合コンでドッキリ!~募る想い編~
「はあー、今夜は楽しかった!」
茜がスッキリとした表情で言った。
「うん、良かった」
真衣先輩もご機嫌だ。
「あれ?まるでお開きのような言い方じゃない?」
橋本さんが物足りなさそうに呟く。
「二次会は当たり前だろ」
小林さんも後に続く。
二人とも、あれだけビールを飲んだのに全く変化がない。むしろ、さらにテンションが高くなったような気さえする。
午後九時を過ぎ、あたし達が居酒屋を出た時の様子である。
「ぼ、僕はさすがに……」
真面目な寺田さんは、少し顔色がすぐれないようだ。
お酒が強くないのに無理して飲んだのかもね。
その気持ちは分からないでもないけど、あたしみたいにアルコールが苦手だと言って控えれば良かったのに。
「そうだよな、誠はいつもより飲んだ方だったな」
小林さんが寺田さんの肩を軽く叩く。
「そうなんですか?」
あたしが聞くと、寺田さんは少し照れたように頷いた。
「はい。合コ……女性の方とこういう場を共にする機会がなかったもので」
真面目な人なんだな。
とはいえ、あたしも明日から平日と同じように早いし。
このままいくと二次会、さらには三次会と進みそうな勢いだ。
「誠君は仕方ないとしても、あとの皆の予定は?」
橋本さんがぐるりと見渡しながら聞いてきた。
「俺は全然問題無いぞ」
と小林さん。
「私も大丈夫っ!」
茜も右手を上げてアピールしたかと思えば、さり気なく橋本さんに近付いていたりする。
そういえばこの二人、途中でいい感じになってたもんね。
「私もいいかな」
真衣先輩も結局は乗り気だ。
その証拠に、先輩は小林さんが気になっているんだろうなと思わせる仕草が……さっきからチラ見している事をあたしは知っている。
当の小林さんは分からないけど。
「……あたしは、明日の朝早いんでそろそろ……」
と言葉を濁すあたし。
「えーっ!そろそろって、まだ九時過ぎたところじゃん」
茜が驚いたように言う。
そうなんだけど、あたしは気になっていたことをどうしても確認したかった。
「……ごめんなさい。明日の朝早い電車で実家に帰らないといけなくて……」
咄嗟に嘘をついた。
「え?そうだったの?」
素直に受け入れた真衣先輩。
実家が離れてて良かったと、この時ばかりは感謝する。
「は、はい。それに準備もまだで……」
こうなったら意地でも突き通さなければ。
「あ、そっかー。私が無理をお願いしたんだっけ」
ちょっと申し訳無さそうな顔の茜。
「ううんっ、そんなことないよ。楽しかったし」
あたしは慌てて答える。
「そっかー、それなら仕方ないよね。じゃあ、僕達四人で行こうか」
ホッ……何とか信じてもらえて良かった。
この埋め合わせは、いつか必ずするから。
「皆さん、気をつけて」
寺田さんが見送る。
「このあとも楽しんできてね」
あたしも皆に向かって手を振る。
「また、連休明けに会おうねー」
ご機嫌な茜の言葉に笑顔で返しながら、あたしは次なる行動に胸が高鳴っているのを感じていた。
※
「さて、と。寺田さん、大丈夫ですか?」
気になって聞いてみると、
「はい、ゆっくり帰れば問題ありませんから」
そう答えると、駅の方へ足を向ける寺田さん。
その背中に、何となく哀愁を感じてしまうのはあたしだけだろうか。
気にはなるが、そうのんびりもしていられない。
杜弥さんと同席していた男性の確認をするという大事な任務があるのだ。
……なんて、ただの好奇心なんだけど。
あたし達が楽しんでいる途中もお店を出た感じはなかったし、今も姿を見せていないから多分、まだ中にいるという事は自ずと予想がつく。
店員さんには忘れ物したかもと言って、また入ってみよう。
よしっ!
