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週末便利屋のとある活動依頼

 まずは、先日の事後報告から。


「あたしも、ここで一緒にボランティアをさせて下さいっ!」


 スッとソファから立ち上がり、大和さんを真っ直ぐに見つめて懇願するように言った。



 ……シーン……。



 しばらくの沈黙のあと、やがて大和さんがボソッと一言。


「あんた、何考えてんだ?」


 その目は、明らかに軽蔑の眼差し。


「何って、素直にあたしも何かお手伝い出来ないかと思いまして」


 そりゃあ、高野兄弟ともっとお近づきになりたいというのが一番の理由ではあるけれど、そんなこと間違っても言える訳がない。


「あのな、そもそも順番が間違っている」


 大和さんは座ったまま腕を組み、あたしを呆れたように見上げている。


「順番ですか?」


「そうだ、順番だ。俺の言ってる意味が分かるか?」


「……」


 ふと質問されて、あたしは答えに詰まってしまう。


「これくらいの常識に気付かないようじゃ即退場、今後ここへの出入りも禁止だ」


「そ、そんなぁ」


 厳しい口調で言われて、あたしは言い返す言葉も見つからないでいた。


「兄さん、それはちょっと言い過ぎ……」


 大地さんが口を挟もうとして、


「お前は黙ってろ」


 と、大和さんに制止されてしまった。


 これは完全に怒らせてしまったようだ。


「……すみません。自分の行動が軽率過ぎました」


 あたしは、まず大和さんに頭を下げて謝った。


「何だ、分かってるじゃないか。少しはまともな所もあるんだな」


 えっ! 何ですって!?


 あー、駄目駄目っ!


 今ここで反撃なんかしたら、それこそ即退場処分にされる……我慢我慢。


 ふと、大和さんから言われた『これくらいの常識』という指摘が気になり、ふと就活していた頃のことを思い返してみた。


 何故、今の会社を受けようと思ったのか。


 その企業の特色、魅力、やりがい等、これらを踏まえた上での志望動機……。


「あっ」


 あたしは短い声を上げた。


「どうした?」


 大和さんに訊ねられる。


「あたし、大事なことを確認していませんでした」


「確認?」


 さらにオウム返しをする大和さん。


「はい。ここでの活動内容の確認と、あたしの志望動機です」


 思いついた事を伝えてみる。


 すると、大和さんのそれまでの厳しい表情が一変し、あたしにフッと笑みをこぼした。


「あんたのその単純、いや短気なところが出なけりゃ問題は無いんだが……」


「は、はい。それは自覚してます」


 確かに勢いで言ってしまいました。


「じゃあ、早速質問してもいいですか?」


 あたしは改めて話を切り出す。


「は?今、反省したんじゃないのか?」


 大和さんは呆れ顔、大地さんも苦笑いしている。


「週末便利屋での活動内容って、具体的にはどういう事をしているんですか?」


 だって、もう気になって気になって仕方がないんだから止めようがない。


「へえー、そんなに知りたいのか」


 大和さんが焦らすように言う。


「是非知りたいですっ!このままだと夜も眠れません!」


「ははっ、あんたって相当変わり者だな」


 か、変わり者って……せめて好奇心が旺盛だな、くらいのコメントをしてくれてもいいのに。


「兄さん、それはさすがに言い過ぎだって」


 それまで黙って聞いていた大地さんが、見かねたように口を挟む。


 ありがとう、大地さん。


 しかし、大和さんは当然気にする風もなく聞き流す。


「まあいい。そこまで言うんだったら仲間に入れてやろう」


「ほ、ホントですかっ!?」


 あたしの心臓がドキンと高鳴る。


「ただし留守番役だ。それと、マジでボランティアだからな」


 大和さんが念を押すように付け加える。


「はいっ!もう仲間に入れて貰えるだけで嬉しいですっ!」


 やったーっ!


 あたしは、もうそれこそ天にも昇る気持ちで、しばらくは興奮状態から抜け出せずにいたのだった。




 ……という経緯があり、念願だった週末便利屋の出入りが許された新メンバーのあたし。


 週末の土日と祝日がここの活動日である。


 大和さんとのお約束通り本当に留守番役だけど、そのお陰で弟の大地さんも外での活動が出来るようになったんだから、結果オーライなんじゃないかな、うん。


 あたしが鼻歌を歌いながら、部屋の掃除をしていた時だった。


 コンコン。


 外からドアをノックする音がした。


 今日は二人とも朝から出掛けていて、帰りは夕方になると言っていた。


 ということは……お客様?


