反旗を掲げて
戦いが始まり、そして終わりました
試合開始の合図が響いた瞬間。先制攻撃を放ったのはレイカの戦艦『大和』だった。AI制御による四十六ミリ三連主砲の一撃で浮上中のたかま外殻を攻撃し撃沈マークを与える作戦だ。パトラの潜水艦『アラァ』も即座に潜航、発射管に魚雷を装填する。マリアも『ブラックホライズン』のAIに指示、対潜作戦用の無人ヘリの発艦を開始。アイシャの『シャルリ・エルドラド』も対潜ヘリの準備と他フリゲート艦とリンクを開始。アーリャの『ブリャーチャ』も他艦隊とデータリンク、ヨーコの『ティエン』もミサイルを全弾装填し追撃体勢を取る。
しかしたかまは即座に潜航。砲弾の一撃を躱す。着水した競技用の疑似砲弾はしょぼい水飛沫を上げただけに終わる。
「――?!」
レイカは一瞬目を疑い、AI 制御のレーダーとソナーコンソールを確認する。ソナーには『たかまはエンジンを始動。五十秒で全機能を発揮して深度百まで潜航した模様』と出ていた。
「何よこの性能?! 速過ぎでしょ?! 『ピエニ・エンケリ』! あのクソガキ劣等種を追跡しなさい!!」
レイカがコンソール画面を拳で思い切り叩いて制御AIに命令をした。『了解、すぐにたかまを追跡します』と大和の戦闘航行制御AI『ピエニ・エンケリ』が怒りも出さず無機質に返信。アルゴリズムに従ってたかまのパターンを予測する。
だがその瞬間、警報音が鳴り響く。慌ててレイカが戦術コンソール画面を見やると『旗艦大和の円陣方位3-4-0の親衛隊『梅組』の旗艦艦首に魚雷命中。無弾頭だがソナードームを突き破り破壊痕から浸水。航行不能』と出た。
「ちょっちょっと待ちなさい! 実弾命中はルール違反でしょ?!」
冷や汗まみれで青ざめるレイカ。敗北よりもっと恐ろしい何かに感情の神経を絡み取られ、胃の中が逆流して気絶しそうだ。しかし自分は世界最強の競技者にして大和撫子の鑑。無様は見せられない。レイカはコンソールを叩いて魚雷発射の命令をAIに下し、
「梅組全員対潜作戦用意! ヘリを上げなさい! あのルール違反してる劣等種クソガキを全力で索敵しなさい!! 大和も対潜魚雷装填!!」
と。視界が霞む中でAIコンソールから出力された作戦をそのまま親衛隊に命令した瞬間。梅組もう一隻の艦首に魚雷が命中。艦底を突き破り航行不能へと持ち込んでいた。最初の一隻は既に喫水が甲板まで近づいている。沈没は時間の問題だろう。泣きじゃくりながら脱出ボートに乗船しているシースラット・スポール選手を横目にレイカは目眩のする眼差しでよろけつつ海面を睨んでいた。
◇◇◇
いきなり実弾の魚雷が飛んできた事に。マリアは大きく動揺し、額に汗をかいて驚愕しながらも『ブラック・ホライズン』の戦闘AIである『チェイン・ボール』に「対潜作戦を急ぎなサイ!!」と命令を下す。
しかし異変はもう起こっていた。何と発艦システムがダウンしたのだ。
「ホワイ?! 何故動かない?!」
コンソールを力任せに叩くマリア。しかし戦術AIは沈黙したままだ。
マリアは知らなかった。たかまは潜航する瞬間に艦載機とブラック・ホライズンのデータリンク命令に割り込み一次的にシステムをダウンさせていたのだ。
「早く復旧シナサイこのポンコツ!! ジャップみたいに役立たないのが腹立ちマース!!」
バンバンと握り拳でコンソール画面を叩くマリア。その時やっと艦載機の一部が発艦準備し始めてほっと安堵した。
「早くあのルール違反したクソガキジャップを捉えてぶち殺しなさい!! 対潜戦闘準備用意!!」
無人AI制御の対潜ヘリが十六機海上に飛び立ち対潜用のソナーブイを射出、着水させた。
「情報を元にAIアルゴリズムで動きを予測シマス!」
自信満々に叫ぶマリア。対潜ヘリから報告を待つ。
『探知不能』
しかし返答はマリアの思考を裏切った。
「ハァぁぁぁああッッ?! 探知不能ぉッッ?! 私達のAIは超高性能だからそんな訳無いでしょ!! さっさと探知に全力を!! それから敵の予想進路を特定しなサイ!! 探知出来ないなら予測して攻撃を叩き込みマス!!」
指ぬきグローブが填められた左手で思い切りコンソールを殴りながらマリアは「爆撃機発艦!」と命令し、何とかシステムダウンしていない艦載機を発艦させる。対潜無人爆撃機と攻撃無人ヘリが飛び立つ。狙いは潜航したたかまだ。予測位置を割り出して特定水域の全水深に模擬弾を全弾叩き込み作戦。マリアにとってはシースラット・スポールのルール違反者に対しては実弾で撃沈したいが搭載してないので仕方がないのが歯噛みする状況だ。
「攻撃よ! あのクソガキジャップを強制浮上させて世界中継で叩いてヤルわッッ!!」
親指を海面に下げながら叫ぶマリア。
だが対潜機達の魚雷は何と味方艦を狙って撃ち始めた。
「マイガ?! 何で味方を?!」
叫ぶマリアに『何でこっち撃つのよ!! あんたまさかあの違反者の味方ぁッッ?!』とリンクしている駆逐艦から連絡が入る。
「違うわよ!! 私の制御じゃない!!」
マリアは必死に弁明しつつ対潜機の制御をしようとする。
そう、六女神は気付いてなかった。たかまは電子戦能力も搭載されており相手のシステムをダウンさせたり狂わせたりする事も出来るのだ。もちろんそれだけでは無い。操作権を奪うプログラムを仕込み発艦機の進路を変更していた。予定進路は海面及び味方艦隊。全部撃墜させつつ同士討ちさせる作戦だった。