ガラッ。
「いらっしゃいませー。今はあいにく満席で……」
さっきとは別の店員さんが対応してくれる。
「あ、いえ。先程まで奥の個室で食事していたんですけど、忘れ物をしたような気がして戻って来たんです」
再び、咄嗟の嘘をつく。
少しだけ罪の意識を感じたりして。
「あー、どうぞ。今ならまだそのままですから」
あたしは店員さんに軽く頭を下げて店の奥へ向かう。
うん、やっぱり二人分の男物の靴が置いてあった。
我ながら自分の行動にドキドキする。
とりあえず振りだけでもしなくちゃ、という訳で手前の襖を開けた。
うーん……無いわね。
そりゃそうだけど。
で、次が問題だ。
店員さんならともかく、元客のあたしが突然入るのはどうかと思うし。
ヤバい、そこまでは考えてなかった。
だけど、逆にここまで来て今更帰るのもなー……なんて悩んでいたら、ふいに隣の個室との仕切りである襖が開いた。
「すみませーん……て、あれっ?」
茜のお兄さんである杜弥さんが、あたしに声を掛けてきた。
そっか、さっきあたしがここに入った音で片付けに来た店員さんかと思ったのかも。
「す、すみません。ちょっと忘れ物を取りに……」
しかし、これはまたとないチャンスだっ!
あたしはすかさず、だけどそれとなく杜弥さんのいる個室の中をチラリと見る。
ふむ、やはりまだいるようだ。
「……どうしたんだ?杜弥」
えっ!?
こちらに背中を向けたまま、杜弥さんに声をかける人物。
あたしが二時間以上前から気になって仕方がなかったその声の主は、ゆっくりと後ろを振り返った。
「!!」
聞き覚えのある低い声、見覚えのありすぎるこの顔。
ま、まさか、こんな場所で会うなんて……。
「や、大和さんっ!?」
思わず名前を呼んでしまって、慌てて両手で口を押さえるあたし。
ていうか、最早手遅れなんだけど。
「え?二人は知り合い?」
杜弥さんが驚いたように、大和さんとあたしの顔を交互に見ている。
「あー……」
明らかに迷惑そうに眉をひそめる大和さん。
「えーと、確か君は茜と同期の……」
杜弥さんが言いかけて、
「は、はいっ。加納陽向ですっ」
あたしは、また自己紹介のように頭を下げた。
「何で戻ってきた」
大和さんが渋い顔で吐き捨てるように言った。
バレたのが余程嫌だったらしい。
あたしは少しムッとする。
「おいおいっ、大和はいつの間にこんな可愛い彼女と……」
杜弥さんが言いかけた時、
「誤解するなっ」
何故か厳しい口調で遮る大和さん。
知られたらヤバいような関係じゃないと思うんだけど。
もしかして、週末便利屋を知らないとか?
「誤解?僕はまだ何も言っていないが」
杜弥さんも余裕の笑みでサラリとかわす。
そんな二人の会話に挟まれて、あたしはハラハラしてしまう。
「……ったく。こいつは、先月から便利屋の留守番役になった子だ」
そう答えると、コップに入っているビールをグビリと一気に飲み干した。
「ああ、そうだったんだ」
杜弥さんが納得したように頷いている。
何だ、知ってるなら別に怒るような事じゃないのに。
「それで、忘れ物は見つかった?」
ふと思い出したように聞かれて、
「は、はいっ、お陰様で」
あたしは、持っていたバッグをポンと叩いた。
うーむ……ここはもう帰るべきだよね。
忘れ物?も取りにきたし、杜弥さんと同席していた人の確認も出来た。
「……」
あたしの好奇心からきた任務も終わったのに、もう次には素直に帰るのが惜しいと感じている。
「あ、そうだ。確か、お兄さんは顔合わせが済んだら帰るって茜から聞いてたんですけど、大丈夫なんですか?」
「ん?そうしようと思っていたんだけどね、隣の雰囲気があまりにも楽しそうだったんで、最後まで残ってしまったという訳だ」
杜弥さんは、ばつが悪そうに後頭部に手を当てて笑った。
「……ところで、お二人はどういう関係なんですか?」
わざとらしく聞いてみたりして。
「そっか、まだ教えてなかったね。要するに、さっきの三人と大和と僕は会社の同僚なんだ」
やっぱり。
じゃあ、その五人が茜の話していた強者揃いの社員ということになる。
「なるほど……」
あたしがコクコクと頷いていると、
「おいっ、余計な事を考えてるんじゃないだろうな」
すかさず大和さんに突っ込まれる。
「あははー……」
早くもお見通しってやつですかい?旦那。
「何だか、良い感じのコンビじゃないか」
杜弥さんが何気に呟いた言葉に、あたしの心臓が過敏に反応した。
たちまちドキドキが早くなる。
良い感じのコンビ?
