運命のイタズラ!?
「いいのかな……」
ハンドルを握りながら大地さんが呟く。
「ちゃんと置き手紙してきたし。大丈夫でしょ」
隣の助手席で、あたしは答えた。
あれから、数分後には大和さんも寝息をたてはじめたし、起きるまで一人でボーッとしてても仕方ないし。
最初は待っていようと思ったけど、大和さんの「見せつけてんだよ」発言が脳裏にしっかりと焼き付いてしまって、すっかり取り乱していたあたし。
そこで、勝手に冷蔵庫を開けさせてもらって、あり合わせに簡単なおかずを作って置いてきた。
お風呂に入って寝るだけにしては、何かといろんな食材はあったけど。
そして、大地さんに連絡して迎えに来てもらったという訳なのだ。
「ま、僕にはその方が良いんだけどね」
「え?」
「いやいや、こっちの話」
何となくご機嫌な感じの大地さんだ。
「あ、それよりも」
あたしは話題を変える。
「ん?」
「さっき、レイカさんっていう『綺麗な女の人』が来たんだけど……」
わざと強調して言ってやる。
「あははーっ、ごめんなさい」
あたしに軽く謝ってから、
「僕が事務所に戻ってすぐ、彼女から兄さんに会いたいって連絡があったんだ。で、今日は体調不良で休んでるって言っただけなんだけど……やっぱり行ったんだね、レイカさん」
大地さんは苦笑いした。
「それに、随分と親しそうだったな……」
あたしは車窓を眺めながら独り言のように言う。
「まあね、兄さんとレイカさんは高校と大学で同級生だったから」
「えっ!?」
あたしは大地さんの方を振り返る。
「ちなみに、兄さんは高校は男子校だったけどね」
あのレイカさんの容姿、誰が見ても男には見えないよ。
完璧、女性だよ。
「ホント、美人な同級生だったわ」
そうだ、思い出した。
先日、あたしが部屋の窓から外を眺めていた時に、大和さんと一緒に肩を並べて歩いていた人だ。
お似合いのカップルだって絶賛してたんだけど……まさか、こんなオチだったとは。
「まあ、レイカさんが一方的に兄さんを好きなだけなんだけどね……」
そうよね、って妙に切なく感じたりして。
「で、大和さんは知ってるの?」
何気ないフリをしながら、心臓はドキドキと高まるばかり。
「知ってるよ、大学時代に兄さんに告白したもん」
え、ええーっっ!!
す、すごい勇気だ。
「で?返事は?」
あたしが思わず身を乗り出して聞く。
大地さんは、あたしの反応に少しだけチラリと視線を向けた。
「……」
な、何っ!?
「そんなの、聞かなくても分かるでしょ?」
ま、まあ、そうなんだけど。
気持ちに答える、イコール同性愛って事になるからね。
大和さんは、そういうタイプには見えない。
「は、はあ……一応、気になってしまって」
あたしはしどろもどろになる。
「そんなに気になるなら、直接兄さんに聞けば?」
さっきまでご機嫌だったのに、何だか急に素っ気ない態度の大地さんだ。
「やっぱり聞かなかったことにするわ」
「全く……兄さんが羨ましいよ」
大地さんが溜め息混じりに言うと、車を見慣れた雑居ビルの前に横付けしてくれた。
「着いたよ」
「ありがとう」
あたしは礼を言いながら車を降りた。
兄さんが羨ましいって……どういうことだろう。
でも、ここ最近になって大地さんがあたしに敬語で話さなくなったり、今みたいに感情を表に出すようになった気がする。
それはそれで良いことなんだけど、少し胸騒ぎがするのは何故だろう。
※
大和さんから電話がかかってきたのは、事務所に戻ってから数時間もあとだった。
「陽向さん、兄さんから電話だよ」
どういう訳かは知らないけど、あたし宛の電話を大地さんの携帯にかけたらしい。
あたしは、恐る恐る大地さんの携帯を受け取る。
「も、もしもし?」
『勝手に帰ったりするな。驚いただろうがっ!』
受話器の向こうで、大和さんの怒った声が聞こえてきた。
薬が効いたのか、すっかりいつもの口調になっている。
良かった……心の中でホッとするあたし。
とはいえ、ここは謝るしかない。
「……自分で言っておきながら、すみません」
『まあ、メモ書きと飯があったから、今回だけは大目に見てやるが』
えっ?