「戻りなサイ!! 戻れって言っているのよこのゴミ艦載機!!」
バンバンとコンソールを叩いてヒステリーを起こすマリア。だが無情にも艦載機の制御はたかま側のままだ。
次の瞬間、アラートの電子音がブラック・ホライズン艦橋に鳴り響く。ユニホームを翻したマリアが慌ててレーダーを確認すると『対艦ミサイル二本接近』と出ていた。
「撃墜しなサイ!! あのルール違反でもしないと戦えない貧弱なゴミジャップの脳ミソ如きで私達の戦術は破れマセン!!」
マリアの命令に『了解。撃墜します』とAIが対空機関砲の準備を始める。ミサイルは速いがまだ対処は可能――な、はずだった。
だが対空機関砲は命令を無視してAI無人機の方を向いて撃ち抜いてゆく。そう。既にブラック・ホライズン艦内の兵装は全部たかまのコントロール下に有ったのだ。
迎撃出来ずブラック・ホライズンの格納庫と機関部に無弾頭の対艦ミサイルが激突する。無弾頭とは言え音速超えの塊が突っ込んで来た衝撃は凄まじい。轟音と共に巨大な空母が傾き、電気配線が燃えて火災が発生し始める。
「私のブラック・ホライズンが……!」
マリアは艦載機が発艦不可能になった甲板を艦橋から呆然と見つめ、事態に気づいて嘔吐し昏倒した。これで攻撃空母はただ浮かんで燃えているだけの巨大な金属塊になってしまった。
◇◇◇
海上の阿鼻叫喚は、深度百の海中にもまざまざ伝わっていた。無弾頭魚雷と対艦ミサイルで次々と航行不能に陥り。破壊された艦体の沈降が開始するシースラット・スポール選手の艦の音をソナーで記録しながら、パトラは顔面蒼白で冷や汗をかいていた。実弾使用は禁止の筈だ。それなのにあの劣等種は躊躇いなく使用してきた。その事実を反芻する度に胃の中が逆流してくる。
「劣等種のルール違反者には神の裁きを下さねば…!」
口を覆う薄いヴェールの下でパトラは淡い黒の双眸を細め、頬から顎に伝って流れた冷や汗を床に落とす。その事には気づかずAI制御のソナーコンソールを横目で睨むパトラ。
だがそこには。『探知不能』の文字が無情にも浮かぶ。爆沈はせずともこの沈降だらけの音響だ。すぐには探知は出来まいと、パトラは唇を噛み締める。
「ハンズィール、神の名の元に早く探知しなさい。劣等種の分際で随分と高性能な艦に乗っている事だわ」
パトラは冷酷に戦闘AI『ハンズィール』に命令し、何も無い艦橋前方を睨んだ。まるでそこにたかまが居るかの様な仕草だが、海中を視認出来る筈など無い、単に直感で向いただけだ。ハンズィールからはホログラフィーでターバンを被ったマスコットキャラが現れ『了解しました、パトラ様』と従う。
(……恐らく私達は劣等種の嫉妬心から攻撃を受けているわ。狙いには我が『アラァ』も含まれている筈。海上の連中は囮にしてもあの罪人を仕留めねば)
パトラはアラァを微速五ノットで進ませる。ソナーコンソールのノイズが酷い。海上の沈降は更に進んだ様だ。
(私と互角の癖に洋上艦達の役立たずめ。六女神の名を汚すんじゃないわよ)
パトラは舌打ちして歯噛みする。既に海上には魚雷が疾走り、幾つかの洋上艦の機関部に激突して穴を開けている様だ。
(恐ろしい命中率ね。きっと高性能なAIで予測しているのだわ。ならこちらも沈降音に紛れて魚雷をぶつけてやるまでね)
パトラは戦術を決めると、微速前進で沈んでゆく駆逐艦の脇をすり抜ける。破泡音がソナーを無効化する事にパトラは苛立ちながら、戦術シミュレーションAIに従って魚雷が飛んできた位置から放射線状にたかまの位置特定を急ぐ。パッシブ、アクティブソナーが役立たずとも。魚雷発射の統計予測から敵艦の位置は把握出来る。それに洋上にはまだアイシャの対潜イージス艦『シャルリ・エルドラド』やアーリャのイージス艦『ブリャーチャ』やヨーコのミサイル駆逐艦『ティエン』がある。彼女達の対潜作戦は凄まじい。お互い敵対同士だが今回は頼れるだろう。見栄っ張りなアイシャやスカしている癖にプライドの高いアーリャや血の気が多いヨーコの奴を利用してやれば良いとパトラはほくそ笑む。対潜ブイが着水した音を雑音の中からソナーが捉えた。アクティブソナーを打って探知中だ。洋上から深度百迄はソナー音の嵐だ。
「沈降音に紛れて反響音を洗い出しなさい」
とパトラはソナーコンソール制御AIに命令。AIはアルゴリズムに則り洋上から機関銃の様に放たれるアクティブソナーの反響音をと沈降音をクリアにしながら洗い出し、たかまの位置を特定する。コンソールは『魚雷発射の方向から方位0-8-2に90%の確率でたかま存在』と出る。そこから更に『六女神への魚雷射程距離に接近する為に微速前進している可能性大。進路は0-0-2』と予測が出る。
(ならバックを取る迄ね。それが一番早い)
パトラはそう判断すると。ほぼ真っ直ぐ進んでいるたかまの後ろを取る為、沈降音に紛れ機関を全速にしつつ面舵30度で切り緩やかに旋回を開始。約七分でたかまを射程圏内に捉える軌道を取る。攻撃位置に到着する瞬間に魚雷を装填。魚雷が競技用の物で相手を殺せないのは腹立たしいがここは仕方がないと歯噛みするパトラ。
「探信音、打ちなさい!」
パトラはハンズィールに命令。AIは即座に命令を受諾、アクティブソナーを打つ。音響が海中を震わせ辺りを大まかに浮き彫りにする。
だがアクティブソナーで探知出来たのは。沈降している梅組の駆逐艦と他女神の艦に対潜行動でジグザグに艦艇を動かして撹拌しているシースラット・スポール選手の艦隊に対潜ブイだけだ。たかまの影は探知範囲内のどこにも居ない。反響音は返って来なかった。
