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七天使は楽園を離れて

協会は反乱逃亡したたかまの即時撃沈をディープ・ガーディアン艦隊に要求しました

 たかま反乱逃亡から僅か二時間。ルート・オルタ諸島中心にあるエデン島シースラット・スポール本部は混沌を極めていた。たかが一隻に一時間にも満たない時間で完敗されたという事実が、SSS選手達のプライドをズダズダに引き裂いて泣きじゃくらせていたからだ。元々生放送であったので隠し様が無く全メディアも実況者達も、シースラット・スポール協会から都合良い台本も貰えずそのまま流すしかなく。おまけに六女神全員は重傷かつ気絶中で集中治療が必要と来ていた。六女神達以外の選手は怪我一つも無かったのは幸運と言えた。



「ディープ・ガーディアン艦隊に命じます! あの反逆者を即時撃沈しなさい!」



 シースラット・スポール協会のシンボルマークである『鳴り響く膨らんだ鐘』の紋章の下で。白髪と銀眼鏡をつけた六十代女性会長の『イヴ・クロエ』が机を叩き、青筋を浮かべマイクに向かって吠えた。


 マイクの先にいるのは『ディープ・ガーディアン』。シースラット・スポール協会がオルタニウム防衛の為に国連承認の男性のみの原潜艦隊である。一番艦『ミカエル』を筆頭に他原潜『ガブリエル』、原潜『ラファエル』、原潜『ウリエル』、原潜『メタトロン』、原潜『ラジエル』、原潜『サンダルフォン』の合計七隻。世界各国から一番最強の『核分裂エンジン』の原子力潜水艦を集めて守護している沈黙艦隊(サイレント・サービス)で、現在集合出来る全艦隊である。


 そう、核分裂エンジン。全艦従来型の原潜だ。低温核融合エンジンは世界でもただ一隻――最新鋭原潜『たかま』だけだった。



「任務を受諾しました。しかし……」



 刹那。マイクの向こうから声が返り、くたびれた土色の髪を短くした無精髭の四十代男性の姿がディスプレイに映る。名前はアメリカ合衆国出身のマイクル・リードン。ディープ・ガーディアンの一番艦『ミカエル』の艦長だ。



「しかし何ですか?」



 マイクルに対し繁華街に撒かれた吐瀉物を避ける様な一瞥と有無を言わせない圧力を向けるイヴに、



「あの原子力潜水艦たかまを即時撃沈はほぼ不可能ですよ」



 見ない振りをしてマイクルはたかまのスペックシートを取り出して会話を続ける。そこにはイヴには見えないがたかまの公開データが記されている。


 ・原子力潜水艦たかま。


 ・世界初のオルタニウムを利用した海水を燃料に動く低温核融合エンジン搭載戦略攻撃型原潜。


 ・魚雷及び対艦対地ミサイル全二百本搭載可能。大陸間弾道ミサイル(ICBM)十二基と艦首魚雷発射管六門に艦尾魚雷発射管四門。浅海なら電子戦も可能。そして最大の武器であり防具でもある逆波形音波迷彩システム『蜃気楼』搭載。


 ・可潜深度は千メートル。海面浮上状態から千メートルまでに要する急速潜航速度は四分弱、通常速度から最大速度に達する時間は四十秒未満で最大戦速は『六十五ノット』。エンジン完全停止状態から一分未満で全機能を発揮出来きるエネルギーロス最低限の常温超電導配線に乗員のリフレッシュ機能及び短時間回復の睡眠設備。機動力は攻撃型原潜と同じかそれ以上――


 それだけでも絶望的な性能だが、何と言っても艦長が問題であるとマイクル・リードンがちらりとスペックシートの右上に目を移す。そこには十六歳の黒髪に中性的な見た目をした少年の写真が貼付されている。


