人の恋路を邪魔するモノは……?
ここからは、ゆるゆると番外編なんぞを書き記していきたいと思っています。
読者様がいらっしゃる限り……。
今回は、陽向と大和の交互目線でお送りします。
「ふうっ……」
梅雨明けを間近に控えた六月のとある週末。
あたしは『週末便利屋』の入口へと繋がる階段を箒で掃きながら、小さく息を吐いた。
先月、大和さんが勤めている会社の同僚であり、あたしと同期の茜のお兄さんでもある、杜弥さんの粋な計らい?がきっかけで、晴れて大和さんとお付き合いする仲となったあたしは、これから幸せな毎日が続くものだと確信していた。
毎日仕事が終わったら報告のメールをして、寝る前にはおやすみのメールをして充実した日々を送っている……はずだった。
ううっ。
ふと瞼を閉じれば蘇る、約一ヶ月前の大和さんからのストレートすぎる告白と、あの不意打ちのキス。
勿論、今でもしっかりと鮮明に脳裏に焼き付いている。
それこそ、あたしの人生の運を全て使い果たしてしまったと言っても過言ではないほどのあの感動……一生の宝物だ。
そっ、それなのにーっ!
バキッ!
持っていた箒の柄を、力任せに真っ二つにへし折った……つもりだった。
「……い、痛い……」
相手は竹製、所詮勝ち目がないのは分かっていた。
そんな今のあたしに残っているものといえば、寂しさと虚しさ、そして不安。
仕方ないから、こう叫ぶ。
「「神様の意地悪ーーっ!!」」
※
「おいっ、何でこんなに忙しいんだっ!」
バンッ!!
目の前の机に八つ当たりする俺を横目で見ながら、隣に座っている杜弥が大きな溜め息をついた。
「はああーっ……大和、それ何回目?いい加減落ち着いてくれないかな」
片肘をつきながら、チラリと睨みつけてくる。
「は?これが落ち着いていられるかよっ」
苛々しながら壁にかけてある時計に視線を向けると、もう午後十時を回っていた。
毎日毎日、パソコンと睨み合う日々……さすがの俺も少々グロッキー気味になる。
「僕だってさ、マイスイートホームに奥さんを連日夜遅くまで一人きりにしてるんだ。たまには早く帰ってやりたいよ……」
杜弥がしみじみと呟く。
「あー……悪かった。お前は新婚だったな」
俺は素直に謝った。
「いやいや、それはお互い様だって。大和だって陽向ちゃんがいるじゃないか。ある程度は理解しているだろうけど、ここまでくると酷かもしれないな。今頃、枕を濡らしてたりして」
杜弥のそんな言葉に、俺はふと不安になった。
思えば先月の連休明けから、俺は会社と自宅を往復するだけの日々を送っている。
杜弥と共に携わっている新規プロジェクトの準備の為だ。
ようやく最終段階までこぎ着けたのはいいんだが、逆にその代償の大きさは感じていた。
「……なあ、大和」
杜弥がふと言いかける。
「何だ?」
俺はノートパソコンに向かいながら聞き返した。
「……たまには、陽向ちゃんに連絡してやってるか?」
「……」
ふと、俺のキーボードを叩く手が止まる。
「お、お前っ、まさか……放置?」
杜弥がどんな表情をしているのか、俺はあえて見ないフリをした。
「そういや、向こうからも連絡来ねえな……」
俺は独り言のように呟く。
「それは、お前に気遣って我慢してんだろうよ……ああ、陽向ちゃん可哀想に」
「……」
確かに。
陽向の性格なら、杜弥の言うように俺に気を遣って何も連絡して来ないと思うのが自然だろう。
今日の仕事を切り上げたら、一度連絡を入れてやるか……俺がそう決めた時、
「おっと!そうだ、大和」
杜弥が何やら思いついたのか、パンと手を叩いた。
「何だ?また悪知恵か?」
俺はチラリと隣を見る。
「失礼な奴だな。今日のところは目処も立ったし、大和は今から陽向ちゃんに連絡とってみたらって思ったんだよ」
「こんな時間にか?」
「おいおい、明日は日曜日なんだぞ?まだ起きてるに決まってるさ」
まあ、そうだろうけどな。
「その苛々で疲れ切った身体を、陽向ちゃんに癒やしてもらえよ、なっ?」
杜弥は、俺の肩をバンバン叩きながら嬉しそうに言ってくる。
「……」
まあ、俺だって一人の男だ。
正直言って、フラストレーションも溜まりつつある。
「よしっ、そうと決まれば片付けるぞ!」
「そうだな」
きっと、こいつも相当溜まってんだろうな。
そう思いながら杜弥を見ると、向こうも俺の方を見ていた。
「な、何だよ」
……完璧、図星だな。
そして、どちらからともなく笑い合った。
※
ブー、ブー、ブーッ。
「こんな時間に誰だろう……」
ベッドに横になろうとした時、ふいに携帯のバイブがメールの着信を知らせてきた。
『ああーっ!!』
思わず大声を出しそうになって、寸前で飲み込む。
やっ、大和さんからメールだっ!!
