終
「師匠」
廊下をしばらく歩いたところで、クレメンスはレクラスの背中に声をかけた。
「明日の試験、辞退させてください」
振り向いたレクラスの顔をじっと見ながら、真剣な声で言った。
「良いのじゃな?」
レクラスはクレメンスの瞳を、静かなまなざしで見つめながら確認する。
「はい。ご迷惑をおかけいたします」
クレメンスはそう言うと、深々とお辞儀をした。
「フッ。なーに、手続きなど、そう手間はかからん」
レクラスはニッコリと笑いながら手を伸ばして、クレメンスの頭をくしゃくしゃにする。
「後のことは儂にまかせなさい。おぬしはニコラス様のおそばに……」
そう言って、クレメンスの頭をポンと叩いた。
「はいっ」
クレメンスは再度礼をすると、急ぎ足で病室へと戻った。
病室の前ではディミトリアスが控えていた。
クレメンスが近づくと、待っていたというように、扉を静かに開けた。
ディミトリアスに続き、クレメンスは病室へと入る。
ベッドの傍らには、レイラが寄り添うようにしてニコラスに何やら話しかけていた。
クレメンスとディミトリアスは、扉のすぐ傍でレイラとニコラスの様子を見守っていた。
しばらくすると、話が付いたのか、レイラは振り返り、ディミトリアスを見た。
ディミトリアスは察して、クレメンスに目配せをし、病室をでた。
クレメンスも後に続く。
すぐにレイラも病室から出てきた。
「クレメンス。でかしゃったのぅ」
レイラは目を細め、クレメンスに微笑みかける。
「もう心配は無用じゃ。あとは、あの子にどれくらい体力が残っているのか、それだけじゃ」
チラリと扉の方を見、そしてディミトリアスに向き直った。
「ディミトリアス。これからは、あの子に尊称は不要じゃ。ニコラスは妾の孫。妾の血をひいた、実の孫。そなたの血族じゃ」
レイラはにっこりと笑う。
ディミトリアスは少し驚いたように目を見開いたが、直ぐに飲み込んだらしく、頷いた。
「良かったのぅ、ディミトリアス。これで何の気兼ねもいらぬ。あの子をど突こうが、蹴りを入れようが、罵倒しようが、思いのままじゃぞえ」
レイラは悪戯っぽく片目をつぶる。
「私は以前から気兼ねなどしておりませんが?」
ディミトリアスはひどく真面目な顔で応酬した。
「おお、そうであったか。流石は我が一族・ザルリディア家の男の子であるのぅ」
レイラはわざとらしく大仰に言って、ディミトリアスをバシッと叩き、クレメンスの方を向いた。
「クレメンス。そなたはあの子のそばにいてやってたも。妾は出かけねばならぬのでの」
「師匠。どちらへ?」
ディミトリアスが怪訝な顔をする。
「ちょいと戸籍を捏造しにな。ホホホホホ」
レイラは婉然と笑いながら魔力を練り、その場から姿を消した。
クレメンスはレイラのいた場所に向かって一礼すると、ニコラスの病室へと再び入っていった。