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06 初めての想い

仕事まであと1時間を切ったところだ。そろそろ、行かないと。


「アヤさん」

「はい。今日は本当にありがとうございました。」

やっぱり、聡い子だ。


「こちらこそ。アヤさんと知り合えて、本当に良かったです。とても楽しい時間だった。」

本当に、楽しかった。これまでの人生で、間違いなく一番ドキドキした。


「あ、そういえば、さっきの涙の理由は何だったんですか?」

「…内緒にしてもいいですか?」

「ダメですっ!絶対教えてくれるって言ったじゃないですか」

「あー、えっとですねぇ」


どうしよう。お互いのためにも、絶対言わない方がいい。いや、むしろ言ってしまったら僕はとんでもないことになる。それこそ、最悪処刑されるかもしれない。


盲目だから、自分がグルガル族ということがバレないからと少女に近づき、あまつさえその肌に触れ、何時間も一緒に過ごしたんだ。

…あぁ、さっきは否定したけど、立派な詐欺師じゃないか。


何といえばいいか判断が付かず、数十秒の沈黙が訪れる。そして、アヤさんが沈黙を破る。


「それは、ジンさんがグルガル族ってことが関係してますか?」


「!?」

気付かれてた!?え、いつから?最初から?それとも今解答できなかったから!?


まずい、何とか言わないと。沈黙は肯定と思われる。

アヤさんには馬鹿正直に本名を言ってしまっている。グルガル族のジンと言えばおそらく僕しかいない。

これが軍人にバレれば僕は…。いや、この際僕はどうなってもいい。最悪僕の家族まで軍の手が及ぶ。僕のせいで家族全員が死んでしまう。

それだけは絶対避けたい。どうしよう。どうすれば…


「ジンさん?」

「あ、ああ、い、いや。あのですね」

「フフフ。焦りすぎですよ。」

クスクスと笑いながら、何でもないように話を続ける。


「安心してください。誰にも言いませんよ。」

ああ、もうだめだ。僕はウソが下手だ。騙しきれる自信がない。もうこの子を信じるしかない。

「…参考までに、いつ、そう思ったんですか?」

とは言いつつ、まだ逃げるための口実のために、肯定はしないでおく。


「最初に抱きかかえられて走ってくれた時ですかね。人をあんなに軽々と持ち上げて、しかもあんなスピードで走る人間なんて、たぶんいないですよ。」

大失態だ。そんなこと考えもしなかった。次回以降の参考にしないと。まあこんな状況は二度とこないと思うけど。


「そこまではまだ憶測でしたけど、この川に人は良く来るかって聞かれたときに、たぶんそうなんだろうなって思いました。」

やっぱり聡い子だ。というか僕が抜けていたのか。


「…怖く、ないんですか?」

「怖い?何がですか?」

「僕…グルガル族がです。」

「そんな!怖いわけないじゃないですか!こんなに仲良くなったのに!」

ああ、また涙が出そうだ。いや、もうめっちゃ流れてるわ…。

「でも、自分がグルガル族ってだけで、さっき涙を流したんですか?」


さっき涙を流した理由…なんだっけか。あぁ、グルガル族だから、この子と結ばれることは絶対にないって思って勝手に流れた涙だった。

こんなこと言っていいのかな。もういっか。ここまでバレてるんだ。多分僕の気持ちもバレてるに違いない。


「アヤさんのことを好きになってしまったからです。」

「ふぇぇぇえ!?」

あれ、全然バレてなかったっぽい。ヤバイはっず。


「え、えええ、ええ、え!?」

まあいいや。後の祭りだ。

「僕はグルガル族で、アヤさんは人間で。世界が絶対に許してくれない恋をしてしまったからです。ちなみに初恋なんですよ?」

「あ、あああ!ちょっと待ってください!ちょっといろいろ整理しないと…」


「グルガル族の皆も絶対反対する。人間にバレればそれこそ処刑までありえる恋をしてしまったからです。」

「あ…」

それを聞いて、アヤさんが冷静さを取り戻す。


「僕だけ処刑されればそれでいい。でも、人間の少女に故意に何度も触れたとして、僕の家族まで処刑されるようなことになったらと考えたら、やっぱり絶対に許されない恋なんだと気づいてしまったからです。」