「はーい、どちら様ですか?」


 中から声を掛けてみる。


「あ、あの……折り入ってご相談がありまして」


 今にも消え入りそうな女性の声が聞こえてきた。


 そ、相談っ!?


 困ったなー、二人とも留守なのに。


 恐らく、ある程度の覚悟をして来たんだろうし。


 よし、まずは中で待ってもらって大和さんの指示を仰ごう。


「今、開けますね」


 ガチャ。


「あ、あれっ?」


「えっ?」


 あたしは、その訪問者を見てハッとした。


 その相手の女性も、あたしを見て目を見開いた。


「あ、あなたは……」


「もしかして、お隣の香苗さんじゃ……」


 そう。


 向かいのマンションで、あたしの部屋の隣に住んでいる森山香苗(もりやまかなえ)さんだった。


 ちなみに、彼女はあたしより一つ年下で二十二歳の大学生だ。


 腰まであるロングヘアーに大きな瞳がチャーミングな学生サンである。


「とにかく中に入って」


 あたしは部屋の中へ促す。


「失礼します」


 香苗さんは少し戸惑いながらも静かに入ってくる。


「ここに座ってて。ちょっと連絡入れるから」


 あたしはスカートのポケットから携帯を取り出すと、目の前のソファに香苗さんを座らせた。


 勿論、かける相手は大和さんだ。


 プルルルル、プルルルル……。


 あー、やっぱりお取り込み中かな。


 あたしはスリーコールで呼び出しを諦めて、メールに切り替える。


『お疲れ様です。実は今、相談したいという女性の方が来られて』と打ち込んだところで電話の着信が割り込んできた。


 その相手は、言わずと知れた大和さんだ。


 おおーっと!


 ピッ。


 メールを中断して通話に切り替える。


『どうした?』


 あっ、大和さんの声だ!って、浮かれてる場合じゃなくて。


 あたしは、ソファから少し離れた部屋の隅まで移動する。


「おっ、お疲れ様です。実は今、相談したい事があるとかで女の人が訪ねて来られたんですけど、どうしたらいいですか?」


 あたしは声のトーンを落として話す。


『そうか……で、その人の様子は?』


「はい。見た感じでは元気がないというか、思い詰めてるような雰囲気です」


『はぁ……』


 大和さんの小さな溜め息が聞こえた。


 そりゃあ、予定変更しなくちゃいけないかもだし。


 あたしは、ただ指示を待つことしか出来ない自分に苛々する。


『……仕方無いな。大地と連絡取ったら戻るから、悪いけど待っててもらって』


「は、はいっ、分かりました。気をつけて戻って来て下さい」


『ああ、それまで頼むな』


 プツッ。


 そこで通話が切れた。


 大和さんとの記念すべき初通話?した余韻に浸る暇もなく、あたしは香苗さんのいるソファに戻る。


「ごめんなさいっ、お待たせしちゃって」


「私の方こそごめんなさい……何せこちらの連絡先が分からなくて」


 香苗さんが申し訳無さそうに頭を下げる。


 そうよっ、連絡先が分からないっていうのがそもそも大問題なのよっ!


 会社でも自営業でもないボランティアだとしても、少なからず人と接する機会はそれなりにあるんだろうから、連絡先の公表は絶対条件よね。


 これは、今後の改善点として大和さんに提案しよう、うん。


 それよりも、今はやらなければならないことが出来た。


「香苗さん、何か飲む?」


 大和さんが戻ってくるまでの間は、ちゃんと相手をしなくちゃね。


「私は大丈夫です」


 遠慮がちに答える香苗さん。


「うん、でもまあ一応、ね」


「じゃあ、コーヒーで」


「はーい」


 あたしは、以前の大地さんがやっていたようにキッチンへ向かった。



「待たせたな」


 電話で会話をしてから三十分ほど経った頃、外出先から大和さんが戻ってきた。


 今日も紺のスーツ姿が決まっている。


「あ、大和さん。お疲れ様です」


 あたしは上着を脱ぎかけている大和さんの側へ駆け寄ると、すかさずその上着を受け取る。


 えへへっ。


 ちょっと奥さん気分で嬉しいっ……とまあ、それはともかく。


「えーっと、君が相談者かな」


 大和さんが、香苗さんを見ながら向かい合うように座った。


「あ、は、はいっ」


 慌てたように答える香苗さん。


 心なしか緊張気味。


 そりゃあ、いきなりこの長身かつ野性的な風貌を目の当たりにすると、誰だって驚くよね。


 あたしは、大和さんの上着をデスクの奥にあるハンガーにかけながら、その様子を黙って見守ることにする。


「まずは、名前から聞こうか」


 うぬ?


