35 魔力測定
ウィット大佐は一度だけ周囲を見渡し、少し考え込んでから言った。
「ホームズ中尉。2Mを運んできてください。」
一瞬、空気が止まった。
「えぇ〜……本気ですか大佐、自分一人で?」
露骨に嫌そうな声で、ホームズ中尉が肩をすくめる。
「あれを一人で運ばせるとかどんだけ鬼なんですか…。台車使っても腰に来るやつですよ。」
ちらりと僕を見る。
「…魔法、使っていいですよね?」
「構いません。」
「はいはい…分かりましたよ…。」
そう言ってホームズ中尉はトボトボと広場を出ていった。
その背中を見送りながら、カリル軍曹が小さく呟く。
「あれを実際に使うの初めて見るな…。」
「ええ。通常の測定は、意味がないと判断します。」
5分ほどして、再び足音が近づいてきた。
今度は重い金属音と、微かに空気が震える感覚を伴って。
現れたホームズ中尉は、台車を押していた。
その上に巨大な電導石を載せて。
2メートル四方。
角はすべて丸く削られ、表面には無数の細い溝が走っている。
それは異様な存在感を放っており、ただそこにあるだけなのに空間が歪んで見える。
ホームズ中尉の身体には、青白い光が走っていた。
電気魔法による身体強化。
バチバチと、空気が弾く音がする。
「ふぅ~。はい大佐。納品完了です。…追加注文は受け付けませんよ?」
額に汗を浮かべながら、台車を僕らの前に固定する。
固定しながら「これで怪我したら公務災害申請しますからね」とブツブツ言っていた。
「ご苦労さまです。」
ウィット大佐は淡々としていた。
彼女は僕に向き直る。
「説明します。」
指先で、電導石を示す。
「これは特別製の、電気魔法師専用の魔力測定用電導石です。通常の入隊試験では、もっと小型のものを使用します。」
彼女は続ける。
「一般的な軍人…魔力3万の者は、10分間で一般家庭一ヶ月分の電力を充電できます。1.5メガワット相当の電力です。その場合使用する電導石は、拳サイズで十分です。」
彼女の視線が、再び巨大な石に戻る。
「ですが、これは違います。民間住宅百軒分の、一年分の電力を貯蔵可能となっております。数字にすると、1800メガワット。」
この場は僕以外それを知っているはずなのに、彼女以外全員が口を噤んでいる。
「この電導石に、10分間、電気魔法を流してください。電導石は蓄積された電力量に応じて、輝度が変化します。その最終状態から、魔力量を算出します。」
説明は冷静だった。
だが、その声の奥に、わずかな緊張が滲んでいる。
「このサイズを使うのは、魔力量50万以上が想定範囲です。」
ホームズ中尉が乾いた笑いを漏らす。
「……10分以内に白くなったら、笑っちゃいますね。」
「あの…」
話が見えず、質問してみる。
「10分以内に白くなるとは、どういう意味ですか?」
「はい。電導石は電力を保持すると青白く発光しますが、充電が完了すると青みがなくなり完全に白色になります。10分でこれが白色になると、その人物は10分で1800メガワットの電力を充電したことになります。魔力に換算すると…」
「2000万です。」
ゾッとした。
2000万…。そんな数字、聞いたことがない。
…あ、いたわ。ザック・シルヴァン大佐。あの人も実は神堕してるんじゃ…?
「ホームズ中尉の懸念も分かります。なので、念のため。」
彼女は懐中時計を取り出した。
「白色発光は、基本的には起こりません。ですが、10分以内に白色に至った場合、その時間から魔力量を算出します。」
一拍置き、僕を見る。
「参考までに、ウエステイルさんの神堕前の魔力量は?」
「…8、でした。」
「ミュラー一等兵。これは事実ですか?」
「はい。自分は証明書も確認しております。」
「そうですか。分かりました。」
その場の誰も笑わない。そんなのは過去の数字だ。
これまで見せた魔法で、それはありえないと分かり切っている。
「それではウエステイルさん。電導石に触れ、電気魔法で魔力を流してください。」
「触れた瞬間から、計測します。」
…よし。
僕は一歩前に出る。
巨大な電導石の前に立つと、その表面は、妙に静かだった。
深呼吸一つ。
「それでは、触ります。」
そして、手を置いた。
次の瞬間だった。
白。
発光、ではない。
青さも、眩しさも、熱もない。
ただ、白という状態が、そこに発生した。
溜まる、という過程が存在しなかった。
段階も、遷移も、前兆もない。
どす黒い石が、言われていた青みを一切帯びることなく、白色に変化した。
「…………」
誰も、声を出さなかった。
ホームズ中尉が、ゆっくりと目を見開いたまま、動かない。
カリル軍曹の喉が、小さく鳴る。
ジョンは、息をしているのを忘れたように立ち尽くしていた。
ウィット大佐の視線が、懐中時計に落ちる。
秒針は、一秒も進んでいなかった。
「…あー……ハハハ…ハハ…」
先に話した通り、ホームズ中尉が笑い始めた。脳が理解を拒んでいるのだろう。
ウィット大佐が懐中時計から電導石に目を移し、静かに言った。
「……輝度、最大。」
言葉を選ぶように、続ける。
「経過時間、測定不能。」
再度の沈黙。
このような測定の場に全然慣れていない自分だけが、この状況を理解できてなかった。
「あ、あの~。」
沈黙に耐え兼ね、言葉を発する。
「この石の調子が悪かったとか、もともと充電されてたとか、そんな可能性はー…。」
「…ねぇよ。電導石に不具合なんて聞いたことねえし、少しでも充電されてたら青みがかるんだよ…。」
「そ、そうなんですねー…ははは。」
ホームズ中尉にしっかりと否定されてしまった。
…。
えーっと…この後は、どうするんだろう…?
