出会い
<登場人物>
クレメンス・・・10歳。初級魔術師。
ニコラス・・・8歳。初級魔術師。
それは初級魔術師講習会でのことだった。
会場の出入口が騒がしくなった。
魔術師協会の職員と思われる年配の者に先導され、一人の少年が会場に現れた。
年齢はクレメンスより少しばかり下にみえる。
品のある涼しげな灰色の瞳が特徴的だ。
シンプルではあるが上質な衣装に身を包み、優雅に堂々と歩く様は、少年がかなりの身分であることを物語っていた。
「ささ、若君様。こちらでございます」
職員はクレメンスの隣の席に少年を誘導すると、椅子をひいた。
少年は、それがさも当然という風情で、ゆったりと腰を下ろす。
職員が資料と筆記具を机の上に用意する間、少年は背筋をピンと伸ばし、前方をじっとみたまま身じろぎもしなかった。
「では、終了後、お迎えにあがります」
職員は深々と礼をすると退出した。
しばらくすると、少年は不意にクレメンスの方を向いた。
「その方、名は何と申す?」
クレメンスに、よく響く高らかな声で問う。
その尊大な物言いに、クレメンスは顔をしかめる。
「他人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るもんだろ?」
クレメンスは少年の方を見ようともせず、前方を見たままの状態で言った
「なんと。余から名乗なればならぬとな?」
少年はを目を大きく見開き、少々大げさに驚く。
灰色の瞳の奥が興味深げに輝いた。
クレメンスは少年を横目でチラリと見たが、すぐに視線を前方に戻した。
少年は身体ごとクレメンスの方を向く。
「我が名はニコラス。そちの名は?」
少年は目をキラキラさせながら、身を乗り出して問いかける。
「クレメンスだ」
クレメンスは、ニコラスの顔の近さに少し身体を離す。
しかしニコラスは気にも留めず、さらにクレメンスに顔を近づけると、鼻をひくつかせた。
クレメンスは眉をぴくりと動かし、反射的に身体を大きく退く。
一体何が起こっているのか、即座に判断できなかった。
「おい。何をしている」
クレメンスは警戒態勢で、椅子ごと身体を退くが、 ニコラスは気にも留めずに、伸び上がるようにしてクレメンスを追いかけ、鼻をクンクン鳴らした。
「断りもなく勝手にニオイをかぐな」
クレメンスは不快そうに顔を歪め、低い声で言った。
「ん?」
ニコラスはきょとんと首をかしげる。青味がかった黒い前髪がふわっと揺れた。
「お前、おかしいんじゃないか? 普通かがないだろ?」
クレメンスはニコラスを横目で睨みつける。
「そうなのか?」
ニコラスは不思議そうに尋ねる。
「そうだ」
クレメンスは冷たい視線を投げかける。
「なんと! 普通はかがぬのか!」
ニコラスは目をパチクリさせている。
クレメンスは大きなため息をついた。
「私の知る限り、誰もそんなことはしないぞ」
そう言うと視線を正面に戻す。
「気に入った!!」
ニコラスが突然大声を出した。
クレメンスは驚きのあまり、思わず椅子から落ちそうになったが、何とか体勢を整えた。
「そなた、余の友達とやらになれ」
ニコラスは満面の笑みを浮かべ、咏うように言った。
「断る」
クレメンスはニコラスをじっと見据え、きっぱりと言い放つ。
ニコラスは、クレメンスの言葉が信じられないとでもいうように、ポカンと目を丸くする。
「友達は命令されてなるものではない」
クレメンスは、ニコラスに冷たい視線を浴びせかけると、正面に向きなおった。
ニコラスは少しの間、呆然としていたが、クレメンスの言葉が呑み込めたのか、ガックリと肩を落とし、うなだれた。
しばらくの間、なにかを考えるように俯いていた。
「では、どのようにすれば、そなたと友達になれるのか教えてはくれぬか?」
ニコラスは顔をあげクレメンスの横顔を窺う。
眉間にしわをよせ、縋りつくようなつぶらな瞳で、じっとクレメンスを見つめている。
クレメンスがチラリと視線を送ると、期待に瞳を輝かせるが、クレメンスが再び視線を正面に戻すと、ガックリとうなだれ、そしてまたじっとクレメンスの横顔を見つめる。
まるで子犬のようなニコラスに、思わずクレメンスは「フッ」と口元をほころばせた。
「お前と私はすでに友達だ」
クレメンスはそういうとニッコリと笑った。
「なんと!」
ニコラスの顔がパッと輝く。
「まことに友達で良いのか?」
ニコラスはクレメンスに抱きつかんばかりに身を乗り出す。
クレメンスは笑いながらうなずく。
「おお。ではクレちゃんと呼んでもよいか?」
ニコラスは目をキラキラさせながら、クレメンスの顔を覗き込む。
「クレちゃん?」
クレメンスは怪訝な顔をする。
「下々の者は親しみをこめてそのように呼び合うと聞いた」
ニコラスはさらに顔を近づけて言った。
クレメンスはそんなニコラスを見て「フフフ」と笑う。
「わかった。では私はお前をニコと呼ぼう」
「ニコか。良い響きだのぅ。気に入った」
ニコラスは満面の笑みを浮かべる。
「よろしくな。ニコ」
クレメンスはそういうと手を出した。
「おお。よろしくな。クレちゃん」
ニコラスは大喜びでクレメンスと握手し、その手をブンブンとふった。