合コンでドッキリ!~気になる編~
スパーンッ!
茜が、無言のままで勢いよく個室の襖を開けた。
「うわっ!」
一番手前に座っていた男性が、驚いた顔でこちらを見る。
「茜!第一印象が大事って言ったじゃない」
真衣先輩が、茜にこそっと耳打ちした。
「やっぱり一言欲しかった!」
あっちゃー……。
あたしは天井を仰ぐ。
「あの、どちら様ですか?」
その驚いた男性が、気を取り直して訊ねてきた。
紺色のスーツをきちんと着こなし、髪もすっきり短髪で眼鏡をかけている姿を見ると、どことなく大地さんに似た雰囲気を感じさせる。
「ここに、坂本杜弥って人いません?」
ツンツンして聞き返す茜に痺れを切らせたのか、真衣先輩がズイッと前に出る。
「すみません……」
申し訳なさそうに男性に謝る真衣先輩。
その時、隣の座敷の襖がスッと開いたかと思うと、中から別の男性が現れた。
黒地に白の細かいストライプが入ったスーツを着ていて、手前の個室に座っている男性の皆様より年上に見える。
だ、誰っ!?この人……。
その年上っぽい男性の切れ長の目が、あたし達三人をチラリと睨んできた。
こ、怖いっ!!
「いかにも、僕が坂本杜弥だが?」
おまけに、凄みをきかせたような低い声で言うから背筋がゾッとする。
すると、真衣先輩の背後に隠されていた茜が再び前に出てきて、
「お兄ちゃん!来てるなら事前に連絡入れてよねっ」
と怒鳴った。
「……はぁ?誰かと思ったらお前か」
切れ長の目の男性こと、坂本杜弥さんが呆れたような口調で呟いた。
この人が茜のお兄さんか……確かにイケメン、いや、あえて男前と言おう。
「初めまして。私、妹さんと同じ部署にいる柏木真衣と申します」
真衣先輩が、すかさず自己紹介をする。
「は、初めましてっ。わ、私は茜さんと同期の加納陽向と申しますっ」
その隣で、慌ててペコリと頭を下げるあたし。
「ははっ。君達は、自己紹介する相手を間違えているんじゃないのかな?」
杜弥さんがそう言って笑う。
うわーっ、笑顔も素敵だ。
これで新婚さんじゃなかったら、あたしは間違いなく一番狙いだ。
茜は真衣先輩の絶妙な自己紹介のタイミングで、これ以上怒りをぶつけられない場の雰囲気を作られ、思わず舌打ちする。
さすがは真衣先輩。
正確には茜のお兄さんに魅せられて、勢いで自己紹介しただけだと思うけどね。
その甲斐あって、場が少なからず和んだのは事実でひとまずは安心した。
「……っ!」
ん?
ふと何かの気配を感じたあたしは、杜弥さんが出てきた隣の個室に視線を向ける。
すると奥にもう一人、黒のスーツを着た男性がこちらに背を向けて座っているのが見えた。
杜弥さんと同席しているということは、会社関係の人なんだろうか……。
ていうか、会社ぐるみで何なんですか?