ぞくり。パトラの背中に寒気が走り冷や汗が落ちた瞬間、ハンズィールの警告音が鳴り響く。見やるとホログラフィーマスコットが『後方1-7-6の千メートルから魚雷が二本接近中です』と告げて来た。
「あり得ない……、回り込まれていた?!」
見える筈も無いのに感覚で振り返るパトラ。こちらが背後を取る形で追跡していたのに回り込まれているなんてあり得ない。だが現実はこの通り無情だ。パトラはすぐさまAIにたかまの速度計算と回避行動を開始させる。ハンズィールの命令に従い即座に回避行動を開始するアラァ。同時に計算結果も出る。
『旋回能力が攻撃型潜水艦と同じだと判断、たかまの最高速度は六十五ノットだと推定される』
と。
「ろ、六十五ノット?! 戦略型原潜でしょあれ!!」
その算出結果にパトラは愕然とした。たかまは確か大陸間弾道ミサイルを十二基搭載した戦略型原潜だと聞いていた。本来そこまで機敏な動きは出来ない筈である。
『たかまは攻撃型原潜、戦略型原潜の特長を融合させた特殊原潜です』
しかしハンズィールは慌てた映像プログラムで無情にもたかまのスペックを告げてくる。
「黙ってなさいこのポンコツAI! アラァ、機関全速! 回避行動よ!!」
そういうプログラムをした張本人の癖にパトラはAIを罵り回避行動に走る。面舵を切りながら全速前進、魚雷を引き付ける。
(恐らくアラァの音紋にセットしている筈、なら機関全速で追跡させて囮魚雷発射。更に攻撃位置を取って反撃よ!)
パトラはそう判断するとアラァを全速にして右旋回しながら逃げる。魚雷はアラァの動きに合わせて突入角度を変えたのをソナーが捉える。やはり音響セットだとパトラは確信した。
「囮魚雷と競技用魚雷装填! 後二分全速で回頭、あの劣等種を倒すのよ!!」
AIに命令するパトラに対し応えるアラァ。二分後に回頭及び位置取りが終わりエンジンを完全停止。アラァは囮魚雷を発射した。海中をアラァの音紋を放つ魚雷が走る。
「ピンガー打ちなさい!」
たかまの位置特定の為に探信音を打つパトラ。
しかし、たかまはもう魚雷発射位置に居なかった。
「――え?!」
慌ててパトラがソナーを見るとそこには『たかまは現在本艦の二千メートル真横を通過中』と出ていた。
(何でこの劣等種、私が存在しない様な動きを取るの?! 私は回頭すればすぐにでも攻撃出来るのに――)
そこまで考えたパトラに天啓が走る。
「まさかあの魚雷、音響セットじゃなくてプログラムされた――」
全身がぐしょ濡れになる位の汗をかいてソナーを見ると。たかまから放たれた魚雷は囮を追わずまっすぐこちらに向かって来ていた。
「機関始動! 全速前進!! それから魚雷も撃ちなさいッッ!!」
『無理です。回避する前に魚雷が来ます』
「黙ってろこのゴミAI!!」
AIの冷静な判断に怒髪天を突く勢いで激怒するパトラ。もうそこには神秘の美少女の面影は無い。ただ生存欲求に縋る生物の顔だった。
だがAIの判断通り。たかまから放たれた魚雷は吸い込まれる様にアラァの魚雷発射システムとスクリューに激突する。やはり無弾頭だ。爆発はしない。だが魚雷がスクリューを大破させ、魚雷発射管から浸水が開始。アラァは攻撃も航行も不可能になってしまう。
敗北をまざまざ味わったパトラはへたり込み、その場で失禁してしまった。
◇◇◇
深海のパトラが航行不能に陥った時。海上はすでに阿鼻叫喚だった。捕捉不能のたかまから次々と対艦ミサイルと魚雷が飛んで一撃で撃沈されるからだ。無弾頭とはいえ狙いは機関部や兵装等の誘爆させつつ撃沈を容易に導く急所。じわじわと削られていっていた。
「くそ…実弾は禁止でしょこの劣等種!!」
また一隻撃沈されたのを確認し、アイシャは蒼白の顔でAI『ギョテーヌ・プリンセス』のコンソールを睨みつけて呻く。シャルリ・エルドラド含め全艦総力を上げて対潜作戦を行っているがたかまはアクティブ・ソナーに掠りもしない。
「アーリャ! あんたの対潜ブイは?! あの劣等種の反応有るッッ?!」
無線通信でアーリャに叫ぶアイシャの顔には欧州美人と六女神の気高い面影は無い。ただ恐怖に支配されたちっぽけな小娘だった。
「こちらも索敵中よ。見つからないわ……!」
対するアーリャも。凍てついた美貌を無にして恐怖と屈辱を顕にブリャーチャの戦闘AI『チューカ』に命令を下していたが……結果は芳しくは無い様だ。
「アーリャ! あんたいつも私と張り合ってるんだからさっさと見つけなさいこのポンコツ!」
「何よッッ!! アイシャは対潜イージス艦でサブマリン・ハント専門装備でしょ?! あんたが劣等種を探知出来ないなんてとんだお笑い草じゃないッッ!!」
六女神の稀有な美貌もスポーツマンシップの誇りも何処へやら。口汚く互いに罵り合う二人だ。
そんな中ヨーコが動きを見せた。ティエンのAI『ターワンへルター・ヘネー』が作動して対艦ミサイルから対潜魚雷に全管換装し始めたのだ。攻撃の意図は海中のたかまだというのは明白だ。
「ちょっと! あんた何抜け駆けしようとしてるのよ!! 捕捉したならこっちにデータリンクしなさいよ!!」
無線に叫ぶアイシャに、
「こんなの早い者勝ちよ。ティエン、魚雷発射!! あの小日本の劣等種を強制浮上させるまで追い立てなさい!! そしたらミサイル総攻撃よ!!」
