夢の始まり
「はい、研究生合わせるよ!集まって!」
ダンス講師が手を叩きながら呼びかける。目の前には大きな鏡と、そこに映る何十人もの整列した虚像が並ぶ。背の低いもの高いもの、がっしりとしたもの細身のもの、少年から青年まで所狭しと並んでいる。
「よろしくお願いします!」
全員で声を合わせた挨拶。非日常的な日常の始まりである。
あの日出会った奇妙な男の正体は、誰もが知っている大手アイドル事務所の社長だった。それも有名なアイドルグループを数多く輩出し、誰もが知っている国民的アイドル事務所である。
あれから私は本名を文字って名付けた「藤森実咲」として、この事務所の研究生という所属となった。当然、私が女だということを知っている人物は少ない。社長をはじめとしたお偉い方とヘアメイクさんだけである。来たいときに来ればいいという社長との約束どおり、私は週1か週2程度しか来ないにも関わらず、来たときには大きな仕事が待っているのだ。まあ、社長は女だと明かさずに早く売り出したいのだから仕方がない。
今、私が居るのは事務所内に作られたダンススタジオである。ここではダンス、歌唱、演技など数多くのレッスンが行われており、研究生は自分が将来進みたい方向に向けてレッスンを選択をするのだ。とはいえ、私が受けるレッスンはすべてあの男が決めたものであり、私に決定権など一切ない。あくまで、私はあの男が望むアイドルになるために連れて来られたようなものである。
「実咲くん、実咲くん。」
「え?あ…先生。」
「ちょっとこっち来てくれるか?」
突然の呼び出しに周りの生徒は驚きの表情を隠せない。それもそのはず、講師に呼び出される理由なんて一つしかない。場所の移動、それも最後列の端への移動。それが意味するものはダンスが踊れていない、前で踊らせるべきではないという戒めである。




