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34 他人からの視線

一人になり、20分ほどが経過した。

公園の入口から、足音が近づいてくる。


先に見えたのはジョンだった。その少し後ろ、半歩距離を取るようにしてもう一人の男が歩いてくる。

背は高く、体格はがっしりしている。軍服は着ているが、どこか着崩していて、長年現場に立ってきた人間特有の“摩耗”が見てとれた。


「こちら、シャキール・カリル軍曹だ。」

ジョンが短く言う。

男は立ち止まり、僕をじっと見た。


…視線が重い。

人間を相手にしているというより、得体の知れない危険物を前にした目だった。


「シャキール・カリルだ。階級は軍曹。」

低く、抑えた声だった。

「話はミュラー一等兵から聞いてる。神堕したかもしれないだって?」


「はい」

「“かもしれない”じゃ話にならねえ。」

カリル軍曹は吐き捨てるように言った。


「神堕なんて、この300年で二人しかいないお伽話だ。そんなもん、はいそうですかと信じられるか。」


ごもっともだ。 僕だって、自分の体に何が起きてるのか、まだ全てを信じきれていないんだから。


「魔法を見せれば、よろしいですか?」

僕はそう言った。

カリル軍曹の眉が、わずかに動く。


「ずいぶん素直だな。」

そう言いながらも、彼は一歩、ほんのわずかに距離を取った。


もしかしたらこの人、もう僕を“普通の人間”として扱ってないのかもしれない。


「ミュラー一等兵。」

「はい。」

「コイツの魔法を見てから、現在までどのくらい時間は経過してる?」

「20分ほどであります。」

「そうか。」


ジョンに確認してから、僕の方を見る。

「イネス・ウエステイルと言ったか。今この場で見せろ。」

「分かりました。」


まず、電気魔法による身体強化を展開する。

魔力を抑え、最低限の出力で。

地面を蹴り、数秒で公園の端まで走り、戻る。


次に、透明化。

ほんの5秒だけ。すぐ解除する。


「……」


沈黙。

カリル軍曹は、何も言わない。

ただ、拳を強く握っている。その手は震えていた。

戦う気なんてないのに、この人の体は戦場にいるみたいに強張っている。


「…ミュラー一等兵。」

そしてようやく、声が出た。

「本当に、20分前にも能力を行使していたんだな?」

「はい。」

「光魔法で全身を消せる人間なんて、聞いたことはあるか?」

「私は把握しておりません。」


カリル軍曹は、ゆっくりと息を吐いた。

深く、長く。


「イネス・ウエステイル。」

「はい。」

「神堕したということは、他の誰かに伝えたか?」

「ジョンにしか伝えていません。」


一瞬、視線が交わる。

短いが、重い沈黙。


「……」

カリル軍曹が視線を落とす。

「三人目…なのか?」

独り言のように呟く。

その声は、低く、かすかに震えていた。


「イネス・ウエステイル。」

名を呼ばれる度に、背筋が伸びる。

「正直に言う。俺は、まだお前を信用していない。魔力量もまだ分からんしな。」

「はい」

「だが、見た限り、嘘も感じない。」


カリル軍曹は視線を逸らし、公園の外、町の方向を見た。

「…このまま、ここで話を続けるのは危険だ...本部に、直行する。」

迷いのない決断だった。

「州軍本部だ。総督閣下が来ている。」


ジョンが驚いたように目を見開く。

「え、今すぐですか?」

「ああ。1秒でも早い方がいい。」


カリル軍曹は僕を見る。


「ウエステイル。お前を、個人車両に乗せる。」

個人車両…まさか乗れる日が来るなんて…。

「…個人車両に乗るのは初めてです。」