ヨーコは聞く耳持たずに二十発の魚雷を海中に叩き込む。着水した瞬間魚雷はたかまの予想深度の全てで非殺傷の衝撃波を巻き起こす。これなら大概の潜水艦は撃沈扱いになり強制浮上になるはず……
――なるはず。だった。
だがたかまはこの局面で水深二百メートルから五百メートルまで一分数秒で急速潜航、海底面を這う様にそのまま最大戦速六十五ノットで衝撃波の海域を躱してティエンの横をすり抜けてゆく。艦体には撃沈マークは付かなかった。
「な――?! ちょっと素早過ぎでしょあの小日本の原潜!! 弱小島国の分際で生意気な!!」
ヨーコは苛立ち更に魚雷を二本高速装填。追撃準備をティエンAIに急がせる。
だがたかまはそれより速く。艦尾から対艦ミサイル二発、魚雷を二発発射した。
「ち! あいつそう言えば戦略原潜だったわね。忘れていたわ!! ティエン、魚雷とミサイル迎撃よーいッッ!!」
美少女にあるまじき口汚い舌打ちをしたヨーコはティエンに迎撃準備をさせる。対空機関砲が構え発射予定の魚雷プログラムの目標がたかまから迫ってくる魚雷へと変更される。刹那、対艦ミサイル二本は海上に飛び出し少し上昇のち海面すれすれまで下降。魚雷と共にティエンに目掛けて突っ込んでゆく。
「直線セット何て舐め腐っているわね。ティエンのミサイル魚雷の飽和火力攻撃の威力思い知らせてやるわよ!!」
ヨーコは息巻くと魚雷を二十発更に海中に放つ。着水した瞬間四十ノットでたかまを追撃する魚雷。
刹那。対艦ミサイルが一発、自爆した。対艦ミサイルは命中せず、虚空で輝く金属片を大量にばら撒く。キラキラと光を反射する無数の粉雪みたいな破片は爆発に舞い海へと落ちてゆく。
同時にレーダー全ての反応が下がった。
「チャフ弾頭…! あの劣等種め卑怯な手段を!」
ミサイルの狙いが大まかにしか定められず。ヨーコは歯噛みしてコンソールを叩いた。今のティエンはミサイル運搬船と言っても過言ではない。魚雷が命中した様子はディスプレイには映らない。
「あいつはルール違反者!! 競技用魚雷食らっても知らん顔してる筈よ!! ターワンへルター・ヘネー! ティエンの音紋を擬装した囮魚雷発射で回避しなさい!! ミサイルは目視の対空砲で迎撃!! それからコード『198964』開放準備、ティエンの全武装及びミサイル発射!! 燃料が切れるまで追い詰めなさい!!」
ヨーコの頭脳が恐慌状態と脳内麻薬が合わさり。彼女に出来得る限りの回避と攻撃作戦を考案してAIに命令する。魚雷と対艦ミサイルはすぐ間近までやって来ていた。
◇◇◇
深度五百、水圧をものともしない耐圧外殻の更に奥。たかまさ速度だけで魚雷を躱し無傷で航行していた。CIC中央で黒瀬龍太郎はまっすぐに前だけ見ていた。目前には注水タンクを制御するコンソールを操作する士官に航行システムのコンソールを睨む弓月航海長と操舵コンソールでスティックを握る虎次郎だけだ。海中から洋上艦隊が一望出来る訳では無い。だがそれでも龍太郎は前だけを見ていた。まるでそこに居る艦隊を見据える様に、まっすぐに。
「CICよりソナーへ。現状の艦隊陣形を伝えよ」
龍太郎は艦内通信でソナー室へと命令を下す。
『こちらソナー。海上は全艦ジグザグ航行、洋上艦隊の陣形は乱れてます』
すぐにソナー長『深井蒼太』が返答する。龍太郎にとっては予想通りだった。
「深井。海面の艦隊行動をそのままCICのソナーコンソールに流せ」
龍太郎が命令。
「了解。艦長」
深井はすぐにデータを渡す。CICのメインソナー画面に、乱れて航行する艦隊の軌跡が映る。ジグザグに軌跡が入り乱れ位置を特定させない作戦だ。
「予想通りのジャミング作戦に出ているな。古い手段だ」
龍太郎は腕組みをして呟く。その声はかつてのポイント・ネモの様に静かだった。
「艦長、シースラット・スポール選手達はあくまで『競技者』で軍人ではありません」
「見栄えの良い作戦の方が点数が上がるのだろう、知っているよ」
進言する綾に対して龍太郎は変わらず冷徹に返す。怒りも悲しみもこもらない口調。ただ事実だけを述べている、そんな語り方だ。
「侮る訳ではないが綾、これなら本艦の『性能だけ』で充分だろう。『私が戦闘で全力を出すまでもない』。機関全速で艦を陣形中央へ浮上コース。潜航前にブラック・ホライズンに行った様に再度電子戦を行う。電子戦室にはアンテナを露出した後に行動開始と伝えよ」
「了解。電子戦室の御崎葵。これから浮上コースに入る。アンテナ露出の合図と共に作戦開始。今度はブラック・ホライズンに仕掛けた様なものより強い攻撃をせよ」
龍太郎の指示を受け綾は艦内通信で電子戦室に命令。電子戦室からは瑞々しい少女の声で『了解』とだけ返信。
「虎次郎。わざと音紋を捕捉させ敵艦達を一点集中の形に誘導する。しっかり舵を握れ。機関全速。アップトリム四十、前部バラストタンクから順にブローして深度を上げよ。針路0―2―3。エデン島湾内突入コースだ」
命令する龍太郎に、
「了解」
虎次郎はスティックを握り傾ける。彼の操艦に従いたかまは素直に動く。最大戦速までの約四十秒の加速という航空機並みに強力な圧力が瞬間発生するが乗員に実害は無い。虎次郎の操艦技術はディープ・ガーディアン部隊でも最高峰だからだ。もちろん虎次郎だけではない。副長の内海綾も二十六歳で任命される程の才色兼備で弓月は叩き上げのベテラン。他全員も世界最高峰の乗員達である。
