ラブカクテルス その5
いらっしゃいませ。
どうぞこちらへ。
本日はいかがなさいますか?
甘い香りのバイオレットフィズ?
それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?
はたまた、大人の香りのマティーニ?
わかりました。本日のスペシャルですね。
少々お待ちください。
本日のカクテルの名前は愛の国でございます。
ごゆっくりどうぞ。
私は女弁護士。亡くなった父親のやっていた事務所を継いでもう五年になる。
父親が居なくなってからも事務所は忙しく、なかなか休む暇もなかった。
今夜も都会から少し離れた郊外に住むお得意様のところに打ち合わせに行っていて、帰りはこんなに遅い時間になってしまった。
しかし、こんな事はしょっちゅうで珍しいことではなかった。
そんな生活をしているせいで私の普段の性格はストレスから、かなり短気なものになっていて、特に車を運転している時の私はひどかった。
前に走る車が自分より遅いと、パッシングやクラクションを鳴らし、もっと速く走るように急かしたり、かなり強引な追い越しなんかもしょっちゅうだった。
しかし捕まることはなかった。車にはかなり高性能なレーダーが付いていたし、もし止められても、ある有名な政治家の名前を出して、彼に大至急呼ばれていると告げれば大抵は解放された。
その夜も私の前にはかなり使い込んだと思われる白の軽トラックが自分の行く手を阻むように走っていた。私はいつものように急かすつもりでパッシングをしたが、軽トラックは無反応。狭い一車線の道路だったが私は少しづつ車を横へずらしながら前の様子を伺い、対向車がいないのを見計らって、一気に追い越しをした。
その瞬間、今まで狭かった道がイキナリ広くなり、開通したばかりのような綺麗な道路へと変わった。
私は、えっと思い、すかさずナビを覗き込んだがそこには道はなく、車の印は真っ黒の何もない地図の上をただ進んでいた。
何かただならぬ予感にバックミラーを見ると、先ほど追い越しをした軽トラックのライトの光が遠くに見えた。私は少し安心し、そしてその道路が気持よく走るにはとてもいい感じだと気付いて、車の屋根をオープンにしてアクセルをめいいっぱい押し込み、心地よい風を感じて走った。
暫く走ると、相変わらずナビが真っ黒な地図の上を走っているのに気付き、そう言えばこの道は何処に出るのか、何処に向かっているのかがわかっていないことに少し不安を覚えたが、これ程広く立派な道だ。どこかへの近道で、大きな国道辺りにでるに違いない。私はそう自分に言い聞かせた。
しかし、その道路をもう何時間も走っているのに、街の灯りも見えず、景色もそれ程変わらず、延々と道は続いているだけだった。そしてナビも相変わらずだった。
私は少しイライラしてきた。そして大きな声でこの道路のことや、ナビのことを野次りだし、そのうち、心にある不平不満の数々をばらまき始めたのだった。
そうしている内に何か後ろから追いかけて来る光があるのに気付いた。私は、みるみる迫ってくるライトから、抜かれまいと一層スピードを上げた。すると、近づいて来た車がバックミラーにはっきり映ると、私は驚いた。その車の屋根の上にはピンクと紫の回転灯が勢いよく回っていたのであった。
私は初めパトカーかと思いドキドキしたが、その色を見て少しホットして今時の性質の悪いいたずらかと、少しムカッとした。
すると、そのふざけた車は私に向かって拡声器で止まれと言い出した。
冗談じゃない。悪ふざけもほどがある。しかし、その女の声はしつこく私に止まるように命令したのだった。
こうなれば、相手は女だし止まってこちらから怒鳴り飛ばしてやろうと思った矢先、後ろの車は私の車を追い越すと、すごい勢いでブレーキを掛けた。
私も驚き、とっさに急ブレーキを掛けた。そして私の車は前の車のホンの何センチか手前で何とか止まったのだった。
私はすごい勢いで車を出て乱暴にドアを閉めると、前の車に乗っていた女は、もう私の傍まで歩み寄っていた。
