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剣雄綺譚  作者: 田崎 将司
剣士マーシャの賭事
51/138

 翌日。

 マーシャは、昼過ぎから芝居を観に出かけていた。マーシャの生き方を決定付けたといってよい、老剣士が活躍する芝居である。一続きのシリーズとしてそれまで二〇近い話が世に出ていたが、その最新作がついに封切られたのだ。思うままに惰眠を貪ってから夜公演を観に行くのが常であるマーシャだったが、人気作の最新話とあって、夜の部の切符はあっという間に売り切れ。仕方がないので、この日マーシャは昼公演を観に行くこととなったのだ。

 老剣士の旧友が、死病を押してかつての好敵手と最後の勝負を行おうとする。しかし、さまざまな事情が絡み合い、その勝負の妨害をしようとする者たちが現れる。老剣士は邪魔者をその剣でもって排除し、旧友の最後の雄姿を静かに見守る――それが、新作の筋立てであった。

 なかなかに泣かせる脚本だったし、役者の演技もいい。幕が下りると同時に、マーシャも大きな喝采を送った。

 満足げに芝居小屋を出て家路を歩くマーシャは、途中一人の少女に出くわした。

「やあ、アンナ」

「あっ、先生。ご無沙汰していますね」

 少女の年齢は一四歳。くすんだ金髪をお下げに結い、ややふくよかな体型で、けっして美形と言える面立ちではない。しかし、鼻のあたりのそばかすと、笑うと出るえくぼになんともいえぬ愛嬌がある、可愛らしい娘だ。

 アンナは、デューイが桜蓮荘に引っ越してくる前に、家が隣同士であった。デューイとはいわゆる幼馴染の関係に当たる。今でも二人の仲は良く、アンナが桜蓮荘での稽古を見学しに来ることもある。

「今日はお遣いかね?」

「はい。母さんの薬を貰いに」

「おっかさんの具合は?」

「だんだんと良くなっていると髯の先生は仰ってるんですけど、まだ床から起きられるほどでは……」

 髯の先生とは、桜蓮荘のあるロータス街で診療所を開く老医師のことだ。この界隈の人間は、病気や怪我となればまず彼の診療所を訪れる。

「そうか。今度、見舞いに行かせてもらおう」

「ありがとうございます」

 会話をしつつも、マーシャは違和感を覚えていた。アンナは愛想がよく、いつも向日葵のような笑顔を絶やさぬ娘なのだが、この日のアンナはどうにも表情が暗い。

「……元気がないようだな。なにか悩みでもあるのか? 私でよければ相談に乗ろう」

「いえ、そんな……先生のお手を煩わせるようなことは……」

 と、アンナは言葉に詰まる。確かに深刻な悩みがあるようだが、それを話していいものかと躊躇している様子だ。

「もしかして……ホリスのおやじさんのことでは?」

 夕べ賭場で見かけたホリス。彼は、アンナの父であった。

「――!? いえ、本当になんでもないんです。それじゃ、母さんが待っているので、これで」

 と、アンナは小走りに去ってしまった。しかし、アンナの表情が変わったのを、マーシャは見逃さなかった。

(やはり、ホリスの親父さんがらみでなにかあったに違いない……)

 ふと、マーシャは前日のデューイのおかしな様子を思い出す。それこそ生まれたときからの付き合いで、アンナとは実の兄弟のように育ったデューイだ。いや、最近は兄弟というに留まらず、男女の機微に疎いマーシャにすら

(まるで、夫婦のような……)

 と思わせるほどに親密な二人である。

 アンナがデューイに何事か打ち明け、それが原因でデューイも思い悩んでいるというマーシャの推測は、二人を知る者なら当然思い浮かぶものと言える。

 可愛い弟子と、その大事な幼馴染のことだ。おせっかいが過ぎるとも思ったマーシャだが、手をこまねいているうちに取り返しのつかぬことになれば、後悔してもしきれない。

 少し探りを入れてみようと思い立ったマーシャは、夜になると部屋を出た。

 向かったのは、馴染みの賭場である。ホリスが来ているのではないかと踏んだのだ。しかし、この夜そこにホリスの姿はなかった。

 この界隈では、まだいくつか賭場が開かれている。マーシャは、そこを回ってみることにしたが、どこも空振りであった。

(はて、今日はホリスも家で大人しくしているのだろうか。いや、もしや……)

