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剣雄綺譚  作者: 田崎 将司
剣士マーシャと怪盗
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十三

「さて、パメラ、怪盗を追うというのならこの私にも協力させてもらうぞ」


 ミネルヴァとパメラが落ち着いたところで、マーシャはそう言った。

 マーシャにも、この事件には関わってほしくないというのがパメラの本音であろう。しかし、この雰囲気の中でマーシャの申し出を断ることは、いかなパメラとて難しい。

 それに、パメラがマーシャを信頼に足る人物だと考えているのは、かのマルコム・ランドールの麻薬密売事件に端を発した一連の騒動の顛末を鑑みても明らかだ。


「まあ、そんな渋い顔をするな。私はパメラやサディアス殿の事情に立ち入ろうとは思わない。私個人の思惑で怪盗を捕らえたいと考えているだけだ。利害の一致による協力関係と、割り切って考えてくれて構わない」


 微笑を浮かべつつ、マーシャはパメラの肩を叩く。


「それに、お前やサディアス殿の狙いは首魁の男ひとりかもしれないが、連中が徒党を組んでいる以上、ある程度の人手はいるだろう」


 この夜のことにしても、サディアス一人ではカークと一対一の状況には持ち込めなかったはずである。

 加えて言うなら、仮に相手がパメラより遥かに劣る腕前の持ち主だったとしても、十人の人間が一意に「逃走すること」のみを考えて行動した場合、ひとりではこれを捕らえるのは難しい。

 マーシャが『銀の角兜亭』にてマルコム・ランドールの手下三人と対決した際も、彼女ほどのでたらめな実力者ですら全員を捕縛することはできなかったのだ。

 パメラはこれまた珍しく大きなため息をついたのち、観念したように頷いた。


「話はまとまったようですわね。それでパメラ――これからどうするんですの?」

「はい、お嬢様。まずは、情報の整理から始めるべきかと」

「それなら、桜蓮荘へ戻るとしよう。ここで立ち話をし続けるわけにもいくまい。それに、ミネルヴァ様もお腹が空いているのでは?」


 東の空では、太陽が完全にその姿を現している。朝食をとりながら話をしよう、というマーシャの提案にミネルヴァたちが反対する理由はない。

 マーシャたちが診療所内に戻ると、ホプキンズとファイナはすでに開業の準備を始めていた。


「ホプキンズ殿、申し訳ないが我々はいったんこの場を離れなければなりません。薄情に思われるかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします」

「ふん、また理由わけありか。あの小僧といい、マーシャが関わる患者は厄介な人間ばかりじゃわい」


 老医師が不機嫌そうに鼻を鳴らした。彼は一事が万事この調子であって、別に悪意があるわけではないのはマーシャも承知の上だ。


「感謝いたします。後ほど、家のほうより人を遣わせますゆえ、ご容赦を」


 パメラが、深々と頭を下げた。老人と少女二人だけでやっている診療所だけに、サディアスにかかりきりにさせるのは負担が大きい。

 マーシャも、かつてヴァート少年の介護にファイナの手を借りたのだが、あとになって


「あのときは、申し訳ないことをした……」


 と後悔している。

 そのため、フォーサイス家から人を出してサディアスの看護をさせようというのだ。

 揃って再度ホプキンズに頭を下げたのち、三人は桜蓮荘に向かった。

 待ち受けていたアイが、マーシャ同様協力を申し出たのは言うまでもない。




 パメラの手による朝食を囲みながら、話し合いは始まった。

 朝食の献立は、香ばしく焼き上げた厚切りのベーコンに目玉焼き、かぼちゃのスープに、固めの田舎風丸パンというものだ。パンは近所のパン屋がこの朝焼き上げたものであるから、割ると湯気が上がるほど暖かい。スープだけは仕込みの時間がなかったので、桜蓮荘の店子であるカミン一家から分けてもらったものだ。

 夜中からフォーサイス邸にホプキンズの診療所にと駆けずり回っていたマーシャは、ようやく人心地ついたという様子である。

 皆がおおむね食事を終えたところで、パメラが口を開いた。


「こうなれば、皆様方のお知恵を拝借いたしたいと存じます。此度の事件、私にも思うところはございますが――それでも、自分ひとりの思い付きというものはあてにならないものにございますゆえ」


