09 亀の甲より年の功
≪アリエル視点≫
「ただいま…」
家に着いた。だけど、どうやって返ってきたのか覚えていない。
靴を脱ぐこともできず、玄関に立ち尽くしてしまっている。
「あらおかえりなさい。アンクーバーだったのに帰り遅かったじゃない。…アリエル?」
お母さんがリビングから顔を出しこちらを見てくる。私の異変に気付いたのか、歩み寄ってきた。
「アリエル?何があったの?」
私の顔を覗き込むお母さん。涙でボロボロになった私を見て、不安そうに眉をしかめる。
「人間に何かされた?どこか怪我した?」
「…」
フルフルと頭を振る。
「良かった…。ほら、靴を脱いで上がりなさい。座ってゆっくり休んで。」
お母さんがしゃがみ込み、私の靴ひもをほどいてくれる。
靴を脱ごうとしたとき、玄関が勢いよく開く。
「たっだいまー!おっ!?」
お父さんが帰ってきた。目の前に私とお母さんの姿があり驚いている。
「なんだー?二人も今帰って…何があった?」
私たちの不自然な雰囲気を感じ取った瞬間笑顔が消え、真剣な顔で話しかけてくる。
「人間たちに何かされたか?」
「…」
フルフルとまた頭を振る。
「そうか…ほら行くぞ。」
仕事用具を玄関に起き、靴を脱いで、私をひょいと抱っこする。
そのままリビングに行き、椅子に座らせてくれる。
「どうした、何があった?」
「アリエル…お願い、話してちょうだい。」
2人が向かいに座り話しかけてくる。
なんか、こんな心配させてしまっているのに、内容が失恋ってちょっと申し訳なくなってくる。
でも、今まで生きてきて間違いなく一番ショックだったし、一番悲しい出来事なのだ。
だから、こうなってしまうのも分かってほしい。私の長い初恋が終わってしまったのだ。
「……ジン君にね、彼女ができたの。」
口にして、思い出してしまい、その事実を再認識してしまう。
そこからはダムが決壊したように涙と嗚咽が止まらなかった。さっきまでは人の目が合ったから何とか耐えようとしていたが、もう無理だ。
つらい。かなしい。きつい。いやだ。こうなるまで何もしなかった、自分が大嫌い。
「…」
お父さんがお母さんにアイコンタクトを取り、席を立つ。そのまま自室に入り、リビングにお母さんと二人だけになる。
「アリエル、おいで」
私の隣に移動してきたお母さんが、私を抱擁する。
お母さんの服が、私の涙と鼻水でびしょびしょになっていく。
「ジン君、素敵な男の子だもんね。昔からライバル多かったもんね。」
そう、ジン君はかなりモテていた。
身体は小さくて弱いくせに、すごく勇気と男気があって、いつも頑張ってるその姿に、多くの女性が心を打たれていた。
私も、そんな大勢の中の一人。何も特別なことはない。
最近で言うとクララが玉砕されていたし、カレンさんはずっと前から気にかけてるし、ジェーンちゃんはナタリーちゃんの親友という立場を活かし、頑張ってアタックしている。
「つらいね。私もその気持ち、すっごくわかるなー」
ほんとに?こんなに、心臓が締め付けられて、おなかが痛くて、吐きそうになる、この気持ちが?