 黒瀬龍太郎艦長。立場は海上自衛隊の『海佐』。十歳の時から六年間ずっと艦長としてディープ・ガーディアン日本所属艦として活躍してきた最強の少年艦長。常に戦略的、戦術的にも祖国を含め協会の立場が危うくならない様に戦ってきた少年で、資源分配や国際的にも相手に付け入る隙を与えなかった艦長だ。最近の発展途上国の海賊を装った盗掘騒動でもそうだ。彼はたかまの性能を使い彼らを迷わせ盗掘の証拠を国連に掴ませる事で国際世論を動かしてしばらく退けた。そして今回のシースラット・スポール最強艦隊の全滅戦もそうだ。残されたデータではたかま側は無弾頭の魚雷と対艦ミサイル総数三十発で四十隻の艦隊を大破、撃沈まで死者ゼロで追い詰めた。重傷者は六女神のみで他は軽傷者が出たがそれは自分達が起こした事故だけで彼らが意図的に怪我を負わせたりはしていない。そして競技中に実弾使用という混乱を利用して協会の会員を全て本部ビルから移動させ。空になった建物のみに無弾頭ミサイル命中に留め、更にたかま自身がジャッジをしていた事から他ディープ・ガーディアン艦隊の介入を遅らせた。まさしく『奇跡』と呼べる作戦である。


 不世出の天才、黒瀬龍太郎艦長はそう評価されている。そしてもう一人、埋もれがちだが双子の弟である黒瀬虎次郎も見捨てられない。何故なら黒瀬龍太郎の常人離れの作戦を完璧に遂行出来る操艦技術の持ち主だからだ。マイクルと黒瀬兄弟、国籍は違うし歳は親子程離れてはいるが同じサブマリナーで親友同士、そして信頼出来る存在だと思っていた。あの兄弟及び黒瀬龍太郎艦長が育てた乗員達が率いている原子力潜水艦たかまの即時撃沈要請は机上の空論どころか不可能である。それが現場でまざまざと腕を見せられてきたディープ・ガーディアン全員の総評だ。



「不可能とは何ですか不可能とは!! 貴方方劣等種は言い訳ばかり!! 昔から女性の権利を虐げて生きてきたのですから罪悪感が少しでも有れば我々の願いを聞きなさいっっ!!」



 金属同士の摩擦音みたいな声で叫ぶイヴ・クロエに、



「落ち着いて下さい会長。我々とて脱走艦を見過ごす訳にはいきません。しかし確実性を増す為に戦力や作戦を整えたいのです」



 圧潰寸前の艦体みたいな精神で必死に説得を試みるマイクルだ。顔の汗もさる事ながら声にも疲弊が滲んでいた。



「マイクル艦長の言う通りだ。たかまを追い詰めて即時撃沈するには戦力と火力を集中させ逐次投入する必要がある。機雷を敷設したり対潜網や海底ソナーから現在位置を特定し追い込み、万全の布陣した戦場で対潜戦闘をせねばなるまい」



 マイクルに割り込んで、うっすらと白髪が混じる黒髪の筋骨逞しいロシアのセルゲイ大佐が隣のディスプレイに映り作戦を述べる。彼もまたディープ・ガーディアンのガブリエル艦長を勤める最高峰のサブマリナーである。



「国連も動かして戦力投入や各国に通達してドックも封鎖して追い詰めないと勝てません。あれ一隻で一国の海軍に相当しますから」



 ウリエル艦長でしっかりした身なりと切れ長な黒目の中国の周大佐もディスプレイに映りながら提案をする。それは事実だからだ。あの原潜と艦長に戦いを挑むには万全の戦場と万全の戦力が無いと互角には持ち込めない。そう熟知しているのだ。



「問題はたかまに搭載されている大陸間弾道ミサイルだ。あれの発射だけはさせない様に補給線を絶ちながら強制浮上に追い込まねばなりません。そうでなければ国際的に協会が更に要らない悪評を招くでしょう」



 新しいディスプレイにラジエル艦長を勤めるイギリスのホレーショ大佐も薄い金髪の下に陰を忍ばせつつ慎重に戦術を練る。ここは一番難しい所だと誰もが頷き合う。たかまを即時撃沈するには大陸間弾道ミサイルを発射させない様に補給線を絶ちつつ乗員に圧迫をかけなければならないという、凄まじい無理難題である。