「艦尾魚雷発射。艦尾一番から四番まで無弾頭魚雷。進路を明確に探知させ敵艦隊を指定海域へ誘導せよ」
高速で動くたかま艦内で冷静な龍太郎の命令だけが染み込んでゆく。
◇◇◇
ヨーコは妨害チャフが舞い落ちミサイルと魚雷が接近する中で。自己保存の為に必死でティエンの全スペックを使ったミサイル魚雷の飽和攻撃をして仕留める作戦を打ち出そうと自分を動かしていた。コンソールを叩いてAIに命令を下し、全力で。たかまが浮かんでいない以上ミサイルを撃っても無駄だがそれでもやるしかない。自分のプライドの為にもだ。
不意にソナーコンソールから警告。ヨーコが慌てて見やると『たかまが全速で急速浮上中』とディスプレイに映る。
「針路は?! 推定浮上位置を特定しなさい!! 艦回頭百八十度!! 機関全速で回避行動!!」
叫ぶとAIターワンへルター・ヘネーは『現在たかま針路は0―2―3。エデン島へ向かっています』と返答。更に『対艦ミサイル一発及び魚雷二発も接近。命中まで後十秒』と追加。ティエンの回頭速度では回避は間に合わない。
「ターワンへルター・ヘネー! コード『198964』開放を急ぎなさい!! 推定浮上位置に全ミサイルを叩き込むのよ!!」
恐怖の中で叫ぶヨーコ。魚雷は無情にも迫る。更にソナーコンソールに反応。魚雷四発が再度発射されたとの事だ。
(きっとこの魚雷は自分への物じゃない!! 後ろのアイシャやアーリャに対してだ!!)
ヨーコは悟るが二人には伝えなかった。何故なら競技者同士で各々国が違うライバル同士、敵に塩を送る真似はしたくない。それより自分があの劣等種を倒してシースラット・スポールの英雄として讃えられたいのだ。あの劣等種の狙いは不明だがエデン島に向かっているのは事実。針路がここまで明確ならAIに算出する迄もない。艦の性能は良いけど操る奴は所詮劣等種、頭が悪い作戦なんかお見通しだとヨーコは冷や汗まみれながらも嘲笑する。
(魚雷……回避出来るかしら?)
ティエン全速回頭の中で何とか踏ん張りながらヨーコは呻く。六女神の美貌も冷静な中華女性の魅力も彼方に置き去った様な顔だがこの際は仕方がない。
不意に艦橋から辺りを見ると他の選手も集結していた。どうやらあの劣等種はとんだ間抜け、探知されているのに気づいてないらしい。この様子ではあの最新鋭艦も泣いているだろうとヨーコは体幹が乱れる圧力の中で意地の悪い笑みを浮かべた。
(あのルール違反者の劣等種を倒せば私は英雄。シースラット・スポールの頂点になる。そうすればレイカの奴を蹴落として権力を増せるわ)
英雄になって権力を増せばシースラット・スポールのルールも都合良く改変出来る。そうすれば栄光は思いのままだ。その為だけに戦えば問題無いとヨーコはほくそ笑む。他選手の艦隊が集結する中何とか射程距離に入れるヨーコ。魚雷二発とミサイル一発は自分をすり抜けるコースを見せ、背後のシャルリ・エルドラドとブリャーチャに向かう。予想通りだ。魚雷とミサイル程度、あいつらなら始末出来るから放っておいた。それより攻撃体勢と総攻撃の準備が先決。ヨーコにとってはそれが一番だ。
ヨーコが必死にティエンを回頭させている刹那。魚雷の一本が唐突に針路を変えた。
「――?!」
一瞬自分の目と現実を疑うヨーコ。しかし魚雷は事実だ。確かにティエンの機関部目指して一直線に進んで来る。獲物に喰らいつく鮫の様に、まっすぐ。
「しまった! 狙いは本艦でも有ったの?!」
くそ少日本人め! と小さく叫んでコンソールを叩くヨーコ。
刹那。『コード198964、準備完了。そして魚雷回避不可能』とターワンへルター・ヘネーから報告が入る。
「ティエン! 最期の攻撃をしなさい!! 私は脱出するわ!!」
ヨーコはコンソールに命令を飛ばして即座に脱出ボートに走ってゆく。振り返る事すらしない。自艦にそこまで愛着なんてない。ティエンは自国の栄光の為の道具、ヨーコはそんな女だった。
刹那。警告音と共に消火システムが作動した。
「――?!」
慌てて周りを見やるヨーコに『火災発生!火災発生!』とAIアナウンスがけたたましく鳴り響く。しかし――
「な、何よ……!! 火災何て起きてないじゃないっっ!?」
熱波も火の手も見えない廊下を上下左右首が千切れる程に憔悴したヨーコが確認する。
『深刻な火災発生。これより艦内の隔壁とハッチを強制閉鎖。CO2消火剤散布開始』
次の瞬間AIアナウンスが残酷な真実を告げてくる。ヨーコの反応より早く艦橋から廊下までの自動ハッチを閉鎖し始めたのだ。CICに滑り込もうと駆けるヨーコ。
だが無慈悲にもハッチは閉ざされた。瞬間、二酸化炭素消火装置が発動。彼女ごとガスで包み込む。
「開けなさい! 開けなさいよ!!」
眼を見開いて泣きじゃくり、必死に扉を叩き蹴飛ばして迫る死を強行突破しようとするヨーコ。だが無情にもガスがどんどん注がれてゆく。
やがて激震が艦内に走り、彼女は頭をぶつけそのまま滑り落ち。衝撃と恐怖による窒息で白目を剥いて鼻水と涎を垂らして気絶してしまった。二酸化炭素まみれのはずなのにヨーコは死ななかった。痙攣しながら大小漏らして生きていた。
何故なら、この区画内に二酸化炭素は散布されていなかったからである。
彼女が気絶した後、ティエンのミサイルがイタチの最後っ屁よろしく全弾一斉発射された。
◇◇◇
