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08 いつも君を見ていたから

お、明日もアンクーバーか。三日連続だな。


仕事を終え駅に着き、いつも通り明日の行先を確認する。

今日は10分ほど遅刻してしまったが、現場監督の方が遅く到着したため、バレることもなくお咎めなしだった。


適当な現場監督でラッキーだった。アヤさんとの出会いといいラッキーが続いてるから、明日も今日と同じ現場だったらいいな。そうしたらアヤさんに会えるかもしれない。

なんて、確率は相当低いけど。


村行の電車に乗ろうとし、隣からチョンと触られる。

横に目をやると、アリエルが前を向いて立っていた。チョンと肘で返事をし、一緒に電車に乗る。




「お疲れ。アリエルもアンクーバーだったんだ。」

「おつかれー!そうなの。朝も一緒だったら良かったのにね!」

満面の笑みで答えてくる。


「今日は何の仕事だったの?」

「道路の舗装!今日は5キロくらい舗装してやったよー。ジン君は?」

「僕は民家の基礎工事だね。」

「お疲れ様ー。あれ、なんか今日はいつもより疲れてないね。」

「そうかな?そうかも。」

確かに。今日は気分が浮足立っていて全然疲れなかった。これがキスの効果か。

これは仕事効率的にも、精神衛生的にも、恋はするべきなのかもしれない。さすがネイト先生、言ってたこと全部その通りでした。


「なんかいいことでもあった?」

「そんなことないよ。」

「ふーん」

アリエルが怪訝そうな表情になり、考え込む。


うーん、ネイトとダビデに約束したアリエルとのデート、どうしよう。あいつらにはああ言ったが、今日の出来事で話が変わってしまった。

この子とデートに行くことはできない。

とりあえず今日はとりとめのない話だけして、あの二人にはアヤさんのことは隠しつつ、状況が変わったことを説明しないと。


「そういえば、最近ネイトかダビデと話した?」

ぎくりとする。なんでそんなことを気にするんだろう。

「昨日はネイトと帰りが一緒で、今朝ダビデと一緒だったよ。どうして?」

「えーっと、なんか言ってなかった?私のこととか。」

ごめん。本当にごめん。ネイトにもダビデにもアリエルにも、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「うーん、どうだったかなぁ。仕事の話ばっかりだったと思うけど。」

「そう…なんだ…」

表情が少し暗くなる。僕もさっきから気持ちが下がり続けてるけど、顔には絶対に出さない。

アヤさんとのこと、頑張るって決めたじゃないか。多分今後も、辛い嘘ばかりつき続けることになる。


「…あのさ、ジン君」

「ん?」

「もしよければさ、今度の休みの日、二人でどこかに出かけない?」

…そっか。朝ダビデとの会話中に立てたあの仮説、たぶん正しかったんだろうな。

アリエルとの会話が、すべてを裏付けてくる。


「…次の休みって、いつだっけ?」

「今週の木曜日!だから明後日だね。なんか他国のお偉いさんが来るみたいだよ」

「そうなんだ。…ごめん。明後日は家族と用事があるんだ。親父がその日に用事を組んだの、休みだからだったのか。納得納得。」

隣に住んでるアリエルに、すぐばれそうなウソをついてしまう。

もともとウソが下手な僕だ。こんなことを続けてたら、アヤさんのことも早々にバレてしまうかもしれない。もっとウソを上達させないと。

…とても、嫌な向上心だ。


ちなみに、グルガル族の皆は、他国の人間に会ったことがない。この国と他国とで行事がある際は、グルガル族全員休日となり、村から出ることを禁じられる。

誰も破ったことないから、何をされるかは分からないけど。

僕らのこと、他国に隠してるのかな。


「そう…なんだ…。」

これまでとは打って変わり、アリエルはハツラツしたかわいい笑顔から、無理をしたそれに変わっていき、自分の膝に視線を移す。


「ねえ、ジン君」

「どうした?」

「好きな人、できた?」

…すごいな。そんなに分かりやすいのか?僕は。それとも、アリエルだから感じ取れる何かがあるのだろうか。


「…そう…かも」

「……そっか」


アリエルは下を向いたままそう言い、二人の間に沈黙が訪れる。

少しして、ガバッと顔を上げ、先ほどまでの元気な笑顔を作り、こちらを向いてくる。だが、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「そっか!そうなんだー!あのジン君が恋をしたかー!お姉さんうれしいよ!」

