遠くから何かが駆けてくる音がした。耳を澄ましているとそれは段々と近づいてきているようで、遠くに豆粒のような黒い影が2つ見えた。豆粒がゴルフボールになり、バスケットボールになる頃にはなんとなく「馬」のような乗り物に乗る「人」のようなものが見えた。

助けてくれるのか、そうでないかが分からずに布団を盾のようにして肩から下を隠す。そして、その時はきた。


「誰だ」


2mもある馬のような乗り物の上から、カチャリと音を立てて鋭く、細い剣を取り出すと、灯の喉元に突き付けられる。青色の髪に、同じ青色の目をした女性がとても険しい顔で灯を睨んでいる。思わず持っていた布団からパッと手を離すと、両手を顔の横に上げる。


「わ、わ、私、寝ようと思って、邪魔するつもりじゃ、あの」

「・・何語だ?分かるか」


女性がもう一人の男性に声を掛けると、男性は微かに頷いたように見えた。


「寝ようと思っていた、邪魔するつもりじゃなかったと言っている」

「・・寝る、だと?ここでか?バカなのかこの女は」


より険しい顔をして灯の髪を剣で触る。首に触れるか触れないかの位置をフラフラするそれは、とてもじゃないが1ミリも動く余地を与えなかった。震えながらそれに耐えていると、男性が「まさか」と呟く。視線を向けると驚いたような顔をして女性に言う。


「一緒に送られた、とかじゃない、よな?」

「えっ、だってそれじゃ、え?座標は合ってたじゃないか」

「そうすれば、話も合う」


ヒソヒソと話しているが、会話は丸聞こえだ。灯は思わず声を出す。


「送られた、って何ですか、私、ここはどこなんですか」

「・・何と言っている」

「送られた意味が分からない、ここはどこだと言っている」


髪を触っていた剣を鞘に納めると、女性は考え込むようにしている。灯には二人の言葉が通じるが、灯の言葉は女性には通じていないようであった。逆に男性には女性と灯の言葉は分かるらしい。女性が馬のようなものを下りて、灯に近づく。


「黒髪、ねぇ・・あんた、あたしの言葉が分かるみたいだけど、あたしはあんたの言葉は分からない。だから簡潔に言う、街まで連れて行くから乗りな」

「えっ、でも、私まだここがどこなのかとか・・」

「ゴチャゴチャうるさいよバカ女。なんでくっついてくんのよ・・ったく、さっさと乗りな!」

「ハ、ハイ!」


言葉が分からないと言う割に、とても高圧的である。だが若干事情を把握しているような口ぶりなため、何も分からない灯はそれに従うしかないだろう。慌てて馬のようなものに乗ろうと近づくと、腕を掴んで止められる。

何事かと振り返ると、青い髪に青い目の男性が困ったような顔で灯を見ていた。


「ダメだ、ヘルホースは挨拶が先じゃないとアンタが乗る前に食われるぞ」

「たべ、えっ食べられ!?」


慌ててヘルホースを見ながら後ずさると、ドンッと男性の身体にぶつかる。それを何事も無かったかのように受け止めると、掴んでいた腕を離して自分の背後に回るように言う。そしてヘルホースの正面に立つと恭しく頭を下げる。

するとヘルホースが背中に乗りやすいように膝をついた。どうやらこれが彼の言う「挨拶」というものらしかったが、断られた場合はどうなるのかと思うと背筋にゾゾゾと何かが這い上がる気分だった。


「やるんだ。これをやらないと、アンタを乗せて帰れない」


そう言いながら話の最中に女性がそそくさとまとめていた布団一式を馬の背中に乗せ、ロープで固定する。その隣でもう一頭のヘルホースが仁王立ちしている。2mを超える黒い馬のような生き物は、近づく者を全て射殺せるような鋭い視線を投げかけてくる。

小声で「早くしろ」と急かす男性の言葉に、あまり時間が無い事を知りゆっくりヘルホースの正面へ立つ。ドクドクと心臓が脈を打ち、手にはびっしょりと汗をかいているのが分かった。過去30年生きてきて謝罪したことは幾度となくあるが「架空の生き物」のような「異形の馬」に頭を下げるのは初めてのことだった。


「こ、こんにちは。私は灯って言います、背中に乗せてください」


灯はさも友人に挨拶するかのように声をかけながら、ゆっくりと頭を下げる。その角度は男性がした時のものよりも遥かに低いお辞儀で、とても緊張しているのが伝わってくる。頭を下げて10秒も経っていないはずだが、肩をトントンとたたかれる。

チラリと視線を向けると、驚いたような顔をした男性が前を指差していた。恐る恐る視線を向けると、そこにはヘルホースが背中に乗りやすいように膝を曲げており、更に顔を地面にベタリと張り付けていた。先ほどとは違うポーズに乗車拒否をされたと思い、男性にすがるような視線を向けると首を振っていた。


