持つべきものは友
「いらっしゃいませ、こんにちはー!二名様ですか?」
「はい」
「おタバコはお吸いになられますか?」
「いえ、吸いません」
「それでは、こちらの窓際のお席へどうぞー」
大地さんに連れて来られたのは、事務所のある通りから、一つ手前の筋にあるファミレスだった。
あたしも、ちょくちょく一人でお茶をしに来るところだ。
ドリンクバーで数時間……なんて、しょっちゅうだったりする。
ちょうどお昼のランチタイムも終わり、店内の客もまばらになっていた。
「いい時間帯だったね」
大地さんは、案内された窓際の席に座りながら言う。
「本当、空いてて良かった」
あたしも大地さんの向かい側に座るなり、テーブルの隅に立てかけてあるメニューを開いた。
勿論、大地さんも見れるように横に広げる。
「大地さんは何にするか決まった?」
「うーん……何食べようかなあ」
二人で頭をつき合わせてメニューを食い入るように眺めていた時だった。
「あれっ?もしかして陽向じゃない?」
あたしの頭上で、聞き覚えのある声がした。
「あ、茜っ!偶然だね」
会社の同期である茜が、あたしを驚いたように見下ろしている。
あたしもまた、彼女の方を見上げて驚いた。
なんと、そのお隣には。
「あれっ?君ってもしや、茜ちゃんの同期の子じゃない?」
このアイドル風スマイルといえば、大和さんの勤めている会社の後輩、橋本翔太さんではないですかっ!
昨夜のスーツと違って普段着だから、さらに若く見えるけど、やっぱりカッコいい。
で、この二人が揃ってやって来たということは……もしや、デートとか!?
「ちょっとーっ、二人お揃いでどうしたの?」
あたしは、茜の脇腹を指で軽くつついてやる。
「み、見れば分かるでしょ?お茶しに来たんじゃない」
とは言いながら、ただ単にお茶しに来ましたって表情じゃない。
これは、どう見てもデートでしょう。
「まさか、彼氏持ちで合コンに参加してたの?理解のある彼氏だねー……って」
翔太さんが意地悪っぽく笑いながら、何気ない感じで大地さんの顔を覗き込んだ。
「……と思ったら、大地君じゃない」
え?二人は知り合いだったの?
あたしは今、開いた口が塞がらない間抜けな顔をしているに違いない。
「あ、翔太さんっ!お久しぶりです」
大地さんが、少し腰を浮かせて頭を下げる。
「もし良かったら、一緒にどうですか?」
大地さんの提案に、
「彼は、僕の上司の弟なんだけど。茜ちゃんはどう思う?」
翔太さんが茜に確認してる。
そんな二人の様子を羨ましそうに見つめるあたし。
いいなあ、茜……と思っていたら。
「ていうか、私も知ってるわよ。お兄ちゃんと腐れ縁の大和さんの弟でしょ?」
ええーっ!茜とも知り合いだったの?
しかも、あたしより先に兄の大和さんまで知っていたとはっ!!
そう思うとちょっぴり、いや、かなり悔しいけど、ここはグッと我慢の子だ。
「え?」
茜の言葉に、大地さんがハッとする。
「ああ、杜弥さんの……」
「失礼ねっ!もしかして、忘れてた?」
はあーっ……何て世間は狭いんだろう。
あたしは、皆に聞こえないように小さく溜息をついた。
とはいえ、この三人には会社ぐるみでの共通点があったとは……ちょっぴり羨ましく、また寂しくも感じるあたしだった。
それから、結局知り合いだった四人は、窓際の席で仲良く座ることとなった。
※
男女それぞれが隣同士に座り、それぞれに単品で軽めの食事をとりながら談笑する。
「……あー、なるほど。陽向さんが大和先輩の例の事務所でボランティアをね」
大地さんの説明に、翔太さんが納得したように頷く。
「え?そういや陽向ってば、今日から実家に帰るって言ってなかったっけ?」
うぷっ!
口の中の、ふわふわオムライスを吹き出しそうになって、思わず両手で口を押さえる。
「……それと、大和さんの事務所でボランティアしてるってことも知らなかったけどねえ」
怪訝な顔で茜に聞かれ、
「ご、ごめんねっ、茜。別に内緒にしてた訳じゃないんだけど、話すタイミングを逃してて……」
あたしは、素直に謝るしかなかった。
「……私達、まんまと騙されたってわけか。しかし、陽向も隅に置けないよね」
今度は、茜があたしの脇腹を肘でつつく。
「え?何で?」
「だってさー……」
と言いながら、大地さんとあたしを交互に見ている。
えっ!?