「う、ううぅ…」

アヤさんの瞳からポロポロと涙がこぼれだす。


「泣かないでください。ごめんなさい、アヤさんを好きになってしまって。アヤさんが気に病むことはないですよ。」

「気に病みますよ!!」

っ…びっくりした。かなり大きな声だった。

「気に病みますよ…私も、同じ気持ちなんだから…」


やっぱり、好きになってくれていた。こんな僕のことを。

うれしい。今まで生きてきて一番うれしい。ああ。ネイトが言ってたことは本当だったんだな。自己肯定感がこの一瞬ですごく上がった気がする。ダビデは…まあ置いとこう。


「…アヤさんのその気持ちは勘違いだと思いますよ。怪我して弱ったところに、偶然ちょっと力持ちな男が通りかかって、そいつに優しくされて気がゆるんじゃっただけだと思います。」

「そんなことない!!」


やめてくれよ…否定しないでくれよ…僕も、否定したくなくなるじゃないか…


「そんなこと、あるんだよ。だって、僕はグルガル族なんだよ?人間が心底気持ち悪いって思う種族なんだ。多分、今日これから別れて、アヤさんが家に帰って、よくよく思い返したらとんでもない体験をしたって思うんだ。死ぬほど気持ち悪い体験しちゃったって感じるんだよ。人間の、僕らに対する感情は、須らくそうなんだ。だからきっとそうなる」

出来れば軍に報告はしないでほしいけど、ここまで来てそれを口に出すのはあまりにかっこが付かない。


「そんな簡単に割り切れて諦めが付く恋心なら、ジンさんが私を想う気持ちより、私がジンさんを想う気持ちの方がずっと大きい!」


「アヤさん…」

「私、転んだとき、すっごく心細かったの!それでジンさんが声をかけてくれた時、すごくほっとしたの!あなたの声を聴いた瞬間に心が軽くなったの!多分その時から、あなたは私にとって特別な存在なの!私の目が見えないことを気遣ってか、何をするにしても全部確認取ってくれて、そんなことしてくれた人今までの人生で一人もいなかった!ジンさんが今まであった人で一番やさしい人なの!しかも力持ちで、面白くて、イケメンで!グルガル族かもって思った時も少しも怖くなかった。むしろ、今まで聞いてたグルガル族の話は全部ウソだったんだってその瞬間理解したの!価値観が変えられたの!私、この先生きていく中で、あなた以上に魅力的な男性に会うことは絶対ない!」


静寂が訪れる。感情を爆発させたアヤさんが、正面を向いたまま、涙を流し息を切らす。そんなアヤさんの横顔を眺めることしかできない。


時間が、必要だ。今この瞬間に全部を決めることは不可能だ。もう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。恋はこんなに人のことをダメにするのか。少し怖くなった。




「…お互いのこと、全然知らないのに、なんで好きになっちゃったんですかね。」

2人とも、名前以外の情報をほぼ知らない。ただ、偶然出会って、少し話をして、それだけで好きあってしまった。


「分からないです。私だって、初恋なんですもん。恋することなんて絶対ないと思ってたのに。」

「じゃあ、お互いの性格がぴったり合ったってことなんですかね。だとしたら、すごく素敵な恋ですね。」

「ほんとに、そう思います。」


……頑張って、みるか。親父も母さんを射止めるために、アリエルのお母さんもアンドリューさんを落とすために努力したと聞いた。恋愛には、努力が必要なんだろう。


「アヤさん」

「いや、いやだよぉ…」


アヤさんは、まだ僕が諦めさせようとしていると思っているのだろう。そりゃあ、そうだ。ついさっきまでそうしてたんだから。


「アヤさん、ありがとう。本当に、めちゃくちゃうれしい。僕、グルガル族の中でも変な奴でさ。見た目もみんなと違うし、身体も弱いし、結構不器用だしで、皆と比べて圧倒的に劣っててさ。実は、劣等感まみれの男なんだ。でも、アヤさんに認めてもらって、すごく自信がついた。だから、ありがとう。」