「……測定方法を、変えます。」
電導石を見続けていたウィット大佐が、ようやく僕に視線を移す。
「光魔法による測定を行います。ウエステイルさん、蜃気楼を生成してください。」
「蜃気楼…ですか?」
「はい。光魔法による疑似実態投影です。生成できる最大サイズの球体を作り出してください。」
蜃気楼…作ったことないけど大丈夫かな…。
「…測定器具、取ってきます。」
ホームズ中尉が、今回はけだるさを見せずに扉に向かって歩いていく。
帰ってくるまでに、どんな測定になるのか聞いてみよう。
「蜃気楼で、どうやって魔力を測定するんですか?」
「説明します。光魔法師の魔力は、3万で直径17センチ、5万で直径20センチ前後の球体を生成できます。球体の大きさを測り、それをベースに魔力を算出します。」
なるほど、考えられてるなー。
「ただいま戻りました。」
手にコンベックスを持ってホームズ中尉が帰ってきた。
大きさの測定はかなりアナログらしい。
「ありがとうございます。中尉。」
今度こそ…分かるのかな。
僕の魔力量。
「それではウエステイルさん。お願いします。」
その言葉に頷き、少しだけ前に出る。
始めての生成だから少し緊張するけど、不可視化もすぐにできたんだ、何とかなるはず。
意識を集中させる。
蜃気楼は、透明すぎてもいけない。
曖昧すぎても測れない。
…しっかり、見えるようにしないと。
空間に、光を編み込む。
最初に僕の前に現れたのは、拳大の歪みだった。
その歪みが、薄白のしっかりとした球体に変わる。
…見やすい色の方が測りやすいよね?
緑色の光だけを、反射させるイメージで…。
その球体を、ライトグリーンに変える。
「は!?いや、お前…」
「ホームズ中尉、静かに。」
そしてゆっくり、しかし止めることなく膨らませていく。
「……ぉぃ。」
ホームズ中尉の声が、かすれる。
こぶし大。
キャベツ大。
スイカ大。
それでも、まだ止まらない。
緑の球は、まるでそこに“存在している”かのように、安定して形を保ち、肥大化していく。
「……」
ホームズ中尉が、思わず一歩下がる。
直径1メートル。
2メートル。
3メートル。
誰も、声を出せない。
蜃気楼は、巨大な緑色の球体として、そこに浮かんでいた。
まだまだいけるなーと思い、ウィット大佐の方をちらりと見る。
「止めるな。...限界まで。」
…了解。
じゃあ、もう少し。
光を、さらに注ぐ。
球体は音もなく、だが確実に膨張した。
「…これ以上は、大きくできないと思います。」
しばらくして限界を感じ、皆に声をかける。
「ホームズ中尉、お願いします。」
「…了解…です。」
中尉が駆け足で球体に近づく。コンベックスを地面に起き、端から端までの距離を測る。
「……9……」
こちらにギリギリ聞こえる声量で呟く。
「9メートル……いや……」
数秒後。
「……直径、9.5メートル…です。」
その声は、乾いていた。
彼は片膝をついたままコンベックスを離し、しばらく黙り込む。
そして、頭を掻きながら、笑うように息を吐いた。
「……計算、合ってるよな……?」
誰に言うでもなく、独り言のように呟きながら、指を動かす。
「魔力5万で20センチ……直径は一次比例………9.5メートル……」
計算が終わった瞬間、彼の動きが止まった。
ゆっくりと、顔を上げる。
「……48…億」
誰かが、息を呑む音がした。
「魔力量、48億。」
ホームズ中尉が、淡々と、しかしどこか壊れた声で言った。
「へー。」
48億かぁ。
…
「は?」
48億?
沈黙。
ウィット大佐は、蜃気楼を見上げたまま、しばらく動かなかった。
やがて、短く言う。
「…色は、他の色に変えられますか?」
「あぁ…はい。」
球体を赤色に変化させる。
「っ…。では、単色ではなく複数の色にすることは?」
「できると…思います。」
とりあえず、半分を赤、もう半分を緑にする。
絵を描いてみようかなと思ったが、複雑な色味はイメージが難しく、今の僕ではできないみたいだった。
「…ごめんなさい。絵を描こうと思ったのですが、少し練習が必要みたいです。」
「絵をっ……分かりました。十分です。解除してください。」
僕が意識を解くと、巨大な蜃気楼は、音もなく霧散した。
ウィット大佐は、全員を見回した。
「測定結果。イネス・ウエステイル。魔力量、48億。」
彼女は、はっきりと告げた。
その言葉が、広場に落ちる。
冗談みたいな数値なのに、誰も笑わない。
誰も反論しない。
誰も疑わない。
ホームズ中尉が、乾いた息を吐きながら話し始める。
「…これまで記録上、魔力が一番高かったのは、リティッシュ・ランバ軍の、ザック・シルヴァン大佐…。魔力量、10億。」
彼が現れるまで、魔力が1番高かったのは300万ほどだった。シルヴァン大佐は突然変異と言えるほどの怪物だったのだ。
なのに...
「……その、5倍だな。」
5倍。
その言葉で、ようやく現実が落ちてきた。
胸の奥が、ずしりと重くなる。
手足が、自分のものじゃないみたいに遠い。
覚悟を決めてこの場所に来たはずなのに、自分が恐ろしくなり身体が震え始める。
……いや、何を震えてるんだ。莫大な金が必要なんだろ?それが、叶えられるじゃないか。
それだけを考えろ。それ以外、必要ない。
身体の震えが止まる。
そして、ウィット大佐が口を開いた。
「300年で、3人目。」
「神堕、確定です。」




