形勢逆転!?~後編~
『……なた、……ひなたっ』
うーん……遠くであたしの名前を呼ぶ声がする。
誰だろう……目を開けて確かめたい気はするんだけど……何だか頭がボーッとして起きられないよ。
バシッ!!
「?☆※★!…」
いたっ!
突然、頭に強い衝撃が走り、あたしは目を開けた。
パチッ。
「……」
え? ここは、どこ?
と、その前に。
今の頭への衝撃は、どうやら夢だったようだ。
あたし、いつの間にか寝てたんだ……って。
ねっ、寝てたぁーっっ!?
「いっけなーいっ!まだコーヒーの準備の途中だったんだ!」
慌てて自分に言い聞かせながら、ガバッと上半身を起こして周囲を見渡す。
……あ、あれっ?
もう夜か、と一瞬疑ってしまうほど薄暗い空間の中で、あたしはひとりぼっちにされていた。
徐々に目が慣れてきて、ここはどこかの倉庫なんだろうと予想がつく。
そんな倉庫の事務所だろうか、その部屋の奥にあるソファーにあたしは座っていた。
……あ、そうだ!
あの後、見知らぬ男の人に鼻と口を何かで塞がれて、そしたらだんだんと意識を失っていったんだっけ……。
ハッとして、自分の身につけている服を確認する。
乱れはない、ということは貞操は守られてるんだ……良かった。
さらに、予想に反してあたしの身体にはご丁寧に毛布まで掛けられていた。
はあー……。
とはいえ、これは夢じゃなかったんだ。
最悪の展開だな……大和さんと大地さん、今頃どうしてるんだろう。
心配してるかな……そう思うと涙腺がゆるんでくる。
ガチャ。
あたしが泣きそうになるのと同時に、不意にノックもなくドアの開く音がした。
「ああ、起きてたんだね。まだ寝てるだろうと思って勝手に開けてしまったよ」
そのドアを開けたらしい人物が、さも申し訳無さそうに言いながら、あたしのいる方へコツコツと靴音を鳴らして近付いてくる。
あたしはドキドキしながらも、思い切って振り返ってみた。
……また黒のスーツ姿の男の人だ。
しかし、この男はさっきの二人と違って帽子やサングラス、マスクもしていない。
狭い事務所だから、数歩も歩けば自然と相手の顔が分かる距離になる。
「!?」
あたしは、その相手の男の顔を見て驚いた。
「よく寝てたね、お姫様」
この聞き覚えのある優しい声に、切れ長の目といえば。
「もっ、杜弥さんっ!?」
あたしは思わず大きな声で名前を呼んだ。
そう、相手の男は茜のお兄さんの杜弥さんだったのだ。
「あらっ、もうバレちゃった?」
パチン。
そんな間抜けな杜弥さんの声と同時に、何かのスイッチを押す音がしたかと思うと、事務所内がパッと明るくなった。
「杜弥さん、バレバレじゃないっすか」
呆れたような声と共に現れたのは……先日の合コンで知り合った、ちょい悪社員の小林さんだ。
「え?もうバレたの?面白くなーいっ!」
そう言いながら、小林サンの後ろから入ってきたのは翔太さんだ。
彼らも同じ黒のスーツ姿である。
な、何これっ!? どういう事っ!?
あたしは、何がなんだか訳が分からない。
まさか、また会社ぐるみで……とか?
でも、何の為に?
当然の事ながら、あたしには全く心当たりはない。
「さて、と。あの人は今頃どうしているだろうね」
杜弥さんが、何やら意味深な笑みを浮かべた。
あ、あの人?
「さあ……いつも冷静な人って、慌てたらどうなるんだろうな」
小林さんが、そう言って肩を小刻みに震わせながら笑っている。
少しだけ、いやな予感があたしの脳裏をよぎった。
「意外といつもの調子だったりして」
翔太さんも楽しそうに言う。
「待って下さいっ!」
あたしの声に、三人が同時にこちらを見る。
「あ、あのっ、これはどういう事なんですか?」
イケメン社員三人組に見つめられて、心臓にかかる負担が尋常じゃない。
「どういう事かって?」
と、杜弥さん。
「まだ分かんないのか?」
と、小林さん。
「もしかして、君って天然?」
と、翔太さん。
ううーっ……分かってたら聞きませんよ。
「……」
あたしは黙ってしまう。
「仕方ない。可哀想なお姫様にネタばらししてあげようか?」
杜弥さんの問い掛けに、
「え?まだ二時間しか経ってないのに、もう教えちゃうんですか?」
翔太さんがもったいぶるように聞き返した。
に、二時間しかって……二時間も経ってるの間違いではっ!?