 あたしには見せたことがない、ソフトな口調の大和さん。


 何だか意外さを感じたのと同時に、少し複雑な気分になるあたし。


 まあ、相手を刺激しないようにっていうか、落ち着かせる為だろうとは分かっていても、ちょっと面白くない。


 そんな気持ちを抑えつつ、あたしは大和さん用のブラックコーヒーを用意する。


「私の名前は森山香苗。大学生です」


「で、住所は?」


「実は、ここの向かい側にあるマンションの五階で一人暮らししています」


 ここで、あたしは大和さんの前にコーヒーカップを置いた。


「向かいのマンション?」


 大和さんは、早速あたしの入れたコーヒーに口を付けながら聞き返す。


「ええ」


 香苗さんが頷くと、大和さんがあたしに視線を向けた。


「本当に偶然なんですけど、彼女はあたしの部屋のお隣に住んでいまして」


 大和さんの座っているソファから一歩下がった位置で答える。


「ふーん……で?」


 そして、再び香苗さんに視線を戻しながら先を促す大和さん。


 え、それだけですか?


 ま、まあ、この際仕方がないとしよう。


「はい……実は、最近いつも誰かに見られているような気がして落ち着かないんです」


 えっ? そ、それってまさか?


「なるほどね。このマンションって女性専用の賃貸だろ?逆に結構狙ってる暇な奴等が多いって専らの噂だ」


 げっ、知らなかった。


「そ、そうなんですか?」


 香苗さんの表情が歪む。


「過去にも数件、住人からその手の相談受けた事あるぐらいだからな。まあ、中には無縁の女もいるみたいだが」


 大和さんは、そう言いながらあたしをチラリと見る。


 ち、ちょっとっ!


 もしかして、それってあたしの事ですか?


 むむっ……いくら大和さんでも許し難い。


 しかし、香苗さんの手前もあるからグッと堪える。


 そんなあたしの様子を見て、ククッと笑いを押し殺している大和さんだ。


 あとで覚えてろーっ!


「おっと失礼……それで、君は相手を見たことはあるのか?」


 その言葉で、すぐ元の真面目な顔に戻るんだから切り替えが早い。


「い、いいえ……残念ながらありません」


 香苗さんが首を左右に振る。


「そうか、まあいいや。で、君はさっき『いつも見られている』と言っていたが、それは毎日なのか?」


「……ええ、おまけに一昨日からは非通知で無言電話が……」


 香苗さんがそこまで言って言葉を詰まらせた。


「随分と熱心な奴だな。番号まで調べたか」


 大和さんも眉を寄せる。


「……ほ、本来なら警察に届けるべきだと思ったんですけど、両親に心配かけたくなくて……それでこちらに来たんです」


 香苗さんが辛そうに俯いた。


 あたしはそんな彼女の側へ歩み寄ると、隣に座って優しく肩を持つ。


「大和さんなら、きっと捕まえてくれるよ。だから安心して、ね」


「陽向さん……」


 今にも泣き出しそうな顔であたしを見上げる香苗さん。


 捕まったら、まずこの手でぶん殴ってやりたいぐらいだ!


「……あと、最後に一つ。君はその奴の存在に心当たりはないのか?例えば、過去の彼氏とか仲のいい男友達とか」


 大和さんは、何やら考えるような仕草をしながら香苗さんに訊ねる。


 心なしか、探っているようにも見えるのは気のせいだろうか。


「私も考えてみたんですけど……いまいち決め手になるようなものがなくて……役に立たなくてすみません」


「……そっか。何か手がかりみたいなものがあれば、今からでも調べられるんだが……」


 腕を組み、思案している大和さん。


 こんなキリリとした感じの彼を見るのは初めてだ。


「まあ、あらすじは分かったから今日のところは帰って貰って構わない。俺もこの後の作戦を練らないといけねえからな」


「は、はい。宜しくお願いします」


 香苗さんがゆっくりと頭を下げて立ち上がる。


「もし、何か気付いた事とかあればすぐに知らせてくれ」


 そんな彼女の背中に声を掛ける大和さん。


「そうだ、あんたの番号を教えておけ」


 大和さんがあたしに言う。


「あ、あたしのですか?」


「その方が都合がいいんだ」


「は、はあ……」


 あたしは、自分の携帯番号を香苗さんに教えると、彼女は軽く会釈をしてマンションへと帰っていった。


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