ティエンに魚雷が方向転換する二分前、深度五十の海中をたかまはアンテナを露出する為にアップトリム最大で海面を目指していた。音紋は完全に探知されているが龍太郎にとっては些細な問題であった。この程度なら自分達とたかまの性能ならハンデにもならない。
「海面にアンテナ露出まで後二分」
内海綾の正確無比な報告が龍太郎に届く。
「よろしい。作戦開始と電子戦室の葵に告げよ」
龍太郎は綾に一言返し準備を開始させる。綾もそのまま電子戦室へと連絡した。命令を受けた電子戦室では葵が忙しなくタッチパネルキーボードを操作しながらCICに「了解」とだけ返信する。
「虎次郎、舵をしっかり握るんだ。勝負は海面に出た一瞬だ」
「了解」
阿吽の呼吸で兄の命令に弟は返す。
「海面にアンテナ露出まで後四十秒」
航海長の弓月が報告。龍太郎は頷くと双眸を細め。
「電子戦よーい」
艦内放送のマイクで告げる。綾、健仁の両名がコンソールで準備を開始。
「アンテナ露出」
と綾が報告。龍太郎は放送マイクに向けて、
「電子戦開始」
と命令し、同時に葵がキーをタップ。刹那、彼女達電子戦部隊の戦闘が開始される。まず第一波は妨害電波によるレーダーのマスキング及びジャミング。これにより一時的にレーダーが機能しなくなったりでたらめな方向を示し始めた。六女神とその取り巻きをしている選手達は自艦の反応に困惑し罵声をAIに浴びせ対応させ始めた。たかまから続く第二波は制作プログラム。それが六女神艦隊のデータリンクシステムに割り込み侵入すると電波を介して全艦隊に波及してゆく。この程度は潜水艦でありながら敵対者達と浅海で熾烈な電子戦を繰り広げていた黒瀬龍太郎達からすればお遊びの次元だがシースラット・スポール競技者達には良く効いていた。計器類を制御するAIがでたらめな報告をし、彼女達の混乱と罵声怒声が飛び交う中で真の意図には気づいていないからだ。
「レーダーより報告。ティエンが全門開いてミサイルを発射準備しているとの事です」
隣に居た内海綾が龍太郎に報告。
「作戦は終わった。ミサイルは無視してこのままダウントリム最大、急速潜航。深度二百につけろ。その後『蜃気楼システム』の準備をせよ」
龍太郎は指示すると艦長席に座り、タッチパネルキーボードを自分の前に六面展開した。
「ティエン艦内から大規模な機械作動音を探知。恐らく隔壁閉鎖の音なので消火設備が起動したものと思われます。更にミサイル全門発射を探知しました」
同時にソナー室の深井蒼太から報告が入る。
「その二酸化炭素消火設備はアナウンスだけで発動していない筈だ。彼女は無事だ。ミサイルも既にこちらに利用出来る様に対策済みだ。安心して次の作戦を開始せよ」
CICからソナー室へ少し柔らかい口調で返す龍太郎。すぐさま「了解」と返事が来る。
「後十秒で深度二百に到達」
同時に弓月が報告をする。
「よろしい。深度二百で蜃気楼システムを発動して面舵いっぱい全速力で回頭。相手艦隊を振り切りつつ撃沈せよ」
「了解です艦長」
弓月が答えるのと同時に龍太郎はタッチパネルに指を当てシステムを操作し始めた。旋回が、始まる。
◇◇◇
洋上は既に阿鼻叫喚の境地に来ていた。たかまの位置や魚雷を探知出来ないだけでなく、艦内の戦闘システムが制御出来ないからだ。ある艦では強制的に魚雷とミサイルを味方に向けて発射。ある艦では全システム沈黙。対潜ブイからの情報もでたらめで情報を表す計器類もバラバラに動く。
更にティエンの最大火力も手玉に取られているのだ。これは堪らない事態である。
「しっかり動けこのポンコツAIが!!」
そこかしこで選手達の罵声怒声と八つ当たりが中継を通して全世界に響き、その瞬間機関部に魚雷や対艦ミサイルが喰らいついて航行不能に追いやられる。文字通り『ただの的』としか言えない状況だ。一隻一隻確実に航行不能にされ、次々に沈没が始まる。海上には傾斜する艦から脱出する選手達が後を絶たない。皆泣きじゃくりながらエデン洋上で救助を待っていた。
「く、あの卑劣な劣等種が……!」
たかまから放たれた魚雷を間一髪躱したシャルリ・エルドラドのCIC内で、歯噛みしながらアイシャは見えない海上を睨む。そう、今のエデン海上は救助待ちの選手達がボートで漂っていて激しい機動が出来なくなっているのだ。
「くそ! 邪魔なつり目共が!! 下等なアジア圏の分際で私達の道を阻むな!!」
レイカの梅組及び日本出身選手とヨーコの中国出身選手の救助ボートに吐き捨てるとアイシャは美しいネイルの手を振り回しながらコンソールを睨む。しかしそこにはマスキングされ砂嵐しか映らない。アイシャはそれを見て更に罵り画面を叩く。
刹那。一台のコンソールが動き出した。慌ててアイシャが見やるとそれは航行用コンソールで、自動操縦に切り替わっていた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!! 私は命令なんか出してないわよ?!」
思い切り舵を動かそうとするアイシャ。しかし舵はぴくりとも動かない。力を込めたいがこれ以上するとネイルが割れそうなのがアイシャの手を弱めた。命の危険よりネイル、それがアイシャの倫理観。危機管理なんてまるで無い、そんな女だ。
「ちょっと! アーリャの奴と衝突コースじゃない!?」
航路図を見て青ざめるアイシャ・マルタン。そう、自艦シャルリ・エルドラドがアーリャの艦ブリャーチャの前甲板にぶつかる針路になっていたからだ。
ブリャーチャは気づいていないのか、回避行動を取らない。