 いくら客観的にものごとを判断しようとしても、一度抱いてしまった誤った先入観や思い込みというのは、自分一人ではなかなか気づけないものだ。複数の人間が多角的に判断することで、考えの客観性は保たれる。


「まずはこちらを」


 パメラが、数枚の紙きれを皆に示した。それは、サディアスが内ポケットに隠し持っていたものだ。

 そこには、ここ半月ほどの間サディアスがシーラム島を駆け回って調べた、怪盗についての調査結果が記されていた。

 マーシャたちは、それを回し読みする。


「さすがと言うべきか――よくもこの短期間に調べ上げたものだな」


 マーシャが感嘆の声を漏らす。

 鋼糸の切れ端一本からその製作者を特定し、そこから盗賊たちの潜伏先までもを割り出したのだから、マーシャの称賛も当然のことであろう。


「皆様――この資料を見て、気づいたこと、疑問に思ったことなど、どんな些細なことでもどんな荒唐無稽に思えることでも構いません。なんでも仰ってください」


 パメラが促す。

 少ない情報から正しい結論を得ようとするなら、大人数でとにかくたくさんの意見を出すことが重要だ。意見の質、精度などは重要ではない。どんなに頓珍漢で見当外れに思える意見であっても、時としてほかの人間の新しい着想を生み出すきっかけとなることがあるからだ。


「思ったのは、とにかく妙な連中であるということにござるな」

「同感だな。やることなすこと手が込みすぎている」

「先生、手が込みすぎているといいますと?」


 上流階級で育ち、盗賊という存在とは無縁であったミネルヴァは、同じ資料を読んでもマーシャたちとは受け取り方が違うようだ。


「資料によれば、賊どもはこのペイジの村で一昨年から修行をしていたとあります。盗みを行うための技量を身につけるのに二年とは、いかにも気が長い話だ」

「普通、盗賊というものはそういった修行を行わないものなんですの?」

「うむ、某は治安の悪い国をいくつも巡り、多くの悪党を見てきたでござるが――盗賊というのは、人様が汗水たらして築いた財産を横からかっさらおうという連中にござる。盗みのための技術を何年もかけて研鑽するような殊勝な心掛けの持ち主は、そもそも盗賊などは目指すまい」

「そんな根性のある盗賊がいないとは言いきれない。しかし、アイの言い分には筋が通っている。それから、パメラの意見を聞きたい。ルークという男については詳しくは問わないが、この男の目的がいまひとつ解せぬ」

「と申されますと」

「ううむ、なんと言えばよいのか――この男がその気になれば、徒党を組まずに単独であっても、十分に盗みを行うことができる。それだけの実力があるのではないのか?」

「……仰るとおりにございます」


 むろん、犯行に加わる人数が多ければ多いほど、一度に盗み出せる金品の量は増える。しかし、カークの技量をもってすれば、自分一人が遊んで暮らせる程度の金ならば、単独でも手に入れられるはず――そういうことだ。


「ならば、なぜわざわざ十人からの人間を鍛え上げてまで犯行に及ぶのか。それが腑に落ちない」

「つまり先生、金目的の犯行ではないということでござるか?」

「金銭が目的であることを、完全に否定するわけではない。しかし、一連の事件にはなにか別の意図が隠されている気がしてならない」

「では先生、その意図とは?」

「それはまだわかりませぬよ、ミネルヴァ様」


 マーシャが肩をすくめた。


「しかし――この怪盗たちが、自身の意思で動いているとは限りませぬ」

「パメラ、どういうことだ」

「背後に彼らを動かしている存在があるように思えるのです」

「どうしてそう思う」

「先ほどグレンヴィル様が仰ったように、行動すべてに手が込みすぎていること、加えて申せばやることが大掛かりすぎます。犯行に及ぶまで、かなりの大金を費やしているはず」


 まず、二年以上におよぶ準備期間である。十人以上と見られる一味を、その期間養うための生活費が必要だ。

 さらに、サディアスによって確認されているだけで、怪盗は二か所の隠れ家を持っている。実際の総数は、その数倍に及ぶであろう。これだけの場所を確保するには、相応の対価が要る。


