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27 昨日より、少し明るくなるはずの今日

朝、最初に目が覚めたのは僕だった。


……重い。


胸の上に、はっきりとした重さがある。

寝ぼけた頭で視線を落とすと、ソフィーがぴったりと張り付くように眠っていた。片腕が僕の身体を抱き、額は胸元に押し当てられている。


…あ。


昨日の夜のことが、一気に頭に流れ込んできた。

泣きじゃくって、弱音を吐いて、抱きしめられて、そのまま眠ったこと。


「…うぅ~」

恥ずかしさで変な声が出た。そして一気に目が覚める。

顔が熱い。今さらながら、とんでもない痴態を見せてしまった気がしてならない。


ソフィーの呼吸は穏やかだ。エマちゃんも自分のベッドで静かに眠っている。

二人を起こさないよう、ゆっくりと体をずらし、慎重にソフィーの腕を外す。


ギシ、と小さくベッドが鳴ったが、二人は起きなかった。


ほっと息をつき、リビングの机の前の椅子に腰掛ける。

朝の光が、カーテンの隙間から薄く差し込んでいた。


さて、今日だ。


まず最初にやらなければならないことがある。

エマちゃんに、両親に会いに行きたいかを聞くことだ。


昨日、僕が病院を出たあと、どうなったのかは分からない。…それこそ、最悪な事態になってる可能性だってある。

それでも、まだ皆が病院にいることは間違いないし、皆に会いに行きたいかと、エマちゃんの気持ちを確認するのが今の最優先だ。


もし「行きたい」と言われたら、学校の炊き出しをもらってから病院へ向かおう。

歩いたら一時間弱。遠いけど、仕方がない。


もし「行きたくない」と言われたら……今日は家の掃除かなぁ。

その時は遠慮なくエマちゃんにいっぱい働いてもらおう。

適度に仕事を与えるんだよね?ジョン。


そこまで考えたところで、背後から小さな物音がした。


「ふぁ~あ…おはようございます。」


振り返ると、ソフィーがベッドで身体を起こし、寝ぼけまなこを擦っていた。


「おっ、おはよう。…あの~えとぉ…昨晩は、その、ごめんなさいでした…」

気恥ずかしすぎて、思わず口から出た言葉だった。

お願いだっ!忘れててくれ!!


僕の言葉を聞き、何かを思い出したように顔を赤らめながら、ソフィーはニコッと笑い首を横に振る。


「いえ!昨日は一日中、ありがとうございました。心も体も、本当に助かっちゃいました。昨晩のことなんて、ぜんっぜん気にしないでください!……謝らないといけないのは私だし…」


「いっ、いや~そうですよねぇ。はははっ」

うぅ、そりゃ忘れてないよねぇ…。

……ん?ソフィーが何を謝るんだ?