「あのイワンの馬鹿め!」
何とか必死に力を込め、顔面蒼白で操舵スティックを握り針路変更をしようと踏ん張るアイシャ。こめかみに脂汗をかいてネイルが割れるまで必死変えようとしてもスティックはぴくりとも動かない。
美少女をかなぐり捨てたアイシャの努力も虚しくシャルリ・エルドラドはブリャーチャと衝突。大破し航行不能に陥った。
アイシャはその衝撃で転けて床に激突。血塗れのネイル指と鼻血を溢しながら白目を剥き嘔吐して気絶し、しめやかに失禁した。
◇◇◇
救助者が溢れる海上にて、魚雷回避行動が中々取れない中でアーリャは苛立っていた。イージス艦ブリャーチャを巧みに操艦するものの選手がたくさん居ては難しいのだ。
「クソ! レイカの馬鹿ジャパニーズめ!! 日本は赤十字しか出来ないんだからさっさと救援してろッッ!!」
苛々をCIC内で独りぶつけるアーリャ。口は下品だが艦内は自分だけだから特に気にする必要は無かった。改めてレーダーとソナーのディスプレイを睨むと正常に洋上の様子を点で海中の音を波形でモニタし続けていた。海上は救助ボートまみれ。そこかしこから反射して船影が映る。本当に邪魔な奴等、負け犬のくせにと苛立ちで床を地団駄するアーリャ。ソナーにはたかまから放たれた魚雷の軌跡が映る。向かう先は明後日の方向。すぐ躱せる直線セットとは侮辱されたものだとアーリャは思う。
「ヨーコみたいな劣等アジアは引っ掛かったけど私は無理よ。アジア民族の更に下等な男性劣等種如きが付け上がらない事ね」
ふんっと鼻を鳴らし腕組みするアーリャ。その顔は魚雷回避に成功した自信に溢れていた。
刹那。凄まじい衝撃と共にアーリャはよろけて転倒した。
「な、何なのよこの衝撃! ちょっと何が起きてるの?!」
焦って起き上がろうとした時更に衝撃が走り、アーリャは転がりながらコンソールに鼻をぶつけ出血。顔面に傷が残る程の大怪我を負い骨折と共に気絶した。
◇◇◇
シースラット・スポール最高峰選手のレイカは、もはやたかまに対する何も作戦が思いつかなかった。水中速度六十五ノットで泳ぐ鯨の前に自慢の大和でさえ速度が及ばず、更に殆どのレーダーやソナーが役立たずになっていては不可能であった。
しかし――
「梅組! 陣形を整え直して迎撃準備をしなさい!!」
だがしかし。レイカは退かなかった。高圧的に命令しながら戦うのを止めなかった。何故なら彼女には最高峰選手『六女神』としてのプライドとこの試合が全世界中継という事実があったからだ。そのプライドが自らの選択肢を全て奪い不退転の行動に導いた。彼女は一歩も退く事無くAIから出される作戦を実行する。
しかし。たかまは捕捉出来ない。それどころか次々に艦隊が大破されてゆく。
『アイシャ・マルタンの『シャルリ・エルドラド』とアーリャの『ブリャーチャ』が衝突大破。たかまから放たれた魚雷は別イージス艦の機関部艦底を貫通大破させた模様』
ピエニ・エンケリから報告がレイカに入る。
「……残り艦数は?」
『本艦含めて十三隻です。殆どが同士討ちで大破から沈没に向かっています』
嘔吐感を抑えながら尋ねるレイカにピエニ・エンケリは冷静に告げる。AIに人の心なんか分からないとは理解しているのだが思い切り蹴りたいレイカである。
「うちの親衛隊は何隻残っているの?」
虚空を見やるレイカに、
『残存艦艇は二隻、現在一隻の機関部に魚雷が着弾しました』
AIは淡々と告げた。ちっと舌打ちするとレイカは砂嵐のディスプレイを睨みつけた。本当に役に立たないAIだとうんざりする。
「さっきの音紋が追い詰めるヒントよ! 電子攻撃仕掛ける為に洋上にアンテナを出したのが運のつきね。ピエニ・エンケリ!! ボサッとしてないでさっさとたかまの方向を予測して攻撃叩き込みなさいッッ!!」
苛立ちを隠さずAIに命令を下すレイカ。AIは『了解ですレイカ様。アンテナ露出位置から八方向、水中速度六十五ノットの機動力から予測します』と返答。ピエニ・エンケリは即座に分析を開始し、
『方位0-4-6、約二千メートル、深度百に存在する可能性が八十%です』
予測返答をする。
「ならそこに探信音を撃って魚雷全部撃ち込みなさい!」
『承知しました』
レイカの命令を受けて探信音を放つ大和。予測ならそこにたかまが居る筈だと睨むレイカ。あの人権無しの劣等種には付け上がらない様に叩き潰さねばならない。そうでないとまた歯向かってくるからだ。レイカはこれまで女性は搾取されてきたと歴史で学んだ。だからあんな不愉快極まる劣等種幾らでも見下して侮辱して良い、そう思う。
レイカがそう考えているとコンソールに反応。どうやら大和から放たれた探信音に反響は無かったとの返事だ。
「なら他の方位を片っ端から撃ちなさい! 魚雷は燃料尽きるまで追わせるわよ!!」
レイカの命令に応えるピエニ・エンケリと大和。
しかし。全方位どこにも反響が無い。アクティブ・ソナーはただ深海に飲まれるばかりだ。
冷や汗まみれのレイカが残された全部の対潜ブイや残存兵力が滝の様に放つアクティブ・ソナーのデータをAIで洗い出しても全く無い。まるでこの海域から消えたかの様だ。
――デイジー、デイジー。答えておくれ――
不意に大和艦内に歌が流れた。青ざめたレイカが艦内放送のスピーカーを見やると、そこから聴いた事の無い調べが流れている。曲名は『デイジーベル』。だがレイカにとっては知らない歌がいきなり流れてきた。
