ちゅん・ちゅな・ちゅん!
その街には、たくさんの鳥が住んでいる。
海からの風が通る港の街。
屋根と電線と公園と河川敷。
そして今日も――
小さな雀が一羽、空を飛んでいた。
ちゅん。
ちゅん。
その雀は、少しだけ変わっていた。
雀の名は、ちゅな。
ちゅなは、
人の声に耳を傾ける。
子どもたちの笑顔を見る。
人の暮らしをじっと眺める。
そして、いつも思っていた。
(いいなぁ……)
人間って。
地面を歩いて、
友だちと話して、
手をつないで。
(わたしも……なれたらいいのに)
ちゅなは電線に止まる。
下では少女たちが笑っている。
「またねー!」
「明日ね!」
手を振る。
寄り添う。
並んで帰る。
その姿を見つめながら、ちゅなは小さく鳴く。
「……ちゅん」
――その時だった。
空の色が濁る。
風が止まる。
鳥の声が歪む。
きぃ……きぃ……
雀は顔を上げる。
そして見た。
空中に浮かぶ巨大な鳥籠。
灰色の檻。
中には――
鳥たち。
たくさんの鳥。
翼を閉じたまま。
動かず。
鳴かず。
ただ、閉じ込められている。
「……ちゅん!?」
ちゅなは飛び立つ。
檻へ近づく。
格子に触れる。
冷たい。
重い。
感情のない灰色。
中心には黒い結晶が脈打っている。
その時。
檻が動いた。
格子が伸びる。
翼になる。
嘴が生まれる。
鎖が絡む。
ケージビースト。
鳥籠と鳥の歪んだ融合体。
灰色の翼が広がる。
閉じる翼。
飛べない翼。
檻の翼。
ぎ……ぎ……
中の鳥たちが震える。
動けない。
飛べない。
ちゅなの胸が締め付けられる。
(だめ……)
小さな体が震える。
(閉じ込めちゃ……)
檻の中の鳥の目。
光がない。
(鳥は……)
胸が熱くなる。
(鳥は飛ぶんだよ!!)
その瞬間。
ちゅなの心に強い想いが溢れた。
飛びたい。
助けたい。
つながりたい。
そして――
(人間になりたい!!)
光が弾けた。
羽が舞う。
風が巻く。
小さな雀の体が光に包まれる。
足が伸びる。
腕が生まれる。
髪が流れる。
衣が形作られる。
羽色のブラウン。
風の軽さ。
小さく温かな光。
そして。
「ちゅん・ちゅな・ちゅん!!」
光がほどけた。
空中に少女が立っていた。
柔らかな雀色の衣装。
背に小さな風の翼。
軽やかな飛翔の気配。
雀宮ちゅな。
雀が人の姿へと変わった魔法少女。
「……え?」
自分の手を見る。
指がある。
腕がある。
体がある。
「……にんげん……?」
頬に触れる。
温かい。
「……なってる……」
そして足元。
空中。
浮いている。
「……でも、飛んでる!」
その瞬間。
ケージビーストが吠えた。
灰翼が振り下ろされる。
「きゃっ!」
ちゅなは反射的に跳ぶ。
風が体を支える。
空気が寄り添う。
軽い。
速い。
自由。
「……すごい……」
けれどすぐに顔が変わる。
檻の中の鳥たち。
動かない翼。
暗い目。
「……待ってて」
ちゅなが前を見る。
「今、出してあげるから!」
小さな雀が人の姿で空へ踏み出す。
灰色の翼が振り下ろされた。
ぎしゃん!!
空気が裂ける。
「きゃっ!」
ちゅなは思わず身を縮める。
すると体がふわりと持ち上がった。
「え……」
風が背を押している。
軽い。
羽のように軽い。
ちゅなは空中でくるりと回った。
「……いつもより、軽い……!」
心が跳ねる。
でもすぐに、檻の中の鳥たちが目に入る。
動かない翼。
閉じた目。
灰色の格子。
胸が締め付けられる。
「……こわいよね」
ちゅなが小さくつぶやく。
「飛べないの……いやだよね」
その時。
ケージビーストの胸の核が脈打つ。
灰色の波動が広がる。
空が重く沈む。
そして――
声が聞こえた。
たくさんの声。
小さな鳥の声。
震える声。
「とべない」
「こわい」
「でられない」
「どうして」
ちゅなの胸に直接届く。
「……!」
ケージビーストはただの怪物じゃない。
閉じ込められた鳥たちの気持ちが固まったもの。
悲しみの檻。
飛べない気持ちの塊。
ちゅなの目に涙がにじむ。
「……だいじょうぶ」
そっと手を伸ばす。
「みんな、飛べるよ」
ケージビーストが吠える。
灰翼が横薙ぎに振られる。
「わっ!」
ちゅなはとっさに上へ跳ぶ。
風が持ち上げる。
体が軽く回転する。
雀の飛び方。
小刻みで素早い。
自然にできる。
「……すごい……」
でも。
どうすれば助けられるのか分からない。
拳を握る。
「檻……こわいよね」
鳥たちを見る。
「でもね」
胸が熱くなる。
「空はここにあるよ」
ちゅなが空を指す。
「翼もあるよ」
両手を広げる。
「だから……」
心の奥から声があふれる。
「飛ぼう?」
その瞬間。
ちゅなの背の翼が光った。
柔らかな雀色の光。
風が優しく広がる。
ケージビーストが止まる。
核が揺れる。
ちゅなが近づく。
怖い。
でも止まらない。
「だいじょうぶ」
手を伸ばす。
格子に触れる。
冷たい。
固い。
でも。
その奥に震える感情がある。
「閉じ込めなくていいよ」
光が強くなる。
「飛んでいいよ」
風が広がる。
「空に出よう」
雀の想いが共鳴する。
飛びたい。
助けたい。
つながりたい。
そして。
「ちゅん・ちゅな・ちゅん!!」
翼が大きく開いた。
雀の風が檻を包む。
格子が光に変わる。
鎖がほどける。
ケージビーストの体が崩れる。
中心の感情コアが露わになる。
黒色の結晶。
震えている。
ちゅながそっと触れる。
「だいじょうぶ」
微笑む。
「飛べるよ」
その言葉で――
結晶が光った。
ぱきん。
音を立てて砕ける。
灰色が消える。
中から光の鳥たちが溢れる。
羽ばたく。
鳴く。
空へ広がる。
檻は完全に消えた。
ケージビーストは光粒となって空に還る。
風が戻る。
青が戻る。
鳥の声が戻る。
ちゅなは空中で止まったまま、息をつく。
「……よかった……」
鳥たちがちゅなの周りを飛ぶ。
くるくる回る。
鳴く。
ちゅん。
ちゅん。
ちゅん。
ちゅなは笑った。
人の顔で。
雀の心で。
「……飛べたね」
空が広がる。
小さな雀が人の姿で空に浮かぶ。
それは――
夢が叶った瞬間だった。