「それに、彼らの装備です。暗器術に用いられる武具というのは、一般的な武具に比べ高価です。特に、父が調査の足掛かりにした鋼糸――これを、仮に十人分揃えるとなると、相当な金子が必要となるでしょう」

「なるほど。盗賊どもに資金を提供している者がいる、と」

「その資金提供者の意思に従って、怪盗は動いている――そういうことにござるか」


 パメラが首肯する。


「しかし、これはあくまで仮説の域を出ません。盗賊たちが自力で元手を捻出している可能性も否定できませんので」 

「ほかに手掛かりになりそうなことはないんですの?」

「お嬢様――まずは現在明らかになっている事実を整理することが肝要かと」

「いま明らかになっていること――あっ、そう、被害者ですわ! なにかの意図をもって盗みを行っているとすれば、被害にあった側を調べることで、なにか手がかりが掴めるかもしれませんわ」


 ミネルヴァの言葉に、三人は頷く。

 酒場や街角で聞いた噂話をもとに、被害者の名前、職業などをマーシャ、アイが思い出せる限りの情報を書き出していく。ミネルヴァとパメラも、主に貴族の被害者について自身が知りうることを付け加えていく。しばらくして、十数件におよぶ事件の被害者一覧が出来上がった。


「さて、こうして書き出してはみたものの――ざっと見た限り、すべての被害者に共通する事項はないように思えますわね」

「いえミネルヴァ様、必ずしも被害者全員に共通点があるとは限りませんよ。すべての犯行が、犯人の真の目的に通ずるものであるわけではないのかもしれない」

「それはつまり――いくつかの犯行は、真の目的を紛らわすための偽装。そういうことですわね」


 議論を始めたころから比べると、ミネルヴァの頭はずいぶん柔らかくなっているようだ。話の呑み込みも早くなっている。

 わざと本来の意図とは外れる行動を混ぜることで、情報を分析する人間を惑わせる手法は、敵を混乱に陥れるための常套手段である。俗に、情報に雑音・・を混ぜると言われるやつだ。


「でも、次はどうしたらいいのでしょう」

「まずは、ここに記した被害者たちの中から、近しい特徴を持つ者を選り抜き、『集団』に分けることにございます、お嬢様」


 パメラが口にしたのは、情報分析の基本ともいえる手法だ。「集団分け」をすることで、それまで気づけなかった事実が浮き彫りになることがあるのだ。


「警備部も、おそらくは同じやり方で捜査はしているだろうが――なにごとも、視点が変われば見えるものも変わる。警備部には見えなかったものが、われわれには見えるということもありうる」