「ジンさんが劣等感なんてありえないよぉ…私も、ありがとぉ…」

グスグスと涙を流しながら、礼を言われる。


「だから、こんな風に僕を変えてくれたあなたに、できれば、また会いたいなって思っている。次いつ会えるかは、分からないけど」


「本当!?」

「うん、本当。」

「良かったぁ。絶対、忘れてって言われるかと思った…。うれしい…うれしいよぉ…」

「本当に、いつ会えるかは分からないですよ?」

「それでも、うれしいよぉ」

「はは、そうだね。僕もうれしいよ。」


これは、大変な恋をしてしまった。どうしよう。

次にオウタ付近に来るのすらいつになるか分からないし、来たとしてもどうやって会えばいいんだろうか。

まあ、でも、お互いに次があると考えれば、それだけで毎日を頑張れる気がする。ネイトの言ってた通りだ。


ひとまず、こうなってしまったからにはとにかく頑張るしかない。




ふと、ネイトの言葉が脳裏をよぎる。

『キスしたいなって気持ちで、仕事が捗りまくるよ!』

そうだ、僕、これから仕事なんだ。この精神状態で働けるだろうか?こんなマインドで仕事なんてしたらいけないと思うんだ。中途半端になって同僚に迷惑をかけそうだ。だから、キスして仕事が捗るなら、キス、した方がいいんじゃないだろうか?


…なんて、キスしたいという気持ちの免罪符にいろいろ考えてしまった。今日を逃したら、次はいつ会えるかも分からないんだ。言いたいこと、したいことは、チャンスがあれば口に出した方がいいに決まってる。


ネイト、お前のせいだぞ。だから、親友のためと思って少し勇気を分けてくれ。あと一応ダビデ、お前も分けろ。


「あのですね、アヤさん」

「グズ…何ですか?」

「えーっとですね。もうそろそろ僕は仕事に行かないといけなくてですね。」

「…はい。」

くそお。あの二人の勇気全然力にならないじゃないか。


「これから仕事にいくと、次いつ会えるか分からなくてですね。なので、アヤさんとの思い出を作りたいと思っていまして。」

「…これまでの数時間は思い出になれないのでしょうか?個人的には非常にインパクトのある時間だったのですが。」

しまった!言葉を間違えた!しかも最低な間違え方だ!絶対ダビデのせいだ!


