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剣雄綺譚  作者: 田崎 将司
剣士マーシャと魔剣
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 ギャレットの異常性は、シェインの眼にも明らかであった。

 なにしろギャレットは、十歩ほどもあったマーシャとの距離を、一足跳びで詰めてしまったのだ。助走もなしにである。

「ごぉぉぉーーッ!!」

 咆哮とともに振り下ろされた斬撃の凄まじさといったら、大地を割るかのごとき勢いだ。大きく退いてそれを避けたマーシャであるが、強烈な刃風によって長い髪が揺れる。

「ぬうッ!?」

 大振りの一撃である。ギャレットは隙だらけなのだが――マーシャは反撃を試みようとした手を止め、さらに大きく下がった。

 ギャレットが放った二の撃が、マーシャの胴すれすれのところを通過する。

「なんと……!!」

 マーシャが瞠目する。速さも剛さも、いままでマーシャが経験したことのない水準だ。マーシャは武術家として、また秘密部隊「蜃気楼」隊員として、数多の強敵を打ち倒してきた。そのマーシャを驚愕させるほど、ギャレットの身体能力は突出している。

 そのはずであろう。「不摂生が服を着て歩いている男」ことドネリーは、魔剣を手にすることでバーグマンを圧倒するほどの力を見せた。喧嘩はからきしのコーネリアスは、四肢を拘束した状態ながら警備部隊員十人が手出しをすることすら叶わなかった。ギャレットは、そもそもが修行を積んだつわものだ。そのギャレットの力が、魔剣によって増幅されているのだ。

 ギャレットは、なおも追撃をしかける。

 人間離れした膂力と速度――それに加え、ギャレットには、剣の技術わざが備わっている。マーシャにとって幸運だったのは、いまのギャレットは、たとえば「ガルラ八式」のように一定以上複雑な技は使えないということだ。正気を失っているギャレットは、長年の反復練習で身につけた基礎的な技しか繰り出すことができぬらしい。

 それでも、ギャレットが脅威であることには変わりない。

 ギャレットの繰り出す連撃は、まるで竜巻だ。しかもその得物は、剃刀以上の切れ味を持つ。

「先生、俺も――」

「止せッ!!」

 加勢しようとするシェインを、鋭く制止する。

 シェインも王国軍の訓練で剣術を学んでいる身であるが、この状況では足手まといにしかならぬ。そして、ここまでギャレットの猛攻を見事に回避してみせているマーシャであったが、シェインという不確定要素が入ることによって、ギャレットが予想外の動きを見せるかもしれない。

 攻撃は最大の防御と言われる通り、縦横に間断なく繰り出されるギャレットの斬撃に、さしものマーシャも反撃の糸口が見出せずにいる。

 というより、ここまでギャレットの猛攻をすべて避けきれていることが、驚異的なことであるといえる。経験、そしてマーシャが生まれ持った戦いに対する「勘ばたらき」が、それを可能としている。

(しかし、こうしていても状況は悪くなるばかりだ)

 ギャレットは、まるで疲れるそぶりを見せぬ。コーネリアスは、手首の骨を折りながら、まるで苦痛を感じていないようであった。魔剣を手にすることで、肉体的な苦痛というものを感じなくなるとしたら、ギャレットも肉体の限界まで暴れまわるかもしれぬ。

 マーシャも生身の人間であるから、戦い続けていればいつかは体力が尽きてしまう。持久戦となれば不利だ。

「しぃゃぁぁーーーッ!!」

 ギャレットが、五連続の突きを放つ。

「ちぃッ!」

 マーシャの右肩を、剣先が掠めた。深手ではないが、肩の肉が抉られ鮮血が飛び散る。

(こうなっては、仕方がない――)