 最期にマーシャが向かったのは、下町を海岸方面に行ったところにある倉庫街だ。商人の蔵が立ち並ぶその一角に、今は使われていない古い蔵がある。そこで賭場が開かれているという話を聞き知っていたのだ。

 話によれば、そこはとある犯罪結社が仕切る賭場であり、高額な賭け金がやり取りされているという。こうなるとさすがに違法性が高く、警備部の知るところとなれば摘発は免れぬ。なので、マーシャは近づいたことがなかったのだ。

 しばらく歩き、マーシャは件の賭場が目に入るところまで辿り着いた。果たして、そこにはホリスの姿があった。

「頼む、あとひと勝負! あれ(・・)を取り返さないうちは帰れねぇんだ!」

「喧しい、勝負したかったら種銭を持ってきやがれ! そもそも、先に負けの借りを返すのが筋ってもんだ」

「そこを何とか……」

 数人の男の大声が、静まり返った夜の倉庫街に響く。

 ホリスは三人いる賭場の番人らしき男の一人に、何事か懇願しながら取り縋っているようだ。番人たちは怒鳴り散らしながらホリスを引き剥がすが、なおも諦めないホリスに業を煮やしたのか、とうとう手に持った棒を振りかざすと、三人がかりでホリスを打ちすえ始めた。

「待て!」

 マーシャが割って入り、一人の男の棒を掴むと身体を捻った。不思議なことに、ただそれだけで棒を持った男の身体は一回転して地面に落ちた。

「女、なにをしやがる!」

「一人を相手に寄ってたかって乱暴するなど、見捨ててはおけぬ」

「せ、先生……?」

 奪い取った棒を構え、番人たちを見据えるマーシャ。その異様な眼光に、男たちは気圧され声を失う。

「さあ、ホリスの親父さん、行こう」

「あ、ああ…………」

 マーシャはホリスの手を引き立ち上がらせると、いまだすくみ上がる番人たちを尻目にその場を退散した。

 ややしばらく歩き倉庫街を抜けると、行く手に酒場の看板が見えたのでマーシャはそこに入ることにした。本当は真っ直ぐ帰宅しようと思っていたのだが、肩を貸しているホリスが歩きながらここが痛い、そこが痛いと喚くものだから仕方がない。

「すまないが、怪我人なので湯など借りるかもしれぬ」

 と酒場の店主に前置きしてホリスの服をはだけさせたが、

「なんだ、せいぜい青あざができているくらいではないか。大の大人がこのくらいで泣き面を見せるんじゃない、服を着ろ」

「いや、まったく面目ねぇ……」

 マーシャが拍子抜けするほどホリスの怪我は軽症だった。

 適当な酒を注文すると、マーシャはホリスを詰問し始めた。ホリスは、恥じ入ったように背中を丸めてマーシャの言葉を聞く。

「それで、いったいどうしてあんな馬鹿な真似をしたのだ。私が割って入らねば、それこそ骨の一本や二本では済まなかったかもしれぬぞ」

「実は……その……バッジを取られちまったんで……」

「バッジ? もしや、『黒鷹』のバッジか!?」

「へぇ」

 マーシャが驚くのも無理はない。

 ギルド『黒鷹』に属する運び屋ホリスにとって、『黒鷹』のバッジは身分証明書に等しい。ギルドの運び屋として得られる様々な特権も、バッジがなければ受けることがで着ない。ホリスは、運び屋の命ともいえる大事なバッジを、幾許かの種銭と引き換えに賭場に預けてしまったのだというのだ。