そんなことを考えていると、ソフィーはゆっくり立ち上がり、近くに置いてあった松葉杖を手に取る。そのまま僕に近づき、前に立つと、何も言わずに抱きしめてきた。


「……どうしたの?」

「確認です。」


小さく息を吸ってから、囁くように言う。

「私と二人のときは、本当に我慢しないでくださいね?いつでも…胸でも、なんでも貸しますから。」


一瞬、言葉に詰まる。

でも、すでに人生一みっともない姿も見られてるし、こんな状況だしで、拒む理由なんてどこにもなかった。


「…ありがとね。」

そう言って、抱擁を受け入れる。

ソフィーの体温が、静かに伝わってきた。


そのとき、別の方向から布が擦れる音がした。

エマちゃんだ。


ゆっくりと上体を起こし、しばらくぼんやりと天井を見つめている。

やがて目に涙が溜まり、こぼれそうになるが、エマちゃんはそれを必死にこらえた。


「…おはよう」

小さく、でもはっきりとした声。


「っ…おはよう!エマちゃん!」

「おはよ!」

僕とソフィーが返す。

えらい。よく頑張った。よく我慢できたね。喋ってくれて、ありがとう。


僕は立ち上がり、エマちゃんのそばへ行く。

ベッドの端に腰を下ろし、目線を合わせる。

早速、最優先確認事項だ。


「エマちゃん。早速だけど、昨日の話の続きをしてもいい?」

「…うん。」

少しだけ迷ってから、答えてくれた。


「…お父さんとお母さんに、会いに行きたい?」


その問いかけに、エマちゃんは答えず、僕に抱き着いてきた。

胸の中でコクリと頷く。


「本当に大丈夫?おっきい怪我しちゃってて、ちゃんとお話しできないかもしれないけど、それでも大丈夫?」

「…」

もう一度、コクリ。


「…分かった。じゃあ、お昼の炊き出しをもらってから、歩いて病院に行こう」

最後の、コクリ。


「ソフィーはどうする?」

顔を向けそう聞くと、ソフィーは少し考えてから言った。


「うーん…この足なので、一緒に行くのは難しいと思います。なのでこの家を掃除しながら二人の帰りを待ちたいんですが、大丈夫ですか?捨てていいものと悪いものが分からないので、とりあえず割れた食器とからガラスを優先的に捨てる感じにしようかなと思ってるんですけど、どうでしょうか?」