 足元の土くれを強く蹴ってギャレットを怯ませ、大きく距離をとる。

「シェイン、剣を寄越せ!」

 有無を言わせぬ口調で求められ、シェインは自らの剣をマーシャに放った。マーシャはそれを左手で掴み取ると、二剣を手に。

 双剣を用いるこの戦い方は、マーシャ本気の証である。

 それまでも、決して舐めてかかっていたわけではない。しかし、魔剣によって増幅されたギャレットの力はマーシャの想像以上であった。

 マーシャの全身から、殺気が迸る。

 ギャレットが、一瞬怯んだ様子を見せた。いまのギャレットは、人としての理性を失った獣のような状態である。だからこそ余計に、殺気というものに敏感になっているのかも知れぬ。

「そろそろこちらからも行かせてもらうぞ」

 マーシャが踏み込んだ。

 一歩ごとに緩急をつけた歩法でギャレットの眼を騙しつつ、低い姿勢で一気にギャレットの懐を取った。

「はッ!!」

 右の逆袈裟から始まる、回転しつつの七連撃――しかしギャレットは、とてつもない反射速度と、およそ人のものとは思えぬ挙動でそれを回避してみせた。

 ギャレットも、負けじとばかりに斬撃を放ち、マーシャはそれを避けつつ反撃を繰り出す。そしてギャレットもそれを防ぎ、避け、さらなる反撃の一手を放つ。

 二人の攻防は、時間が経つにつれ激しさを増していく。

 二つの竜巻がぶつかり合い、それが交じり合ってさらに巨大な竜巻と化したかのようだった――このときの様子を、シェインはのちにこう語っている。

「もう、わけわかんねぇ……」

 呆けた顔で、シェインが呟いたもの無理からぬことだ。常人の眼には、白刃が閃く残像しか捉えることができないだろう。

 それにしても――剣が合わさるたび、マーシャはどこか心がざわつくのを感じていた。魔剣を鑑定したときに似た、奇妙な感覚。剣から剣へと、得体の知れぬなにかが伝わってきているような気がするのだ。どうにも心が落ち着かぬ。

 しかし、集中を切らすことは死と直結する。頬の内側を血が出るほどに強く噛み締め、気合を入れなおす。

(なんという強敵――手加減などしている余裕はない。ないのだが、しかし――)

 かつて、暗殺者ギルドの手の者を相手にやってのけたように、活かさず殺さず戦闘力を奪う――そんなことができる相手ではなかった。殺すか殺されるか。マーシャをして、そう思わせるほど状況は切迫している。

 あるいは、手足の一本を斬り落とすことで、ギャレットを止めることができるかもしれない。しかし、腕や足を失うことは、人の人生を大きく狂わせる。特に、武術家であるギャレットならばなおさらだろう。

 ギャレットは、なにかの罪を犯したわけではない。剣の魔性に取り付かれているだけだ。マーシャが負ければ、この場にいるシェインのみならず、多くの人間が傷つく可能性がある。しかしそれでも、ギャレットを斬って捨てることが、マーシャにはできないでいた。

(殺したくはない……が、どうする……?)

 激しく打ち合いながらも、マーシャはギャレットを救う方法を模索する。

(考えろ――なにかあるはずだ)

 ふと、閃く。

 マーシャに手がかりを与えたのは、バックスの事件である。

 妻を斬ったバックスは、剣が折れたことによって正気を取り戻し、自ら世を儚んだ。マーシャはそう推測したはずだ。ということは――

「ならば、やりようはある!」

 マーシャの剣が、さらに加速した。畳み掛けるように、嵐のような連撃を仕掛ける。しかしギャレットも、そのすべてを受けきってみせる。

 人気のない路地裏に、剣と剣がかち合う音が響く。二人の剣の散らす火花が星空のごとく煌いた。

(頃合か――!)