「何とかたかまを深度千メートルに潜れない浅海に追い込みをかけるか――」


「だが浅海だと電子戦能力が問題になる。こちらもAIのアルゴリズムをしっかり変え対電子戦対策を図るべきだろう――」


「国際法的にも国連や主要国に話を通して機雷敷設許可と戦力派遣を――」


「だが今回の黒瀬龍太郎艦長の一件、反乱逃亡以外は国際法から指名手配の処罰は難しいかと――」




 ディープ・ガーディアンは海図を見ながら戦略と戦術、戦場を真剣に会議し合う。彼らは凄まじい最新鋭原潜を相手に出来うる限り無い成功率を上げようと必死だった。


 それが端から見たら言い訳して逃げようとしていた様に見えたのだろう。わなわなと肩を振るわせたイヴ・クロエが思い切り机を殴り、



「見苦しい言い訳するな! 男なら正面から堂々と死んで来い!! 今まで女性を蔑んで来たんだから劣等種として潔く沈んでしまえっっ!!」



 怒りに身を任せた命令を下す。


 刹那、ディープ・ガーディアン全員の声が止まった。



「……今、何と仰いましたか?」



 ゆっくりとあらん限りの怒気を込めて。マイクル達がイヴに顔を向ける。



「何ですか?! これだから劣等種は……!! ならもう一度――いえ何度でも言いましょう!! 男なら正面から堂々と死んで来い!! 今まで女性を蔑んで来たんだから劣等種として潔く沈んでしまえ、です!! 劣等種なら脳内に叩き込みなさいっっ!!」



 自分が何を言っているのか全く気づいていないのか。イヴ・クロエは更に青筋を浮かべて叫ぶ。それに連れてシースラット・スポール選手達も『そーだ! そーだ!』と中指立てたり親指を下に向けて吠え猛る。



「……そこまで仰るなら我々はこの任務を放棄します」



 そんな彼女達に。マイクル・リードンははっきりと言い返した。



「何ですかそんな無責任な!!」



 ヒステリックに叫ぶイヴ・クロエ。



「いや。マイクル艦長の言う通りだ。我々ディープ・ガーディアンはルート・オルタ諸島のオルタニウム採掘権を守る部隊だ。本来なら守護が任務であり先制攻撃からの撃沈が任務ではない」



 マイクルに乗る形で、セルゲイ大佐が制帽を目深に被る。その態度は「もう貴女方の話は聞かない」という態度がありありと見えた。マイクルも頷くと、



「ディープ・ガーディアン全艦に一番艦ミカエルより通達。反乱原潜たかまの即時撃沈任務を放棄。並びにディープ・ガーディアンのオルタニウム防衛任務もしばらく凍結だ。全艦それぞれの海軍に帰投せよ」



