城内
<登場人物>
クレメンス・・・15歳。初級魔術師。
レクラス・・・64歳。師範魔術師。クレメンスの師匠。
レイラ・・・71歳。師範魔術師。ニコラスの師匠。レクラスの姉。
ディミトリアス・・・41歳。師範魔術師。レイラの弟子。レクラス・レイラの従甥
城のゲートの前ではディミトリアスが待っていた。
ディミトリアスに案内されながら、レクラスはニコラスの容態を確認する。
「ご病気は、とうの昔に癒えていらっしゃるはずなのです。ただ、ご自身の生きるご気力が……。なにもお召し上がりにならないのです」
「原因は?」
「私にはさっぱり。師なら、レイラおばさんならご存知かもしれません」
ディミトリアスは視線を落とした。
霧の魔女レイラはニコラスの師であり、ディミトリアスの師でもある。
ディミトリアスは高齢のレイラに代わって、ニコラスの指導をしていたのだ。
三人は無言で長い廊下を進んだ。
主の危篤に城内は重く沈んだ空気が漂っていたが、渡り廊下にでたところで、軽快な管弦の音が流れてきた。
女のけたたましい笑い声も聞こえてくる。
ニコラスの母親だ。
クレメンスはそう直感した。
ニコラスの母が、息子の危篤を知らないはずはない。
知っていながらも、あのように酒宴に興じているに違いない。
いくら日頃から疎んじているとはいえ、精神を病んでいるからとはいえ、あまりにもひどい所業だった。
音から逃れるように、三人の足並みは速くなった。
ディミトリアスは、大きな扉の前で止まると、「こちらです」と振り向いた。
それと同時に、扉が静かに開き、中から白髪の老婆――レイラがでてきた。
「レイラ姉上。ご容態は?」
レクラスが問うように声をかけると、レイラは沈痛な面持ちで、目をつぶり、深いため息をついた。
レイラは目をあけると、レクラスの後ろに控えているクレメンスに視線を移した。
「クレメンス、よう来てくりゃった」
レイラは微笑んで声をかける。
クレメンスは深々とお辞儀をした。
「おおよその察しはついておるのじゃが、あの子は、妾にも胸の内を明かしてはくれぬ」
レイラは瞳を揺らしながら続けた。
「妾はもう、諦めておる。じゃが、このままでは、あの子があまりにも不憫すぎての……」
袂で目頭を押さえ、黙り込んでしまった。
しばらく声を出すことができないようだった。
「クレメンス。もはや頼みの綱はそなただけじゃ。そなたになら、あの子はきっと打ち明けるであろう。どうか、あの子の胸の内を聞いてやってたも。クレメンス、頼む」
レイラはクレメンスの手を取り、ギュッと握りしめて懇願した。
クレメンスは、耐えられなくなってレイラから視線を逸らし、俯いた。
言葉がでなかった。
この状況を信じたくなかった。
ニコラスがいなくなるなんて、考えたくない。
本当にニコラスは生きる希望を失ってしまったのだろうか。
だとすれば、何がニコラスを追い詰めてしまったのだろうか。
ニコラスを助けたい。
だが、果たしてクレメンスに、ニコラスを絶望の淵から引き上げる力があるのだろうか。
下手をすれば、更にニコラスを追い詰めてしまうことになってしまうかも知れない。
いろいろな感情が一気に押し寄せてきて、クレメンス自身の心もバラバラになりそうだった。
「気張る必要はない。いつものおぬしで良いのじゃぞ」
レクラスが励ますように、クレメンスの両肩をガシっとつかんだ。
クレメンスは、心を引き締め、無言で深くうなずくと、レイラの後に続いて、病室に入った。