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剣雄綺譚  作者: 田崎 将司
剣士マーシャと怪盗
107/138

二十

※2017/5/17

若干説明不足な部分を発見したため、追記を行いました。短いものですが、下段にコーネリアスとカーターの会話が追加されています。

「やはり、エヴァンスに繋がったか」


 蒸留酒のグラスを傾けつつ、子爵エマニュエル・マクガヴァンが独り言のように呟いた。

 以前、マーシャの面会した際に使われた酒場。この日、マクガヴァンと肩を並べて座るのは警備部長アークランドである。

 アークランドも、マクガヴァンを前にしては背筋を正し、かしこまった態度を崩さぬ。


「――それで、警備部としてはどう出る」

「可能ならば、エヴァンス伯爵もろとも賊どもを挙げたいと考えております」

「特務を頼ることなく、か」


 アークランドが頷く。


「しかし、それは生半なことではいかぬぞ。エヴァンスほどの貴族となると、王国軍外にも影響力を持つ。少しでも言い逃れの余地を残してしまえば、たちまち釈放ということになりかねん」


 まったく不公平なことではあるけれども――一般人ならば十分に有罪に追い込めるような状況でも、権力者ならば罪を逃れられることもある。これは、古今東西どのような国家でもありうることだ。

 一点の弁明の余地もなくなるまで証拠を固めなければ、大物を断罪することはできないのである。

 前代国王・フェリックスの改革によって、封建の世の仕組みが大きく変わったことにより、貴族も中央省庁が定めた枠組みに縛られるようになった。しかし、長年にわたって培われた縁故の力、そして金の力というのはいまだ強い。そして、いまの警備部に与えられた権限では、その貴族の力に強引に抗うことは難しい。

 ただし、特務が犯罪を立件する場合は少々事情が異なる。特務の持つ権限はきわめて強力であり、国王以外の何者にも縛られることはないからだ。


「むろん、承知しております。しかし、いかに相手が権力者とて、毎度毎度特務の手を煩わすわけにも参りませぬ。貴族だから、有力者だから手出しできない――そんなことでは、警備部はいつまで経っても真の法の番人となることはできないでしょう」

「――わかった。今回は、アークランドのその決意を尊重しよう」


 と、マクガヴァンは微笑んだ。


「して、エヴァンスを挙げる算段はついているのか」

「一応は。とにもかくにも、盗賊どもを捕らえられなければ話になりませんが――あと必要なのは、盗賊とエヴァンス伯爵が繋がっているという確たる証拠です。物証と証人、両方揃えねばなりませんな」

あて(・・)はあるのか」

「証人については、盗賊との連絡役を務める人間を押さえればなんかなるでしょう。物証のほうなのですが――こちらは少々難儀しております」

「まあ、そうであろうな」

「しかし、望みがないわけではありませぬ」

「ほう?」

「盗賊どもが盗み出した戦利品、それはまだレン市内に隠されているのではないか。部下がそのように申しておりまして」

「そう考える根拠は」

「怪盗騒ぎが起こり始めたころならともかく、今のレンから盗品を持ち出すのは難しいはず。怪盗の存在が明らかになってからは、港においても関所においても荷改めが厳格化されておりますゆえ」


 平時ならば、有力者の船や馬車に対する荷改めはなあなあ(・・・・)で済まされることがままある。しかし、ここひと月ほどはそれが厳しくなっているのだ。加えて、レンに繋がる街道では、頻繁に抜き打ちの検問も頻繁に行われるようになっている。


「しかし、小分けにして隠し、港や関所の役人の眼を誤魔化すことは可能であろう」

「あえてそのような危険を冒す必要もないでしょう。われわれとしても、少し前までは貴族が事件にかかわっているなどとは露にも考えていなかったのですから」


 エヴァンスならば、警備部内の情報を探ることなど造作もない。なにしろ警備部は、王国軍内の組織なのだ。ローマン・ハイドは言うに及ばず、エヴァンスの息のかかった隊員はほかにもいるはずだ。捜査情報は筒抜けであったと考えるべきだろう。


「自分が捜査の対象外ということがわかっているから、レン市内に盗品を隠し持っていても安心していられる、というわけか――なるほど、その考えに穴はないようだ。見事な推理だな」