その姿は女の私が見てもとても綺麗で、品を感じさせると共に落ち着きのある雰囲気で、長く風に流れる髪が印象的だった。
彼女は私をとても冷静な目で睨み付け、通行書を提示しろといった。
私は、彼女のすぎた悪ふざけに腹を立てて、かなり強い口調で言葉を石ころのように投げつけた。しかし彼女は冷静さを揺るがすことなく、通行書はないのですか、と繰り返した。
私は自分が弁護士で、今行われていることは犯罪に値すること。いい加減にしないと警察を呼んで、訴えた後にそれなりの処罰をあなたに浴びせられることができるのだと、少し脅し気味に言った。
しかし彼女は首を傾げ不思議そうな顔をすると、少し待つように言うと車に戻り、何やら書類のようなものを読み始めた。
私はその隙をみて警察に電話をした。しかし何度掛けても通じなかった。
そのうち、さっきの女が戻ってきて私を連行すると言い出した。
私は笑って、彼女が何者なのか、どういう理由でそんな馬鹿げたことを言っているのかを聞くと、彼女は相変わらずの冷静な目で私にゆっくり近づき、彼女が警官で、私が不法入国をしたと告げた。
今度は私が首を傾げたが、彼女は私の腕をすごい力で掴むと、手に手錠を掛けた。
私は訳がわからなかったが、とにかくこんなイカレた女に捕まるわけにはいかないと、必死で抵抗してみたが、到底敵う相手ではなく、そのうち彼女がどこからか出してきたのか、得体の知れないスプレーを浴びせられ、意識を失った。
私が目を覚ましたのは暗く狭く何もない部屋だった。
私は焦った。目覚めたときに悪い夢だと思っていたが、現実だったからだ。
何とかここから逃げなくてはと、必死に周りを見てみたが、ドアノブ一つなかった。そのうち、どこからか声が聞こえてきた。その声の主は、男か女かわからないが、何かとても機械的な感じがした。そしてその声は私にこう告げた。
ここは日本と隣接はしているが、別の国。日本の中にあるが、日本ではない。
この国の我が女王様が日本で土地を買って作り上げた独立国家。それがここ、愛の国である。新しくできたばかりだが、我が女王様により法律も定められており、この国の中ではそれに従わなければならない。
あなたは第1278条の不法入国並びに、第5643条の貿易用搬入道路での勝手な車の走行。並びに第6678条の警官への侮辱行為。よって、終身刑か、死刑。もしくは、住民権の取得。このどれかを選ばなければならない。と。
私は唖然とした。
完全に狂っている。
日本で独立国家を立ち上げただなんて、そんなことはありえない。しかも人の土地を勝手に走っていた覚えはないと言い張ると、トラックを追い越したときに横に看板があり、それが書かれてあったのだと言う。
私は思った。とやかく言っても今は彼等に拘束され、彼等の手の内にいるのだ。ここはなるべく事を速やかに済ませて逃げる機会を伺うのが無難だと、彼等が選べという中から住民権を取得することを選択することにした。
暫くして壁の一部から細長い穴が空き、そこからテーブルらしきものが押し出され、その上には紙と鉛筆が置いてあった。
手に取ったその紙にはこう記されあった。
愛の国住民権を取得される皆様への注意書き
この度は愛の国の住民になって頂きありがとうございます。
つきましては、この国での幾つかの我が国独特の決まりがございますので、納得頂いた後にサインと拇印を一番下の欄にご記入下さいませ。
一、愛の国では住民が女王様、以下、愛様とする。を尊敬し、讃え、愛様の創る理想の国作りを邪魔しないこと。
一、指示された労働を拒まないこと。
一、入国一年間は、国が定めた保護監督と一緒に暮らすこと。
一、他国との接触はしないこと。
一、脱国は死罪となるので、決してしないこと。
とあった。
私は書類の内容があまりにもユニークなので、やはり誰かのイタズラだろうという気になって、簡単にサインをしたのだった。
それから質素な食事を与えられ、二日間その部屋で待たされることになり、その間愛の国の憲法なる本を渡され、何もやることがない私は、暇つぶしにそれを読み耽った。
