23 最悪の次に悪い結末
「…うそ…うそ…だ…」
「…」
映画館に到着した。
いや、映画館だったもの、だ。
それはもう建造物としての尊厳を失っていた。
見上げるほど高かったはずの建物が、今は視線の高さで瓦礫の山になっている。その圧倒的な質量の死骸を前に、この中にいた者たちが無事であるはずがないと直感的に分かってしまう。
「おい!イネス!しっかりしろ!」
「あ…ああ…」
なにこれ、なにこれ、理解できない、なんで?
膝から崩れ落ちた僕の肩をつかみ、ジョンが何とか正気に戻そうと声をかける。
「声を出せ!親御さんを探すためにここに来たんだろ!?建物を見たかったわけじゃないだろ!」
「…そう…かな…。そうだ…ね。うん…」
それでも僕はショックで何も考えられない。
「…クソ!イネス!親御さんの名前を教えろ!」
「…ロバートと…ジェニファー…」
それを聞き、ジョンが救助活動を行っていた軍人に駆け寄る。
何度か言葉を投げ合った後、こちらに歩きながら大声を出す。
「ウエステイルさーん!!いらっしゃいますかー!!ロバートとジェニファーウエステイルさーん!!」
僕はまだ呆然と瓦礫を眺めることしかできなかった。
さっきまではエマちゃんのために頑張り続けたが、今じゃその雄姿の欠片すら残っていない。
「ウエステイルさーん!ウエステイルさーん!!」
「おーーーい!!こっち!こっちだーーー!」
僕の代わりに皆を探し続けてくれているジョンの声に誰かが反応した。
「!?」
それを聞き、足に力が入る。
立ち上がり、その呼ぶ声に向かい全力で駆け出す。
よかった!よかった!!よかった!
こっちに向かって手を振る軍人が見える。
足元は軍人の前の瓦礫に阻まれ見えていない。
よかった!皆無事なんだ!!うれしい!うれしい!!
走りはじめ、阻まれていた箇所が見えてくる。
「母さん!!」
母さんが座っている。良かった!
速度をさらに上げる。
傍に到着し、軍人の足元の全貌が見えるようになる。
「母さっ……あ…ああ…」
そしてまた、足から崩れる。
3人が横たわっていた。
兄貴は腹から血を流し、父さんは顔面が血だらけだ。
マリアさんは目立った外傷は見当たらないが目を閉じている。
「あ…ああああ…あああ!!」
「落ち着けイネス!大丈夫だ!よく見ろ!」
「…あぇ…?」
僕の後から駆け寄ってきたジョンが諭してきた。
少し落ち着いて見てみると、軍医と思わしい人が兄貴と父さんを治療していた。
そうか、治療しているということは、治療する必要があるということだ。まだ不要になったわけではないのだ。
治療をしていた軍人が口を開く。
「はい、皆さん一命を取り留めております。今すぐ病院で本格的な治療が必要な状態なのは間違いありませんが。」
「よかった…よかったぁ…ううぅ」
「安心してんじゃねえ!今すぐ全員病院に運ぶぞ!」
ジョンがいてくれて本当に良かった。
こんなポンコツが一人で来ていたら何もできていなかったと思う。
「…うん。ジョン、本当にありがとう。ごめん、もう少し手伝って。」
「ようやくしゃべったなこの野郎。すみません、担架借ります!一番の重傷者はどなたですか!?」
「母さん…大丈夫?…怪我してない?」
「ああ…イネス…イネスぅ…」
僕を抱きしめ、母さんが泣き始める。
家族が全員大怪我をしているのだ。気が気じゃなかっただろう。
「とりあえず、僕とジョンで全員病院に連れて行く。母さんは座れるところで座ってて。」
その後、担架で一人ずつ最寄りの病院に運んだ。
一番重症だったのは意外にもマリアさんだった。なんでも落ちてきた木材で頭を強く打ったらしい。
そこから兄貴、父さんの順で病院に運び入れる。
病院は混沌と化していた。
外からも中からも怒鳴り声と泣き叫ぶ声が絶え間なく響いていた。
そんな中でも、僕の家族3人は重症と判断され、すぐに治療室に連れていかれた。
ジョンと話をするため、怒号が鳴りやまない病院を出て、今は外にいる。
「ジョン、本当に、何から何までありがとう…。もうどうやってお礼を言えばいいか…」
「いいよ。仕事だ。…まあ、ちょっと私情を挟んじまってはいるけどな」
ちょっとどころじゃない。ほぼ100%私情で動いてくれていた。
「俺はこれから戻るけど、イネスはどうする?」
「そうだね…もう少しだけ待って。ちょっと考える。」
母さんは病院の外のベンチで、両手を強く握りながら祈りを捧げていた。