「アンタ・・何者だ、ヘルホースが完全服従してやがる」

「は、はあ、主婦です・・」

「シュフ?すごいな」


感心したように完全服従をしたらしいヘルホースと灯を交互に見る。灯が事態を把握できずにポカンとしていると、背後からバシンと背中を叩かれる。ビクリと身体を弾ませると目の前のヘルホースが突然唸り声をあげる。


「おーっとそうか、完全服従したんだったっけ。あんたこの世界の人間じゃないんだろ?完全服従できる種族があるだけで、食いっぱぐれることは無いから良かったな」

「あ、ありがとうございます?」

「で、だ。そろそろヘルホースに襲うなって指示出してくれないか。あと10秒ぐらいで胃袋に入れられちまうんだけど」


ヘルホースが全身の毛を逆立てて、襲う寸前の様子で女性を威嚇している。だが指示を出せと言われても、どうすればいいのかが分からない。じりじりと距離を詰められていた女性の前に立つと、灯は思いついた言葉を言う。


「ま、待て!」


その瞬間ピタリと動きを止める。だが動きを止めただけで、まだ威嚇している状態は変わらない。


「え、えーと、この女性は親切そうだから、あの、威嚇するのはやめてもらえませんか・・?」


後ろで「ブッ」と噴き出すような音が聞こえた。多分言葉の分かる男性が笑っているのだろうが、どうしたらいいのかが分からない灯にとってはこの言葉が精一杯であった。正式な指示の出し方は分からないが、ヘルホースは威嚇するのもやめて先ほどと同じように大人しくなった。

ホッとして女性を振り返ると、女性もほっとしたような顔をしていた。


「おおー、首の皮一枚繋がったわ。やるじゃん、ありがと」

「いえ、これでよかったのか分かりませんが・・」

「ククッ。そろそろ街へ戻ろう、大会が終わるぞ」


男性の言葉で「やっべ、早く戻るぞ」と言って荷物を積んであるヘルホースへ乗り込む。灯が完全服従させた方へ乗ろうとするが、浴衣の裾が邪魔をして中々上手に乗ることが出来ない。そもそも乗馬の経験すらないのだから、乗り方も怪しいのだ。

すると後ろからヒョイと抱え上げられて、背中に乗ることに成功した。どうやら男性が乗るのを手伝ってくれたようだ。足を開くのは憚られたため両足を左に降ろして横乗りになると下から声を掛けられる。


「すまないが、俺も一緒に乗れるように指示してくれないか。完全服従させた本人が居る時に挨拶は通用しないんだ」

「そうなんですか?えーと、あの男性も一緒に乗せてくれませんか、お願いします」


立ち上がろうとしていたヘルホースだったが、渋々と言った形で再び膝を折る。軽々と灯の後ろに乗り込むと、慣れたように手綱を引く。


「戻るぞ、街へ」

「おう」


女性が先導して街へ戻っていく。ヘルホースの上は絨毯のように硬い毛が生えていて、座り心地が良いとは言えなかった。だが揺れは思ったよりも少なく、お尻はあまり痛くはなかった。それに安心していると頭から何かを被せられる。被せられたものを手に取ると、男性が羽織っていた薄い一枚布であった。


「頭から被っておけ、その恰好ではスピードが出せない」

「そうなんですか?こんな感じでいいですか」


頭から布を被り、顔だけを出すような形で包まる。見た目よりも陽射しをしっかりと遮ってくれるそれは、チリチリと焼かれていた肌の痛みを防いでくれた。


「それでいい。もう少しスピードを上げるがいいか」

「あ、はい。思ったよりも大丈夫そうで・・」

「行くぞ」


パシンと一度ヘルホースの両脇を蹴ると、先ほどの2倍ほどのスピードで駆け出す。舌を噛みそうになり慌てて口を閉じると、男性が灯の方へ距離を詰める。何事かと思い顔を見上げると、正面だけを見据えて言った。


「もう一度蹴るとこの2倍のスピードが出る。横乗りでは辛いだろうから、落ちないようにしているだけだ。気にするな」


この2倍のスピードという部分に背筋に冷たいものが通ったが、男性は表情を動かすことなく続ける。


「もう少しスピードを上げるぞ」


首を横に振りたい衝動を必死にこらえて一度頷くと同時に両脇を蹴る。風に押されて男性が縮めた以上に距離が縮まるが、今はそんなことは気にしていられなかった。2mを超える馬の上はとても風が強く、スピードも相まってとてもじゃないが耐えられそうに無い。

必死に男性にしがみつくような形をとったが、何を言われることもなくそのまま街へ移動した。

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