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47 王の独り言

≪ジン視点≫




……ここに来るの、埋葬して以来になっちゃったな。


「久しぶりになっちゃってごめんなさい、アヤさん。…唐突だけど、僕、この国の王になったんだ。それで忙しくてなかなか来れなかったんです。ごめんなさいでした。」


丘の上に立つ、たった一つの石碑。

かつての恋人、アヤさんの墓標。

彼女の前では、可能な限り明るく振舞おう。


王になって早一カ月。本当に、文字通り目が回るような日々だった。

最初の1週間は、全国民、500万人のグルガル族に対する説明に費やした。

人間がいなくなったこと。僕がひとまずの王になったこと。これからは自分たちのためだけに行動していいこと。他にも、山ほど。


次の週には、アータバルという国から来た軍人への対処と尋問。

そして今までアンクーバーにあったはずの、この国の軍の総本山から、捜索隊が瓦礫を掘り起こして持ち帰ってきた膨大な資料を読み漁っていた。


「そういえばアヤさん、神堕(かみおち)って知ってますか? 僕ね、神堕ってやつが起こったらしいんだ。そのおかげで、アヤさんとおそろいの魔法を使えるようになったんですよ。運命的ですね。」


資料を読み漁る中で見つけたその言葉。

脳内で乾いた炸裂音が聞こえてから、膨大な魔力の増幅が起こる現象。

そして、その者には超常的能力が発現する。


僕の能力は、元々身体的特性に優れるグルガル族の、さらに数倍へと身体機能を跳ね上げるものだった。

アヤさんに治療してもらった背中の傷が一瞬で治ったり、もう怪我すらできなくなったり、誰より速く走り、どんな重いものでも持ち上げれて、視界はとんでもなく広くなった。

……すべてにおいて圧倒的に劣っていた僕が、今ではすべてにおいて同族を凌駕してしまった。


「そういえば、ザック・シルヴァンって知ってる? あいつも神堕してたらしいよ。それで、他人の思考が読めるようになったんだって。そりゃあ、僕たちが反乱を企てても、事前に阻止されるわけだよね。」


ザック・シルヴァン。あいつも「堕ちた」一人だった。

だが、『他人の思考を読む』という能力があまりに便利すぎて、世間には神堕を公表せず、「規格外の魔力量を持つ最強の魔法師」としてだけ公表していたようだ。

存在自体を秘密にしなかったのは、圧倒的な武力として君臨することで、諸外国への抑止力にするためらしい。


あいつが一番重宝されたのは、国家間の首脳会談の場だった。

一軍の大佐という肩書のまま、表向きは『最高位の軍事顧問』としてトップの背後に控える。けれど実態は、あいつがその会談のすべてを支配していた。

対面する他国の元首たちが提示できる譲歩の限界点を、彼は背後から正確に読み取る。そして、自国のトップにそれを囁き、相手国が最も血を流し、この国が最大の利益を得られる条約を呑ませていたんだ。


「人の思考が読めるなんて、ずるいよね。僕もそんな能力が欲しかったなー、ははは」


乾いた笑いが、潮風に消える。



…ま、そいつも死んだんだけどね。



アヤさんに話したいことが山ほどある。時間はどれだけあっても足りない。

でも。一億人もの人間を殺した僕なんかと、アヤさんはもうお話したくないかもしれない。「お前みたいな殺人鬼、近くに来るな」って思ってるかもしれない。

……ごめんね。僕のわがままで押しかけちゃって。


「そうだなー、次は何話そうかなー。」


そんなことを言いながら、視線を海へと向けた。

その時。5kmほど離れた沖合の一点に、微かな違和感を捉えた。


「……何か、いる」


神堕して強化された僕の視力でなければ絶対見えない、水平線のギリギリ。そこだけ波が不自然に歪んでいる。目を凝らすと、その周囲の水が、わずかに赤く染まっているのが見えた。


「……血?」


怪我をしている何者かが、こちらを観察している。


「……殺したほうが、いいかな。」


そう思い、手をそちらに伸ばす。


だがそこで、躊躇が生まれた。

今魔法を使ってしまっていいのかな?


今、この正体不明のなにかに魔法を使えば、これから日を跨ぐまで僕は魔法を使えなくなってしまう。

その間に、もし他国の軍が攻めてきたらどうする?こちらはまだしっかりとした軍を作り上げていない。僕が魔法を使うだけで、かなりのリスクが生まれてしまう。


「…それでも、いいか――」

「王よ、もうすぐ時間です。」

決心しかけた瞬間、背後から声が届いた。


「……もうそんな時間なの? ガルシア。」


僕は独り言を切り上げ、背後に立つ元村長、ガルシアに向き直った。

「申し訳ございませんが、この後も予定が詰まっておりますので。」

「そっかー」


僕は、沖合の『見えない何か』に向けていた手を、ゆっくりと下ろした。


「ねえ。僕のこと、前みたいにジン君って呼んでもいいんだよ?」

「いえ。それでは他の者に示しがつきません。貴方は現在、この国の主なのですから」


ガルシアは表情を変えず、慇懃に頭を下げた。

まあ、そうだよね。僕も、もう「君」なんて呼ばれるような、ただの子供じゃない。


「これからの予定って、なんだっけ?」

「通貨の再定義、および国防軍の設立についての評議です。」

「うわー……。僕には、ちょっと難しそうだな。いろいろ頼むね、ガルシア。」

「御意のままに。」


ガルシアとの簡潔なやり取りを終え、僕は町へと戻るべく歩き出した。

けれど、その前にもう一度だけ立ち止まり、背後の海を振り返る。

存在が見えない、血を流す『何か』。

その正体が何であれ、僕に向けられた視線は不快で、そして何より不吉だった。


「……まあ、いっか。もう少し遅い時間にまた見かけたら、その時殺せばいいや。」


「王よ。何か仰いましたか?」

「ううん。なんでもないよ。……それじゃあね、アヤさん。」


僕はもう一度だけ石碑に微笑みかけ、ガルシアの後ろを歩いた。

眼下には、驚異的な速度で開発が進むリティッシュ・ランバの街並みが広がっている。

一億人の死体の上に築かれた、僕たちのための楽園。


その楽園を脅かす者がいるのなら…。

僕は躊躇なく、その命を摘み取る。

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