ひと月近くも音信不通だったなんて……普通じゃ考えられないわよ。
あれから、便利屋の事務所にもピタリと顔を出さなくなったもんだから、大地さんに聞いちゃったじゃないの。
「ええっ!?まさか、兄さんって陽向さんに教えてなかったの?」
なんて驚きながらも、
「実は、あの連休明けから大きな仕事が入ったらしくて、毎日深夜まで残ってるって話だよ」
と教えてくれた。
「……そ、そうだったんだ……」
大和さんって、あたしより弟の大地さんの方が大事なんだよね。
ま、身内だから当たり前か。
自分にそう言い聞かせて、今まであたしから連絡するのを自粛してたんだけど。
そして今日、ついに大和さんから連絡が来たのでありますっ!
はやる気持ちを抑えつつ、あたしはメールの受信ボタンを押す。
「えーっと、何々?まだ起きてるか……だけ?」
言葉もだけど、相変わらず素っ気ない文章ですこと。
でも、これがまた大和さんらしくて、あたしはニヤケてしまう。
「はい、まだ起きてますよ……送信、と」
あっ、しまった!真面目に送っちゃった。
送ってから後悔する。
あたしの事なんて、もう忘れてるかと思ってました、とかにすればよかった。
大和さんなら、どう返してくるんだろう……そう考えてドキドキする。
でも、期待するだけ無駄かもね。
『そんな年寄りでもあるまいし、忘れるわけねえだろ』みたいに普通に返されるのがオチだろう。
そんなことを考えているうちに、再度メールの着信を知らせるバイブ音がした。
「……今からお前んとこ行ってもいいか?……って」
え?大和さん、今から来るつもりっ!?
「うわわわっ!ど、どうしようっ」
口では慌てながらも、指はしっかり『待ってます。気をつけて来て下さい』と返信しているあたしだった。
※
「よおっ」
玄関のドアをノックする音がして、あたしが迎えに行った時の大和さんの挨拶だ。
久し振りに見るけれど、今日も紺のスーツ姿が眩しい。
なのに、あたしは普通の部屋着だ。
着替えたかったけど、悩んでいるうちに大和さんが来たからっていうのが理由で。
ふと、そんな彼を見上げたあたしは、たちまち目を大きく見開いた。
「ん?何だ、人の顔をじっと見て」
そう言って首を傾げる大和さんに、
「何だ、じゃないですっ」
あたしは大和さんの腕を掴んで部屋に入れる。
「おいっ、急に何なんだ?」
全く見当が付かない様子の大和さんに、あたしは目を細めながらポツリと言った。
「……お仕事、大変だったんですね。お疲れ様です」
だって、目の下にクマが……おまけに、頬にもうっすらと翳りがあるような。
「あーあ、何て顔してるんだ」
少しの間見つめ合っていると、やがて大和さんが溜め息混じりに呟いた。
その表情は、心なしか困惑しているようにも見える。
「だって、お疲れが顔に……」
まだ最後まで言い終わらないうちに、大和さんはあたしを自分の方に引き寄せたかと思うと、そのまま強く抱きしめてきた。
全身に緊張が走って、たちまち何も言えなくなる。
「……悪い。俺、もう我慢出来ねえかも」
「……!!」
あたしの耳元に、大和さんが低い掠れたような声で囁く。
えっ、そ、そんないきなりっ!?
だっ、だって、その……やっぱり心の準備が……。
でもっ、あの大和さんがこんなあたしを求めてくれてるし……。
「あっ……や、大和さんっ!?」
そのうちにも完全パニック状態のあたしの身体に、大和さんの体重がのしかかってきた。
うっ、お、重いっ……。
今、あたしの後ろにはベッドがある。
ここで力を抜くとそのまま押し倒されて、その後は間違いなく……ゴクリ。
もはや抵抗する理由なんてないし、てゆうか、ついにこの時が来たって感じだし。
もう駄目っ!あたしも耐えられないっ。
ドサッ!
あたしの上に大和さんの身体が覆い被さってきて……ついに、二人は身も心も一つに結ばれて……ない?
「……」
あれっ!?
大和さんがピクリともしなくなっている。
「……」
しばらくして。
そんなあたしの耳に入ってきたのは……大和さんの静かな寝息だった。
大和さん、よほどお疲れだったんだね。
あたしは起こさないように、ゆっくりと身体を横にずらして起き上がる。
そして、大和さんをどうにか仰向けにすると、その襟元のネクタイを緩めてあげた。
初めて見る彼の無防備な寝顔に、あたしは胸がキュンとなる。
「寝てるから大丈夫、だよね……」
そう言いながら、あたしはそーっと大和さんの寝顔に近付いていく。
それから。
軽く唇に触れるだけの短いキスをした。
そんな、ちょっぴり切ない静かな夜。
夜空に浮かぶお月様を見上げながら、あたしはそっと溜息をついたのでした……。
完




