絶好のチャンス!~前編~
キキキイーーッッ!!
突然、倉庫の外から車のブレーキ音が聞こえた。
しかも、急ブレーキをかけたような大きな音に、あたしは勿論のこと男性三名の皆さんも一瞬、口を閉ざしたほどだ。
「な、何だ?今の音……」
小林さんがそう言いかけて、椅子から立ち上がる。
「ドリフトでもやり始めた?」
続けて翔太さんも立ち上がる。
「二人はここにいてくれ。僕が外の様子を見てくる」
そんな二人を引き止め、杜弥さんが事務所を出て行った。
「大丈夫かな……」
あたしは不安な気持ちで呟いた。
「あっ、大地君からまたメールだ……」
ふいに翔太さんがそう言って、早速メールチェックをする。
「今、到着した……だってさ」
ということは。
さっきの凄まじい車のブレーキ音の正体って……まさか?
「ま、待てっ、大和っ!落ち着けよ」
ん?
じきに、事務所の外から杜弥さんの慌てたような声が倉庫内に響いた。
その様子から、あまり宜しくない雰囲気が伺える。
「これが待たずにいられるかっ!」
あ、この声は……。
しかも、杜弥さんのそれとは同じ響き方でも勢いが違う。
要するに、かなりご立腹の様子だということは一目瞭然だった。
「やべっ……久々に聞く大和さんの怒鳴り声だ」
翔太さんが机から降りるなり、コソッと呟いた。
「ありゃあ、かなりきてるぞ」
小林さんも、参ったって感じで両手を後頭部に回した。
バターンッ!!
そして、あたし達のいる事務所のドアが大きく開け放たれたかと思うと、
「お前等も共犯かっ!」
ドカドカと靴音をたてながら、大和さんが事務所の中へ入ってきた。
ひっ、ひええーっ!
こっ、怖い顔……今までに見たこともない形相に、あたしも思わずタジタジになる。
「そんなに怒ることかよ?」
大和さんの後ろから杜弥さんが引き止めようとしているけど、最早聞く耳持たずって感じだ。
「全く、ふざけやがって……」
そう荒々しく吐き捨てるように言った大和さんと、あたしの目がバチッと合う。
「……!!」
ぶ、ぶたれるっ!
あたしは咄嗟にそう感じて、両手を頭の上に乗せると身を屈めた。
「……」
ん?
今、あたしの視線の先にある床には、確かに大和さんの靴が見えている。
ぶ、ぶたれ、ないの?
そして、恐る恐る顔を上げようとしたら。
「ほらっ、帰るぞ!」
大和さんのそんな声が頭上で聞こえたと同時に、あたしはガシッと腕を掴まれた。
「……っ!!」
ビックリして顔を上げると、大和さんが掴んでいるあたしの腕をグイッと引っ張った。
「ええっ!?ち、ちょっと、大和さ……」
そのまま強引に立たされて、足がもつれてこけそうになる。
「確かにコイツは連れて帰るぞ。あと、休み明けは覚えとけよっ!」
振り向きざま、さらに一喝する大和さんとフラフラになりながら引っ張られていくあたしを、杜弥さん達は呆然と見送っていた。
そして、その倉庫の物陰からもう一人、こちらを見つめている人物がいた。
「あ……」
その人物はあたしと目が合うなり、両手を顔の前に合わせ、小さく頭を下げてきた。
『大地さん……』
あたしも、心の中でそっと詫びた。
恐らく、最初で最後かもしれない。
思いがけず訪れた、自分の気持ちを伝えるチャンス。
ただ、大和さんの機嫌次第ではあるけれど……。
そして。
あたしは意を決したように、大和さんの車の助手席に乗り込んだのだった。
※
「……」
「……」
大和さんの運転する車がスタートしてから数十分。
会話もなく、ただ流れるのは沈黙ばかり。
さらに、大和さんはサングラスをかけていて、その表情は分からないときた。
仕方がないから、あたしは車窓に流れる景色をボーッと眺めていた。
……て、あれっ!?