それはなかなかよく書けていて、元になっている日本の憲法を、よりよくしているように創られているように感じた。
しかし、よくわからない単語も幾つかあり、その中のプレゼント、というのが気になった。
やがて、例の声が私に入国手続きができたことと、保護監督となる人物が迎えにきたことを知らせてきた。そして、殺風景は部屋の壁一面が大きく開き、そこに中年の女性が立っていた。
その人は自分を松と名乗り、お松と呼んでほしいと言って握手を求めてきた。私は少し構えていた力をフッと抜いた。監督員と言っていたので、もっと貫禄のある男の人だと思っていたからだ。ところが、お松さんはとても人当たりが良さそうな人で、何か頼りがいがある。そんな風に感じた。
お松さんに連れられて外に出て私は後ろを振り返り、今までいた建物を見てみた。
それは西洋風の明治、大正時代を感じさせる、かなり風格がある立派なものだった。
私は想像以上のこの空気に、少し馬鹿にしていた考えを改めなければならないことを思い知らされた気がした。
お松さんは、建物の端まで来ると、かなりレトロな自転車を指差し、それでついて来るように言った。
私は暫く自転車なんか乗っていなかったので不安だったが、そんな悠長なことを言っている暇はなく、お松さんについていくのに必死だった。
15分位こいだところで今まで畑と田んぼしかなかった風景が、だんだん人の匂いを運んで来るようになった。
そして、私はふらふらする自転車をどうにか操り、その温な雰囲気を感じながら、辺りをキョロキョロしていたのだった。
すると前からまた中年の女性が畑仕事の帰りか、クワを担いで歩いて来た。
そして彼女はお松さんと親しげに話し、私を紹介されると満面の笑みで、ようこそ愛の国へ。と、また握手をされた。
私は少し照れながらよろしくお願いします。と頭を下げた。すると、今時の人にしては良く出来た人だと誉めてくれた。そして彼女と別れて私たちはまた自転車をこぎ出した。
お松さんは、ここの人はいい人ばかりだからゆっくり馴染んでいくといいと、優しい口調で言った。
私は先日まで罪人扱いだったのが、あまりに極端な扱いに戸惑った。
その先にあった町はまるで、大正から昭和の初期の匂いがする何処か懐かしい佇まいで、昔の日本の一番よかった時代を彷彿とさせる雰囲気を漂わせていた。
その町並みは、かなり緊張していた私にため息をつかさせた。当然嫌な意味のため息ではなかった。
町の中は強いて言えば古い温泉地のようで、実際町のあちこちに温泉があり、その温泉一つ一つに神様が宿っていて、町の人は交代で幾つかある洗い場を管理しているのだと、お松さんは教えてくれた。
町の住人は、お松さんのように屈託のない態度で初対面の私に接してきてくれた。
何か、とても懐かしい雰囲気に、気持ちよさを感じた。
私は町に入るに連れて、疑問が湧いてきた。なぜならどこを見ても女の人しかいないのである。
お松さんは、そうだよ、この国には女だけしかいないよ。と、簡単に言った。
私はあまりの予想外の答えに驚いたが、お松さんが言う、男は欲ばかりでろくなことをしないからね。という言葉に妙に納得してしまったのだった。
それからお松さんと私は、まるで旅館のような寝屋と言う所に着いた。
そこはただ寝るだけの場所だと言われたが、個人の私物などを入れておく引き出しと戸棚が奥にあり、それを使うようにと案内された。
この国では身に着ける衣類から、生活雑貨までが全てが支給品だと言った。そしてその一部がとりあえずと手渡された。
それら、衣類はセンスの良い和風のもので、肌触りも格別な物だった。生活雑貨も同様で、いづれもこじゃれた和風なつくりものばかりで、私は一目でそれらが気に入ってしまったのだった。
時刻は夕暮れ時になり、ある程度自分の物を片付け終わった頃、お松さんは夕飯に行こうと誘いに来てくれた。私は言われる通りに風呂敷に皿と茶碗、箸を入れてお松さんの後を着いていった。