「そもそも、なぜあの賭場に? あそこが危険だということくらいは知っていただろう」

「……その、急ぎで金が必要だったんです。あそこなら、一発当てればでかい金が転がり込むって聞いたもんで」

 はじめはいつもの賭場でひと稼ぎしようと考えていたホリスだが、そこでは金を造るどころか負ける一方であった。そこで、掛け金の高い賭場で一気に取り返そうと思ったのだという。金が必要だからと博打に手を出し、そこで更に借金を造ってより大きな博打に出る。完全な悪循環で、博打で身を滅ぼす者の典型である。

「金が必要だったとは、どういうことだ」

「いやあ、その……」

 博打を打っているときは強気なわりに、いまのホリスはどうにも歯切れが悪い。元来大して気は強くなく、博打を打っているときだけ気が大きくなる男なのだ。

「こうなったら、すっかり聞かせてもらうぞ。アンナも気を揉んでいる。ことによっては、手を貸さないでもない」

「……へい、わかりやした」

 マーシャの気迫に押される形で、ホリスはぽつりぽつりと語り始めた。

 ことの起こりは、数ヶ月前――春のことだ。

 ホリスはギルドの仲介でとある仕事を請け負った。シーラム島までの荷の輸送で、片道五日という大仕事だ。

通常、これほどの距離の仕事を一人で請け負うのは珍しく、各地を仕切るギルドの間で荷を受け渡しながら輸送するのが一般的だ。なぜなら、そのほうが運賃が安くなるからである。

 運び屋にしてみれば、時間はかかるものの実入りが大きくおいしい仕事である。

 今回ホリスがこのような仕事を請けることができたのは、依頼主がかねてからホリスを贔屓にしてくれている人物だったからだ。

往路は順調そのものだった。期日内に無事荷物を送り届け、あとはレンに戻るだけ。そこで、ホリスは現地のギルドに立ち寄った。

 普通、運び屋は遠距離の仕事を請け負った際は、送り先の現地で復路のついでにこなせる仕事を探す。そのほうが効率がいいのは言うまでもないだろう。

 しかし、不運なことにレン方面への仕事はなく、仕方ないかとホリスが諦めかけていたところに一人の男が声をかけてきた。

 三十がらみの人相の悪い男で、曰く

「レンに戻るなら、割のいい仕事がある」

 という。

 ギルドを通さぬ、いわゆる「もぐり」の仕事である。

「馬鹿な、ギルドを介さぬ仕事など……」

「へぇ、今考えれば軽率だったんですが、ついつい報酬に眼が眩んじまって……」

 ギルドは運び屋に仕事を斡旋する際、仲介料を取る。運び屋からすれば中抜きなのだが、ギルドはその代わりに運び屋を手厚く保護する。なんらかの理由で遅配、物品の破損が起きた場合は損害を肩代わりするし、運び屋が仕事中に怪我や病気になったときには、治療費を援助する。積み立てた金で、ギルドは運び屋が安心して仕事に臨めるよう支援するのだ。

 しかし、ギルドを通さない仕事だと、上の恩恵が一切受けられないのは言うまでもない。

 男が持ちかけてきた仕事は、ごく簡単なものだった。小脇に抱えられるほどの木箱を、レンの新市街にある屋敷まで届けるというものだ。男曰く、

「ほかの荷物と一緒に送るはずだったのが、手違いで一つだけ抜けてしまった」

 のだという。

 報酬は破格で、ホリスにとっては渡りに船である。一も二もなくホリスは受けることにした。

 レンまでの道のりは順調で、言われたとおりの期日までに荷を届けることができると思われたのだが、届け先の屋敷で問題が起きた。

 屋敷の裏門を叩き、届け物がある旨を伝えたホリス。誰宛のものかと尋ねられ、送り状に記された名前を告げると、

「門番の顔色が急に変わりまして。そんな名前の者はいない、の一点張りなんでさ。住所は間違いない、って何度言っても聞く耳は持ってくれねぇんです」

 報酬の三割は前金でもらっていたが、残りは荷物を送り届けてから、という約束であった。荷物を受け取ってもらえねば七割は取り損ねてしまう。

 ホリスも粘り強く食い下がったのだが、遂に門は閉ざされてしまった。

「勿論、俺も諦めるわけにはいきませんで、近所の屋敷の下働きに声をかけて聞いてみたんですがね。どうやら、屋敷のあるじでどこぞの領主の息子だとかいう若様が、なにごとかしでかして地元に送り返されたって噂らしいんでさ。おおかた、女でも孕ませたんだろう、っていう話で」