「今から、少し昔話をします。」
私を抱きしめ、頭を優しくなでながら、お母さんは話し始めた。
「実はね、お父さん若いころ、すっごくモテてたんだよ。ジン君ほどじゃないけどね。」
あのデリカシーのかけらもないお父さんが?信じるのが難しい。
「それでいてね、彼も女の子が大好きだったから、女の子をとっかえひっかえしてたんだよ?最低でしょ。」
そうだったんだ。さいてー。
「でもね、お父さん、昔から本当にやさしくて、一緒にいると楽しくて、イケメンだったから、そんな彼でもずっと好きだったの。でも、彼女と別れたと思ったら次の日には違う女の子と付き合ってるなんてことも多かったから、私の恋はなかなか実らなくてね。別れたと思って喜んでも、次の日にはまた絶望してってことを何回も経験したの。枕を濡らした回数は片手じゃ数えきれないんだぞ?」
お母さんも、苦労してたんだ。
「でもね、今はこうして結婚して、あなたもいて、幸せな家族になれることができた。何でか分かる?」
「…」
首を横に振る。
「私ね、諦めなかったの。ずっとお父さんを好きで居続けたの。今でも覚えてるわ。10歳のころに彼に恋して、彼と付き合いだしたのは18歳のころ。8年間も失恋し続けて、泣き続けたの。」
それは…本当につらそう。
「でもね、ある日、いつも元気な彼が、すごく疲弊するような事件があったの。いつも彼のことを見てたから、彼が弱ってるってことがすぐわかったわ。そんなときに彼を支えて、立ち直るお手伝いをしてあげて、そこから彼も私を見てくれるようになったの。」
そんな過去があったんだ。知らなかった。
「そこから結婚まではとんとん拍子だったなー。一緒になってから今まで、ずっと幸せよ。あきらめなくてよかったって、心から思ってる。」
…。
「はい、昔話おわり。何が言いたかったかっていうと、まだあなたの恋は全然終わってないってこと。この先何があるか分からないんだし、あなた、ジン君ととても仲いいじゃない。彼に何かあったとき、そばで支えてあげられる関係でしょ?それくらい仲良くなれたのは、あなたの努力の賜物よ。だから、もう終わりってわけじゃないの。もちろん、ジン君以外にも素敵な男の子はたくさんいると思うから、遠慮なく違う恋をしたっていい。いい人が出来たら、その人と幸せになって、ジン君を嫉妬させてやりましょ!」
…。
お母さん、ありがとう。
そうだね。そうだよね。まだまだ人生は続いていくわけだし、その過程でジン君とその彼女さんに何があるか分からない。もしジン君が傷心するようなことがあれば、私がすぐにそばに行く。
チャンスがあったら、もう遠慮なんてしない。グズグズしたせいで後悔するのはもうたくさんだ。少し、前向きになれた気がする。
涙が、止んだ。
「…ありがとう、お母さん。でも、ジン君以上に素敵な男の子なんて、今まであったことないなぁ」
「そうねー。正直、私があなたの年だったら、間違いなくあなたのライバルになってたと思うわ。」
「えー、そんな蛇みたいな女の人とライバルなんて嫌だなー」
「んまっ!?あんたお母さんに向かって何てこと!」
「フフフ、冗談だよ。」
「ふふ。ちなみにあんたにもその蛇の血は流れてるんだからね?」
「本当だ。じゃあ、私はこれからが本番なのかもね」
「そうね!私の経験上、今スタートしたって感じよ!」
「お母さんの経験をなぞるとなると、私には多分耐えられないよ」
こんな思い、何回もしてたまるか。
「そうかもね。ねぇアリエル。私もお父さんも、何があってもあなたの味方だから、何でも私たちに相談してね。16歳の小娘が経験する苦悩なんて、私たちはもうひとしきり経験済みなんだから」
「さすが、年の功だね」
「うっ…今日は年齢のこと言うのも許してあげる。」
「うんっ…。お母さん、本当にありがとう。ようやく、元気出た。」
「そう。じゃあ、遅くなっちゃったけど、ごはん食べる?」
「うん!」
帰ってきたときはあんなに吐きそうだったのに、気付いたらおなかがすいてきていた。ご飯を食べたら、もう少し元気になれるかな。
3人でご飯を食べた後、自室に戻りベッドに寝転ぶ。
食事中はお母さんを蛇みたいな人と言ってお父さんが爆笑し、お母さんが笑顔でお父さんのなけなしのゆで卵を奪い、お父さんが泣きながら許しを請うてた。
とても、楽しい食事だった。この二人が両親で本当に良かったと思う。
ジン君に、彼女ができた。でも、それだけだ。結婚もしてないし、子供もいない。この先どうなるかなんて、誰にも分からない。
そして、最後に彼の隣に立つのは私が良い。いや、私じゃなきゃヤダ。
だからこれからも、今までと変わらず彼に接しよう。そして、少しの違和感も見逃さないように彼を見続けよう。
大丈夫、今日少し話しただけで、彼にうれしいことがあったことに気づいたんだ。
彼に助けが必要になったときも、すぐ見抜いてみせる。
今日はとにかく疲れた。明日も仕事だ。明日を頑張れば、約一カ月ぶりのお休みになる。
デートはできなかったけど、気分転換にはなるだろう。
今日は寝れないと思っていたが、覚悟が決まったからか、思いのほか眠たくなってきた。諦めるつもり、ないからね。
お父さんお母さんおやすみなさい。ジン君も、おやすみなさい。