着いた先は食屋と言う海に面した大きな、これまた旅館の大広間みたいなところで、町の人口の三百人ほどのその全員が、ここで食事をするのだという。
メニューは決まっていて、まるでセルフサービスの社食、そう社員食堂のような感じだった。
持ち寄った食器にカウンターの上にある食事を順に入れ、それぞれの決まった席に着き、全員が揃ったところで今日の食事に感謝していただく。どれも野菜が主体の料理で、味付けは薄いのにしっかりしていて、目を丸くする物ばかりだった。
食事に着くまでの支度には幾つもの決まりがあり、かなりの堅苦しさに、食事中も静かな雰囲気なのかと思えばそうではなく、意外にかなり賑やかなものだった。
町の人はその日にあった出来事を冗談混じりに話し、半ば宴会ムード。しかし、食卓にはお酒などがどこにもなく、それでも誰一人不満を洩らす人はいなかった。
終始賑やかな中、ぼちぼちと人が帰り始めると、お松さんが今日は来て初日だから疲れただろうと、一足先に決められた大きい流しで食器を洗い、二人で寝屋へと戻ることとなった。
お松さんは明日また、細かい事を教えながら案内すると言うと自分の布団に入った。
私は今日の事ですら、なかなか理解するのにいろいろ頭の中を整理しないとと思うのに、自然と布団に入ると、あっという間に寝てしまったのであった。
翌朝はまだ暗い内に耳元でする音で目が覚めた。
起き上がると、お松さんが布団を畳んでいた。私はおはようございます。と挨拶すると、彼女はよく眠れたみたいね。と笑った。
私は久しぶりに気持ちよい朝を迎えた気がした。それはかなり長い間感じる事ができなかった安らぎだった。
それから私も布団を畳むと、お松さんは少し散歩をした後朝食に行くからと、私に風呂敷を持って出るように言ったのだった。
朝の町は意外に人が多く、皆が顔を合わせる度に挨拶を交わす光景がそこにあった。
私もそれに習って挨拶を交した。お松さんはゆっくり歩きながら、ここの事を大ざっぱに話してくれた。
この町は愛の国の農業区。人は農業のためにここで暮らしている。でも、見た目は古い町並だけど、やっていることは日本でいう最先端、無農薬の有機栽培。
量はこの国のためのものだから、それほど作らないが、その代わりに質は格別。
私はどおりで食事が美味しいと思ったと言うと、彼女は笑いながら各町の料理長は日本から来た有名所ばかりだしね。と自慢気に話した。私は思わず納得したのだった。
お松さんは、けれど畑仕事は楽じゃない。愛の国では、特別な理由がないと機械は使えない。車も含めて。だからほとんどが手作業になる。どうりで車も見ないわけである。
だから人数がそれなりに要るし、身体を休める場所もよくしてあるのだと言った。
しかし、お松さんの表情はにこやかで、ここにいる人たちは皆土が好きだからと付け加えた。
私たちは朝食をとりに食屋に行った、皆は忙しそうに各自で食事を済ませ、軽く挨拶を交して出て行くのだった。
昨夜との様子とは打って変わっているこの空気が仕事の時とのメリハリはきちんとしていることを物語っていた。
何か凛としたすがすがしさを感じた。
食事の後、二人は町をあちこち廻ってみて歩いた。そこで私は首を傾げた。なぜか、ここには娯楽と呼べるものがなかったのだ。
お松さんは、娯楽は必要ない。月に一度、プレゼントが届くからね。と笑うのだった。
わからないと顔に書いてある私に、今にわかるよとまた笑うのであった。
それから、私は次の日から仕事に就き、皆と一緒に汗を流した。
かなりの人数がいるので、身体は結構楽だと言われたが、暫くは体中が痛かった。
慣れるまでには時間が必要だったが、毎日の温泉の一時がとても疲れた身体には助かった。
それから一ヶ月後、私の所に例のプレゼントが届いた。
お松さんは羨ましいそうにそれを私に手渡し、後で寝る時に一人でこっそり開けるといいと言った。
私はそのブリキの箱を枕元に置いて床についた。
箱を手に取りながら揺すってみたが、それは軽くて音さえしなかった。