「そういうことじゃないです!もちろん、これまでの時間も幸せで、絶対に忘れることのない思い出です!ごめんなさい、誤解を招く言い方をしてしまいました!」

「フフフ、分かってますよ。何かあれば言ってください。ジンさんのお願いなら、何でも了承するつもりですよ?」

どこまで分かっているのだろう。それとも、全部お見通しなのだろうか。


それを聞き、覚悟を決める。アヤさんの前に移動し、片膝をついた状態でまっすぐアヤさんの目を見て、まっすぐな言葉で問いかける。


「アヤさんと、キスしたいです。」

「はい。私もジンさんとキスしたいです。」

紅潮した頬に笑みを浮かべ、斜め下を見ながら、僕に答えてくれる。


心臓が早まる。今日だけで1週間分くらい心臓が動いている気がする。

身体を近づけながら、自分の場所を知らせるため優しく右手で頬を触る。

アヤさんはというと、だれから習ったのか、もしかして経験がすでにあるのか、目を閉じ唇を僕に差し出している。体は少し震えていた。


息がかかるほどの距離になり、びっくりしないよう最後に一言かける。

「好きです。」


言い終えると同時に、唇を重ねる。

ちゃんとできてるかな?怖くなかったかな?嫌な臭いしてないかな?下手だったらごめんなさい。

どこまで行っても、僕は僕みたいだ。ファーストキスなのに、ネガティブなことばかり考えてしまう。


数秒だけのキスを終え、唇を離す。

「あっ…」

「あの、大丈夫でしたか?」


「私も、好きです。もう少し、してたいです。」


目を閉じたまま、一番うれしくなる言葉を言ってくれる。

何とか自分を落ち着かせ、もう一度ゆっくりと唇を重ねる。次はネガティブなことじゃなく、アヤさんのことだけを考えよう。


「んっ」


かわいい声が耳を撫でる。

アヤさんの言葉のおかげで、さっきのキスで不安に感じたことは一切出てこなかった。

しっかりと、アヤさんの息遣い、体温、唇の感触、匂い、鼓動を感じ取れる。そして、僕のファーストキスは、とてももったいないことをしてしまったんだと分かった。


長めのキスを終える。二人とも少し息が上がっていた。

紅潮したアヤさんの顔を間近で見て、言われようのない切なさに見舞われる。ゆっくり、だけど強めに、アヤさんを抱きしめていた。そこで今日初めて、許可を得ずに行動したことに気づいた。


「ねえ、ジンさん」

「どうしました?」


「次に会ったとき、私のどういうとこが好きになったのか、教えてほしいです。」

「どうしてですか?」

「だって、私ですよ?正直、顔も可愛くないし、髪の毛ぼさぼさだし、少し、ほんの少しだけ太ってるし、極めつけに盲目ですよ?ジンさんは自己肯定感低いって言ってたけど、私はその非じゃないくらい自分に自信がないんです。こんな子のどこが良いのか、すっごく気になってます。」

ああ、ネイトの言っていた意味がすごく理解できた。好きになった人が、自分のことを卑下するのは、確かに気持ちのいいものではないな。


「うん。分かった。次会ったときに全部伝えます。」

「ありがとうございます。約束ですよ」




長めの抱擁の末、ゆっくりと体を離していく。

「よし!本当にそろそろ行かないと!」

というより、ほぼ遅刻確定。まあ、今の僕にとって体罰の一つや二つどんとこいって感じだけど。

「はい!今日は本当にありがとうございました!」

「こちらこそ。これからもよろしくお願いします」

「うん!」

また、満面の笑みで返してくれる。本当に、その笑顔を見るだけで力が湧いてくる。


「それじゃあ、どこまで送りましょうか?わかりやすい場所まで送りますよ。」

「わあ、すごい助かります!じゃあ、ここに来るまでの道にベンチがあるんですが、そこまでお願いしたいです。」

「了解!じゃあ出発しますね!」

「きゃー!」

出会ってすぐのときみたく、抱き上げ、猛スピードで走り出す。この反応を見れるだけで、僕は幸せみたいだ。




数分でベンチを見つける。川からは少し離れているが、道の両脇には木が点在しており、ここも雰囲気がとても良い。

「はい、到着です」

「ありがとうございます!」

ベンチのそばにゆっくり立たせる。アヤさんは手でベンチを見つけ、そのまま腰掛ける。


「このベンチ、私のお気に入りなんです。毎朝の散歩でも、絶対ここにきて、休憩してから帰るんです。」

「じゃあ、アヤさんに会いに来るときは、まずここを探しに来ますね。」

「はい!ぜひそうしてください!」

よし、簡易的ではあるが、待ち合わせスポットもできた。これで会える確率が少し上がったぞ。


「それじゃあ、仕事に行ってきます。」

「はい、いってらっしゃい」

なんでもないはずの言葉のはずなのに、なぜこんなにうれしいんだろう。

パッと、周りに人がいないことを確認する。


「んっ」

「!?」


気持ちを抑えきれず、最後にもう一度キスをする。少しびっくりさせてしまったみたいだ。でも反省はしてない。


「またね!」


そう言い、走り出す。少し進んでから、うしろからまたねー!という声が聞こえてくる。

ああ、心が躍って、力が漲ってくる。今日はすごくいい仕事が出来そうだ。




あ…、ネイトとダビデとの約束のことを忘れてしまっていた。このことをどう説明しようか。

まあ、良い。しこたま考えて、みんなが少しでも嫌な気持にならない伝え方を考えよう。

かなり苦労すると思うが、これが僕が選んだ道だ。アヤさんと少しでも一緒にいるために、とことん、苦労しよう。

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