「エマちゃんのところに帰らないといけないけど、今の母さんも一人にするには少し不安だから…。」
「まあ、そうだな。とりあえずバイク持ってくるからそれまで考えててくれ。」
「うん。了解。」
ジョンが駆け足で傍を離れていく。
心強い友が離れ、途端に不安と恐怖が襲い掛かってくる。
「…父さん…兄貴…マリアさん…」
全員の心配もそうだが、エマちゃんのことはどうしよう。
このことは伝えてもいいのだろうか?伝えるにしても、どうやって…。
クソ、この先どうしたらいいか全く判断が付かない。
ひとまず今できること…母さんの状態を確認しよう。
「母さん、本当に怪我はない?」
座って祈り続ける母さんに近づき声をかける。
「あ、ああ、イネス…大丈夫よ。私はかすり傷くらい。」
「そっか、安心した。」
「ああ!エマちゃん!エマちゃんは無事なの!?」
「大丈夫だよ。今は避難所になってる学校にいるから。」
「そう…良かった…本当に…」
「…ねえ、母さん。」
「どうしたの?」
また祈り始めた母さんに問いかける。
「母さんに、ここにいるみんなのこと任せても大丈夫?僕、エマちゃんのところに帰ってあげたほうが良いと思うんだ。どう、かな?」
母さんは両手を合わせたまま僕の目を見る。
「そう…ね…そのほうが良いわ。あなたの顔を見れて、私は落ち着けたわ…。エマちゃん、不安になってるはずだから、そばに居てあげて。」
「うん、わかった。…みんな、早く良くなってほしいね。」
「うん…。」
バイクを取ってきたジョンと合流し、そのまま後ろに乗る。
間もなくジョンはハンドルを回し、僕らは学校へと向かった。
「お母さん、大丈夫だったか?」
「どうだろ…。かすり傷しかないって言ってたけど、心の方が心配かな。今日は病院の床で寝させてもらうって。」
「…そうか。…お前は、大丈夫か?」
「……分からない。」
「…そうか。」
今何を考えるべきで、何をするべきで、これからどうなるのか。何もかも分からない。
そして、エマちゃんにどうこの事実を伝えるべきか…。
クソ、吐き気が止まらないし、頭がおかしくなりそうだ。
「とりあえず、お前は自分にできることと、『今』するべきことだけを考えろ。ご家族のことは医者に任せろ。1ヶ月後のことは考えるな。できないことは考えるな。この状況下で自分にできないことを嘆いて不安がっても、脳に負荷を与えるだけだ。できないこと、分からないことは全部俺に聞け。2年間軍人やってんだ、こういう時にお前みたいな奴を助けるために俺たちがいる。とにかく『今』、『できることだけ』を考えろ。」
「うん…。ありがとう。」
本当に頼りになる男だ。
ジョンがいてくれて本当に良かった。こいつがいなかったら僕はパニックになることしかできなかったと思う。
「今日はこの後、どうなるのかな?」
さっそく分からないことを聞いてみる。
「お前、家はどうなってる?」
「実家は分からない。エマちゃんの家は、中はぐちゃぐちゃだけど建物は無事。」
「多分、俺たちがここに来る前より避難所は家を失った人でごった返しになってる。家で寝れる人たちは、帰ってもらうことになるはずだ。そうなったらお前は、とりあえず簡単に室内を掃除して、寝れる場所だけ確保しろ。」
「うん…分かった。」
「いいか?お前がこれからすることは、家に帰って掃除だ。今はそれ以外のことを考えるな。」
「分かった。頑張るよ。ごめんね、ジョンも大変なのに。」
「ばっかやろう俺の筋肉見たことないんか?この筋肉があれば不安なんて感じないし、どんなヤバイ状況でも打破できるんだよ。お前には筋肉が足らん。今度俺のを見せてやる。」
「奇跡みたいな筋肉だね。じゃあ見る。」
がははと笑いながら運転を続けるジョン。
これまで十二分に見せつけられて鬱陶しいと思ってきた筋肉だが、そんな効能があったとは。これは僕も筋肉をつけないとダメだな。
「ちなみに、家は『とりあえず』の片づけだけに専念しろよ。寝れるスペースの確保くらいにしとけ。不安定な精神状態で全部やろうとして怪我しちゃ本末転倒だからな。」
「分かった。気を付ける。」
今からやることは分かった。でも、家の掃除なんか比にならないほどの難しい問題がその前に待ち構えている。
「…ねぇ、エマちゃんは、どうしたらいいかな…?」
「…」
今まで明るく振舞っていたジョンも口を噤んでしまう。
でも、僕だけでは本当に判断が付かない。この残酷な状況を、彼女に伝えてもいいものなんだろうか?