「ゆ、許してくれるんですかっ?」
思わず、声も大きくなる。
いつもならお小言があるところなのに、今回はお咎めなしですって!?
『まあな』
「あ、ありがとうございます」
自然とお礼の言葉が出る。
『は?』
「い、いえっ、意外な展開だったものですから」
『意外?何だ、それは』
おおっと!
ヤバイヤバイっ、言葉に気をつけないと。
「な、何でもないですっ、はいっ」
『……まあ、明日に備えて今日は休むが、何かあったら連絡するように。大地にも伝えておいてくれ。じゃあな』
「は、はい」
プツッ。
そこで通話が途切れた。
「大地さん、今日は大和さん休むんですって。何かあったら連絡してって」
あたしは、ソファに座っていた大地さんに携帯を渡しながら言われたことを伝えた。
「……あっそ」
冷めた口調でそれだけ言うと、あたしの手から自分の携帯を受け取る。
えっ?
な、何っ!?この態度……大和さんがいる時と全然違う。
少しだけ、大地さんにドキッとする。
だけど、それは大和さんに対するドキッとは違うものであることは確かである。
「何だよ、陽向さんに用があるなら直接かけりゃあいいのに」
うーん、と両手を上げて伸びをする大地さんだ。
「……それは、あたしも思ったけど」
奥のキッチンへ向かいながら答える。
「全く、見せつけてくれるよな」
ふいに呟いた大地さんの言葉に、あたしは再びドキッとした。
また出たよ、『見せつけてる』発言。
「見せつけて?」
あたしは、コーヒーを作るためにお湯が沸くのを待ちながら聞き返す。
「いや、別に何でもない」
そう答える大地さんの表情は冴えない感じだ。
「そ、そう……」
あたしは、曖昧に相づちを打つしかなかった。
「僕だって、陽向さんのこと……」
ふと、大地さんが小声で言った。
独り言のつもりだったろうけど、二人しかいない静まり返った部屋では、しっかりと聞こえてしまった。
な、何っ?今の意味深発言は。
僕だって陽向さんのこと……その先は分からなかった、というより口をつぐんだ感じだったけれど。
いくらあたしが奥手でモテなくて経験が皆無でも、妄想は得意?だから、その先に何となく期待してしまうというか何というか。
いやいやっ、そんな現実あり得ないわっ!
あたしはブンブンと首を振った。
「はい、コーヒー」
気を取り直し、ホカホカと湯気が立ちのぼるカップを大地さんに手渡す。
「ありがと」
短く礼を言う大地さん。
あたしも、大地さんの向かい側に座ってカフェオレを頂く。
「それよりも、お腹空いてない?」
ふと、大地さんが場の雰囲気を変えるように明るく切り出した。
「あ、そういえば、もうとっくにお昼過ぎてるんだ」
あたしも、壁の時計を見ながら答える。
どうしようかな、と考えていると、
「ここで、またお弁当っていうのも何だし。外でご飯でも食べに行かない?」
大地さんが名案とでもいうように、ポンと手を打った。
「うーん……そうね。たまには気分転換にいいかも」
あたしもその名案に乗った。
「そうと決まれば、早速行こうっ」
大地さんは、熱いコーヒーをグビッと飲むと立ち上がった。
「え、ええっ!?ま、待ってよー」
あたしも慌てて飲もうとするけど、所詮、猫舌には壮絶すぎる熱さだ。
「あっ、熱っ!」
「あははっ、そんな無茶するからだよ。とりあえず置いといて、戻ってきてからまた飲めばいいんじゃない?」
あ、そっか。
あたしってバカだね。
キッチンの上にある棚からラップを取り出して蓋をする。
「陽向さーん!行くよーっ」
大地さんは早くもドアを開けて、あたしに手招きしている。
い、行くって何処へ?
あの様子だと、目的地は決まっている感じだ。
ま、いっか。
「はいはい、今行くから待って」
あたしは、二人分のカップを急いで片付けるとドアへ向かって急いだ。




