33 能力の確認
家を出て、しばらく歩いた。
振り返っても、家の窓はもう見えない。ソフィーがこちらを気にしてカーテンの隙間から覗いていたとしても、ここなら分からないはずだ。
僕は一度、深く息を吸った。
そして、病院から帰ってきたときと同じように、魔法を行使する。
身体強化。
電気魔法による筋肉と神経の活性化。
さらに足裏に電気フィールドを展開し、地面を蹴る。
…魔法が、使えてしまう。
今日、最初に魔法を使ってから、もう1時間近く経っている。
ソフィーと一緒に帰宅してからも時間は流れた。彼女の身体を拭いている間でさえ、魔法を使える『感覚』は消えなかった。自分でも信じられなかったけど、本当に使えてしまった。
…まさか、とは思っていた。
でも、今こうして改めて魔法を行使して、はっきり分かる。
10分間という制限が、なくなっている。
これは…かなりヤバいぞ。
電気魔法師の生成する電量はすさまじい。
魔力3万の電気魔法師が全力で10分間魔法を使えば、一般的な民家一軒の一ヶ月分の電力を充電できる。
そして僕は、間違いなく魔力3万どころではない。
これ、自分で電力会社を立ち上げたら、とんでもなく稼げるんじゃないか?
15億レンなんて、下手をすれば数日で稼げちゃうかもしれない。
…いや、でも電力会社を作るには初期投資も要る。設備も、人も、良く分からないけど多分認可も必要になってくるだろう。
僕が今必要なのは、即金だ。
即金で、しかも高額を払える組織…。
…やっぱり、軍しかないかなぁ。
そんなことを考えながら、僕は人のいない方向へと走り続けた。
目的地は、少し離れた山だ。
山の中腹に到着した。
息はまったく上がっていない。身体は軽く、感覚は研ぎ澄まされている。
「よし。」
まず一つ、はっきりしたことがある。
僕の神堕によって得た超常的能力の一つは、
『時間制限なしで魔法を使える』
という点で、ほぼ間違いないだろう。
……でも。
絶対に、それだけじゃない。僕は神堕してから、言葉通り「見える世界」が変わっている。
とてつもなく、目が良くなっているのだ。
服を見れば、布地の繊維一本一本まで分かる。
ここに来るまでかなりのスピードで走っている最中でも、数十メートル先を歩く蟻をはっきり視認できていた。
…しかも、目を凝らさなくても、だ。
違和感を覚え、振り向き、町の方向をじっと凝視してみた。
……は?
「いや…怖いんだけど…」
見える。いや、あまりにも見えすぎている。
家とは反対側にある学校に意識を向ける。
校門の前で、市民に笑顔で話しかけているジョンの姿が浮かぶ。
……毛穴まで、見える。
「いやいやいや、えぇ?」
パニックになりそうな頭の中で、可能性を並べる。
単純に視力が強化された?
五感すべてが鋭くなった?
脳が、見たいものを補完している?
それとも…。
…光魔法が、使えるようになった?
一番あり得ないと思った可能性が、なぜか一番しっくり来る。
嘘だろ……そんなこと、あるのか?
光魔法で出来ることを思い出す。
・視力増強
・触れている物体の不可視化
・蜃気楼生成
・他人の視界剥奪
この四つ。
「試して…みるか?」
足元に落ちていた、手ごろな石を拾い上げる。物体の不可視化を、試してみよう。これが出来れば疑いようはない。
手に魔力を流し込み、イメージをする。
石に当たる光を迂回させる、光のバイパスを作るイメージ。
石を避けて、光が僕の手に届くように。
反射した光も、同じようにバイパスを通って石を避けるイメージ。
そして、手の中にあったはずの石が…
「ほん…とに…?」
重さだけを残して完全に視界から消えた。
…決まりだ。
僕は、時間制限なしで魔法を使える。
そんな人物、コリン・ヴァレンタイン以外に存在していなかったのに。
そしてさらに、もともと使えていた電気魔法に加えて、光魔法を習得している。
…歴史上、2種類以上の魔法を使える人間など存在していなかったのに、だ。
でもこれは…どうなるんだろう?
光魔法は「一番使えない魔法」だとされている。
できることは多いが、スケールが小さすぎるのだ。
魔力5万の光魔法師でも、不可視化できる物体の大きさは小石程度。蜃気楼もキャベツ一玉分くらいしか作れない。
視界剥奪に至っては、相手の視界中央5%に黒点が出る程度だと聞いている。
実用的なのは視力増強くらいで、科学者が喜ぶ魔法だと聞く。ちなみにニコラス・スタークも光魔法師だった。
…でも。
僕は、神堕して、魔力がとんでもないことになっているはずだ。
…なんか、できる気がする。そんな気がしてならない。
そう思い、今度は自分の身体を、光のバイパスで包み込む。
……
…まじか。
「えっほんとに?ほんとなの?これ」
視界から、自分の身体が消えた。
完全な透明化。
「いや…これは…ちょっと…」
これは…まずい。どう考えてもまずい。
時間無制限で、透明になり続けられる。そして電気魔法で身体強化をし続けられる。
こんなの…悪いことし放題じゃないか。
…こんな能力を持って、軍に駆け込んでいいのかな?