私は恐る恐る箱を開けてみることにした。しかし覗いたその中には何も入ってはなかった。
だが私がえっ、と思った瞬間箱は光出したのだった。そしてその光は私の体と心の中に入ってきた。
それは凄い感覚だった。
今までに当然味わった事がないその不思議な感覚は、言い表せば、とてもいい映画や話を見たり聞いたりした時に感じる感動、とても愛している人との最高に満足出来たセックスで得るエクスタシー、とても欲しかったもの、もしくはずっとやり遂げたかった事が叶った時の気持ちなどが、いっぺんに体と心の中に流れ込んで来た。そんな感じだった。
私はそのあまりの衝撃に涙し、やがてそれに抱かれるようにして寝てしまったのだった。
翌朝、お松さんがどうだった?と聞いてきたので、私は子供の様にはしゃぎ、驚きを伝えた。彼女は、その感覚は癖はなるが、飽きることはない、害のない薬みたいなものだと言った。しかも、聞いたところだと、あれは女性にしか効果がないらしかった。
でも、お松さんはどんなに楽しい娯楽や男よりも、プレゼントの方が待ち遠しい、と私に言った。その気持ちがわかる気がした。
それから私は規則的で、単調な生活ではあるが、月に一度のプレゼントと、ここの温かな人たち、美味しい食べ物、あらゆるものに満足し、町人の一人になっていったのだった。
それから一年の時が巡り、ここの日常は当たり前の生活として流れていた。しかし、ある時私はお松さんに呼ばれた。
話を聞くと、今日でお松さんと、いや、この町から離れるようにと、通達が来たと告げてきたのだった。
理由は私が愛の国に対して危険がないことを認め、改めて国民として適材適所の意味から行政区に就くよう、愛様が望んでいるからだと言った。
私が戸惑っていると、愛様が私と逢いたがっているということを聞き、一気に今までの迷いが消えたのだった。
愛様と会えるなんて、とても興味があった。
私は町の皆に温かく送り出され、お松さんと、私が拘束されていたあの立派な建物にやって来たのだった。
今回は正面玄関から堂々と入ったが、警備らしき人も厳重な暗証扉なんかもそこには何もなく、そんな意外さに首を傾げた。
お松さんはロビーまで来ると、インターホンで来た旨を誰かに話し、私はここまで。いつでもまた会えるからと言って私を抱くと、しっかりね。といい残して出て行った。
私は彼女が扉から出て行くまで頭を下げてお礼を言い、感謝をした。
後ろを振り返ると、そこには見憶えのある女性が立っていた。そう、あの派手なパトカーに乗っていた女性だった。
彼女は優しく奥へ私を促した。
そこは、それほど大きくはないが、しっかりと造られた貫禄さえある椅子や、机、書棚がある社長室といった感じの部屋だった。
真ん中の椅子に彼女が腰掛け、愛の国はいかがですか?と丁寧で、静かな口調で尋ねてきた。
私はモシやと思って尋ねると、やはり彼女が愛様だった。
私は緊張した。少し固い口調でとても良いところで驚いていると言うと、彼女は少し笑みを浮かべ、ずいぶん以前と変わりましたね。と微笑んだ。私はあの時のことを謝ると、忘れて。とまた微笑んだ。それから、真面目な顔をして、この国のために手を貸してほしいといきなり言ってきた。
私は突然の話にまた驚き、何をしたらいいのか尋ねると、新しい法律を創りたいというのだった。
私はこんなに素晴らしい世の中に、どんな法律が新たに必要なのかと聞くと、愛様はこの国が建国に至った経緯を話してくれた。
愛様は元々、日本で私と同じく弁護士をやりながら、ある大手のIT会社の株を保有して暮らしていたが、その会社が急成長し、株はとてつもなく高価な価値を生み出すようになった。
初めは幾らでも入ってくるお金に狂い、気が付けば誰も信用出来ない世界に閉じ込められたみたいな毎日だったそうだ。しかし、ある時面白い事を思い付き、三年の歳月を経て計画を練り、そしてこの国、愛の国を創ったのです。そう言うと、遠い目をして、その時の事を思い出しているように見えた。そして愛様は振り返り、続けた。