「ありがとう!そうしてもらえるとすっごい助かる!」

よし、今日の予定が決まったぞ。


それから炊き出しの時間まで、三人で軽く家の中を整えた。

少しして時計を見ると、その時間が近づいていた。必要な身支度も特にないので、直ぐにでも出れる状態だ。


「よし、じゃあ行こっか」

そう言って3人で玄関に向かい、扉を開ける。


今日も、長い一日になりそうだ。

それでも、昨日よりは少しだけ、前を向けている気がした。




学校に到着した。


来るまでの道中は、昨日とはまるで別世界だった。

悲鳴も、泣き叫ぶ声もなく、ただただ静かだった。…これまでの日常と比べても、必要以上に静かだったけど。


校庭には大きめの車が何台も停まっていた。

形から推測するに給水車だろう。家の断水という悩み事が一つ減ったと、胸の奥でほっと息をつく。


炊き出しを支給している場所に近づくにつれて、嗅ぎなれた匂いが漂ってきた。

おっ、カレーかな。


支給は始まったばかりのようで、校舎の前にはすでに長い列ができていた。

僕たちはその最後尾に並ぶ。


ソフィーには僕の前に並んでもらい、エマちゃんは横で手を握っている。

周りの人たち含め、誰も多くを話さない。ただ順番を待つだけだった。


思っていたよりも、列は早く進んだ。

順番が来ると、紙皿にご飯が盛られ、その上からたっぷりとカレーがかけられる。

めちゃくちゃいい匂い!当たり前だが朝何も食べていないので、この匂いでかなり食欲が刺激されてしまった。逞しいな僕も。


受け取る瞬間、ふと横を見ると、少し離れたところでジョンも同じようにカレーをよそっていた。

昨日と同じ、良く似合った軍服姿だ。


「昨日は本当にありがとう。仕事、頑張って。」

邪魔しちゃ悪いので、直接声をかけることはせず、ボソっと囁いて終わりにする。


軍の人からソフィーのための椅子を一脚貸してもらい、僕とエマちゃんは花壇の石垣に座って、3人でカレーを食べる。


「おいしいねっ!」

「はい!おいしいですね。温かい食べ物久しぶりな気がします!」

「おいしい…」


ソフィーの言う通り、久しぶりの温かい食事だ。

エマちゃんはまだ元気がないけど、昨日と比べて圧倒的にしゃべってくれるようになった。大きな進歩だ、うん。


食べ終え、紙皿を捨てる。

「よし、じゃあ僕とエマちゃんは今から病院に…あっ」

「どうしましたか?」

「ちょっと待っててね。」


早速病院へ向かおうと思ったが、近くに軍人がいたので声をかけた。

「すみません、あの大きい車って給水車ですか?」

「あ、はい!そうですよ。」

若くて綺麗な、元気な女性だった。


「ありがとうございます。ちなみに、お水はどうやってもらえばいいですか?家が断水してしまっていて…。」

「一人二本、ペットボトルを支給してますよ。それで足りなくなったら、給水車から補給する形です。飲める水なのでご安心ください!」


「承知しました。あとすみません、体を洗いたいんですけどどうしたら…」

「あ、それならウェットティッシュを配ってますよ。水は貴重ですからね!」

なるほど。


「諸々ありがとうございます!これから行くところがあるので、ひとまず水は僕とこの子は1本ずつって形でいいですか?残りの水とウエットティッシュは、また帰りに寄るのでその際にいただければ嬉しいです。」

「もちろん大丈夫ですよ!」


「よかったです。ソフィーはどう…」

あっ。

「ごめんソフィー、松葉杖だったの忘れてた。とりあえずソフィーの分のお水2本、これから家に持っていこうか?」

「いえ、お構いなく!私もひとまず1本だけもらっていきます。帰ってくるときに私の分も持ってきていただけますか?」

「おっけー。」

全く問題なし。


「すみません軍人さん、ご丁寧にありがとうございました。」

「いえいえ、なんでも聞いてくださいね!」


ジョンといいヨシュアといい、軍人は良い人しかいないのかな?

「それでは失礼します。」

「お気をつけて~!」

頭を下げる。

これで道中喉が渇いても大丈夫だ。


「じゃあ、行こっか」

そう声をかけると、エマちゃんが小さく頷く。




少しの間3人で歩き、別れ道に到着した。ひとまずはここでソフィーとお別れだ。

「それじゃね、ソフィー。家まで気をつけて帰ってね。」

「はい…。あの、イネスさん、ひとつお願いしてもいいですか?」

「いいよ。どした?」

「…家までの道のりが少し不安です。抱きしめてもらったら勇気出ると思います。」

「うん、もちろん。」


何の抵抗もなく、彼女を抱きしめる。遠慮というものが、お互いになくなっている気がする。

そういえば昨日今日でソフィーが弱音を漏らしたのは今回が初めてだ。この災害が起きてから初めて一人になるから、やっぱり不安なんだろうか。


「大丈夫?そういうことなら家まで送るよ?」

「……んっ」

「あっ」


おとなしく抱きしめられていたと思ったら、突然背伸びをして僕の頬に軽くキスをしてきた。


「ありがとうございますっ。勇気もりもり漲ってきました!今なら走って帰れそうです!」

「あ…あはは、ちゃんとゆっくり帰るんだよ。」

「あはは!はいっ。二人ともいってらっしゃい!」

そう言い残し、彼女はゆっくりとエマちゃんの家まで歩を進めていった。


…ドキドキしてしまっている。

昨晩と今朝、彼女に抱きしめられたときに不安が身体から抜け落ちていくのを感じた。でも今回のは、それプラス心がキュッと占めつけられる感覚。


こんな状況なのに良くないぞ、僕。エマちゃんもいるんだ。今から病院に行くことを忘れるな。

「エマちゃんお待たせ、出発しようか。」

「…うん。」

そう言い、僕の手を握る。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「なぁに?」

「ソフィーさんと、付き合ってるの?」

「えっ…いやぁ、付き合ってはないね。」

「…そっか」

エマちゃんが握る手に少し力が入った気がした。


付き合ってはない…よね?この前はあんなこと言ってもらったけど、二人で気持ちを確認したり、『これからよろしくね』的なことも言ってないから、付き合ってはないはずだ。

まあ、今はこんな状況だ。近々で僕らの関係が変わることはないはずである。


その後は特に喋ることもなく、二人で病院まで歩き続けた。

エマちゃんの僕を握る手がいつもより強いのは、不安だからだろうな。

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