微睡みの中で
2014年某日、都内某所にて。
毎日毎日仕事して、毎日毎日家に帰ってご飯を食べて洗濯をして寝る。いつだってそう過ごしてきたし、今日もそうして一日を終えるはずだった。
「君、僕の事務所に入らない?」
目の前に突然現れたのは怪しげな男性。年齢不詳、サングラスにスーツ、しかしどこか頼りなさそうな雰囲気を醸し出している。またどこかの怪しい勧誘だろうかと思って無視をする。
「可愛い顔してるし、君なら僕が考える新しいアイドルになれると思うんだよ!」
無視をされていることに気がついていないのか、男は隣で喋り続ける。これ以上隣で話されるのも鬱陶しい。私は仕事が終わって空腹だったことと、男の奢りならという条件付きで話を聞くことを承諾した。
「……は?」
物静かな喫茶店には似つかわしくない声が響く。
「だから、君にはアイドルになってほしいんだ。男として!」
「…見てのとおり、私は女なんですが。」
話を聞くところによると、どうやらこの男は女である私を男のアイドルとしてデビューさせたいらしい。
「女の子を男として売り出すから新しいアイドルになるんだよ!大丈夫。女ってことは隠しておくし、君が望むとおりの仕事をさせるつもりだ。」
「申し訳ありませんが、私には本職がありますのでお断りします。」
冗談じゃない。私はこれでも社会人だ。それもまだ入社して一年。ようやく仕事に慣れてきたのに、「アイドルになるから辞めます」なんて、言えるわけがない。
「もちろん、本職を優先してくれてかまわないよ。空いているときに仕事をしてくれればそれでかまわない。アルバイトだと思って、少しの間でいいんだ!」
そう言って男は頭を下げる。
“空いているときに仕事をしてくれれば…”
この言葉に耳をとめる。
「まあ、仕事が休みのときだけでいいなら…」
「本当かい!?」
男は急に目をきらきらと輝かせながら顔をあげる。自分が行きたいときだけアイドルになれると言うなら、なかなかおもしろそうである。それに、男として表に出るだけなら自分だとばれることもない。何より、自分ではない誰かになれるなんてこんなにおもしろいことはないだろう。
そんな奇妙な男との出会いから、私は男としてアイドルデビューを果たすことになる。