一番厄介なものは人の心をどうやって束ね、絶対的な信用をつくるかだった。
そこで世界一有名な薬物科学者を雇って、例のプレゼントを完成させた。しかし、それだけでは駄目。それはただのオマケ。実際は人が心から望み、自らココに惚れてもらう必要があった。だから町は一番日本が良かった、世界大戦を始める前の日本をモチーフに造りました。
愛様は目を輝かせてそう言った。
そして理想の国と世界が始まっていったのだけど、愛様は言葉を濁し、表情を引き締めた。
そう、今の問題は高齢化だった。
確かにココには女性しかいない。それでは人工受精をするしかない。それが結果で、研究は始まっているそうだ。
だが、子供に対する決め事や、その親になる人への権利や約束事など、いろいろ問題ができる。そのため、新しい法律が必要だと考えたのです。愛様は言った。
私は問題が起きてから動く日本の政治家より、愛様は凄い行動力と、先を観る事に優れた人だと関心を越えて、感動した。
私は思わず力を入れてお手伝いさせてほしいと言い、胸を強く叩いた。しかし一つだけ条件を出すことにし、それは週に一度、農業区で働かせてほしいと頼んだのだった。なぜなら、難しいことばかりで頭を埋めてしまうと、またストレスを抱えてしまいそうだからだった。
愛様は笑って、それほど焦ってやる仕事ではないが、そうしたいのならと、受け入れてくれた。
それから意外なことを聞かされた。お松さんはなんと、愛様のお母様だったそうだ。
そして、この国の一番初めの住民だそうだ。
とても優しい人ですね。というと、元気にしていましたか?と聞くので、はいと大きく頷いた。
愛様は微笑んだ。
私はそれから行政区にある寝屋で暮らしながら愛様のお手伝いをした。
仕事は一変したものの、労働時間は朝の九時から始まり、午後三時までで、やはり、農業区ほどではないが、それなりの温泉があるそれにつかり、ココもまた海辺に建ったリゾートレストラン風の食屋があり、そこで夕食を、たまには沈む夕陽を見ながら摂り、やっている仕事は日本にいた時より難しいが、心の中はまるで正反対で、充実感に満たされていた。
何か、考えがまとまらない時も、農業区での土いじりがとてもいい気分転換になって、助かったのだった。
そうして新法案は出来上がったのであった。
私と愛様は、母親になる人の人選と、これに必要な条件。それからこの国で生まれてくる乳児のことから、その世話をする母親に対しての、新しい施設や支給品について。そして成長するにつれ、必要になる学校や教育。思春期なったときに、何歳から成人と認め、プレゼントを渡すかなどを盛り込んだ、なるべくわかりやすく具体的な政策を挙げ、その年に初めて開いた秋の豊作祭で国民に掲示して、異議を求めてみた。すると、何点かの良い案が挙がり、検討して汲みとり、人工受精の安全で完璧な開発の結果を待ち、新法を発足させる事になり。。。
私のこの国に来てからの五十年はあっという間で、愛の国も順調に時間が流れ、新生児世代も良い子が沢山育っていた。
愛様も歳をとり、いよいよ後継者の問題がバタバタしていた時に、私は愛様に呼び出された。
愛様は、自分がもう永くないと言い出し、誰にも話してない秘密を教えると言ってきた。
私は首を傾げて聞くと、愛様は部屋の少し奥まった窓をゆっくり開けた。
なんと、私は、私の目はこれ以上開かないくらいに広がりそれを見た。
何故この国が日本の中にあって、日本と接することがなかったのか、なぜ孤立した独立国家が成り立っていたのか。
その答えがそこにあった。
愛様は笑って、驚きましたか?と言ってきた。私は首を頷かせるのに必死になったが、なかなか言うことを聞いてくれない。
しかしそれは仕方ない事だった。なにしろ窓に写っていたのは、あの時走っていた広い道路、その先には青く輝く地球が。
しかし、私はやがてクスクスと笑い、愛様もつられて笑うのだった。
おしまい。
いかがでしたか?
今日のオススメのカクテルの味は。
またのご来店、心よりお待ち申し上げております。では。