 素早く跳び退ったマーシャは、左の剣を大きく振りかぶる。斬撃が届く距離ではない。

「ふッ!!」

 鋭く剣を投げ放った。ギャレットが剣を立ててそれを弾いたところに、マーシャは一気に踏み込んだ。身体を大きく捻り、横薙ぎの体勢をとる。

 秘剣『霞斬り』――マーシャが編み出した、その二つ名の由来ともなった剣技の発動体勢だ。

 人体というものは、全身の筋肉、関節が滑らかに連動するときもっとも効率よく動く。剣を振るという動作の場合は、体重移動から生み出された力を足首、膝と伝えていき、腰の回転を加えて腕に集中させる。一連の動きを、一切のよどみなく行うのが肝要とされる。

 しかし、『霞斬り』を放つとき、マーシャは各関節の連動を、ほんのわずかずつ――刹那にも満たない短い瞬間だけ――遅らせる。こうすることで、骨格に不自然な負荷をかけるのだ。

 もうひとつ、前進が弛緩した状態から急激に筋肉・関節を動かすことで、骨格にさらなる負荷を与える。その負荷は骨格にしなりを生み、しなりは反発力を生み出す。この反発力を腕に持つ剣に乗せることで、常人には不可能な速度の斬撃を放つことができるのだ。

 

 路地裏の薄暗闇に、人ならざる速度をもって、一筋の剣閃が閃く――


 耳障りな金属音。一瞬遅れ、からんと音を立て、何かが地面に転がった。

「信じられねぇ――剣で剣を斬っちまった(・・・・・・・・・・)

 シェインの言葉が示すとおり、ギャレットの剣の剣身は、根元も部分からなくなってしまっていた。

 それまで猛獣のごとく暴れまわっていたギャレットの動きが、完全に止まる。

「いまだ!」

 マーシャはギャレットに肉薄すると、剣の柄頭でもってまずみぞおちに一撃。続けざま後頭部を打つと、ギャレットの意識を完全に刈り取った。

 大きく息を吐くと、マーシャは自らの剣を鞘に納めるのだった。

 シェインには、マーシャが魔剣を切断したように見えたようだ。しかし、正確には叩き折ったというのが正しい。

 『霞斬り』を繰り出す前、マーシャは魔剣の特定の部分のみを狙い、攻撃を加えていた。剣と剣がぶつかる衝撃によって魔剣がもろくなったところに、止めとして『霞斬り』を放ったのだ。

 激しい攻防の中、剣の同じ部分のみを狙い打つなど、常人には到底不可能なことだ。マーシャがいなければ、遠くから弓矢や鉄砲を撃ちかけるくらいしか、ギャレットを止めるすべはなかっただろう。