「なるほど、その若様宛の荷物だったと考えれば、門番の態度も納得できるな」

「へぇ、俺もそう思いました。こうなったら仕方がないんで、俺も諦めることにしたんでさ」

 ギルドを介した仕事だと、こうした予期せぬ事態が起きた場合、ギルドが一定額の金を補填してくれる。しかし、「もぐり」の仕事だとそうはいかぬ。

 ホリスは、とりあえず木箱を開けてみることにした。金になるものなら売り払ってしまおうと考えたのである。

「送り先の若様がいなくなったのを知らずに仕事を頼んだのは、向こうの手落ちだと思いまして。報酬の残金は取りっぱぐれたんだし、そんくらいは許されるだろうって」

 中身は二本の瓶であった。どうやら酒らしいので、知り合いの酒屋の店員に二束三文で売り払ってしまったという。

 ここまで聞く限りでは、ホリスに金が必要になった理由がマーシャには見えてこない。問題の核心は、その先にあった。

「それが、ひと月ほど前のことでさ。いきなり、警備部の詰め所に呼び出されまして」

 警備部は、王国軍内部のいち部署で、レンの治安維持を担当する。まったく身に覚えのないホリスだったが、警備部の召喚となれば拒否するわけにはいかぬ。

「例の送り先の若様について、根掘り葉掘り聞かれたんです。俺としちゃあ、若様のことなんざ知りもしねぇし、たいして話すこともなかったんですが。特に、荷物の中身についてしつこく尋ねてきましたね。中身は売っちまったし、木箱はばらして焚き木にしちまってたって言ったら、なんてことをしたんだ、ってえらい剣幕で怒鳴られました」

 どうやら、その荷物は犯罪がらみの品であったらしいのだ。知らずに運んだという証言は受け入れられ、ホリスが罪に問われることはなかったのだが、警備部から連絡が入ったためことはギルド『黒鷹』の知ることとなった。

 警備部に続いてギルドに呼び出されることになったホリスを出迎えたのは、悪魔も裸足で逃げ出さんばかりの憤怒の表情を浮かべたブレナンであった。

 ギルド『黒鷹』の長たるブレナンは、仲間想いで義理に篤い人格者として知られるが、一方で掟破りや職業倫理にもとる行為に対してはきわめて厳格だ。

「いやあ、そのときの親分ときたら怖いの怖くないのって……」

 とホリスが語ったとおり、ブレナンの怒りは生半可なものでなかった。

 ブレナンは、もぐりの仕事を受けたことに対して怒ったのではない。

「手前ぇ、依頼主のことも荷のこともろくすっぽ調べねぇで犯罪にに巻き込まれました、なんて、俺たちゃ餓鬼の使いで運びをやってるんじゃねぇんだぞ!」

 とはブレナンの弁である。

 ギルド所属の運び屋は、各地の関所を通行する際、役人に荷を改められることはないという、一種の特権を持っている。法令で決められているわけではなく、あくまで慣習的なものなのだが、長年ギルドと国の間で培われた信頼関係がそうさせているのだ。ホリスの行為は、この信頼関係を裏切るものであり、ブレナンがそれを許すはずもなかった。

 結局、ホリスは三ヶ月の業務停止を言い渡されることになる。

「ちょうど間の悪いことに、かかあの薬代のツケを払ったばかりのことでして。家の財布はみるみる軽くなっちまいまして……」

 下町に暮らす多くの人は、おおよそ貯蓄というものを持たない。ホリス一家も例外ではなかった。ゆえに一度収入が途切れると、家計はどんどん苦しくなる。普段ホリスが病気や怪我で仕事に出られないときは、妻や娘が内職をするなどして家計を支えるのだが、ホリスの妻は今病を患っており、アンナもその看病で手一杯だ。