そう見える?
そんなあたしに対して大和さんは、
「いい加減な事を言うな、杜弥。俺は迷惑だ」
と言い切った。
ズキン。
あたしの心の中に芽生えかけた気持ちが、とたんにかき消された瞬間だった。
そして、何とも言えない沈黙が流れる。
「悪い……俺、もう帰るわ」
ふと沈黙を破った大和さんが立ち上がる。
「あ、ああ……」
こっちに視線を向ける事もなく、無表情で杜弥さんとあたしの横を通り過ぎると、そのまま個室を後にした。
なっ、何で!?
そんなに迷惑だったら、今まで優しい言葉を掛けてくれたり、笑ってくれたり、ご飯を食べてくれたりしたのは何故?
あたしがあまりにも強引だったから?
その否定は出来ないけど、大和さんだって強くは拒否しなかったじゃない。
分からないよ……。
気付いた時には、あたしの目から涙が溢れ出していた。
「……君の中では、あいつの存在が大きいんだね」
杜弥さんが、あたしの頭を優しく撫でてくれる。
「うーむ。僕が思うに、あいつも悪い気はしていない筈なんだけどな」
あたしは、涙でぐしゃぐしゃになった顔で杜弥さんを見上げる。
「……見ての通りのひねくれ者だから素直になれないんだな、きっと」
ええっ!?そ、それって、まさか。
「でも僕の妹と同期ってことは……」
「23、です」
「まあ、少し年が離れているのも気にしてるんじゃないのかな」
このご時世に、年の差なんて関係ないのに。
「あ、あたしはっ、気になりませんっ……」
「そのうち気付くだろうからさ、君さえ良かったら気長に待ってあげてよ」
杜弥さんは、どうしてそう断言出来るんだろう。
「ん?何で分かるのかって?」
まるであたしの考えていることが分かっているかのように言う。
「ふふっ。これ、教えていいのかな?」
勿体ぶる杜弥さん。
「な、何ですかっ?」
ついさっきまでの落ち込みは何処へやら、思わず身を乗り出すあたし。
「……本人もいないし教えてあげよっか。その代わり、大和には内緒にしてくれる?」
あたしは首を何度も縦に振る。
週末便利屋以外の平日の大和さん情報が皆無なあたしにとっては、またとない貴重な収穫源だ。
「実はね、隣の部屋でのやり取りを聞いていたら、何故か誰かさんの声の時だけ反応していたんだよな……今思い出してみると、その相手は君だったかもしれない」
「ええっ!?」
「他のメンバーと少し遅れた反応の時なんか楽しそうに聞いてたし。あと、テーブルに肘をついて煙草を吸っていた時に、突然君の大きな声が聞こえたんだ。そしたら、ついてた肘の姿勢が崩れて、そのままテーブルに頭をぶつけたんだ」
あの時、隣から聞こえた物音って……大和さんがテーブルに頭をぶつけた音だったんだ。
そうだとしたら……あたし、期待しちゃうかも。
「今夜は、あいつの新たな一面が見れて僕も楽しかったよ」
それは素直に喜ぶべきなんだろうか。
「君に出会ってから、あいつは確実に変わってきているよ。まあ、あの性格だからすぐには変わらないと思うが」
そこまで言って、フッと笑みをこぼす杜弥さん。
「そうでしょうか……」
「僕は、そう思うよ」
まだ出会ってから日は浅いけど、その変化にあたしが少しでも関わっているのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。
今夜は変な別れ方をしてしまったけれど、明日からは杜弥さんの言葉を信じて頑張れるかも……恋愛に少しだけ前向きになってきたかなと感じる今日この頃のあたしだった。