「お褒めにあずかり恐縮ですが……これはほとんど部下――コーネリアスという男が導き出したものなのです」

「それはよい部下を持ったな」

「まったく、おっしゃる通り」

「あとは、その盗品の隠し場所、か」

「ええ。まず、本宅に隠し持っているということは考えにくいのですが」


 エヴァンス邸では、多数の家臣・奉公人が働いている。当然、事件のことを知らぬ者も多いわけで、そのような者たちが偶然盗品を発見してしまうとこと(・・)である。


「かといって、他人の手に預けるのは不用心が過ぎる。となると――」

「エヴァンス伯爵が直接管理できる場所、そのどこかに盗品は隠されていると睨んでいるのです」

「なるほどな。それで調査は進んでいるのか?」


 マクガヴァンの言葉に、アークランドの表情は曇った。


「それが……なにぶん、エヴァンス邸と盗賊の隠れ家と思しき六ヶ所を見張るのが精いっぱいで。人員不足は解消されつつありますが、これ以上人を動かすと伯爵に勘付かれる可能性がありますので……」


 確たる証拠を押さえる前にエヴァンスに警備部の動きを悟られてしまった場合、エヴァンスはすぐさま証拠の隠滅を図るだろう。そのような事態は避けなければならない。


「ふむ――あいわかった。そちらについては、私のほうで調べておこう」

「子爵、しかしそれは――」


 アークランドが、複雑な表情を浮かべる。これ以上人員を繰り出せない以上、マクガヴァンの申し出はまさに渡りに船である。しかし一方で、警備部の意地にかけて、これ以上特務の手を借りたくないという気持ちもあった。


「調査にかける時間が長引くほど、エヴァンスにこちらの動きを察知される可能性は高くなるはずだ。この手の仕事は特務の得意分野。警備部の隊員よりも早く正確に調べを進めることができよう。お前の気持ちもわかるが、今はエヴァンスを確実に挙げることを優先すべきではないかな」

「……わかりました」

「そう気を落とすな。警備部は、われら特務に比べればまだまだ若い組織だ。時間をかけ、経験を蓄積していけば、いつかは特務にも負けぬ技術を得ることができよう」


 と、マクガヴァンはアークランドの肩を叩くのであった。




 特務の仕事は早い。翌々日には、レン市内にエヴァンス本人、もしくはその近親者が所有する建物すべての調査を完了させていた。

 結果、盗品の隠し場所と思しき場所が、一か所に絞られたのである。

 それは、港にほど近いレヴァント街にある、一軒の倉庫であった。

 近ごろの貴族というのは大概、領地経営のほかに一つや二つ商売を営んでいるものだ。エヴァンス家の場合、自領であるリンカム地方の特産である陶器を取引する問屋をレンにて開いている。件の倉庫は、その陶器問屋が所有するものであった。

 そこは、売れ残った不良在庫や使わなくなった什器などを保管するための倉庫であり、使用頻度は低かった。

 しかし、ここ最近は荷物の出入りが明らかに増えていると近隣の住民は証言している。

 また、それまではほとんどほったらかしにされていたその倉庫に、常時番人が二人つくようになったという。

 当の番人が近所の人々に語ったところによると、急に警備が強められた理由は


「ここ最近、物騒な事件が多いからな。ここには大したものが仕舞われているわけじゃないが、用心に越したことはない、と旦那様が仰ってな」


 ということだそうだ。

 特務の調査員としては、倉庫内に忍び込んで中を改めたいところだったのだが、状況的にそれは不可能であった。入口は一か所きりで、そこには常に番人が張り付いている。番人を気絶させて突破することもできなくはないが、強硬手段に訴えるとエヴァンスの警戒心を喚起することになる。

 しかしながら、番人がついた時期と怪盗が跋扈し始めた時期が一致するなど、状況的にはこの倉庫が盗品の隠し場所であると判断できる――調査員の報告書は、その一文で締められた。




「レヴァント街、ですか」


 王城内の空き部屋にて、アークランド、コーネリアス、カーターによる秘密会合がふたたび行われている。


「部長殿、それはいったいどこから仕入れた情報ですか」

「さる筋から手に入れた情報、とだけ言っておく。これ以上は聞くな」


 カーターの表情はとても納得しているようなものではなかったが、それ以上追及することはなかった。こういう態度のときのアークランドが、決して秘密を明かさぬことをカーターはわきまえていた。


「しかし――いよいよ、網が狭まってきましたな」


 コーネリアスも、いつになく興奮気味だ。


「ここからは、一層慎重にことを運ばねばならん。まず、盗賊どもが次に盗みを働くとき――それを逃さぬことだ」


 エヴァンスを検挙するには、まず怪盗『影法師』を、現行犯で一網打尽に捕らえることが肝要である。

 そしてレヴァント街の盗品、盗賊との連絡係を務める男のうちのひとりを押さえる。一連の動きは、間隙置かず行われなければならぬ。エヴァンスに時間を与えてしまえば、証拠を隠滅される恐れがあるからだ。