 はっきりとした口調で任務を告げた。



『了解』



 誰一人としてその任務に異を唱えず頷き準備し始めた。



「ちょっ、ちょっと待ちなさい!! 貴男方劣等種は人権有った時代から散々私達女性を虐げて来たのでしょう?! なら今が贖罪の時ではありませんか?!」



 顔を真っ赤にして怒鳴るイヴ・クロエに、



「それは何千年前のお話ですか? 今は石器時代じゃないのですが」



 ホレーショ大佐はうんざりと呟き全部署に停戦及び帰投命令を下した。



「貴様ら……! 女性が居なければ糞しか産めない劣等種の分際で女性様に逆らうなっっ!!」


「なるほどそうですか。だが貴女方も男が居ないと糞しか産めないのですがね」



 まだ喚くイヴ・クロエに顔を背けて。周大佐も制帽を被り直して同じ命令を下す。その態度は如実に『命令を受けるつもりは無い』と告げていた。



「恐がっているのですか? あの劣等種が率いるたかま如きを?」



 平然となじるイヴ・クロエに、



「もちろんです。相手はたかまですからね。恐れて無いなら貴女方が撃沈して下さい。四十隻容易く叩き潰されてまだ分からないのですか」



 マイクルはうんざりと冷めた眼差しで告げる。ディープ・ガーディアン艦隊指揮官も皆、同じ眼差しだった。



『今日をもってディープ・ガーディアンはルート・オルタ諸島警備を離れ任務を放棄します。無駄な犠牲は出せません』



 そして全員がイヴ・クロエにそう宣言すると。ディスプレイから消えた。イヴが慌てて回線を繋げようとするも既に閉じられているのか繋がらない。



「あの…臆病なクソオス風情が!!」



 マイクを画面に叩きつけるイヴ。しかしもう、その声を聞く者達は居ない。ディスプレイは無情な色だけを映しているばかりだ。


◇◇◇


 ルート・オルタ諸島警備の任務を離れた原潜達はそれぞれ祖国を目指して浮上航行中であった。潜水艦としてはあまり見ない潜航ではなく浮上航行。それはこの世界にディープ・ガーディアン全艦隊はオルタニウム防衛任務を放棄したとアピールする為だ。


 波飛沫を艦首で砕きながら進むミカエルの艦橋(セイル)にマイクルが立つ。その姿は疲労が見られるものの憑き物が取れた様に晴れやかだった。風を受け穏やかな輝きの双眸で南太平洋の夏空を仰ぐ。



「中々良い顔しとるな、マイクル大佐」



 マイクルと同じくガブリエル艦橋に立つセルゲイ大佐。彼の顔もまた、爽やかな物だった。



「いや。やっとあの口うるさい連中から解放されたと思うと喜びがありましてね」


「はは、違いない。私もそうだし周大佐もホレーショ大佐もそうだろう?」



 促すセルゲイ大佐の先には同じく艦橋に立つ周大佐とホレーショ大佐が居た。二人もまた、胃痛を抑えた様な微笑みを返す。皆この任務にはうんざりしていたのだ。特にシースラット・スポール関係者は傲慢で感謝を知らない。『男性なんか私達の為に生きろ』と言わんばかりの態度は常に自分達サブマリナーの誇りを踏みにじって来た。それから解放されたのが清々しいのである。



「唯一無二の救いは。生まれて初めて国の立場を超えた超国家軍として世界最高峰のサブマリナー達と肩を並べられた事ですかね」



 艦橋で周大佐が海風をなびかせ全員に微笑んだ。



「だな。俺達は今まで祖国の為の軍事力だったがディープ・ガーディアン艦隊所属になったお陰で国を超えた最高峰のサブマリナー達と肩を並べて任務を遂行出来た。そこだけは唯一感謝せねばな」



 笑って答えるマイクル大佐に、


「これからは性能の悪い追尾機雷達の顔色を窺わなくても良いと思うと珈琲が旨いな。胃に穴が空かなくて済むよ」



 ホレーショ大佐がふっ……と洩らす。その呟きに一同が笑った。



「さて。これから諸君らはどこへ向かう? 私はたかまの事を伝えに太平洋艦隊ドックに入港許可を申請する」



 マイクルは太平洋に、



「私は新ウラジオストクに戻る。たかま以外の任務はうんざりだ。補給申請の休暇で乗員達とウォッカを呑んでいるよ」



 セルゲイは祖国ロシアに、



「一旦ドック申請出して国からの判断を待ちますよ」



 周は太平洋を縦断して中国に、



「私も補給だ。珈琲が美味しくなれる様に胃薬が飲みつつ全乗員に補給休暇を与えよう」



 ホレーショはイギリスに針路を決めた。



「では決まりだ。全艦秘匿回線で告げるぞ。『我々ディープ・ガーディアン艦隊はルート・オルタ諸島オルタニウム防衛任務を放棄! 各軍港目指して航行中。ドックを用意したし!』」



 マイクルを筆頭に。全員が各々の国に宣言を流すと潜航を開始する。深度二百まで潜るとそのまま各国軍港へと針路を向けた。もう彼らは二度とルート・オルタ諸島警備に戻るつもりは無かった。各々の海を進む姿に今までの重荷は見られない。鋼鉄の七天使は望む先へと航海していった。


 この日自らの舌禍で、シースラット・スポール協会は最大の戦力を失ったのだった。

ここまで読んでいただいて誠にありがとうございます。また続きを書きますね

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