一瞬、迷いがよぎる。
いや…やるしかない。
この力があれば、15億レンなんて交渉次第でどうとでもなる。
僕は、家族を、みんなを、幸せにしないといけない。
そのとき、ふと思い出す。
『僕がいっぱい働くから!皆が無理しないでいいように頑張り続けるから!』
『僕が、みんなの光になる』
…だからなのかな?そんな思いがあったから、時間制限がなくなって、光魔法を…?
いや、そんな訳ないか。…多分。
そんなことより、行動だ。能力は把握したし、これからは軍との交渉。
でも進め方を考えないとだなぁ…まぁ、それは走りながらでいっか。
僕は自分の身体を不可視化したまま、電気魔法で地面を蹴り、学校の方角へと駆け出した。
学校には、十数分で到着した。
敷地の中には入らず、少し離れた人のいない場所で立ち止まる。
周囲を確認してから、光魔法と電気魔法を解除した。
透明化が解け、身体強化も元に戻る。
…よし。
ここに来るまでの間、ずっと考えていた。最初にやるべきことは、一つしかない。
ジョンだ。
まずはジョンに話そう。二人きりで、神堕のことを打ち明ける。それから、どう動くべきか相談する。
きっと流れとしては、ジョンの上官を呼んで、同じ説明をして、さらにその上へ……という形になるんじゃないかな。
校内に入ると、すぐにジョンを見つけた。給水車の前で、笑顔で一般人に水を配っている。列は短い。
僕も最後尾に並び、順番を待つ。
「お!イネス!」
ジョンが気付いて、いつもの笑顔を向けてきた。
「お前は特別価格だ。1000レンで補給してやろう。」
無料のはずなのに…
「特別価格って安くなる時に使うんじゃないの?」
「そんなのは知らん!」
「ははは、そっか。でもお金持ってきてないや。あ、あとペットボトルも忘れちゃったから、また来るね」
そう言いながら、少し距離を詰め、小声で耳打ちした。
「少しだけ時間もらえないかな。相談したいことがある。二人きりで。」
ジョンの表情が、ほんの一瞬だけ変わる。
「……分かった」
でもすぐに頷いてくれた。
「校舎裏で待っててくれ。十分で行く」
その言葉を受けて、その場を離れる。まっすぐ校舎裏へ向かい待つことにした。
「待たせた。大丈夫か?」
数分後、ジョンがやってきた。
「全然待ってないよ」
僕は首を振った。
「ちょっとだけ、移動しよ。」
「…分かった。」
理由を聞かず、何も言わず、ついてきてくれる。
本当に、ありがたい。
裏口から学校を抜け、少し歩く。道すがら、僕は家族のことを話した。
父さんのこと。
兄貴のこと。
マリアさんのこと。
ジョンは一言も挟まず、ただ後ろを歩いてくれていた。
話し終えると、彼は短く言った。
「俺が力になれることがあれば、何でも言えよ」
「ありがとう」
…大丈夫、だよ。
学校から離れ、小さな公園に着く。
かつては家が並んでいた場所だが、今は倒壊していて、見晴らしがいい。
人の気配もない。
よし。
本題に入ろう。
「ジョン、驚かないで聞いてほしい」
少し間を置く。
「あと、これは必要な人以外には絶対に言わないでほしい。誰かに話すときも、必ず僕に断ってからにして。約束してもらえる?」
「ああ、約束する。」
迷いがなかった。これから何を言われるか見当もついていないはずなのに、僕のことを信用してくれている。
「ありがとうね」
一呼吸置いて、言う。
「…僕、神堕した。」
「…………は?」
予想通りの反応だ。
「僕、神堕したみたいなんだ」
「……いやいやいや」
「本当だよ。ちょっと見てて」
そう言って、身体強化と電気フィールドを展開する。
そのまま、公園を一瞬で5周した。
元の場所で、ぴたりと止まる。
「魔力8じゃ、こんなことできないよね?」
「……あ、あぁ……そう……かも…」
目を見開いたまま、言葉を探している。でもまだ理解しきれていないみたいだ。
「それでさ」
僕は続けた。
「これまで神堕した二人って、魔力上昇以外にも超常的能力が備わったって話じゃん?」
「……あぁ」
「コリン・ヴァレンタインは世界中の人が魔法を使えるようにして、ニコラス・スタークは同時並行思考を得た」
「…そう……だな。」
今でこれだけ驚いてるのに、この先はどうなるかな。
ちょっと、面白くなってきちゃった。
「僕もね、超常的能力が備わったんだ」
少し間を置く。
「…しかも、二つ」
「……聞かせてくれ。」
「今日さ、昼にカレーもらったでしょ?それから病院行って、だいたい1時間くらいいた。それで帰るときに、さっきと同じように魔法を使ったんだ。」
「ああ、それで?………はあ!?」