ふと、あることに気付く。
「や、大和さんっ?」
あたしは沈黙を破り、運転中の大和さんを振り返った。
「何だ?」
ホッ。
その声は、いつもの無愛想な調子に戻っていて少し安心する。
「あ、あのっ、方向が……」
今更ながら、自宅のあるマンションと間逆だということに気付いたあたし。
「……今頃気付いたのか。暢気なヤツ」
そう答えてから、大和さんの口元がフッと緩んだ。
ああ、やっと笑ってくれた。
あたしは胸をなで下ろす。
「もしかして、寄り道ですか?」
調子に乗って質問してみると、
「たまには息抜きもしねえとな」
大和さんが答える。
うわっ!何だか普通に会話になってる。
あたしは嬉しくなった。
大和さんの車の助手席に乗れて、さらにこうして息抜きにも付き合えるなんて。
自然と気持ちも高ぶってくる。
「それで、どこに行くんですか?」
「落ち着けるところだ」
落ち着けるところ?
はて……どこだろう?
あたしは腕組みをして、うーんと首を傾げる。
「ククッ、お前は見てて飽きねえな」
すると、大和さんが肩で小さく笑いながら言った。
えっ?見てて飽きない?
それに『あんた』から『お前』になってるし。
それって、昇格したと思っていいのかな?
じゃあ、次は何て呼んでくれるのだろう。
ついに名前で……さすがにそれは無理か。
「それって、褒められてるんだか小馬鹿にされてるんだか……」
嬉しい気持ちを抑えながらも、あえて溜息混じりに肩をすくめてみるあたし。
「は?褒めてるに決まってるだろうが」
大和さんが当然とでもいうように言った。
ほ、褒められてるの?
以前、大和さんが自分はお世辞は言わないタイプだと話していたことを思い出して、思わず顔がほころぶ。
「溜息をついたかと思ったら、今度はニヤケてるし……気持ち悪いぞ」
「きっ、気持ち悪いっ!?」
おおーっと!気をつけねばっ。
「本当、お前ってすぐに顔に出るのな」
「す、すみませんっ……」
反射的に謝ってしまう。
「別に謝るところじゃないだろ」
そう言って、再びおかしそうに笑う大和さんだ。
ドキドキドキドキ……。
あー、駄目だ。
嬉しすぎて緊張してきて、心臓がどうにかなりそう。
そんなあたしの気持ちなど到底気付いていないだろう大和さんは、じきにとある一軒のお店の駐車場へとハンドルを切った。
そこは、広大な海の景色が一望できる小高い丘に建つ、小さいけど素敵なレストランだった。
「さすがに腹が減ったから、まずは飯だ。お前も同じだろ」
サングラスを外しながら、あたしを見てニコリと笑う大和さんだ。
カーン、カーン、カーーンッ!!
ま、眩しすぎるその笑顔に、あたしは完全ノックアウト。
「は、はい……もうお腹ペコペコです」
緊張しすぎて、気の利いた返事も思いつかない。
「ここは一見小さい店だが、味は良いからな」
「そっ、そうなんですか……」
「見た目は洋風っぽいが、基本は箸で食える和食の店だ。特に魚は旨いぞ」
大和さんはそう言いながらドアを開けると、あたしをごく自然な感じで、先にお店の中へと促してくれる。
こ、これが噂のレディーファースト!?
「あ、ありがとうございます……」
おずおずと中へ入ると、店内はもうお魚のいい匂いで満ち溢れていた。
あ、もう限界……たとえ、目の前にあの大和さんがいようとも、所詮空腹には勝てるはずもなく。
……ええーいっ、もうどうにでもなれっ!
このあと、あたしの女を捨てたような食べっぷりに、大和さんが唖然としていたことは言うまでもない。
そして、いつか訪れるかもしれないチャンスに備える為にも、密かに気合いを入れるあたしだった。