「ま、まさかっ、違うよっ!」
あたしは、両手を顔の前で振る。
「違うの?私はてっきり……」
「だっ、大地さんとはあくまでお仕事仲間だって!」
慌てて否定するあたし。
「そうなの?大地君」
翔太さんが大地さんに確認する。
「ん?まあ、そういうことにしておきましょう」
そう答えると、あたしを見てニッコリと笑った。
ち、ちょっと!
そんな言い方したら誤解するでしょうが!
「うわっ!微妙な発言っ」
「真面目な大地君に、新たな一面を発見!」
茜と翔太さんが、あたしと大地さんをニヤニヤしながら見てる。
「や、やめてよ!恥ずかしいっ」
あたしの顔、絶対真っ赤になってる。
かと言って、実は大地さんじゃなくて大和さんの方が……なんて、こんなとこじゃ言える筈もなく。
どうしようか……。
そんなあたしの気持ちなど到底知らない二人は、
「ますます怪しいぞー」
「もうこの際、白状しちゃえ!」
なんて、すっかり楽しんじゃってるし、大地さんも笑ったままだし。
ある意味、楽しそうなこの雰囲気を乱したくない気もするだけに……困ったなあ。
というわけで、考えた結果。
「ちょっと失礼」
あたしは、半ば逃げるように椅子から立ち上がる。
ここはトイレに行って気持ちを切り替えるしかない。
「あ、陽向、待ってよ。私も行くっ」
すると、茜まで同じようについて来た。
げーっ!
それじゃあ、落ち着きたくても落ち着けないじゃん。
カチャ。
店内の奥にある化粧室のドアを開ける。
「良かった、誰も使ってなかった」
あたしが少しホッとした時だった。
「ねえ、陽向」
後ろから茜が声をかけてきた。
ドキッ!
恐る恐る振り返ると、そこには真顔でこっちを見ている茜の顔があった。
「な、何っ?」
嘘をついたことを怒ってるんだよね、きっと。
「茜!本当にごめんねっ」
ペコリと深く頭を下げるあたし。
「は?何のこと?」
へ?違うの?
「いや、実家に帰るなんて嘘ついたから怒ってるんじゃないかと思って」
一瞬ポカンとした茜だったが、
「それくらいで怒んないわよ」
と続けた。
「それよりも、私が聞きたいのは陽向のことよ」
あたしの、こと?
「お店に入ってツーショット姿を見つけた時は、さすがに驚いたけどさ」
そこまで言って、フッと口の端を上げる茜。
ゴクリ。
「初めは二人が付き合ってるんじゃないかと思ってた」
「それはっ……」
「話は最後まで聞くっ!」
茜に言葉で制止されてしまう。
「陽向って、本当に顔に出るから分かり易いのよねー」
何が言いたいんだろう。
「ズバリ!陽向は大和さん、でしょ?」
ううっ!
思わず半歩、後ずさる。
「やっぱりね」
あたしの明らかすぎるうろたえぶりに、彼女がニヤリと笑う。
「大和さんって一見、異性を寄せつけない雰囲気を持ちつつも、実は優しいところがあるから、女子にはたまらないのよねえ……」
「あはははー」
良く見てるね、茜は。
あたしは笑って誤魔化すしかない。
でも、所詮は叶わぬ夢だっていうのも分かってるし。
「まさか、その弟と会社の後輩の前では聞けないでしょ?」
そう言って、あたしの肩をポンと叩く茜。
「た、確かに……」
「そろそろ出ますか。ま、相手はなかなか手強いしライバルも多いだろうけど頑張りなよっ」
そう言われると、ますます凹むよ。
「何て顔してるのよ。陽向が一番近いところにいるんだから、こんなチャンスないよっ」
そ、そうだよね……しかも、大和さんのマンションまで行ってるんだし。
そんな事を考えていたら、少し前向きな気持ちになってきた。
「そう、そうだよね」
ファミレスの化粧室で、二人は顔を見合わせて笑う。
うん、頑張ってみよう。
叶わぬ夢と決めつけて黙っているくらいなら、勇気を出して当たって砕けて、それがたとえ失恋だったとしても、同じ後悔でも後味が違うだろうから。
持つべきものは友だと、改めて感じたあたしだった。