「それで博打で金を稼ごうなどと考えるやつがあるか。日雇いの人足でもなんでも、金を稼ぐ方法はいくらでもあるだろう」

「いや先生、俺にも運び屋としての誇りってものがありまさ。運び以外の仕事で金を稼ぐなんざ邪道、ってやつですよ」

 したり顔でホリスは語るが、マーシャは呆れるばかりである。

(この男、自分が怠けたいだけではないか……それにしても、自分はなぜ十も二十も年上の男にこんな説教をしなくてはならないのだ)

 しかし、このままではホリスの妻や娘のアンナにも累が及ぶ可能性は否めない。特に、若い娘なら借金のカタにちょうどいいし、実際肉親の借金のせいで娼婦に身を落とさざるをえなくなった、などというのは珍しくもない話だ。

 マーシャ別に娼婦という職業を蔑んでいるわけではないが、それでもあのアンナが強いられて娼婦になるようなことは許せぬ。

「まあ、話は大体わかった。今日はもう遅いから帰ろう。店主、勘定を――」

「あ、ちょっと待ってくだせえ。あと一杯だけ……」

「馬鹿者、調子に乗るな」

 二人がホリスの家まで辿り着いたのは、そろそろ日付も変わろうという時刻だ。玄関口では、アンナが心配顔で父の帰りを待っていた。

「父さん、こんな遅くまでどこ行ってたの? 母さんも心配――って、どうしたのその顔!?」

 顔を腫らしたホリスを見て、アンナが頓狂な声を上げる。

「いやあ、まあ、いろいろあったんだよ」

「まったく、こんな良い娘を心配させて、恥ずかしくはないのか」

「面目ねぇ限りで……」

 さすがにホリスも殊勝な態度を見せる。

「大した怪我ではないが、今日のところはもう休むがいい」

「へい、わかりやした。先生、お休みなさい」

 ホリスが中に引っ込んだところで、マーシャはアンナに向き直った。

「アンナ、大体のことは親父さんから聞いた。私もできる限りのことはするから、あまり思いつめないことだ」

「先生……ありがとうございます」

「暮らしに必要な金は足りているか? 多少なら私が都合しよう」

「いえ、それはデューイが――いえ、なんでもないです」

 言いかけて、アンナは急に口をつぐんだ。

 なるほどな、とマーシャは納得する。恐らく、デューイは自分の稼ぎの中からアンナに金を渡しているのだろう。アンナに口止めをしているのは、自分の行為に気恥ずかしさを感じているからだろうか。

(男の意地というやつか。初めて会ったときはあんなに小さかったデューイがなぁ。男の子の成長というのは早いものだ)

 などと、年寄りくさいことを考える。

「とにかく、生活していけるだけのお金はありますので、ご心配なく」

「まあ、事足りているのならそれでいい。では、そろそろ私も行くとしよう」

 これ以上アンナを詰問しても仕方がない。マーシャはその場を立ち去ることにした。

 部屋に帰り着くや、ベッドに倒れこむ。肉体的なものではなく、精神的な疲れがマーシャを襲う。ホリスの愚行に呆れさせられたのが大きかった。

(まったく、ホリスの親父ときたら困ったものだ。あれではデューイとどちらが大人かわからないではないか……しかしアンナのこともあるし、見捨てるわけにもいかぬ)

 しかし、気になるのはホリスが運んだという荷のことだ。

 ライサ島から新市街の屋敷に宛てられた、数本の酒瓶――それが、どうやら禁制の品であるらしい。

(まさかあの『キラート』絡みではあるまいな)

 ランドールが捕縛されて、ひと月半ほどが経っている。王立特務調査部は、警備部と協調してれいの麻薬の流通者や生産元の摘発を行っていると聞く。

 しかし――いま考えるべきなのは賭場を開いているやくざ者に奪われたというホリスのバッジのことだ。

(まったく、最近は次から次へと騒動に巻き込まれる。いっそハミルトン殿のように、どこかの田舎に引っ越してしまいたい)

 柄にもなく愚痴っぽいことを考えてしまうマーシャである。大きくため息をつき、マーシャは目を閉じるのだった。

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