「…エマちゃんは、何歳だ?」
「10歳。」
「そうか。…10歳ってのは精神的に大人と子供の狭間にいる多感な時期だ。自分の感情はコントロールできないけど、状況を客観的に理解できるし、嘘も見破れる年齢だ。俺なら、変に隠そうとせず今の状況を正直に説明する。」
「そっか…。うん、分かった。ちなみに、この状況で両親に会わせてもいいのかな?」
「そうだな…そこは、エマちゃんに決めてもらうのが一番いいと思う。会いたくないってことなら無理に連れて行かなくていい。会いたいって言ってるのにそれを拒否したら不安は増大する。会うか否かは、彼女の判断に委ねな。」
「了解。」
「あと10歳なら、気を付けないといけないことは他にもあるぞ。一つは役割を与えること。こんな状況の10歳児で一番つらいのは『自分だけ何もしてない』っていう無力感だ。簡単な仕事は任せてあげな。もう一つは心のケアだ。不安と焦燥で赤ちゃん返りや過度な我慢をするようになる可能性がある。しっかり見守って、無理はさせないようにしろよ。」
「…お前、すごいやつだな…。」
「軍の座学の賜物よ。今の知識ちゃんと役に立てな。」
本当にすごい。少し圧倒されてしまった。何も見えなかった濃霧の道に、誘導灯が灯り始めた気がした。
「本当に、ありがとう。感謝の思いが伝えきれないよ。」
「んなもん良いんだよ。何度も言ってるだろ、こっちは仕事だ。一般人にそんな…いやお前一般人じゃねぇ!イネスじゃねえか!じゃあ謝礼は女だ!べっぴんさん3人くらい紹介してくれぇ!」
「ははは、頑張ってみるよ。」
「ははっ、噓だよウソ。マジで気にするな。これからも大変だけど頑張れよ。」
学校に到着した。
ジョンの言う通り、僕たちが出発した時より人が増えている。
ジョンはバイクを戻し、上官に頭を下げ、そのまま避難誘導を再開した。
エマちゃんとソフィーは校舎の外で座っていた。
エマちゃんは体育座りで膝に顔を埋め、その頭をソフィーが撫でていた。
二人に駆け寄ろうとするも足が限界でなかなか前に進めない。
ゆっくり歩いて近づき、声をかける。
「やっ、二人とも。戻ってきたよ。」
「あ、イネスさん。おかえりなさい。」
僕の声を聞き、エマちゃんがガバッと顔を上げ、そのまま僕に駆け寄り抱き着いてくる。
「お兄ちゃんっ、おにいちゃんっ…うぅ」
「よしよし。ただいま、エマちゃん」
ソフィーが立ち上がり、松葉杖をつきながら近づいてくる。
「イネスさん、大丈夫…でしたか?」
「…また後で話すよ。」
「…分かりました。」
今の問答で大丈夫ではないことが分かったのだろう、申し訳なさそうな顔をするソフィー。
あ、そうだ。
「ねえソフィー。今日、一緒にエマちゃんの家に泊まる?多分ここは人でごった返しててゆっくり休めないと思うし、その足じゃアパートに一人で帰ってもいろいろ不便でしょ。落ち着くまで一緒に生活する?」
ソフィーのアパートは外観は無事であったが、中がどうなっているかは分からない。それに足のこともある。
…エマちゃんと二人きりだと僕が不安ってのと、誰か頼れる人がそばに居てほしいってのが本音だが。でもそれは多分、ソフィーも同じじゃないかな。
「すごく嬉しいです。問題ないのならそうしたいです。」
「了解。エマちゃんもそれで良いかな?」
「…」
僕のお腹に顔をうずめながらコクリと頷く。
良かった。
「それじゃあ、家も片づけなきゃだし早速行こっか。」
「あ、お邪魔する前に少しだけ私の家に寄っていいですか?」
「もちろん。」
何日一緒に住むか分からないけど、ある程度の日用品や着替えは必要だろう。
全員着の身着のままここまで来たから、このまま帰っても問題…あ。
「その松葉杖このまま持ってって良いのかな。」
「あ、それなら大丈夫です。あげるって言われてるので。」
それなら安心だ。
ジョンに相談し了承がとれた後、満身創痍の3人でゆっくり帰路についた。