うーん……楽しみ半減。
部下が心配で見に来たのかしら。
「あの、奥にもう一人……」
あたしは言いかけたが、
「はいはい、じゃあ君達は彼等と向かい合わせに座って」
杜弥さんに急かされて、あたし達はテーブルの下に置かれた座布団に座らされてしまった。
奥から、真衣先輩、茜、手前にあたしの順で座る。
結局、聞けずじまい。
「じゃあ、あとは自分達で楽しんでね」
杜弥さんはそう言うと、再び隣の個室へ戻り襖を閉めてしまった。
でも、一枚の襖という壁ぐらいじゃ会話の内容はダダ漏れよね。
「とりあえず、乾杯でもしましょうか」
再び、真衣先輩が声をかける。
「そうですね」
向かい側に座っていた相手の男性の皆様も腰を上げる。
そして、目の前にいる者同士でビールを注ぎ終えたところで「カンパーイ!」とグラスを重ね合わせた。
「じゃあ、まずは自己紹介から」
早くも仕切り始めた真衣先輩だ。
「僕は、寺田誠と言います。年は二十五歳。会社では主にプログラマー担当です。宜しくお願いします」
ちょうど、あたしの前にいる大地さん似の彼が自己紹介をして軽く頭を下げた。
プログラマーか……多分内容を聞いても分からないよね。
「えーと、俺は小林圭佑、年は二十七。システム担当です、宜しく」
真ん中の席、茜の前にいる男性が自己紹介した。
髪を少し茶色に染めたりして軽い人みたいな感じに見えるけど、ややタメ口で野性的なところは悪くないかも。
先の寺田さんより先輩ということもあり、言葉にも余裕が感じられる。
「最後は僕ね。名前は橋本翔太、こう見えて二十六歳。隣の圭佑さんの一つ後輩でーす」
大きな瞳と人懐っこい笑顔が印象的な、アイドル系っぽい人だ。
こうして見る限り、皆さんそれぞれタイプは違うけど好印象な人達のようだ。
茜の言うことも納得出来る。
「ねえねえ、陽向っ」
いつの間にやらご機嫌モードの茜が、あたしを肘でついてきた。
「何?」
「何?じゃないわよっ、どうしよう」
コソッと耳打ちしてくる。
どうしよう?
「この人達の中から誰かに絞るなんて、私には出来ないわ」
そう言いながら、両手で頬を挟む茜。
ああ、そういう意味ね。
確かに、第一印象はそれぞれに良い感じではある。
寺田さんの真面目そうなところ、小林さんのチョイ悪なところ、橋本さんの人懐っこいところ。
それよりも、今のあたしには……。
ふと、隣の個室に視線を向ける。
さっきの黒いスーツを着た人が誰なのか気になって仕方がないのだ。
「な、何々!?陽向ったらお兄ちゃんがいいわけ?」
茜は、あたしの視線の先を見て聞いてくる。
「ち、違うよーっ!」
慌てて否定したせいもあり、つい大きな声を出してしまった。
と同時に、隣の部屋から大きくはないがテーブルを叩くような物音が聞こえた。
「何を二人でコソコソ話してるの?」
真衣先輩が、やや不機嫌そうな顔をしている。
「そうだよ、まさか僕達の品定めでもしてた?」
真衣先輩の向かい側に座っているアイドル系の橋本さんが、こちらを見てニヤリと笑う。
「い、いいえっ、そんな事はっ」
あたしは、顔の前で両手を振った。
実は、隣の部屋にいる人のことを考えてました、なんて言える訳がない。
危ない危ないっ、気をつけねば。
それにしても、さっきの物音も気になるところだ。
「で、質問いいですか?」
茜が、話を切り替えるように挙手をする。
「どうぞどうぞ。何でも答えるよー」
アイドル系の橋本さんがそう言って、軽くウインクをした。
「そうなんですか?じゃあ急遽変更して、いきなり核心を突く質問をば」
茜が、フッと口元の端を上げる。
「ズバリ、初チューは何歳ですか?」
「初対面の一発目でいきなりその質問?」
チョイ悪な小林さんが苦笑する。
その隣で、真面目な寺田さんが困ったような表情をしている。
「あははーっ!冗談冗談っ」
茜が後頭部に手を当てて笑った。
素面でこのノリは脱帽です。
でも、興味はあるかも……と言うわけで。
「あ、あたしも聞いてみたいですっ!」
どさくさに紛れて乗ってみる。
大和さんはいくつだったんだろうと思いながら……。
「ええーっ!二人して何っ!?」
困る真衣先輩の隣で、あたしと茜がお願いのポーズをする。
「そこの二人、面白い面白いっ」
これが逆に笑いを誘い、場を一気に盛り上げるきっかけとなった。
その後はお酒が進み、いろんな料理を食べたりと、楽しい時間を過ごしたのは言うまでもない。
しかし、あたしの頭の片隅には、あの黒いスーツを着た後ろ姿の人物がずっと残ったままだった。