 隠れ家に潜伏していると思われる盗賊たちも、現段階では彼らと犯行を結びつける証拠がない。尋問に易々と屈するような相手なら自白をもとに有罪に追い込むこともできようが、先だって捕縛されたタイラーの頑強さを鑑みるに、それも簡単でないだろう。

 その点現行犯ならば、証拠を固める必要はない。


「証人のほうはどうなっておる」

「はい。盗賊との連絡係を務めていたと思われるエヴァンス伯爵側近の三人のうち、マイルズ・シアラーという男に狙いを絞っております」


 コーネリアスの部下の調べによれば、このシアラーなる男は当年三十。エヴァンスの家臣の中でもまだ若輩だが、古くからエヴァンス家に仕える家系の出で、主に対する忠誠心は篤い。文武に優れた男であり、エヴァンスが重用するのも頷ける。


「なぜ、そのシアラーを選んだのだ」

「聞き込みによれば、シアラーは子供のころから才気にあふれ、エヴァンスに目をかけられて育ったとのこと。裕福な家庭で、特に挫折をすることもなく今の地位に就いています。いかに武術の腕に優れようと、いかに頭が切れようと、この類の人間はいざというときに脆いものです」


 コーネリアスの人を見る目は確かだ。それは、皆が認めるところである。


「ふむ――シアラーの詳細は、のちほど書面にしたためて提出しておけ」


 アークランドも、コーネリアスの意見には異論を挟まなかった。


「あとは、いつ(・・)賊どもを挙げるか、ということなのですが……」


 そう言ったカーターの表情は、いま一つ明るくない。

 現状の監視体制は、いつまでも続けられるのもではない。エヴァンスに動きを悟られないようにするため、監視は特に信頼のおける少数の隊員のみによって行われている。彼らの気力・体力は遠くないうちに限界に達するだろう。カーターが憂慮するのはそのことであった。


「どうしても相手の出方しだいになってしまいますからなぁ。いままでの奴らの手口を鑑みるに、そろそろ動きを見せてもよい頃合いではあるのですが……」


 『影法師』は、一度犯行を行ったあと、立て続けに犯行に及ぶことはない。最低数日は間隔を置いて次の獲物を狙うのだが――その間隔は、必ずしも一定ではない。よって、次の犯行の日にちを正確に予測することは不可能である。


「ひとつ気がかりなのだが――コーネリアス殿、あなたは以前、連中には金銭以外の別の目的がある、と言われたな。この前の犯行で連中の目的はすでに達成されていて、これ以上盗みを働く必要がなくなっているという可能性はないだろうか」


 カーターが疑問を呈する。仮に、怪盗がこれ以上犯行に及ぶことなく、あとはレンから逃げ出す機会をうかがっているだけの状況だとすれば、いまアークランドたちが行っていることは無意味となってしまう。


「ないとは言い切れません。しかし、エヴァンス伯爵は依然盗賊の隠れ家と連絡を取り続けていることもあります。それに、一度は捕らえた盗賊の男――彼が尋問の最中見せた表情から察するに、『影法師』の暗躍はまだ終わらないとでしょう」


 アークランドは、しばし険しい顔でなにごとか考え込んだのち、重々しく口を開いた。


「こういうやり方は本来俺の好むところではないのだが――ひとつ、考えがある」


 と、アークランドは自らが考え出した作戦をふたりに語った。


「……部長殿、それはなんとも大胆なことをお考えになる」

「まったく。無礼を承知で申し上げるが――たしかに、部長殿らしからぬ作戦だ」


 コーネリアスとカーターは、揃って驚愕の表情を浮かべる。


「捕らえた容疑者をあえて逃がしたお前が言うことではないだろう、コーネリアスよ」


 アークランドがにやりと笑う。彼が部下に対し笑顔を見せるのは珍しいことだ。


「危険ではありますが――私も名案だと思います」


 コーネリアスの言葉に、カーターも同意した。


「失敗は許されないが――やれるか?」


 コーネリアスとカーターは顔を見合わせたあと、声を揃えて言った。


「勿論です!」

「よろしい」


 気力を漲らせるふたりを見て、アークランドは満足げに頷いた。


「では、早速準備に取り掛からなければなりませんな」

「ああ。一刻も早いほうがいい」

「うむ。頼んだぞ」


 ふたりの小隊長はアークランドに一礼すると、足早に部屋を立ち去って行った。

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