「まだまだっすよ、杜弥さん。逆にあの人が物足りないと思いますよ」
小林さんが意見する。
何となくだけど、このお三方のターゲットが見えてきたような気がしてきたあたし。
皆のよく知る人物で、その人は普段から冷静であるということ。
そして、あたしもその人を知る一人であるらしいということ。
となると、自然と正解が絞られてくる。
ま、まさか、ね。
あたしは、頭の上からサアーッと血の気が引いていくのを感じていた。
※
「大地……お前、何か知ってるだろ?」
俺は、事務所を出る直前に確認する。
「え?知っていたら真っ先に兄さんに教えるよっ」
大地は怒ったように言い返してきた。
「それに、今回は陽向さんが絡んでいるんだよ」
ふむ。
この様子を見る限り、本当に知らないのだろう。
しかし、俺の中で完全に疑いが晴れた訳ではない。
「まあいい。そういや、お前がさっき話した別の意味って何だ?」
事務所を出て階段を上りながら訊ねる。
「ん?ああ、あくまで僕の個人的予想だけど」
大地が何やら笑いを含んだ言い方をする。
そんな態度になるから俺は疑いを抱くんだが。
「何でもいい。今は些細な事でも手掛かりが欲しい」
正直、検討がつかない状況だ。
「……これは、陽向さんが事件か事故に巻き込まれたっていうより、試されてるような気がするんだ」
はあ?
試されてる、だと?
「誰が誰に?」
「いや、そこまではさすがに……」
大地は言葉を濁した。
その態度に何となくひっかかりを感じながらも、俺は裏の駐車場へと向かう。
事態が宜しくないはずなのだが、勢いに乗れないのは、今一つ大地の態度がパッとしないと感じるからだろう。
「はあー……」
それから、いざ車に乗り込もうとして俺はまた溜息をついた。
「どうしたの?」
隣にいる大地に聞かれ、
「おい、このワイパーに挟んでいる白いものは何だ?」
どう見ても紙だろう。
しかも、ただの紙じゃない。
恐らく……。
「み、見てみる?」
大地がワイパーに手を伸ばす。
「俺の代わりにお前が見ろ」
全く、やってらんねえ。
俺は上着のポケットから煙草を取り出す。
「うーん……また切り抜きだ。兄さん、読むよ?」
「勝手にしろ」
そう答えながら、運転席へ乗り込む。
「えーっと、何々?途方に暮れているお前の為にヒントをやろう……心地良い潮風が吹く場所で春の予感。さて、次はどうする?」
心地良い潮風? 春の予感?
何だ、そのヒントは。
「おい、大地。本当にそんなこと書いてるのか?」
「こ、この状況で話を作るほど、僕には余裕なんてないよっ」
だよな、普通は。
眉をしかめながらも、大地が助手席に乗ってくる。
それを確認したと同時に、俺はエンジンをかけた。
「で、その続きは?」
「え?」
「またAからCまでの選択肢とかがあるんじゃないのか?」
別にどうでもいいが、一応ヒントになるものがあるかもしれないからな。
「そ、そうだね」
大地は再び紙に目を向ける。
「えーっと……A、山に向かう。B、海に向かう。C、諦める。……だって」
つまり、街の中は有り得ないってことか。
「とりあえず、そのヒントを信じてBにするか」
俺はそう決めるとアクセルを踏み込んだ。
「兄さん、決断早いね」
「大地。潮風と書いてりゃ、まずは海に向かうのが常識だろ?」
「あ、そっか」
俺はドリンクホルダーに差し込んでいたサングラスをかけながら、助手席をチラリと一瞥する。
「兄さん、ある意味似合いすぎて怖いよ。それに、車も黒だし」
そんな俺の視線を感じたのか、大地が苦笑した。
「念の為に、シートベルトは締めとけよ」
「に、兄さん……何だか妙な胸騒ぎがするのは、僕の気のせいかな」
大地が呟く。
「安心しろ。俺はこう見えてゴールド免許だ」
「それって、ただバレてないだけだろ」
「ま、言い方によってはそうとも言うがな」
俺がフッと笑うと、大地は不安そうな表情のまま、手元の紙に視線を移した。
恐らく、陽向は無事だろう。
居場所はまだ検討もつかないが、俺には何故か無事であるという確信があった。
陽向……今から迎えに行くからな。悪いが、それまで辛抱して待っててくれよ。
俺は心の中で自然とそんな事を呟いていた。




