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剣雄綺譚  作者: 田崎 将司
剣士マーシャと怪盗
117/138

三十

 マーシャやパメラ、そして警備部の面々の活躍により、遂に怪盗『影法師』による一連の事件は解決をみた。

 盗みの実行犯を全員捕縛したことを受け、アークランドたちは直ちに盗賊およびマイルズ・シアラーの尋問を開始。盗賊たちはなかなか口を割らなかったが、首魁たるカークは、意外なほどあっさりと犯行の全容について語った。

 シアラーも、当初は頑として証言を拒否した。しかしカークが自供したこと、そしてエヴァンスが所有するレヴァント街の倉庫から『アイリーンの熱情』が発見されたことを受け、とうとうエヴァンスの関与を認めたのである。

 盗賊たちとシアラーが捕縛されたことを知ったエヴァンスは、王都からの逃亡を試みた。しかし、警備部は先んじて街道に非常線を張り、エヴァンスの身柄を拘束することに成功したのである。

 エヴァンスがいかにして怪盗『影法師』を組織するに至ったのか、それは今後の捜査で明らかになるであろう。

 エヴァンスの逮捕は世間に知られることとなり、「有力貴族の逮捕」という快挙を成し遂げた警備部に、レンの庶民は喝采を送るのであった。

 余談であるが――事件解決の夜、マーシャたちと合流したパメラが、包帯だらけのミネルヴァを見て、青くなったり赤くなったりと大騒ぎであったことを書き加えておこう。




「エヴァンスも、つまらぬことをしでかしたものよ。フォーサイス家の力など、できるものならくれてやりたいくらいであったのだ」


 ところは、フォーサイス邸内の一室である。公爵が、大げさにため息をつきつつそう言った。

 公爵の傍らには、寝台に横たわるサディアスの姿もある。容態が安定し、ようやくこの屋敷に移すことができるようになったのだ。


「グレンヴィル殿、このたびのご尽力、心より感謝いたしますぞ」

「サディアス殿、礼には及びませぬ。私には私の思惑があって、怪盗退治に手を貸しただけのこと。私が思うに――此度の一件で、もっとも大きな働きをしたのはミネルヴァ様でしょう。ミネルヴァ様のおかげで、パメラはひとつ壁を乗り越えたように思えます」

「ふむ――ミネルヴァとパメラの間になにがあったか、わしも詳しくは知らぬ。しかし、パメラが大きく変わったのは事実だ。そして、パメラの力なくしては、事件は解決していなかったと聞いているぞ」

「左様にございましたか。ミネルヴァ様が――わが娘も、素晴らしい主を持ったようですな」

「まったくだ――おっと、父親のわしがこのようなことを言うと、まるで親馬鹿のようではないか」


 おどけた表情を見せる公爵に、マーシャもサディアスも破顔した。


「それにしても、パメラはカークを殺さなかったか」


 サディアスは、独り言のように呟いた。


「それで良かったのだ、サディアス。カークは、個人の手ではなく、司法の手で裁かれなければならなかった。おぬしの気持ちもわからないではないが、やはりわしはパメラの判断が正しかったと思う」

「個人的に、カークとの決着をつけねばならないという思いはございました。加えて、いくら縁を切られた者といっても、カークはフォーサイス家の家臣に連なる家系の人間。そんな男が怪盗に加担する――このことが世間に知られれば、フォーサイスの家名に傷がつく。私はそんなことも考えたのですが――」

「サディアスよ、時代は変わったのだ。確かに、かつてはフォーサイス家に仇なす者を排除するため、オクリーヴの人間が手を汚すこともあったと聞く。しかし、たとえフォーサイスの家名が貶められるような事態が発生したとしても、個人の手で個人を断罪するということはあってはならぬ。それは、すべての国民は法の下に裁かれるべき、とお考えになった先王陛下のお心にも反する」

「仰るとおりにございました。浅慮により先走った私めに、どうぞ罰をお与えくだされ」

「その話はもうすでにしたであろう。どうしても罰を与えてほしいというのなら、そうだな――三か月の間、任務に就くことを禁じる。これで文句はあるまい」

「ギルバート様、それは……」


 フォーサイス家付きに医者の診断によると、サディアスの傷はおおよそ全治三か月ということだ。公爵の言葉は、つまり傷が治るまでゆっくりと静養せよ、ということである。


「これ以上は聞かぬぞ」


 と、公爵はそっぽを向いてしまった。こういう態度の公爵を説得できる人間は、世界広しといえどもそうはおらぬ。

 サディアスも、納得するよりほかはない。


「エヴァンス伯爵はどうなるでしょうか」

「国王陛下も、このたびの事件は重く受け止めていらっしゃる。エヴァンスと縁の深い貴族たちは反発するかもしれぬが、今回ばかりは罪を逃れることはできないだろう」

「それを聞いて安心しました。それからギルバート様、れいの件なのですが」

「む? ああ、ミネルヴァの引っ越しの件か。妻は心配しておったようだが――わしは別に構わぬよ。此度の怪盗と同じような相手とふたたびまみえることがあっても無傷で済ませられるよう、しっかりと鍛えてやってくれ」

「お任せください。家賃は特別に二割引きにしておきますので」


 と、今度はマーシャがおどけてみせるのだった。




 ところは変わり、王城内にあるアークランドの執務室である。

 怪盗とエヴァンスの逮捕により、アークランドと警備部の評価は大きく上がった。エヴァンスは盗品をほとんど手付かずで保管しており、それらはすべて本来の持ち主へと返還された。唯一、サディアスが殺されかかったことを除き、人的被害も出ていない。

 警備部としては、最善の結果であったといえるだろう。

 しかし、アークランドは満足していなかった。

 このたびの事件では、警備部の組織としての弱点が、いくつも浮き彫りになったからだ。

 まずは、各分隊間における横の繋がりの弱さ。

 自分たちの管轄のことは自分たちで、というのが現在の警備部の基本姿勢であるから、管轄を跨いで起こる大きな事件に対しては連携がうまく取れず、対応はどうしても遅れてしまう。

 次に、情報収集能力の弱さ。

 パメラや特務の力を借りることができなければ、いくつかの重大な情報を入手できず、事件は解決できなかっただろう。

 尾行や監視においても、パメラの助言に助けられる部分が大いにあった。警備部内にもそれらの技能を持つ者はいるが、パメラや特務のそれに比べれば未熟もいいところである。

 そして、単純な武力面での弱さである。

 警備部隊員たちも王国軍兵士である以上、全員が所定の武術教練を受けている。しかし、個々人の強さという点では、ピンからキリまで、というのが現状である。幼少時から武術を学んできた腕利きもいれば、教練過程をぎりぎりで乗り越える程度の腕前しか持たぬ者もいる。

 並の相手ならば、数の優位性を作って対処すればよい。しかし、『影法師』のように、それぞれが高い技能持つ者たちが徒党を組んだ場合、多少の数的優位は容易に覆される。また、陽動によって分断されるなどして、どうしても少数でこと(・・)に当たらねばならぬ場面も出てくるだろう。

 このたび力を借りたマーシャ、アイ、バイロンなどは、恐るべき遣い手である。今回は味方であったからよかったものの、もし彼女らと同等の力を持つ者がが犯罪者の側に回ったとしたら――想像するだけで、アークランドは身震いを禁じえぬ。


「やはり、あの計画を上申すべきか」


 これらの弱点を解消するための計画が、すでにアークランドの頭の中にはあった。彼の考える計画とはどのようなものなのか――それはまた、別の一編にて語られることになろう。


 剣士マーシャと怪盗・了

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