「うん。そうなんだ」
気付いたみたいだ。
今日魔法を使ってから、10分どころか、数時間が経っていることに。
「もう一つある。これは、見たほうが早いと思う。」
「ちょちょちょっと待て!頭が追いついてない!」
「大丈夫。一目で分かるから」
そう言って、光魔法で身体を透明化した。
「……っ!」
ジョンの呼吸が、一気に荒くなる。
透明化を解除する。
「…こういうこと、なんだ。」
僕は淡々と続ける。
「魔力が増えて、時間制限なしで魔法を使えて、しかも光魔法を習得したみたいなんだ。」
「ほんとに……ちょっと待ってくれ……頼む……。」
ジョンは目頭を押さえ、下を向いた。
数分間、沈黙が流れる。
このあまりにも非現実的な出来事の前に、何とか脳を落ち着かせ、理解させようとしているのだろう。
やがて、顔を上げた。
「……お前、その能力、マジでヤバいぞ。」
低い声だった。
「お前一人で…国が変わるぞ…」
「そう…かな?……そうかも…」
確かに。
この能力があれば、国の要人や軍のトップを全員殺害することなんて、いとも容易くできてしまうだろう。
そして無限に電力を供給することも可能だ。エネルギー問題が僕一人で解決できてしまう。加えて国の機密情報を抜き取り、他国に持ち込むことも可能だ。
ジョンの言う通り、国を変える力なのだと認識した。
…それでも。いや、だからこそ。
「……魔力量、まだ測ってないよな?」
「まだだね。」
「おそらく、1000万は超えてるぞ。」
「…そんなに、かな?」
「ああ。そんなに、だ。」
断言だった。
「魔力50万のバケモノみたいな光魔法師の話を聞いたことがある。だがそいつでも、包丁を消すのが限界だったらしい。…それでも100人以上殺して、逮捕されるまで4年かかったけどな。」
…なら…僕は…どれほどのことができてしまうのだろう…。
しかも、まだ全然大きな範囲を透明化できる感覚がある。
「…今ぱっと思いつくだけでも、お前は相当な要注意人物になっていることを理解してほしい。」
ジョンは真っ直ぐ僕を見る。
「それで、相談したいことって何だ?」
…そうだ。
僕が要注意人物だなんて、そんなことどうでもいい。
僕は、僕の大切な人たちのために、動かないといけないんだ。
「軍に入る。そのための手伝いをしてほしい。」
「…俺も、それがいいと思う。」
良かった。
やっぱり、それしかない。
こんな人間がうろうろしているのは危険すぎる。軍が、国が、監視しておかないとダメな人間だ。…そんな人物に、僕はなってしまったんだ。
「ありがとう。それで早速なんだけど、軍の偉い人と話がしたいんだけどできるかな?」
僕は続ける。
「僕は家族の治療を最優先したい。そのためにお金が必要なんだ。給与面についても交渉がしたい。そして、できれば今すぐにでもそのお金が欲しい。早めに軍の上層部と会いたいんだ。」
ジョンが黙り込む。
そしてしばらくして、口を開いた。
「……できる、かもしれない。この大地震の影響で、ギャレット・ボイド総督閣下がハマムからこの地域に来てる。…直近神堕した人物がいて、そいつが話をしたいと言ってきてるのであれば、話をすることは可能だと思う…神堕が嘘でないなら、だけど。」
…よし、よしっ!
「これからどう動けば、その人と話すことができるかな?」
「まずは俺の上官の軍曹だ。その人に説明して、それから尉官、佐官…最終的に総督だと思う。…今からこの場に、上官を連れてきていいか?」
「うん、頼むよ。…ありがとね、本当に。」
「いや、いいよ…」
ジョンは少し迷ってから、言った。
「…なぁ、イネス。お前、大丈夫か?こんな能力を持ってて軍に入ったら…どんな仕事を任されるか、俺も想像がつかないぞ。多分…いや、絶対に、お前の望まない仕事ばかりになるはずだ…それでも…」
ジョンは口を噤んだ。
心配をしてくれているのは分かる。でも僕の家族の状態もあるし、この能力を軍以外で使うということが考えられないのだろう。
「大丈夫。」
でも、僕の考えは変わらない。
「自分で決めたことだから。」
家族を、守る。
「…そうか。すまん、余計なこと言ったな。」
ジョンは行ってくると言い残し、学校へ走り出した。
…ああ、覚悟はしてたけど、やっぱり少し不安になってきたな。
人を、殺す任務とか、そういうのもあるのかな…あるんだろうな…。
でも。
家族だ。
家族を守るための力なんだ。
そのためなら、僕は…どんなことだって…。
そう自分に言い聞かせて、ジョンが戻るまで、僕はその場に立ち尽くしていた。