「い、いやああああああああああああああああああああああああああああああああーーっっ!!」
それが。レイカを恐慌状態に陥らせた。ヒステリックにコンソールを叩きアクティブ・ソナーを連打する。辺り一面の海域や深度にたくさんのアクティブ・ソナーを打ち続けても、たかまは見つからなかった。『梅組一隻に被弾、一隻は沈降開始』とAIピエニ・エンケリが報告を述べても彼女の耳には届かない。追い詰められ命を損なう可能性が間近に迫りレイカはもはや女性の自由を体現したシースラット選手ではなく、ただの小娘に成り下がっていたのだ。必死に連打するレイカ。しかし反射音は全く無い。
刹那。反射音に接近する魚雷がモニターに映る。それを見たレイカは駆け足で艦橋から逃げようとする。回避航行や親衛隊の救助など考えなかった。競技勝利より自分の身の安全が先だと身体から頭から体現している、『埃高きシースラット・スポール選手そのもの』だった。
だが無情にも。レイカが脱出するより先に魚雷が機関部を貫き爆破する。その衝撃によろけたレイカは顔面から壁に頭をぶつけて気絶しずり落ち。同時に大小も漏らした。汚い水溜まりに半身沈め。白目を剥いて鼻血まみれ前歯を二本が折れてぴくぴくと痙攣するその姿は美しさの欠片も無い、ただの肉塊だった。
彼女はもう起きない。そんな力も心も無い。海の最強アスリートだった大和撫子の美少女はズダズダに自尊心を砕き折られていた。命令無き大和はそのまま制御を失い親衛隊の艦体と激突、沈没を開始した。
◇◇◇
大和が轟沈する少し前に。アクティブ・ソナー豪雨の真っ只中にたかまは二十ノットで前進していた。深度二百、海中の生態系に悪影響を与え兼ねない程の音波探信なのにたかまは探知不能だ。
ソナーが探知出来ない理由は。CIC内に特設された艦長にある逆波形相殺装置――『蜃気楼システム』にあった。
波は強い波で打ち消せる。そして逆波形の波をぶつけると相殺される。蜃気楼システムとは、それを利用した音波迷彩だった。アクティブ・ソナーや海中の音をAIと計算し0.1秒で逆波形を発生。それを干渉させてアクティブ・ソナーの反射や自艦のエンジン音を消したり海中に紛れたり出来る。
だがこの複雑な計算が必要なシステムを実戦で使用出来るのは、黒瀬龍太郎艦長だけだった。特設されたモニター画面付きの艦長席で彼はタッチパネルを動かし音を消去したり透過させてたかまの位置を巧みに騙す。熟練のピアノ奏者の様に優雅に蜃気楼システムを操る姿は圧巻の一言だ。
「日本代表タカナシ・レイカ選手の『大和』に被弾しました」
黒瀬龍太郎に内海綾から報告が入る。
「機関部に命中したのだな。よろしい、ではたかまを浮上コースだ。エデン海域の中央に針路を向けよ」
黒瀬龍太郎の命令に内海副長は頷いた。
◇◇◇
まだ一時間も経過してないエデン海域上空の解説者や実況者、動画スタッフは言葉を見失っていた。たかが裏方の原潜たかま一隻に毎日練習と競技を繰り返しているシースラット・スポール精鋭選手達が完敗するなんて誰も思わなかったのだ。
だが目の前の光景が現実で、今の状況が事実である。
彼女達は完敗したのだ。それも四十隻対一隻という、圧倒的優位であるにも関わらず。
ごくりと一人の女性アナウンサーが息を飲んだのを合図にした様に。海面が隆起し鋼鉄の鯨が浮上する。海を割り飛沫の煌めきを夏の海上に散らせ艦首から鯨は飛び出し。流線型の壮麗な艦体を跳ねさせると波を起こして着水。威嚇する様に体躯を浮かべるその威圧はまさに深海の王者だった。
そして。たかまの大陸間弾道ミサイルのハッチが開いた。
『シースラット・スポール協会に告げる。ディープ・ガーディアン所属原潜たかまは今回の任務を以て貴女方の命令には従わないものとします。私達は道具ではない』
静かに、黒瀬龍太郎が通常回線の通信で宣告する。暗号化はしてない。誰でも聞いて構わないという覚悟だった。艦首魚雷発射管に対地ミサイルが六本装填された。その間は誰も動けなかった。黒瀬龍太郎が世界の中心、まさにそんな状況だ。
『協会並びに我が意志に従わない全世界に、宣戦布告をします。本艦の弾頭は通常にあらず』
黒瀬龍太郎の宣戦布告を合図にミサイルが全部発射され。協会本部のあるビルに飛んで行く。無弾頭だが超音速のミサイルだ。それだけでも見てくれだけの高層ビルなんぞ倒壊させれる威力があった。
数秒遅れた絶叫を皮切りに。全員が阿鼻叫喚に蜘蛛の子を散らす。世界はやっと理解した。世界最強の原子力潜水艦たかまと黒瀬艦長達が本気で反逆したのだと。
エデン本部及びオルタニウム採掘プラントを破壊し尽くすと、たかまは弾道ミサイルのハッチを閉じて即座に潜行を開始。六十五ノットまで数分で加速。エデン海域を抜けて深度千メートルの海中まで脱出した。
「諸君、しばらくこの世界の成り行きを見守るぞ」
黒瀬龍太郎は艦内放送で静かにそう告げた。
「艦長、私達の反逆の意味に世界は気づきますかね?」
「女性達以外はとっくに気づいていて目を背けたいだけさ。『このままの一日でいて欲しい』という意味でね」
内海副長からの問いに黒瀬龍太郎は確信を込めて答える。
この日シースラット・スポール史上初めて最強選手『六女神』率いる四十隻の艦隊が、たった一隻の原子力潜水艦たかまに完敗したと歴史に刻まれた。
ここまで読んでいただいて誠にありがとうございます。また続きを書きますね