肩をポンポンと叩いてくる。無理をしているのが、簡単に見て取れてしまう。

気の利いたことでも、いつもみたいな軽口でも叩ければいいのに、アリエルの気持ちに気づいてしまったためそんなこともできず、彼女を直視できないでいる。


「いやー、ジン君はどんな子に言い寄られてもなびかなかったからねー。女の子に興味ないと思ってたよ。」

言い寄られたことなんて、ないんだけどな。


「ちなみに誰さ?クララ…じゃないよね、彼女玉砕してるし。鍛治屋のとこのカレンさん?あ、分かった!ナタリーちゃんの友達のジェーンちゃんでしょ?彼女かわいいし、ジン君に気があるのバレバレだったしね!そっかー、ジン君は年下好きだったかー!」

クララが玉砕?ジェーンちゃんが気がある?何を言っているのだろう。

でも今はそんなことどうでもいい。目の前の彼女と、しっかり向き合わないと。


「その誰も違うよ。その、今は言えないけど、いつか必ず言うから。だから、少し待っててほしい。ごめんね。」

複数の意味を込めた謝罪をする。


「そっか。…そうなんだね。…わかった。」

かなり無理をしているのだろう、アリエルの声が震えてきている。


「ちなみに…さ。その…手とか…握った?キス…した?」

「…そう…だね。」

「っ…」


彼女は隠しきれず、悲痛な顔になってしまう。

アリエルに、ひどいことをしている。でも、言えることは言わないと。

アヤさんが僕の前からいなくならない限り、たぶん僕はアヤさんしか想うことができない。どれだけ会えない時間が長くても、そうなると確信している。


「あー恋人羨ましいなー。私も恋人欲しかったなー」

『欲しい』ではなく、過去形なのが、僕の胸を苦しめた。おそらく彼女は自分の言葉の意味に気づいていないだろう。


窓際に座るアリエルが外に目をやる。ちらっとアリエルを見ると、表情は見えないが頬に大粒の涙が流れており、肩も震えていた。

その姿から逃げるため前を向くも、喉の奥で声を押しつぶしたような、声にならない声が聞こえてきてしまう。


「っ…ひくっ…んっ…うぅ…」


僕の隣に誰も座ってなくてよかった。

…ごめん。本当にごめん。

どれだけの間僕を想ってくれていたのか分からないが、僕も今日、恋が実らないと思い涙を流したのだ。想ってくれていた期間が長い分、今日の僕よりもずっとつらい思いをいているのだろう。


「アリエル、あのさ。」

この子には、いつも本当にお世話になっている。人として大好きだし、恩人でもある。そんな子に、可能な限り嘘はつきたくない。


「ごめんね、さっき嘘ついたんだ。」

「うっ…ふっ…ひくっ」

「実は昨日、ネイトがアリエルのこと話してくれたんだ。本当にいい子だよって。ダビデもね、今朝、アリエルのこと話してくれたよ。魅力的な女の子だよって。僕も、心からそう思ってる。ありがとね。」

「うぅ…ううぅ!」

声が少し大きくなる。


要領がよく、賢い子だ。多分、今の告白で、僕がアリエルからの気持ちに気づいたってことが分かったと思う。

その上で、僕がこういった選択をしたということも。


そのあとは、お互い何も言葉を発しなかった。電車の進む音と、周りの喧騒と、アリエルの痛ましい息遣いだけが耳に流れてくる。




「もうそろそろだね。一緒に帰る?」

「ううん…」

「そっか。それじゃあ、またね。」

「うん…」

電車が到着する直前にようやく口を開く。

そりゃあ、そうだ。こんな状況で、僕なんかと一緒に帰りたいと思うはずがない。




2人で電車を降り、どちらともなく距離が離れていく。


今日は、本当にいろいろなことが起こった。

もしアヤさんと出会うのがもう少し遅れていたら、違う未来になる可能性はあったのだろうか。…いや、そんなアヤさんにもアリエルにも失礼にあたることを考えるのはやめよう。こういう運命だったんだ。

多分どう転んでも、僕はアヤさんに恋をしていたと思う。それが今日だったというだけだ。そして、奇跡的にその恋が実ったんだ。

その事実だけを噛みしめながら、今日は帰ろう。

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