「だろうな。」


民間人が個人車両に乗る機会なんて、まずない。車やバイクはかなり燃料を必要とするため、軍や王族以外は基本使わない。かなりの贅沢品である。

一般人は馬車か公共交通機関を移動に使用している。


「勘違いするな。お前を普通の客として扱うわけにはいかねえんだ。……危険物は公共交通機関に乗せられん。」


……僕は今後ずっと、こういう扱いになるのかな。




車内は運転席にジョン、後部座席に僕とカリル軍曹の3人だけが座っていた。


カリル軍曹は窓の外を見ている。

腕を組み、姿勢は崩さない。


でも…視力を強化した僕には分かる。

首筋から脈が速いのが見て取れる。呼吸が、ほんのわずかに浅い。


「…ウエステイル。」

「はい」

「車に乗る前に、無線で上官らに報告を入れた。今から中尉と大佐殿に会うことになる。お前には、二人にも先ほどと同じことをやってもらう。」

「分かりました。」


一拍、間が空く。

「……クソっ」

軍曹が小さく毒づいた。その言葉の裏に、「俺の手に負えるような案件じゃねえ」という悲鳴が混じっている気がした。


大丈夫ですよ。僕はお金さえ貰えれば、何でもしますから。


「ミュラー一等兵。」

「はい」

「この話は、極めて秘匿性が高くなる可能性がある。おそらくだが、箝口令が敷かれることも考えられる。」


ジョンの肩が、わずかに強張った。

「お前が見たこと、聞いたこと、推測したこと、その全部だ。家族にも、恋人にも、親友にも話すな。」


一瞬だけ、カリル軍曹の視線がルームミラー越しにジョンと交わる。

「命令だ。」

「了解しました。」


即答だった。

軽口の多いジョンが、冗談の一つも言わない。


「覚悟しとけよ。今日からお前の生活は、たぶん無茶苦茶になるぞ。」


…そうなんだろうね。

そんな気は、してる。


そして再び、沈黙が落ちる。

車内にはタイヤが瓦礫を踏む音だけが響いていた。




州軍本部は、学校とは比べものにならない規模だった。

高い外壁、重厚なゲート。

だが一番印象的だったのは、異様な静けさだ。おそらくこの災害を受け、大半が街の復興に出払っているのだろう。


「ここが、訓練用の広場だ。魔力測定もここで行っている。」

案内された先には、巨大な正方形の空間が広がっていた。

一辺およそ300メートル。

周囲は高い遮蔽壁で囲まれ、外部からの視認は完全に遮断されている。


「ここなら何が起きても、外には漏れない。」

…なるほど。普通の人間用じゃない。軍に入れるレベルの膨大な魔力を持った人間が使うための空間だ。


先に待っていた男が一人、壁にもたれて煙草をくわえていた。


「遅かったじゃない、軍曹。」

だるそうな声。

無精ひげ、くわえ煙草、気だるげな半目。

どう見てもやる気は感じられない。


「メンソン・ホームズ中尉だ」

カリル軍曹が紹介する。


「へぇ…君が?」

ホームズ中尉は僕を一瞥し、煙を吐く。

「神堕したかもしれないんだってね。」


飄々としながら彼は続けた。

「俺、前例が少なすぎる案件は嫌いなんだよねー。面倒くさいから神堕したってのウソの方がありがたいなー。」

やる気のない声でそう言いながらも、首元の脈拍はドクドクと早く打っている。


「おっ来た来た。お偉いさんの登場だ。」

ホームズ中尉は煙草を足で踏み消した。

そして、扉の向こうからヒールの足音が響く。


現れたのは、若い女性だった。

整った顔立ち、凛とした立ち姿、艶のある綺麗な黒髪は腰まで伸びている。

年齢は20代半ばから後半くらいかな。

「遅れてごめんなさい。」


「トリーシャ・ウィット大佐だ」

カリル軍曹が言う。


大佐…?こんな若いのに…?