「せ、先生! 無事ですかい!?」

 シェインが駆け寄る。

「ああ、かすり傷だ。問題はない。それより念のため、この男を拘束しておいたほうがいいだろう」

 シェインは捕り縄を取り出し、ギャレットの両手両足をきつく縛り上げた。

 しかし、剣の魔力によって狂わされたのだとすれば、おそらくはもうギャレットに危険はないだろう。

「この男はどうなる?」

「一応、先生を傷つけたかどで調べさせてもらうことになりますが」

「私としては、大事にするつもりはないのだが」

「それなら、なにか他にやらかしたことがない限り、すぐに釈放されると思いますぜ。事情聴取はさせてもらいますが」

「うむ、それならいい」

「じゃあ、この男のことは任せておくんなさい。先生は早く医者へ行ってくださいよ」

「わかった、そうさせてもらうよ」

 簡単な血止めをすると、マーシャはその場を立ち去るのだった。


 翌日、マーシャはコーネリアスの訪問を受けた。

「昨日はとんでもないご迷惑をおかけしてしまったそうで……心より感謝いたしますぞ」

 コーネリアスは開口一番、前日の騒動についての謝辞が述べられた。

「いえ、とんでもない。それよりコーネリアス殿、左腕のお加減はいかがですか」

「多少は痛みますが、問題はありません。グレンヴィル殿も、お怪我をされたそうで」

「私のほうはかすり傷です。ホプキンズ殿の処置を受けましたので心配は無用です」

 ホプキンズは、ロータス街で診療所を営む老医師だ。長年の経験に裏打ちされたその腕は確かで、マーシャの肩の傷は瞬く間に縫合された。

「それにしても――私が部下たちを相手に暴れまわったとは。今でも信じられない話です」

「私とて、自分の眼で見ていなければとても信じられなかったでしょうね」

 温厚で知られるコーネリアスの豹変は、警備部の隊員たちにとっても衝撃的な出来事だったことだろう。

「あの剣を持っていると、掌からなにかが身体の中に入り込んでくるような感覚がして、なんだかだんだん気持ちが良くなって――気がついたら、あの有様でした」

 詰め所にて事情聴取を受けたギャレットの証言も、これと似たようなものだったという。

「人を狂わせ、力を与える魔剣……世の中には、本当にそんなものが存在するものなのですなぁ」

 コーネリアスが、大きく嘆息する。

 摩訶不思議な効力を持つ、魔性の力――その存在についてマーシャは一晩考え込んだ。

 ひとつ、思い当たることがあった。

 「蜃気楼」に所属していたことの話だ。「蜃気楼」はその任務の特性上、戦闘員だけでなく、さまざまな分野の専門家が在籍していおり、そのうちの一人に、デイビースという男がいた。彼は「尋問」の専門家であった。捕えた他国の間者などから、情報を引き出すのがデイビースの仕事だ。

 とある作戦を前に、待機を命じられたマーシャたちは、暇つぶしにとりとめのない話をしていたのだが――そのうちデイビースは、効果的な尋問のやり方について語り出したのだ。

「肉体的に痛めつけることで口を割らせるなんてのは、二流のやることだ。こころを砕きにかかるのが一流の仕事ってやつなのさ」

 そしてデイビースが挙げた尋問の手法のひとつに、対象に単調な音楽を聴かせ続けるというものがあった。

 木琴に似た単純な構造の楽器を用いて、簡単な音階からなる音楽を、ひたすら聴かせ続ける。不思議なもので、それを何日か繰り返すだけで、どんな拷問にも耐えてきた人間が

「何でも話すから許してくれ」

 と、許しを請うてくるのだとか。

 音というものには、人の精神に働きかける特殊な効果があるのだ。

 マーシャがあの剣を鑑定したとき、そしてギャレットと剣を合わせたとき。マーシャが奇妙な感覚を覚えたのは、剣が起こす振動による作用なのではないか。マーシャは、そう考えた。

 近年の研究により、音というものはつまるところ物体の振動だということがわかっている。マーシャは、ものの本でそう読んだ。

 剣が発生させる微細な振動が特殊な音となり、掌を伝わって持ち主の心に作用する――結果、持ち主の精神が狂わされる。そいうこともあるのではないか、というのがマーシャの立てた仮説だ。

 人というものは、精神の状態いかんによって、限界を超えた力を発揮することがある。火事場の馬鹿力、などと呼ばれるのはその最たる例であろう。

 剣が発する音によって心のたがが外れ、人間離れした力を発揮する。そういうことだ。

 しかしマーシャは、この仮説をコーネリアスには話さなかった。

「コーネリアス殿を狂わせたあの剣、どうなりました」

「鉄槌で砕いたのち、街の鍛冶屋に持ち込んで溶かしてもらう予定です」

「ふむ、そうするのがよいでしょう。あれは、この世に存在してはいけないものだ」

 マーシャの言葉に、コーネリアスも頷く。

 その後、マーシャの負傷の治療費を払うといってきかないコーネリアスであったが、とうとうマーシャに根負けして桜蓮荘を辞した。

(仮に私の考えが正しいとして――原理は理屈で説明がついたかも知れぬ。しかし、そのような効果を持つ剣を、意図して作り出すことが果たして可能なのだろうか)

 考えてみるが、答えは出ない。

「あるいは、本当に悪魔の力を借りて鍛え上げられた剣だったのかもしれぬな――おや、あれは」

 ふと窓の外を見たマーシャは、見慣れた人影が桜蓮荘の門をくぐったのに気付く。

「アイが戻ったか。今夜はひとつ、酒でも酌み交わしながら魔剣の話をしてやるとしよう」


剣士マーシャと魔剣・了

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