 四人は顔を突き合わせ、あれこれ意見を交わす。

 まず皆が思いついた「集団分け」における特徴は、被害者が貴族であるか、平民であるかという分類だ。

 それから、商人であるなら商いの内容が似ているもの同士、貴族ならば領地の場所が近いもの同士など、共通点を見つけては集団に分けていく。


「皆、この集団分けを見てなにか思いついたことはないか」


 マーシャが意見を募る。


「ううむ、某にはまったく見当がつかぬでござる」


 ミネルヴァも同様に、首を捻っている。


「それは仕方のないことにございます。この分析方法を用いるには、本来もっと多くの母数が必要になりますゆえ」


 それからしばらく、一同は頭を悩ませたものの、良い考えは思いつかぬ。


「ううむ、今日のところはここまでにしておこう。根を詰めすぎるとよくない。一度間を置いて、空気を変えたとき、えてして新たな閃きが生まれるものだ」


 と、マーシャが話し合いを打ち切った。


「とりあえずは、今できるほかのことを考えてみよう」

「れいの絵画商『シモンズ』と、盗賊が集合場所に使っていたという廃屋――この二か所を探るべきですわね」

「妥当でしょう。しかし、敵は一人を捕縛されたことで警戒を強めているはず。その二か所は引き払ってしまっている可能性は高い」

「でも、何かの手掛かりがのこっているかもしれませんわ――パメラ、調べてもらえるかしら」


 パメラは不安げな視線をミネルヴァに向ける。身辺警護役として、ミネルヴァのそばを離れることにいまだ抵抗があるのだろう。

 しかし、パメラが躊躇したのは一瞬のことであった。


「かしこまりました、お嬢様。しばしここでお待ちを」


 そう言って恭しく一礼すると、いつものごとく足音を忍ばせつつ駆けていく。


「ではミネルヴァ様――パメラの帰りを待つ間、ひとつ稽古でもしますか」

「それもいいのですけれど……少しだけ眠らせていただけると助かりますわ。朝寝というのはあまり良いことではないのですけれど」


 そう言ったミネルヴァの眼の下には、濃い隈ができている。

 深夜に起こされ、その後の診療所でも大して眠ることができなかったミネルヴァである。朝食をとりながら頭を使ったことも、ミネルヴァの眠気を増幅させていた。


「言われてみれば、私もあまり寝ていなかったな。ひと眠りするというのは賛成です」

 



 マーシャたちがサディアスの書きつけを前に頭を悩ませていたころ。

 レン市内某所にある廃屋の一室にて、隻眼の男が、粗末な寝台に身を横たえながら酒をあおっていた。

 と、部屋の扉がノックされた。


「誰だ」

「私だ。入ってもいいかね」


 隻眼の男――カークは、わずかに両眉を上げた。


「驚いたな。あんたが直接俺を訪ねるとは」

「事態が事態だ。連絡に齟齬があるといけないからな」


 言いながら入ってきたのは、ひとりの中年の男だ。付け髭にかつら、頭には目深に帽子をかぶっており、薄暗いこの部屋の中でその詳しい人相を窺うことはできぬ。


「ひとり、警備部に捕らえられたそうだな」

「ああ。しかし、心配は要らん。警備部に責め立てられたとて、そうそう簡単に口を割る男ではない。それに、奴は俺やあんたの素性も知らぬし、ほかの者どもの潜伏先も教えていないからな」

「うむ。今まで使っていた隠れ家はすべて引き払い、痕跡も消してある。警備部がこれから捜索したとて、なにも得られまい。しかし――失態だったな。これでも私はお前を信用していたのだが。買い被りであったか?」

「言い訳をするわけではないが――予想外の邪魔者が入った」

「邪魔者とは」

「ひとりは、サディアス・オクリーヴ。あんたも名前は聞いたことがあるだろう」

あの(・・)オクリーヴ家の頭領か。凄腕だとは聞いている」

「うむ。どうやって嗅ぎ付けたのかはわからんが、腐ってもオクリーヴの頭領ということか。しかしサディアスは片付けた。標的の家中の者どもが集まってきたゆえ、止めは刺せなかったが、あの傷では最低数か月はまともに立ち働けぬだろう」

「ひとりは、と言ったな。ほかにも邪魔者がいたというのか」

「ああ。通りすがりの女武術家がふたり。どちらも相当な遣い手と見たが、うち背の高いほうの女の実力ちからは化け物じみていたといっていい」

「化け物じみた実力――もしや、マーシャ・グレンヴィルやもしれぬ」

「俺は武術家のことはよく知らん。グレンヴィルとやらはそれほどまでに強いのか」

「うむ。女ながら、武術界で桁外れの実績を残している。それから、夏にランドール公が失脚した事件――それにグレンヴィルが関わっていたという未確認情報もある。油断のならない相手だ」

「なるほどな。で、これからどう動く」

「予定を早め、計画を最終段階に移行させる」


 カークは、ひゅうと口笛を吹いた。


「意外だな。あんたにそんな度胸があったとは。てっきり怖気づいて計画を中止するものとばかり思っていた」

「危機の中にこそ本当の好機はあるものだ。警備部の中に、ばらまいておいた餌に食いついた者が出てきている。今は退くべき時ではない。攻めるべきときだ」

「わかった。決行はいつだ」

「それは追って知らせる。くれぐれも警戒を怠らぬようにな」


 と、男は身を翻し、部屋のドアへと向かった。


「当然だ。あんたのほうこそ、下手を打って尻尾を掴まれないよう気をつけるんだな」


 カークの無遠慮な物言いを気にしたふうでもなく、男は部屋を去って行くのであった。

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