彼女は僕を見て、淡々と口を開く。

「あなたが、神堕の可能性がある人物ですね。」


この人は、他の人と違って脈拍も穏やかだ。 何を考えているのか全く読めない。


「トリーシャ・ウィット大佐。重力魔法師です。」

さらりと告げる。

「先日は沿岸部で、津波の抑制を行っていました。以後お見知りおきを。」


……ああ。

この人は、立っている次元が違うのだろう。

向けられた視線だけで、肌が粟立つような圧迫感がある。この若さで大佐という地位に君臨している理由を、説明されずとも本能が理解してしまった。


「まず質問させてください。」

ウィット大佐は、僕から目を離すことなく言葉を続ける。

「ウエステイルさん。あなたは神堕したと申告していますが、超常的能力は発現していますか?」

「はい。」

「どのような能力ですか?」

「時間無制限での魔法行使と、電気魔法と光魔法の2種類を行使できるようになりました。」


すでにカリル軍曹が伝えていたのだろう、ホームズ中尉もウィット大佐も、驚いたような反応は見せなかった。


「魔力測定の前に、確認しましょう。カリル軍曹、ここに来るまでに、ウエステイルさんの魔法を確認しましたね?」

「はい。」

「それは10分以上前ですか?」

「はい。確実に30分以上は経過しております。」

「そうですか。」


彼女はカリル軍曹とやり取りをしながらも、一度も僕から視線を外さなかった。

「ではウエステイルさん、二つの魔法を行使してください。」

「分かりました。」


…幸い、ここは広い。嘘って思われないためにも全力で行こう。


まず、電気魔法を発動する。

身体強化を行い、足に電気フィールドを展開する。

身体の周りに青白い光がバチバチと走り始めた。


そして、この1辺300メートルの広場の内周を、全力で駆ける。


駆け出した瞬間、その場にいた僕以外の4人が突風に煽られて思わず目を閉じた。

次に目を開いた時、僕はすでに反対側の壁際に立っていた。

全員が、信じられないものを見る目で僕を見ている。


…どのくらい走れば良いんだろう?とりあえず3週くらいしとこうかな。


そう思い、皆を横目に2週目、3週目と走り切る。

最初に位置に戻ったのは、駆け出してから数十秒後だった。


ウィット大佐が、僕を見たまま静かに後ろを振り返る。

「…ホームズ中尉。彼と同じ速度で走れますか?」

「いやー、無理ですね。」

乾いた笑い。

「俺、一応魔力13万の電気魔法師なんですけどねー。はは」

「そうですか…。」


次にカリル軍曹を見る。

「カリル軍曹、もう一度確認です。彼は30分以上前に魔法を行使したのですね?」

「はい。間違いありません。」

「…分かりました。」


そして再び僕を見る。

「ありがとうございました。それでは、光魔法を行使してください。」

「はい。」


光魔法はどうしようかな…。ただ単に消えるだけだとインパクトが少ないと思うなぁ。

あっ、徐々に消えてみるか。


そう思い、まずは右腕から不可視化する。


「「!?」」

ウィット大佐とホームズ中尉が、同時に息を呑んだ。


「…なんだ…そのバカげた範囲の透明化は…そんなの見たことねえぞ…。」

「はい…私も見たことがありません…。」


あれ、これだけでかなり驚いてらっしゃる。広範囲の不可視化は視覚的にインパクトが強いみたいだ。

「いえ、まだ全然ですよ。」

そう言って、顔以外の全身を透明化させる。


「「……」」


二人とも言葉を失っていた。

「じゃあ、完全に不可視になるので、驚かないでくださいね。」

そう告げて、完全に不可視化する。


5秒ほど維持し、解除した。

二人は呆然としたままだ。


やがてホームズ中尉が、落ち着こうとするように震える手で煙草取り出す。何度かライターを弾き、ようやく火をつけ、下を向いたまま大きく煙を吐く。


「…あなたはその不可視化を、どの程度維持できるのですか?」

ウィット大佐の声は、冷静を保とうとしていた。

「えーと…試したことがないので正確には分かりませんが、ずっとだと思います。今までで一番長いのは15分程度ですが。」

「そう…ですか…」


大佐が静かに視線を落とした。その時、ようやく分かった。

この人は今、冷静なんじゃない。そう見せるのが上手いだけだったんだ。

その綺麗な横顔の下で、首筋の脈拍だけが、隠しきれない動揺を必死に刻んでいる。


数秒後、ウィット大佐が顔を上げた。

「分かりました。ありがとうございます。」

そして、はっきり言う。

「神堕だと、判断します。」


その場にいた全員の息が止まった。

けれど、大佐は感情を挟む間もなく、事務的に言葉を続ける。

「本日19時以降であれば、ボイド総督閣下との面会が可能です。それまでに、あなたの“数字”を確認します。」


彼女は僕を見据え、鋭く言い放った。


「ウエステイルさん。あなたの魔力量を測定します。」


その場に、冷たい緊張が走った。

『神堕』という理の外の存在。その中身が数字として暴かれる瞬間を、この場にいる全員が恐れている。…親友であるジョンでさえ、その恐怖から逃れられずにいた。

けれど、僕自身の心境は少し違っていた。


…どんな数字が出るんだろう。


これまで、神堕した人間の魔力が正確に測定されたことはない。

恐怖よりも、数字を知りたいという渇望が勝っていた。


僕は一歩、前に出た。

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